)” の例文
思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きてるときのようにえして何か笑っているようにさえ見えたのだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それを吹きはじめると、いよいよゆうべ聞いた金伽羅童子のえた笛の音が、そのまま、この笛に乗り移ったかと思われるほどです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
月がえている。そして娘たちは、みんな白い着物を着て、白い花のかんむりをかぶって、歌っているの。そうね、何か聖歌のようなものを
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
彼の眼がえている割に彼の頭は澄み渡らなかった。彼は思索の綱を中断された人のように、考察の進路を遮ぎる霧の中で苦しんだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪はやんで、大廂おおびさしごしに見える夜空は、えかけてさえいた。それにまた、城下の町屋の焼けさかる火の粉がいちめんに舞っている。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春は水嵩みずかさゆたかで、両岸に咲く一重桜の花の反映の薄べに色に淵はんでも、瀬々の白波しらなみはます/\えて、こまかい荒波を立てゝゐる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目のえしたちょっとくちびるに癖のある、——まあ活動写真にすれば栗島澄子くりしますみこ役所やくどころなのです。
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一たび二たび三たびして、こたえやすると耳をすませば、はるかに滝の音聞えたり。どうどうと響くなかに、いと高くえたる声のかすか
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ナカナカ鮮かなもんでしたが、これあ当り前でさあ。そのあとへ日本人が上ってヤッパリ西洋手品を使いましたがアンマリえません。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
められてもうれしくはないぞ。玄竹げんちく、それよりなに面白おもしろはなしでもせんか。』と、但馬守たじまのかみかほには、どうもらぬいろがあつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
衣服きものを剥がれたので痩肱やせひじこぶを立てているかきこずえには冷笑あざわらい顔の月が掛かり、青白くえわたッた地面には小枝さえだの影が破隙われめを作る。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
せているので、ほんとうの身丈みのたけよりずっと長身に見える。おもざしは冷たすぎるほど端正たんせいで、象牙のようなえかえった色をしていた。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それは、芝山内しばさんないの、紅葉館こうようかんに、漆黒の髪をもって、ばちの音に非凡なえを見せていた、三味線のうまい京都生れのお鹿しかさんだった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
つぶれるほど酔っているのに、すっかり頭がえてしまい、午前二時の鐘を聞くまで、夜具の中で、眼をぎらぎらと光らせていた。
星は冬が深くなるほどえてとおって見え、美しくなるものだった。男は戸のうちにはいり、筒井はおのが部屋に引き取って行った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
お梶が、死んで以来、藤十郎の茂右衛門の芸は、愈々えて行った。彼のひとみは、人妻を奪う罪深い男の苦悩を、ありありと刻んでいた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
諸君しよくん御經驗ごけいけんであらうが此樣こんときにはとてもねむられるものではない、いらだてばいらだほどまなこえてむねにはさま/″\の妄想もうざう往來わうらいする。
……気をしずめて眠ろうとすればするほど、悲しみはあとからあとからと湧き返って、涙のために痛みながらも眠がえるばかりだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ピアティゴルスキー(チェロ)とシュナーベル(ピアノ)は「チェロ・ソナタ=ト短調作品五ノ二」を入れているが、あまりえない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
買いものの好きなお銀は、出たついでにいろいろなものをこまごまとかかえて、別の通りからえした顔をして家へ帰って来ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さうしてはまたまばらな垣根かきねながみじかいによつてとほくのはやしこずゑえた山々やま/\いたゞきでゝる。さわやかなあきくしてからりと展開てんかいした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
んだ事を思い出し、翌朝早く起きた時分に虎は居りませぬが月がよくえて居ります。その月を見てまたその答に一首詠みました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
机の上の絵葉書帖に兄の絵葉書を挿んだ。そして、目をしかめて、夕月の寒そうにえている空を仰ぎながら、雨戸をとざして階下へ下りた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
西の空は夕日の余光なごりが水のようにえて、山々は薄墨の色にぼけ、あおい煙が谷や森のすそに浮いています、なんだかうら悲しくなりました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ちょうど正面の松林がまばらになって、窓のごと隙間すきまを作っている向うから、そのえ返った銀光がピカピカと、練絹ねりぎぬのように輝いている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
社会主義者みたいな、長い頭髪と、かしこそうな、小さいがよくえた眼の川村が、急に、小さく小さくあわれっぽくなったように思われて来た。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
白絵の上にそれを流すと色がいよいよえる。調子が静かでしかも深い。だがどんな材料を使うのか。おじいさんたちは私に話してきかせる。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
見わたすと、その檸檬の色彩しきさいはガチヤガチヤした色の階調をひつそりと紡錘形の身體の中へ吸收してしまつて、カーンとえかへつてゐた。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
…………私はいろ/\な心持をけみした後で、どうも眼がえて眠られなかつた。ふいにごとりとTの寝返りを打つのが聞えた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
東京近くの溝端で見るものに比べて、紅色がいっそうえて感ぜられたのは、種類によるか、はたあたりの空気のいたすところであったか。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その行方ゆくえをむなしく探しているうちに一年たち、ある寝苦しい夏の夜、登勢は遠くで聴える赤児の泣声が耳について、いつまでも眼がえた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
むすめはおろおろしている壮い男の傍を通って、几帳きちょうの陰に隠れましたが、眼がえて物淋しくなりましたから、声をかけて壮い男を呼びました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時、突然のように、えた金属性の響きが、微かながら私の耳朶じだをとらえた。私が空を振り仰ごうとしたとき、男の手が私のひじをとらえた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
山気にいくらかぼかされながらも月はいよいよえ返り、月の真下の木曽川の水は一所ひとところ蛇の鱗のように煌々きらきらと銀色に輝いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
このとき空は雲晴れて、十日ばかりの月の影、くまなくえて清らかなれば、野も林も一面ひとつらに、白昼まひるの如く見え渡りて、得も言はれざる眺望ながめなるに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
月はしだいにえてきてもやから脱し、その光は地に積った雪の白い反映と交じって、へやの中に暁のような明るみを与えた。
私はくるりとせなを向けて寝た振りをしていた。そしてそのまま黙って寝入ってしまおうとしたが、胸は燃え、頭はえて寝られるどころではない。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すると、清二も今はニコニコしながら、この話に加わるのであった。そこへえない顔つきをして順一も戻って来た。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
は、あまりうまくないな。けれどこのあいいろがなかなかいい。いまどきのものに、こうした、あいえたいろられないな。まあ、いいしなだろう。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
一身の浮き沈みを放下ほうかして、そのようなまなこであらためて世の様を眺めわたしますと、何かこう暗い塗籠ぬりごめから表へ出た時のようにまなこえとして
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
が、ふっとその蒼白そうはくえた顔に、動揺とまで行かないにせよ、ある気弱なものが滑ったのをぼくは見逃さなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
頭のしんがトロトロと微睡まどろんでるような、それでいて好奇心が胸一杯にはびこって、眼がえてくるような、何ともいえぬ妙な気持がしてくるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そこに彫刀のえが見せてある。せいいっぱい開敷かいふしたかたちであろう。そよとの風にもさそわれて散ってゆかぬでもないように思われるのである。
波の音が、どぶんどぶんと聞える。遠い孤島の宿屋に、いま寝ているのだという感じがはっきり来た。眼がえてしまって、なかなか眠られなかった。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かかるやうな三味のを仰いで聞けば、仲之町なかのてう芸者がえたる腕に、君が情の仮寐かりねの床にと何ならぬ一ふし哀れも深く
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今夜はいつになく風が止んで、墓地と畑の境にそそり立ったはんの梢が煙のように、え渡る月をいて物すごい光が寒竹のやぶをあやしく隈どっている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
前部砲台のかたより士官二人ふたり低声こごえに相語りつつ艦橋の下を過ぎしが、また陰の暗きに消えぬ。甲板の上せきとして、風冷ややかに、月はいよいよえつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
紫の女王にょおうのは三種あった中で、梅花香ははなやかで若々しく、その上珍しくえた気の添っているものであった。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
が、紅葉の才気は第一号以来の「風流京人形」に早くも現われて、水際立みずぎわだった文章のえが一段引立って見えた。
自分は単なる風邪でなく、病気がいよいよいけなくなるのを、しいんとえかへつた心で自覚してゐた。家へついた時は、文字通り倒れるやうであつた。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)