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加能作次郎
ふりがな文庫
加能作次郎
(
かのうさくじろう
)
1885.01.10 〜 1941.08.05
“加能作次郎”に特徴的な語句
態
(
わざ
)
流石
(
さすが
)
恰
(
あたか
)
俤
(
おもかげ
)
岬
(
みさき
)
聳
(
そび
)
家
(
うち
)
疾
(
と
)
一寸
(
ちょっと
)
充
(
あ
)
廂
(
ひさし
)
掩
(
おほ
)
暖簾
(
のれん
)
欠伸
(
あくび
)
馴染
(
なじみ
)
著者としての作品一覧
恭三の父
(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
手紙 恭三は夕飯後例の如く村を一周して帰って来た。 帰省してから一カ月余になった。昼はもとより夜も暑いのと蚊が多いのとで、予て計画して居た勉強などは少しも出来ない。話相手になる友達 …
少年と海
(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
「お父、また白山が見える!」 外から帰って来た為吉は、縁側に網をすいている父親の姿を見るや否や、まだ立ち止らない中にこう言いました。この為吉の言葉に何の意味があるとも思わない父親は …
乳の匂ひ
(新字旧仮名)
読書目安時間:約50分
……その頃、伯父は四条の大橋際に宿屋と薬屋とをやつてゐた。祇園の方から鴨川を西に渡つて、右へ先斗町へ入らうとする向ひ角の三階家で、二階と三階を宿屋に使ひ、下の、四条通りに面した方に …
厄年
(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間20分
故郷へ帰らうか、それとも京都へ行かうか、平三は此の問題に二日間悩まされた。同じことを積んだり崩したりして何時までも考がまとまらなかつた。 彼は毎年夏季休暇には帰省するを常として居た …
世の中へ
(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間58分
私が伯父を頼つて、能登の片田舎から独り瓢然と京都へ行つたのは、今から二十年前、私の十三の時であつた。 私の父は京都生れの者で、京都には二人の兄と一人の姉とが居た。長兄は本家の後を嗣 …
早稲田神楽坂
(新字新仮名)
読書目安時間:約47分
神楽坂通りの中程、俗に本多横町といって、そこから真直ぐに筑土八幡の方へ抜ける狭い横町の曲り角に、豊島という一軒の床屋がある。そう大きな家ではないが、職人が五、六人もおり、区内の方々 …
“加能作次郎”について
加能 作次郎(かのう さくじろう、1885年〈明治18年〉1月10日 - 1941年〈昭和16年〉8月5日)は、日本の小説家、評論家、翻訳家。石川県羽咋郡西海村風戸(現・志賀町西海風戸〈さいかい ふと〉)出身。苦難の少年期を過ごし、早大在学中に「厄年」で登場。「世の中へ」で地位を確立し、自然主義の流れをくむ人情味豊かな私小説に独自の境地を拓いたが、昭和に入り低迷した。
(出典:Wikipedia)
“加能作次郎”と年代が近い著者
1885年生まれ|
木下杢太郎
吉岡信敬
長瀬金平
成瀬無極
柳原白蓮
山中峯太郎
中勘助
内山完造
飯田蛇笏
田辺元
小倉金之助
島袋源一郎
山本実彦
本田親二
兼常清佐
相馬泰三
加福均三
三沢勝衛
平野万里
中里介山
尾崎放哉
大杉栄
若山牧水
北原白秋
1886年生まれ|
萩原朔太郎
きょうが誕生日(4月4日)
二葉亭四迷
(1864年)
中里介山
(1885年)
塚原渋柿園
(1848年)
レミ・ドゥ・グルモン
(1858年)
荻野吟子
(1851年)
今月で生誕X十年
呉秀三
(生誕160年)
上村松園
(生誕150年)
高木貞治
(生誕150年)
中里介山
(生誕140年)
飯田蛇笏
(生誕140年)
成瀬無極
(生誕140年)
松永延造
(生誕130年)
中山啓
(生誕130年)
今月で没後X十年
イエンス・ペーター・ヤコブセン
(没後140年)
田口卯吉
(没後120年)
田村俊子
(没後80年)
田村乙彦
(没後80年)
竹内浩三
(没後80年)
芥川多加志
(没後80年)
下村湖人
(没後70年)
木村小舟
(没後70年)
羽田亨
(没後70年)
アルベルト・アインシュタイン
(没後70年)
小西茂也
(没後70年)
今年で生誕X百年
平山千代子
(生誕100年)
今年で没後X百年
大町桂月
(没後100年)
富ノ沢麟太郎
(没後100年)
細井和喜蔵
(没後100年)
木下利玄
(没後100年)
富永太郎
(没後100年)
エリザベス、アンナ・ゴルドン
(没後100年)
徳永保之助
(没後100年)
後藤謙太郎
(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース
(没後100年)