“朱雀”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
すざく77.8%
すじゃく13.9%
すじやく8.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
朱雀すざく院の御恩顧を受けた人たちとか、六条院に近づいていた人たちとかは今も入道の宮へ時おりの敬意を表しにまいることを怠らないのであった。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
猪熊いのくまのばばに別れた太郎は、時々扇で風を入れながら、日陰も選ばず、朱雀すざく大路おおじを北へ、進まない歩みをはこんだ。——
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
空にはうつくしい金剛雲こんごうぐも朱雀すざくのはらには、観世水かんぜみず小流ささながれが、ゆるい波紋はもんをながしている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
銭形平次の揷絵を受持ってもらったのは、鈴木朱雀すざく、清水三重三、野口昂明、神保朋世、鴨下かもした晁湖ちょうこなどの人々がある。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そうして、柳町から六条へ移り、「新屋敷」の名が「三筋町みすじまち」となり、三転して今の朱雀すざくへ移って、「島原」の名を得たのが、寛永十八年ということで。
一大聚落じゅらくをなしており、朱雀すじゃく、大宮などを始め、一条から九条までの大路おおじや、横縦三十二筋の道路は、碁盤目のように
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「オール読物」に連載し始めてから、挿絵のほうはいろいろ変わった。小村雪岱こむらせったい、木村荘八、河野通勢、鈴木朱雀すじゃく、中一弥、神保朋世などの方々が次々と描いてくれた。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その姿は、一団の騎馬にくるまれ、徒歩かちの供僧やら武士やら百人以上な大列だった。それが朱雀すじゃく大路もせましと辺りを払ってゆくさまは、あやしいばかりな威風に見える。
しかし、二条、三条ノ辻、朱雀すじゃく大路おおじと、諸所に勢ぞろいしていた万余の軍勢を一巡閲兵してまわると、ひたいは発汗に濡れて来て、もう彼女の存在など毛穴の一つにもとどめてはいず、完全なる三軍の将義貞だった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵法へいほうに申す、小河しょうがひがしにあるを田沢でんたくといい、流水りゅうすいみなみにあるを青龍せいりゅうとよび、西に道あるを朱雀すじゃくづけ、北に山あるを玄武げんぶ、林あるを白虎びゃっこしょうす」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此年七月三日 宇多帝うだてい御位みくらゐを太子敦仁あつひと親王へゆづり玉ひ朱雀すじやく院へ入らせ玉ひ、亭子ていじ院と申奉り、御法体ほつたいありては 寛平法皇くわんびやうほふわうとぞ申奉る。
朱雀すじやくの野べの秋は不知いさ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
此年七月三日 宇多帝うだてい御位みくらゐを太子敦仁あつひと親王へゆづり玉ひ朱雀すじやく院へ入らせ玉ひ、亭子ていじ院と申奉り、御法体ほつたいありては 寛平法皇くわんびやうほふわうとぞ申奉る。