いづれ)” の例文
与謝野氏と酔茗氏とはいづれも詩社を作つて居られた。その『明星』や『文庫』や『詩人』と云ふ様な雑誌からは沢山の詩人が出た。
明治詩壇の回顧 (新字旧仮名) / 三木露風(著)
高某、あざなは子融、いづれところの人なるを知らない。蘭軒と文字の交を訂し、時に其校讐の業を助けた。文政四年九月十二日に歿した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
予は明子にして、かの満村某の如き、濫淫の賤貨に妻たるを思へば、殆一肚皮いつとひの憤怨いづれの処に向つてか吐かんとするを知らず。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あと立出たちいでけり然ば九郎兵衞は是より百姓になり消光處くらすところよからぬ事のみ多ければ村方にても持餘もてあまいづれあきれ果ては居けれども九郎兵衞は狡猾わるかしこき者故勿々なか/\越度をちど
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二に曰く、あつく三宝を敬へ、三宝はほとけのりほふしなり、則ち四生よつのうまれつひよりところ、万国の極宗きはめのむねなり。いづれの世何の人かみのりを貴ばざる。人はなはしきものすくなし、く教ふるをもて従ひぬ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
広大なる一は不繋の舟の如し、誰れか能く控縛こうばくする事を得んや。こゝに至れば詩歌なく、景色なく、いづれわれ、何を彼と見分るすべなきなり、之を冥交と曰ひ、契合ともなづくるなれ。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
左様さうでせう、だから余ツ程考へなけりやなりませんよ、何時いつまでも花のさかりで居るわけにはならないからネ、お前さんなども、いづれかと言へば、最早もう見頃を過ぎたとしですよ、まア
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
亨一は矢鱈やたらに激昂した。此の汚名はいづれの時にかすゝがねばならぬと思つた。それ故目前の爭論を惹き起すまいとして耐忍の上にも耐忍をした此日の苦痛は、心骨にしみ徹るのであつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
博士とフエデリゴとはこの美麗にして久しきに耐ふる顏料の性状を論ずと見えしが、いつかバヤルヂイが大著述の批評に言ひ及びて、身のいづれの處に在るかを忘るゝものゝ如くなりき。
然れども我は是紅塵場裏の身、溪水を飮み、仙果を拾ひ、溪澗に終日し、山巓に越歳し、飄忽粗宕、松風と水聲との外、更にわが耳を喧しうするもの無きに至るは、あはれ果していづれの日か。
日光山の奥 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
胸に縮めて寒げにかぢけ行くのみなくこゑはなし涙は雨に洗はれしなるべし此の母の心は如何ならん夫は死せしかやみて破屋の中に臥すかいづれに行かんとし又何をなさんとするや胸に飮む熱き涙に雨を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
いづれも漲痕が落ちてある、其の上の疎林は攲倒の形を為して霜根を露出する、扁舟は舟人一櫂していづれの処に帰るやを知らず、察するに江南黄葉邨に帰るのであらう、其の方向に舟は進みつつある
閑人詩話 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
いざ若君達を見廻奉ると号し、亀山に参りいづれもさしころし申さんと、ねぶかく思ひこめしなり、一人有し息女をば、秀頼公御母儀へ頼み奉りつかふまつるやうにと、七月二十日大坂へ下しけり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いづれ夕方までの内、御咄し仕候。又商会のものも御引合仕候。
「十四日。晴。天明てんめい出帆。午刻頃播州伊津湊いつみなとへ著船。同所より姫路迄四里半。此より上陸。三所川あり。いづれも昨雨に而出水。暮時姫路城内桐の馬場土方に著。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
立退たちのきまづ西濱さして急ぎゆけり此西濱と云はみなとにて九州第一の大湊おほみなとなり四國中國上方筋かみがたすぢへの大船はいづれも此西濱より出すとなりしかるに加納屋利兵衞方にて此度このたび天神丸てんじんまると名付し大船を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
追駈て走りづめにて來給きさたまひしとなれさだめてお草臥の事ならん今よりいづれを尋ね給ふ共夜中にては知申まじ見ぐるしさを厭ひ給はずば今宵は此所にて夜を明し明なば早く此村の者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「売冰図。堅冰六月浄璘々。叫売歩過入軟塵。応是仙霊投砕玉。活来熱閙幾場人。」売冰はいづれの国の風俗であらうか。当時の江戸にこほりを売るものがあつたか、どうかは不詳である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)