原民喜
1905.11.15 〜 1951.03.13
“原民喜”に特徴的な語句
饒津
腫
墜
訊
佇
棲
湛
怕
剥
何処
眺
閃光
綺麗
防空壕
灼
痙攣
嘗
担
田舎
処
蚊帳
頻
息子
喰
鋪道
懐
彼方
儘
茫然
抱
恰度
茫
陽
這入
殆
晒
横
展
被
娯
叩
朧
河原
挿
捩
湧
閃
睡
忽
呟
著者としての作品一覧
青空の梯子(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
二階の窓に桜の葉が繁って、彼は中学を休んだ。曇った朝の空が葉のむかふにあった。雀が囀った。 怠けものはさきになって困るぞ、と誰も云はないが云ふ。それがちりちりと迫った。 彼は左官に …
読書目安時間:約1分
二階の窓に桜の葉が繁って、彼は中学を休んだ。曇った朝の空が葉のむかふにあった。雀が囀った。 怠けものはさきになって困るぞ、と誰も云はないが云ふ。それがちりちりと迫った。 彼は左官に …
秋日記(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
緑色の衝立が病室の内部を塞いでいたが、入口の壁際にある手洗の鏡に映る姿で、妻はベッドに寝たまま、彼のやって来るのを知るのだった。一号室の扉のところまで来ると、奥にいる妻の気配や、そ …
読書目安時間:約20分
緑色の衝立が病室の内部を塞いでいたが、入口の壁際にある手洗の鏡に映る姿で、妻はベッドに寝たまま、彼のやって来るのを知るのだった。一号室の扉のところまで来ると、奥にいる妻の気配や、そ …
悪夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
僕は外食に出掛けて行くため裏通りを歩いている。ある角を曲って二三歩行ったかと思うと僕の視線は何気なく四五米先の二階の窓の方に漂う。反射的に立ちどまる。空間をたち切って突然、黒い一箇 …
読書目安時間:約3分
僕は外食に出掛けて行くため裏通りを歩いている。ある角を曲って二三歩行ったかと思うと僕の視線は何気なく四五米先の二階の窓の方に漂う。反射的に立ちどまる。空間をたち切って突然、黒い一箇 …
アトモス(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
穏かな海に突き出してゐる丘の一角で、一人の人間が勝手な瞑想をしてゐた。恰度彼が視てゐる海の色は秋晴れの空と和して散漫な眺めではあったが、それは肩に暖かい日光が降り注ぐためでもあった …
読書目安時間:約1分
穏かな海に突き出してゐる丘の一角で、一人の人間が勝手な瞑想をしてゐた。恰度彼が視てゐる海の色は秋晴れの空と和して散漫な眺めではあったが、それは肩に暖かい日光が降り注ぐためでもあった …
ある時刻(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
わたしは熱があつて睡つてゐた。庭にザアザアと雨が降つてゐる真昼。しきりに虚しいものが私の中をくぐり抜け、いくらくぐり抜けても、それはわたしの体を追つて来た。かすかな悶えのなかに何と …
読書目安時間:約4分
わたしは熱があつて睡つてゐた。庭にザアザアと雨が降つてゐる真昼。しきりに虚しいものが私の中をくぐり抜け、いくらくぐり抜けても、それはわたしの体を追つて来た。かすかな悶えのなかに何と …
ある手紙(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
佐々木基一様 御手紙なつかしく拝見しました。あなたから手紙をいただいたり、そのまた御返事をこうして書くのも、思えばほんとに久振りです。空襲の激しかった頃には私はよくあなたやほかの友 …
読書目安時間:約7分
佐々木基一様 御手紙なつかしく拝見しました。あなたから手紙をいただいたり、そのまた御返事をこうして書くのも、思えばほんとに久振りです。空襲の激しかった頃には私はよくあなたやほかの友 …
淡雪(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
潔が亡くなってから彼是一年になる。露子は彼から感染されて居た病気がこの頃可也進んで行った。早くから澄川病院に入院する様に父母を始めみんな勧めたが、潔のもと居た病院ではあるし、露子は …
読書目安時間:約5分
潔が亡くなってから彼是一年になる。露子は彼から感染されて居た病気がこの頃可也進んで行った。早くから澄川病院に入院する様に父母を始めみんな勧めたが、潔のもと居た病院ではあるし、露子は …
飯田橋駅(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
飯田橋のプラットホームは何と云ふ快い彎曲なのだらう。省線電車がお腹を摩りつけて其処に停まると、なかから三人の青年紳士が現れた。彼等は一様に肩の怒ったオーバーを着て三人が三人ステッキ …
読書目安時間:約3分
飯田橋のプラットホームは何と云ふ快い彎曲なのだらう。省線電車がお腹を摩りつけて其処に停まると、なかから三人の青年紳士が現れた。彼等は一様に肩の怒ったオーバーを着て三人が三人ステッキ …
遺書(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
原守夫氏宛 遺書 長い間御世話になりました 後に思ひ残すことは何もありません あまりあてにもなりませんがもし今後私の著書が出版された際にはその印税を時彦に相続させて下さいみなさんに …
読書目安時間:約4分
原守夫氏宛 遺書 長い間御世話になりました 後に思ひ残すことは何もありません あまりあてにもなりませんがもし今後私の著書が出版された際にはその印税を時彦に相続させて下さいみなさんに …
椅子と電車(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
二人は暑い日盛りを用ありげに歩いた。電車通りの曲ったところから別に一つの通りが開けて、そのトンネルのやうな街に入ると何だか落着くのではあった。が、其処の街のフルーツ・パーラーに入っ …
読書目安時間:約2分
二人は暑い日盛りを用ありげに歩いた。電車通りの曲ったところから別に一つの通りが開けて、そのトンネルのやうな街に入ると何だか落着くのではあった。が、其処の街のフルーツ・パーラーに入っ …
一匹の馬(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
五年前のことである 私は八月六日と七日の二日、土の上に横たわり空をながめながら寝た、六日は河の堤のクボ地で、七日は東照宮の石垣の横で——、はじめの晩は、とにかく疲れないようにとおも …
読書目安時間:約2分
五年前のことである 私は八月六日と七日の二日、土の上に横たわり空をながめながら寝た、六日は河の堤のクボ地で、七日は東照宮の石垣の横で——、はじめの晩は、とにかく疲れないようにとおも …
移動(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
庭のすぐ向ふが墓場だったので、開放れた六畳の間をぐるぐる廻ってゐると、墓地でダンスしてゐるやうだった。彼はその中年の肥った女優にリードされながら、墓の上に煙る柳の梢が眼に触れた。 …
読書目安時間:約1分
庭のすぐ向ふが墓場だったので、開放れた六畳の間をぐるぐる廻ってゐると、墓地でダンスしてゐるやうだった。彼はその中年の肥った女優にリードされながら、墓の上に煙る柳の梢が眼に触れた。 …
稲妻(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
疲れてゐるのに芳子の神経はたかぶってゐた。遙か窓の下の街の方では自動車がひっきりなしに走ってゐた。時々省線電車のゴーと云ふ響も耳についた。身動きすればベットは無気味に軋った。すやす …
読書目安時間:約3分
疲れてゐるのに芳子の神経はたかぶってゐた。遙か窓の下の街の方では自動車がひっきりなしに走ってゐた。時々省線電車のゴーと云ふ響も耳についた。身動きすればベットは無気味に軋った。すやす …
飢ゑ(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
僕はこの部屋にゐると、まるで囚人のやうな気持にされる。四方の壁も天井もまつ白だし、すりガラスの回転式の小窓の隙間から見える外界も、何か脅威を含んでゐる。絶え間ない飢餓が感覚を鋭くさ …
読書目安時間:約22分
僕はこの部屋にゐると、まるで囚人のやうな気持にされる。四方の壁も天井もまつ白だし、すりガラスの回転式の小窓の隙間から見える外界も、何か脅威を含んでゐる。絶え間ない飢餓が感覚を鋭くさ …
うぐいす(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
梅の花が咲きはじめました。学校の門のところにある梅も、公園の池のほとりにある梅も、静かに花をひらきました。雄二の家の庭の白梅も咲きました。花に陽があたると、白い花はパッとうれしそう …
読書目安時間:約3分
梅の花が咲きはじめました。学校の門のところにある梅も、公園の池のほとりにある梅も、静かに花をひらきました。雄二の家の庭の白梅も咲きました。花に陽があたると、白い花はパッとうれしそう …
牛を調弄ふ男(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
その少女は馬鹿なのか善良なのか、とにかく調子はづれの女だった。それにその喫茶店の制度が、一々客のテーブルの側を巡回させて、「いらっしゃいませ、今日は誠に結構なお天気で御座います。」 …
読書目安時間:約4分
その少女は馬鹿なのか善良なのか、とにかく調子はづれの女だった。それにその喫茶店の制度が、一々客のテーブルの側を巡回させて、「いらっしゃいませ、今日は誠に結構なお天気で御座います。」 …
美しき死の岸に(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
何かうっとりさせるような生温かい底に不思議に冷気を含んだ空気が、彼の頬に触れては動いてゆくようだった。図書館の窓からこちらへ流れてくる気流なのだが、凝と頬をその風にあてていると、魂 …
読書目安時間:約20分
何かうっとりさせるような生温かい底に不思議に冷気を含んだ空気が、彼の頬に触れては動いてゆくようだった。図書館の窓からこちらへ流れてくる気流なのだが、凝と頬をその風にあてていると、魂 …
海の小品(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。 じつと砂地を視てゐると、そこにもこゝにも水のあるところ、生きものはゐ …
読書目安時間:約1分
あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。 じつと砂地を視てゐると、そこにもこゝにも水のあるところ、生きものはゐ …
永遠のみどり(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくようだった。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めていた。吉祥寺の下宿へ移ってからは、人は稀れにしか訪ねて来なかった。彼は …
読書目安時間:約23分
梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくようだった。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めていた。吉祥寺の下宿へ移ってからは、人は稀れにしか訪ねて来なかった。彼は …
永遠のみどり(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくやうだつた。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めてゐた。吉祥寺の下宿へ移つてからは、人は稀れにしか訪ねて来なかつた。彼は …
読書目安時間:約23分
梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくやうだつた。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めてゐた。吉祥寺の下宿へ移つてからは、人は稀れにしか訪ねて来なかつた。彼は …
絵にそへて(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
この絵は何処だとはっきり云はないがいいかも知れません。題は子供心のあこがれとでも云ふのでせうか。そこの島の八月、今から凡そ二十年も前のことですが、公園に始めてホテルが出来たのです。 …
読書目安時間:約2分
この絵は何処だとはっきり云はないがいいかも知れません。題は子供心のあこがれとでも云ふのでせうか。そこの島の八月、今から凡そ二十年も前のことですが、公園に始めてホテルが出来たのです。 …
縁起に就いて(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
就職のことがほぼ決定してその日の午後二時にもう一度面会に行けばいいと云ふ時、恰度午後一時半、彼は電車通りで下駄の鼻緒を切った。で、すぐ何処かで紐を貰へばまだ間にあったのに、円タクを …
読書目安時間:約2分
就職のことがほぼ決定してその日の午後二時にもう一度面会に行けばいいと云ふ時、恰度午後一時半、彼は電車通りで下駄の鼻緒を切った。で、すぐ何処かで紐を貰へばまだ間にあったのに、円タクを …
おふくろ(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
わたしはからくりめがねの夢になってしまふたのです 紺の筒袖と色黒ばばさんと 暗いカンテラと お寺の甃石と 緋の着物に紅繻子の帯を締めた子娘と さうして五厘の笛と 唐獅子と わたしは …
読書目安時間:約2分
わたしはからくりめがねの夢になってしまふたのです 紺の筒袖と色黒ばばさんと 暗いカンテラと お寺の甃石と 緋の着物に紅繻子の帯を締めた子娘と さうして五厘の笛と 唐獅子と わたしは …
温度(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
音楽室の壁に額があった。中年の猫背の紳士が時雨に濡れて枯芝のなかを散歩してゐる——冷え冷えする絵だ。濡れ雑巾を持った儘、どうした訳か、彼女はたった一人で掃除当番をしてゐたのだが、ガ …
読書目安時間:約1分
音楽室の壁に額があった。中年の猫背の紳士が時雨に濡れて枯芝のなかを散歩してゐる——冷え冷えする絵だ。濡れ雑巾を持った儘、どうした訳か、彼女はたった一人で掃除当番をしてゐたのだが、ガ …
壊滅の序曲(新字新仮名)
読書目安時間:約59分
朝から粉雪が降っていた。その街に泊った旅人は何となしに粉雪の風情に誘われて、川の方へ歩いて行ってみた。本川橋は宿からすぐ近くにあった。本川橋という名も彼は久し振りに思い出したのであ …
読書目安時間:約59分
朝から粉雪が降っていた。その街に泊った旅人は何となしに粉雪の風情に誘われて、川の方へ歩いて行ってみた。本川橋は宿からすぐ近くにあった。本川橋という名も彼は久し振りに思い出したのであ …
壊滅の序曲(新字旧仮名)
読書目安時間:約59分
朝から粉雪が降つてゐた。その街に泊つた旅人は何となしに粉雪の風情に誘はれて、川の方へ歩いて行つてみた。本川橋は宿からすぐ近くにあつた。本川橋といふ名も彼には久し振りに思ひ出したので …
読書目安時間:約59分
朝から粉雪が降つてゐた。その街に泊つた旅人は何となしに粉雪の風情に誘はれて、川の方へ歩いて行つてみた。本川橋は宿からすぐ近くにあつた。本川橋といふ名も彼には久し振りに思ひ出したので …
顔の椿事(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
お仙の夫は今朝、橋から墜ちて溺れたが、救助されたのが早かったのでまだ助かりさうだった。手当は姑や隣りの人にまかせて置いて、お仙は町まで医者を迎へに走った。医者は後から直ぐ来ると云ふ …
読書目安時間:約1分
お仙の夫は今朝、橋から墜ちて溺れたが、救助されたのが早かったのでまだ助かりさうだった。手当は姑や隣りの人にまかせて置いて、お仙は町まで医者を迎へに走った。医者は後から直ぐ来ると云ふ …
翳(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫の魯迅選集——に掲載してある作 …
読書目安時間:約17分
私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫の魯迅選集——に掲載してある作 …
かげろふ断章(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
誰も居てはいけない そして樹がなけらねば さうでなけらねば どうして私がこの寂しい心を 愛でられようか 遠くの路を人が時時通る 影は蟻のやうに小さい 私は蟻だと思つて眺める 幼い児 …
読書目安時間:約15分
誰も居てはいけない そして樹がなけらねば さうでなけらねば どうして私がこの寂しい心を 愛でられようか 遠くの路を人が時時通る 影は蟻のやうに小さい 私は蟻だと思つて眺める 幼い児 …
画集(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
湖のうへに、赤い秋の落日があつた。ほんとに、なごやかな一日であつたし、あんな、たつぷりした入日を見たことはないと、お前も云つた。いつまでも、あの日輪のすがたは残つた、紙の上に、心の …
読書目安時間:約4分
湖のうへに、赤い秋の落日があつた。ほんとに、なごやかな一日であつたし、あんな、たつぷりした入日を見たことはないと、お前も云つた。いつまでも、あの日輪のすがたは残つた、紙の上に、心の …
滑走(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
雁江の病室には附添ひの看護婦がゐた。彼女と同じ位の年輩だったが、看護婦の方が遙かに大人びてゐた。長い患ひが、この頃やうやく癒えて来ると、雁江は身体だけでなく心までがすっかり変って来 …
読書目安時間:約6分
雁江の病室には附添ひの看護婦がゐた。彼女と同じ位の年輩だったが、看護婦の方が遙かに大人びてゐた。長い患ひが、この頃やうやく癒えて来ると、雁江は身体だけでなく心までがすっかり変って来 …
ガリヴア旅行記(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
この頃よく雨が降りますが、今日は雨のあがつた空にむくむくと雲がただよつてゐます。今日は八月六日、ヒロシマの惨劇から五年目です。僕は部屋にひとり寝転んで、何ももう考へたくないほど、ぼ …
読書目安時間:約5分
この頃よく雨が降りますが、今日は雨のあがつた空にむくむくと雲がただよつてゐます。今日は八月六日、ヒロシマの惨劇から五年目です。僕は部屋にひとり寝転んで、何ももう考へたくないほど、ぼ …
川(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
彼の家は川端にはなかったが、彼の生れた街には川が流れてゐた。彼の記憶にも川が流れてゐた。 雪が東京の下宿屋の庭を埋めた日、床のなかで彼は遠くの川を想った。 春が来て彼は故郷へ帰って …
読書目安時間:約1分
彼の家は川端にはなかったが、彼の生れた街には川が流れてゐた。彼の記憶にも川が流れてゐた。 雪が東京の下宿屋の庭を埋めた日、床のなかで彼は遠くの川を想った。 春が来て彼は故郷へ帰って …
玩具(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
終にあたりは冴えてしまった。今、二〇ワットの電燈の下に両方の壁が聳え立ち、窓は鎖され、扉には鍵がかけてある。さうすると、彼を囲繞する四畳半の鬼気が、彼を憫笑してくれるのであった。 …
読書目安時間:約1分
終にあたりは冴えてしまった。今、二〇ワットの電燈の下に両方の壁が聳え立ち、窓は鎖され、扉には鍵がかけてある。さうすると、彼を囲繞する四畳半の鬼気が、彼を憫笑してくれるのであった。 …
閑人(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
十二月になると小さな街も活気づいて、人の表情も忙しさうになった。家にゐても、街に出ても、彼は落着かなかったが、昼過ぎになると、やはり拾銭の珈琲代を握り締めて、ぶらりと外に出た。兄貴 …
読書目安時間:約3分
十二月になると小さな街も活気づいて、人の表情も忙しさうになった。家にゐても、街に出ても、彼は落着かなかったが、昼過ぎになると、やはり拾銭の珈琲代を握り締めて、ぶらりと外に出た。兄貴 …
奇蹟(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
二年のB組の教室は、今しーんとして不思議な感激が満ちたまま、あっちでもこっちでも啜泣く声がきこえた。 「僕は泥水のやうに濁った腐敗分子でした。」と教壇の上で一人が釘づけになって、次 …
読書目安時間:約3分
二年のB組の教室は、今しーんとして不思議な感激が満ちたまま、あっちでもこっちでも啜泣く声がきこえた。 「僕は泥水のやうに濁った腐敗分子でした。」と教壇の上で一人が釘づけになって、次 …
気絶人形(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はさっきから眼がまわって気分がわるくなっているのでした。ぐるぐるぐるぐる、くるくるくるくる、そのお人形のセルロイドのほおは真青になり、 …
読書目安時間:約3分
くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はさっきから眼がまわって気分がわるくなっているのでした。ぐるぐるぐるぐる、くるくるくるくる、そのお人形のセルロイドのほおは真青になり、 …
「狂気について」など(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「狂気について」は昨年三田文学九月号の Essay on Man のために書いて頂いたものだが、それが標題とされ今度一冊の書物となり読み返すことの出来たのは、僕にとつてほんとに嬉し …
読書目安時間:約3分
「狂気について」は昨年三田文学九月号の Essay on Man のために書いて頂いたものだが、それが標題とされ今度一冊の書物となり読み返すことの出来たのは、僕にとつてほんとに嬉し …
恐怖教育(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
薇仕掛で畳の上を這ふ象の玩具はガリガリと厭な音を立てた。正三はわーと泣き出した。すると、兄姉達は面白がって一勢に笑った。母が叱ると、意地の悪い兄は薇を巻いたまま戸棚に収めた。象はガ …
読書目安時間:約2分
薇仕掛で畳の上を這ふ象の玩具はガリガリと厭な音を立てた。正三はわーと泣き出した。すると、兄姉達は面白がって一勢に笑った。母が叱ると、意地の悪い兄は薇を巻いたまま戸棚に収めた。象はガ …
霧(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
何処かの邸の裏らしい芝生の傾斜が、窓のところで石崖になってゐた。窓からその傾斜を眺めると、針金を巡らした柵のあたり薄の穂が揺れてゐて、青空に流れる雲の姿が僅かに仰がれた。そこは色彩 …
読書目安時間:約3分
何処かの邸の裏らしい芝生の傾斜が、窓のところで石崖になってゐた。窓からその傾斜を眺めると、針金を巡らした柵のあたり薄の穂が揺れてゐて、青空に流れる雲の姿が僅かに仰がれた。そこは色彩 …
曲者(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う …
読書目安時間:約8分
☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う …
雲の裂け目(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
お前の幼な姿を見ることができた。それは僕がお前と死別れて郷里の方へ引あげる途中お前の生家に立寄った時だったが、昔の写真を見せてもらっているうちに、庭さきで撮られた一家族の写真があっ …
読書目安時間:約16分
お前の幼な姿を見ることができた。それは僕がお前と死別れて郷里の方へ引あげる途中お前の生家に立寄った時だったが、昔の写真を見せてもらっているうちに、庭さきで撮られた一家族の写真があっ …
苦しく美しき夏(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
陽の光の圧迫が弱まってゆくのが柱に凭掛っている彼に、向側にいる妻の微かな安堵を感じさせると、彼はふらりと立上って台所から下駄をつっかけて狭い裏の露次へ歩いて行ったが、何気なく隣境の …
読書目安時間:約16分
陽の光の圧迫が弱まってゆくのが柱に凭掛っている彼に、向側にいる妻の微かな安堵を感じさせると、彼はふらりと立上って台所から下駄をつっかけて狭い裏の露次へ歩いて行ったが、何気なく隣境の …
原子爆弾(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
夏の野に幻の破片きらめけり 短夜を※れし山河叫び合ふ 炎の樹雷雨の空に舞ひ上る 日の暑さ死臭に満てる百日紅 重傷者来て飲む清水生温く 梯子にゐる屍もあり雲の峰 水をのみ死にゆく少女 …
読書目安時間:約1分
夏の野に幻の破片きらめけり 短夜を※れし山河叫び合ふ 炎の樹雷雨の空に舞ひ上る 日の暑さ死臭に満てる百日紅 重傷者来て飲む清水生温く 梯子にゐる屍もあり雲の峰 水をのみ死にゆく少女 …
原爆回想(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
私の父は四十年前に一度、家を建てたのだが、たま/\地震があって、少し壁や柱にすき間が出来ると、神経質の父は早速その新築の家をとり壊して、今度は根底から細心の吟味を重ねて非常に岩乗な …
読書目安時間:約5分
私の父は四十年前に一度、家を建てたのだが、たま/\地震があって、少し壁や柱にすき間が出来ると、神経質の父は早速その新築の家をとり壊して、今度は根底から細心の吟味を重ねて非常に岩乗な …
原爆小景(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
コレガ人間ナノデス コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ 肉体ガ恐ロシク膨脹シ 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル オオソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ 爛レタ顔ノムクンダ唇カ …
読書目安時間:約3分
コレガ人間ナノデス コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ 肉体ガ恐ロシク膨脹シ 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル オオソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ 爛レタ顔ノムクンダ唇カ …
原爆体験以後(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
幼いときから広島で育ち、付小に行く途中にあった土手町の桜並木、付中通学時代では國泰寺の楠木をなつかしく思いだす、その後広島をはなれて終戦前に広島に帰り、戦前の広島の最後の姿をみると …
読書目安時間:約1分
幼いときから広島で育ち、付小に行く途中にあった土手町の桜並木、付中通学時代では國泰寺の楠木をなつかしく思いだす、その後広島をはなれて終戦前に広島に帰り、戦前の広島の最後の姿をみると …
原爆被災時のノート(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
八月六日八時半頃 突如空襲一瞬ニシテ全市街崩壊便所ニ居テ頭上ニサクレツスル音アリテ頭ヲ打ツ次ノ瞬間暗黒騒音 薄明リノ中ニ見レバ既ニ家ハ壊レ品物ハ飛散ル異臭鼻ヲツキ眼ノホトリヨリ出血 …
読書目安時間:約6分
八月六日八時半頃 突如空襲一瞬ニシテ全市街崩壊便所ニ居テ頭上ニサクレツスル音アリテ頭ヲ打ツ次ノ瞬間暗黒騒音 薄明リノ中ニ見レバ既ニ家ハ壊レ品物ハ飛散ル異臭鼻ヲツキ眼ノホトリヨリ出血 …
氷花(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。雨が降ると、隙間の多い硝子窓からしぶきが吹込むので、却つて落着かず、よく街を出歩いた。「僕をいれてくれる屋根は …
読書目安時間:約27分
三畳足らずの板敷の部屋で、どうかすると息も窒がりさうになるのであつた。雨が降ると、隙間の多い硝子窓からしぶきが吹込むので、却つて落着かず、よく街を出歩いた。「僕をいれてくれる屋根は …
五月(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
電車は恍惚とした五月の大気のなかを走った。西へ傾いた太陽の甘ったるい光は樹木や屋根の上に溢れ、時としてその光は房子の険しい額に戯れかかった。何処の駅に着くのか何処を今過ぎてゐるのか …
読書目安時間:約2分
電車は恍惚とした五月の大気のなかを走った。西へ傾いた太陽の甘ったるい光は樹木や屋根の上に溢れ、時としてその光は房子の険しい額に戯れかかった。何処の駅に着くのか何処を今過ぎてゐるのか …
五年後(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
竜ノ彫刻モ 高イ石段カラ割レテ 墜チ 石段ワキノチョロチョロ水ヲ ニンゲンハ来テハノム 炎天ノ溝ヤ樹ノ根ニ 黒クナッタママシンデイル 死骸ニトリマカレ シンデユクハヤサ 鳥居ノ下デ …
読書目安時間:約1分
竜ノ彫刻モ 高イ石段カラ割レテ 墜チ 石段ワキノチョロチョロ水ヲ ニンゲンハ来テハノム 炎天ノ溝ヤ樹ノ根ニ 黒クナッタママシンデイル 死骸ニトリマカレ シンデユクハヤサ 鳥居ノ下デ …
コレラ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
コレラが流行り出した。コレラはもう四五町先までやって来た。胃腸の弱い彼はすっかり神経を鋭らせた。買はないと云ふのに魚屋は毎日勝手口からやって来て、お宅の井戸は、と賞めながら勝手に水 …
読書目安時間:約3分
コレラが流行り出した。コレラはもう四五町先までやって来た。胃腸の弱い彼はすっかり神経を鋭らせた。買はないと云ふのに魚屋は毎日勝手口からやって来て、お宅の井戸は、と賞めながら勝手に水 …
災厄の日(旧字旧仮名)
読書目安時間:約26分
自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋のやうに、古びた襖や朽ちかかつた柱や雨漏のあとをとどめた壁を、自分の心の内部か何かのやうに安らかな気持で僕は眺めてゐる。湿気と樹木の多い日蔭の …
読書目安時間:約26分
自分の部屋でもないその部屋を自分の部屋のやうに、古びた襖や朽ちかかつた柱や雨漏のあとをとどめた壁を、自分の心の内部か何かのやうに安らかな気持で僕は眺めてゐる。湿気と樹木の多い日蔭の …
沙漠の花(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
堀辰雄氏から「牧歌」といふ署名入りの美しい本を送つて頂いた。私は堀さんを遠くから敬愛するばかりで、まだ一度もお目にかかつたことはないのだが、これは荒涼としたなかに咲いてゐる花のやう …
読書目安時間:約2分
堀辰雄氏から「牧歌」といふ署名入りの美しい本を送つて頂いた。私は堀さんを遠くから敬愛するばかりで、まだ一度もお目にかかつたことはないのだが、これは荒涼としたなかに咲いてゐる花のやう …
残雪(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
青空に風呂屋の煙突がはっきり聳えてゐた。その左の方に外苑の時計台と枯木の梢が茫と冬日に煙ってゐた。もっと近いところには屋根の入り乱れた傾斜が、一方に雪を残して続いてゐた。雪があるの …
読書目安時間:約2分
青空に風呂屋の煙突がはっきり聳えてゐた。その左の方に外苑の時計台と枯木の梢が茫と冬日に煙ってゐた。もっと近いところには屋根の入り乱れた傾斜が、一方に雪を残して続いてゐた。雪があるの …
三人(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
遠くの低い山脈は無表情な空の下に連ってゐた。しかしその山脈を銀のナイフで切れば血が噴き出すかも知れない——何だかさう云ふ気持も少しした。鈍い太陽が冬枯れの練兵場の上にあった。眺めは …
読書目安時間:約2分
遠くの低い山脈は無表情な空の下に連ってゐた。しかしその山脈を銀のナイフで切れば血が噴き出すかも知れない——何だかさう云ふ気持も少しした。鈍い太陽が冬枯れの練兵場の上にあった。眺めは …
潮干狩(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
前の晩、雄二は母と一緒に風呂桶につかつてゐると、白い湯気の立昇るお湯の面に、柱のランプの火影が揺れて、ふとK橋のことを思ひ出した。恰度、夜の橋の上から両岸の火影が水に映つてゐるのを …
読書目安時間:約14分
前の晩、雄二は母と一緒に風呂桶につかつてゐると、白い湯気の立昇るお湯の面に、柱のランプの火影が揺れて、ふとK橋のことを思ひ出した。恰度、夜の橋の上から両岸の火影が水に映つてゐるのを …
四月五日(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
四月五日山村家から招ばれたので昼から出掛ける。山村家の裏庭には桜が咲いてゐる。縁側にアネモネの鉢が並べてある。静かな家だ。髪の長いよく肥えた人が庭さきの日向に籐椅子を出して、それに …
読書目安時間:約2分
四月五日山村家から招ばれたので昼から出掛ける。山村家の裏庭には桜が咲いてゐる。縁側にアネモネの鉢が並べてある。静かな家だ。髪の長いよく肥えた人が庭さきの日向に籐椅子を出して、それに …
「屍の街」(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
私はあのとき広島の川原で、いろんな怪物を視た。男であるのか、女であるのか、ほとんど区別もつかない程、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それ …
読書目安時間:約2分
私はあのとき広島の川原で、いろんな怪物を視た。男であるのか、女であるのか、ほとんど区別もつかない程、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それ …
地獄の門(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
お祭りの夜だった。 叔父は薫を自転車に乗せて走ってゐた。と、警官が叔父を呼留めた。それから二人は警察へ連れて行かれた。薫の顔とそこの机は同じくらいの高さだった。叔父は頻りに薫の慄へ …
読書目安時間:約2分
お祭りの夜だった。 叔父は薫を自転車に乗せて走ってゐた。と、警官が叔父を呼留めた。それから二人は警察へ連れて行かれた。薫の顔とそこの机は同じくらいの高さだった。叔父は頻りに薫の慄へ …
四五ニズム述懐(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
四五ニズムも今では想ひ出になってしまったが、ああ云ったものは何時の時代にも何処かで存在してゐるのではないかと僕には思はれる。それで四五ニズムに就いて少し改めてメモを作ってみる。 ま …
読書目安時間:約5分
四五ニズムも今では想ひ出になってしまったが、ああ云ったものは何時の時代にも何処かで存在してゐるのではないかと僕には思はれる。それで四五ニズムに就いて少し改めてメモを作ってみる。 ま …
「詩集 登高」跋(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
一九四三年の秋であった。三年あまり便りのなかった長光太から葉書をもらった。葉書はつぎつぎに来るやうになった。暗いところから出された光太は、人の顔を見るたびに、しっぽを振りたくなる負 …
読書目安時間:約2分
一九四三年の秋であった。三年あまり便りのなかった長光太から葉書をもらった。葉書はつぎつぎに来るやうになった。暗いところから出された光太は、人の顔を見るたびに、しっぽを振りたくなる負 …
舌(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
四丁目の角で二人を見はぐれたのを幸と、川田はぐんぐん勝手な方向へ進んだ。振返ったらまた彼等がやって来さうなので、傍目も振らなかった。眼は怒り、額は愁ひ、短靴はやたらに急いだが、搾め …
読書目安時間:約3分
四丁目の角で二人を見はぐれたのを幸と、川田はぐんぐん勝手な方向へ進んだ。振返ったらまた彼等がやって来さうなので、傍目も振らなかった。眼は怒り、額は愁ひ、短靴はやたらに急いだが、搾め …
死と愛と孤独(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
原子爆弾の惨劇のなかに生き残つた私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。この眼で視た生々しい光景こそは死んでも描きとめておきたかつた。「夏の花」「廃墟から」 …
読書目安時間:約2分
原子爆弾の惨劇のなかに生き残つた私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。この眼で視た生々しい光景こそは死んでも描きとめておきたかつた。「夏の花」「廃墟から」 …
死について(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
お前が凍てついた手で 最後のマツチを擦つたとき 焔はパツと透明な球体をつくり 清らかな優しい死の床が浮び上つた 誰かが死にかかつてゐる 誰かが死にかかつてゐると、 お前の頬の薔薇は …
読書目安時間:約3分
お前が凍てついた手で 最後のマツチを擦つたとき 焔はパツと透明な球体をつくり 清らかな優しい死の床が浮び上つた 誰かが死にかかつてゐる 誰かが死にかかつてゐると、 お前の頬の薔薇は …
死のなかの風景(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
妻が息をひきとったとき、彼は時計を見て時刻をたしかめた。 妻の母は、念仏を唱えながら、隣室から、小さな仏壇を抱えて来ると、妻の枕許の床の間にそっと置いた。すると、何か風のようなもの …
読書目安時間:約21分
妻が息をひきとったとき、彼は時計を見て時刻をたしかめた。 妻の母は、念仏を唱えながら、隣室から、小さな仏壇を抱えて来ると、妻の枕許の床の間にそっと置いた。すると、何か風のようなもの …
秋旻(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
一人の少年は硫酸を飲んで、袴を穿いて山に行き松に縊ったが、人に発見されて、病院で悶死した。一人の少年は友達と夜行列車に乗ってゐて、「この辺は単線か、複線か。」と尋ねてゐたが、一寸の …
読書目安時間:約1分
一人の少年は硫酸を飲んで、袴を穿いて山に行き松に縊ったが、人に発見されて、病院で悶死した。一人の少年は友達と夜行列車に乗ってゐて、「この辺は単線か、複線か。」と尋ねてゐたが、一寸の …
出発(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
吉池の不機嫌は母と衝突してみてわかった。 ①着物のことになると如何して女と男は意見が違ふのだらう。 ②意見が違ふと云ふことはそんなに人間の感情を害ねるものだらうか。 ③人間はむしろ …
読書目安時間:約2分
吉池の不機嫌は母と衝突してみてわかった。 ①着物のことになると如何して女と男は意見が違ふのだらう。 ②意見が違ふと云ふことはそんなに人間の感情を害ねるものだらうか。 ③人間はむしろ …
少年(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
空地へ幕が張られて、自動車の展覧会があった。誰でも勝手に這入れるので、藤一郎もいい気持で見て歩いた。ピカピカ光るお腹や、澄ました面した自動車を見ると、藤一郎の胸にはふんわりと訳のわ …
読書目安時間:約3分
空地へ幕が張られて、自動車の展覧会があった。誰でも勝手に這入れるので、藤一郎もいい気持で見て歩いた。ピカピカ光るお腹や、澄ました面した自動車を見ると、藤一郎の胸にはふんわりと訳のわ …
書簡:家族・親族宛(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
今朝早くから女房が起すのであるそれから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれたうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである大変芽出度いこととワシも思ふのであるこの上 …
読書目安時間:約28分
今朝早くから女房が起すのであるそれから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれたうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである大変芽出度いこととワシも思ふのであるこの上 …
白い呼吸(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
おでん屋の隅で、ビヤー・ホールの卓上で、或ひは喫茶店のボックスで屡々繰り返される極くありふれた会話の一形式がある。 どうも時代が代ってしまひましたな。今の若い連中なんか何だかまるで …
読書目安時間:約2分
おでん屋の隅で、ビヤー・ホールの卓上で、或ひは喫茶店のボックスで屡々繰り返される極くありふれた会話の一形式がある。 どうも時代が代ってしまひましたな。今の若い連中なんか何だかまるで …
心願の国(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
〈一九五一年武蔵野市〉 夜あけ近く、僕は寝床のなかで小鳥の啼声をきいてゐる。あれは今、この部屋の屋根の上で、僕にむかつて啼いてゐるのだ。含み声の優しい鋭い抑揚は美しい予感にふるへて …
読書目安時間:約11分
〈一九五一年武蔵野市〉 夜あけ近く、僕は寝床のなかで小鳥の啼声をきいてゐる。あれは今、この部屋の屋根の上で、僕にむかつて啼いてゐるのだ。含み声の優しい鋭い抑揚は美しい予感にふるへて …
雀(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
酔ぱらって雀を憶ひ出した二人は新宿まで出掛けた。屋台店の皿に赤裸のままの奴がころがってゐて、若い娘が庖丁で骨を叩いてゐた。一人は一羽の頭を噛ったばかりでもう食はなかった。一人は一串 …
読書目安時間:約1分
酔ぱらって雀を憶ひ出した二人は新宿まで出掛けた。屋台店の皿に赤裸のままの奴がころがってゐて、若い娘が庖丁で骨を叩いてゐた。一人は一羽の頭を噛ったばかりでもう食はなかった。一人は一串 …
西南北東(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
私は焼跡から埋めておいた小さな火鉢を掘出したが、八幡村までは持って帰れないので姉の家にあずけておいた。冬を予告するような木枯が二三日つづいた揚句、とうとう八幡村にも冬がやって来た。 …
読書目安時間:約10分
私は焼跡から埋めておいた小さな火鉢を掘出したが、八幡村までは持って帰れないので姉の家にあずけておいた。冬を予告するような木枯が二三日つづいた揚句、とうとう八幡村にも冬がやって来た。 …
戦争について(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ 肉体ガ恐ロシク膨脹シ 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル オオソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ 「 …
読書目安時間:約2分
コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ 肉体ガ恐ロシク膨脹シ 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル オオソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ 「 …
焚いてしまふ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
紀元節に学校の式を休んで、翌日もまた学校を休んだ。すると、その晩から熱が出て、風邪の気味になった。私は二階の一室に一人で早くから蒲団を被って寝た。ふと、目が覚めると畳の上に白紙のや …
読書目安時間:約3分
紀元節に学校の式を休んで、翌日もまた学校を休んだ。すると、その晩から熱が出て、風邪の気味になった。私は二階の一室に一人で早くから蒲団を被って寝た。ふと、目が覚めると畳の上に白紙のや …
檀一雄「リツ子・その死」:――創芸社刊――(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
「リツ子・その愛」はまだ届かないので、先日お届け下さつた「その死」の方だけ只今、読み了へました。どうして、あなたは私にこの作品の感想を書かせようとなさるのでせう。私が七年前に妻を喪 …
読書目安時間:約5分
「リツ子・その愛」はまだ届かないので、先日お届け下さつた「その死」の方だけ只今、読み了へました。どうして、あなたは私にこの作品の感想を書かせようとなさるのでせう。私が七年前に妻を喪 …
誕生日(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
雄二の誕生日が近づいて来ました。学校では、恰度その日、遠足があることになっていました。いい、お天気だといいがな、と雄二は一週間も前から、その日のことが心配でした。というのが、この頃 …
読書目安時間:約3分
雄二の誕生日が近づいて来ました。学校では、恰度その日、遠足があることになっていました。いい、お天気だといいがな、と雄二は一週間も前から、その日のことが心配でした。というのが、この頃 …
丹那トンネル開通祝ひ(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
頼太は四十歳の独身の独眼の発明家だったが、まだ汽車へ乗ったことがなかった。その癖十何年も前から丹那トンネルには興味を持ってゐた。いよいよトンネルが成功しかかった頃には、彼の発明まで …
読書目安時間:約1分
頼太は四十歳の独身の独眼の発明家だったが、まだ汽車へ乗ったことがなかった。その癖十何年も前から丹那トンネルには興味を持ってゐた。いよいよトンネルが成功しかかった頃には、彼の発明まで …
小さな庭(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
暗い雨のふきつのる、あれはてた庭であつた。わたしは妻が死んだのを知つておどろき泣いてゐた。泣きさけぶ声で目がさめると、妻はかたはらにねむつてゐた。 ……その夢から十日あまりして、ほ …
読書目安時間:約5分
暗い雨のふきつのる、あれはてた庭であつた。わたしは妻が死んだのを知つておどろき泣いてゐた。泣きさけぶ声で目がさめると、妻はかたはらにねむつてゐた。 ……その夢から十日あまりして、ほ …
小さな村(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
夕暮 青田の上の広い空が次第に光を喪つてゐた。村の入口らしいところで道は三つに岐れ、水の音がしてゐるやうであつた。私たちを乗せた荷馬車は軒とすれすれに一すぢの路へ這入つて行つた。ア …
読書目安時間:約23分
夕暮 青田の上の広い空が次第に光を喪つてゐた。村の入口らしいところで道は三つに岐れ、水の音がしてゐるやうであつた。私たちを乗せた荷馬車は軒とすれすれに一すぢの路へ這入つて行つた。ア …
父が生んだ赤ん坊(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
広子は父が出て行くと毎日一人でアパートの六畳で暮した。お昼頃父が拵へて置いてくれた弁当を食べると、絵本などを見てゐるが、そのうちに段々淋しくなって耳を澄ます。すると隣りの部屋には夜 …
読書目安時間:約3分
広子は父が出て行くと毎日一人でアパートの六畳で暮した。お昼頃父が拵へて置いてくれた弁当を食べると、絵本などを見てゐるが、そのうちに段々淋しくなって耳を澄ます。すると隣りの部屋には夜 …
千葉海岸の詩(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
我れ生存に行き暮れて 足どり鈍くたたずめど 満ち足らひたる人のごと 海を眺めて語るなり あはれそのかみののぞき眼鏡に 東京の海のあさき色を 今千葉に来て憶ひ出すかと 幼き日の記憶熱 …
読書目安時間:約1分
我れ生存に行き暮れて 足どり鈍くたたずめど 満ち足らひたる人のごと 海を眺めて語るなり あはれそのかみののぞき眼鏡に 東京の海のあさき色を 今千葉に来て憶ひ出すかと 幼き日の記憶熱 …
鎮魂歌(新字新仮名)
読書目安時間:約58分
美しい言葉や念想が殆ど絶え間なく流れてゆく。深い空の雲のきれ目から湧いて出てこちらに飛込んでゆく。僕はもう何年間眠らなかったのかしら。僕の眼は突張って僕の唇は乾いている。息をするの …
読書目安時間:約58分
美しい言葉や念想が殆ど絶え間なく流れてゆく。深い空の雲のきれ目から湧いて出てこちらに飛込んでゆく。僕はもう何年間眠らなかったのかしら。僕の眼は突張って僕の唇は乾いている。息をするの …
鎮魂歌(新字旧仮名)
読書目安時間:約58分
美しい言葉や念想が殆ど絶え間なく流れてゆく。深い空の雲のきれ目から湧いて出てこちらに飛込んでゆく。僕はもう何年間眠らなかつたのかしら。僕の眼は突張つて僕の唇は乾いてゐる。息をするの …
読書目安時間:約58分
美しい言葉や念想が殆ど絶え間なく流れてゆく。深い空の雲のきれ目から湧いて出てこちらに飛込んでゆく。僕はもう何年間眠らなかつたのかしら。僕の眼は突張つて僕の唇は乾いてゐる。息をするの …
追悼記(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
先頃、この四五年間の手紙を整理してゐると、井上五郎・澄田廣史・兒玉孤舟君など、故人になつた人の書簡が出て来て感慨を新たにされた。澄田廣史君など死ぬる前まで、希望に満ち計画に溢れた、 …
読書目安時間:約2分
先頃、この四五年間の手紙を整理してゐると、井上五郎・澄田廣史・兒玉孤舟君など、故人になつた人の書簡が出て来て感慨を新たにされた。澄田廣史君など死ぬる前まで、希望に満ち計画に溢れた、 …
溺死・火事・スプーン(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
父に連れられて高松から宇治への帰航の途中だった。号一は一人で甲板をよちよち歩き廻って、誰もゐない船尾へ来ると、舵へ噛みつく波のまっ白なしぶきを珍しがって眺めてゐた。それは白熊のやう …
読書目安時間:約3分
父に連れられて高松から宇治への帰航の途中だった。号一は一人で甲板をよちよち歩き廻って、誰もゐない船尾へ来ると、舵へ噛みつく波のまっ白なしぶきを珍しがって眺めてゐた。それは白熊のやう …
透明な輪(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
三角形の平地を七つに岐れて流れる川は瀬戸内海に注いでゐた。平地を囲んで中国山脈があった。平地は沢山の家や道路で都市を構成してゐた。それは今も活動してゐるのだが、彼は寝たまま朧げに巷 …
読書目安時間:約4分
三角形の平地を七つに岐れて流れる川は瀬戸内海に注いでゐた。平地を囲んで中国山脈があった。平地は沢山の家や道路で都市を構成してゐた。それは今も活動してゐるのだが、彼は寝たまま朧げに巷 …
童話(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
人ががやがや家のうちに居た。そこの様子がよくは解らなかった。誰か死んだのではないかしらと始め思へた。生れたのだと皆が云った。誰が生れたのか私には解らない。結局生れたのは私らしかっっ …
読書目安時間:約5分
人ががやがや家のうちに居た。そこの様子がよくは解らなかった。誰か死んだのではないかしらと始め思へた。生れたのだと皆が云った。誰が生れたのか私には解らない。結局生れたのは私らしかっっ …
曇天(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
放蕩の後の烈しい哀感が街中に慄へてゐるやうな日だった。 浅草を過ぎ上野まではバスで、上野から省線で田町へ来ると、遙かなる旅でもして来たやうだった。疲れてはゐたが何か興奮してゐた。光 …
読書目安時間:約2分
放蕩の後の烈しい哀感が街中に慄へてゐるやうな日だった。 浅草を過ぎ上野まではバスで、上野から省線で田町へ来ると、遙かなる旅でもして来たやうだった。疲れてはゐたが何か興奮してゐた。光 …
長崎の鐘(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
No more Hiroshima! これは二度ともう広島の惨禍を繰返すな、といふ意味なのだらうが、ときどき僕は自分自身にむかつて、かう呟く。広島のことはもう沢山だ。どうして僕は原 …
読書目安時間:約5分
No more Hiroshima! これは二度ともう広島の惨禍を繰返すな、といふ意味なのだらうが、ときどき僕は自分自身にむかつて、かう呟く。広島のことはもう沢山だ。どうして僕は原 …
夏の花(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
わが愛する者よ請ふ急ぎはしれ 香はしき山々の上にありて獐の ごとく小鹿のごとくあれ 私は街に出て花を買ふと、妻の墓を訪れようと思つた。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あつた …
読書目安時間:約26分
わが愛する者よ請ふ急ぎはしれ 香はしき山々の上にありて獐の ごとく小鹿のごとくあれ 私は街に出て花を買ふと、妻の墓を訪れようと思つた。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あつた …
夏の花(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
わが愛する者よ請う急ぎはしれ 香わしき山々の上にありて獐の ごとく小鹿のごとくあれ 私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あった …
読書目安時間:約26分
わが愛する者よ請う急ぎはしれ 香わしき山々の上にありて獐の ごとく小鹿のごとくあれ 私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あった …
夏の日のちぎれ雲(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
まっ青な空に浮ぶ一片の白い雲がキラキラと雪のやうに光ってゐる、山の頂である。向ふには竹藪があって、晴嵐がまき起ってゐる。そこに金髪の女がガーターを留めようとして脚をかがめながら笑っ …
読書目安時間:約1分
まっ青な空に浮ぶ一片の白い雲がキラキラと雪のやうに光ってゐる、山の頂である。向ふには竹藪があって、晴嵐がまき起ってゐる。そこに金髪の女がガーターを留めようとして脚をかがめながら笑っ …
難船(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ひどい家だ、ひどい嵐だ、崖の上にのつかってゐるそのボロボロの家は、難破船のやうに傾いてゐる。——今顛覆するか、もう今か、と思ひながら、ゴーと唸って雨戸にぶつっかる砂塵の音に寝そびれ …
読書目安時間:約1分
ひどい家だ、ひどい嵐だ、崖の上にのつかってゐるそのボロボロの家は、難破船のやうに傾いてゐる。——今顛覆するか、もう今か、と思ひながら、ゴーと唸って雨戸にぶつっかる砂塵の音に寝そびれ …
虹(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
二晩ぐらゐ睡れないことがあると、昼はもとより睡れなかった。彼の頭はうつつを吸ひすぎて疲れ、神経はペンさきのやうに尖った。明るい光線の降り注ぐ窓辺のデスクで、彼はペンを走らせた。念想 …
読書目安時間:約3分
二晩ぐらゐ睡れないことがあると、昼はもとより睡れなかった。彼の頭はうつつを吸ひすぎて疲れ、神経はペンさきのやうに尖った。明るい光線の降り注ぐ窓辺のデスクで、彼はペンを走らせた。念想 …
廃墟から(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
八幡村へ移った当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行ったり、配給ものを受取りに出歩いたり、廿日市町の長兄と連絡をとったりしていた。そこは農家の離れを次兄が借りたのだ …
読書目安時間:約29分
八幡村へ移った当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行ったり、配給ものを受取りに出歩いたり、廿日市町の長兄と連絡をとったりしていた。そこは農家の離れを次兄が借りたのだ …
廃墟から(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
八幡村へ移つた当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行つたり、配給ものを受取りに出歩いたり、廿日市町の長兄と連絡をとつたりしてゐた。そこは農家の離れを次兄が借りたのだ …
読書目安時間:約29分
八幡村へ移つた当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行つたり、配給ものを受取りに出歩いたり、廿日市町の長兄と連絡をとつたりしてゐた。そこは農家の離れを次兄が借りたのだ …
背後(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
重苦しい六時間の授業が終って、侃は一人で校門を出る。午後三時の秋の陽光が、静かな狭い小路の屋根や柳に懸ってゐる。ここまで来ると、彼は吻とするのだ。或る家の軒下には鶏が籠に入れられて …
読書目安時間:約3分
重苦しい六時間の授業が終って、侃は一人で校門を出る。午後三時の秋の陽光が、静かな狭い小路の屋根や柳に懸ってゐる。ここまで来ると、彼は吻とするのだ。或る家の軒下には鶏が籠に入れられて …
蝿(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
秋も大分深くなって、窓から見える芋畑もすっかり葉が繁った。田中氏は窓際の机に凭って朝食後の煙草を燻して、膝の上に新聞を展げてゐた。さうしてゐると、まだ以前の習慣が何処かに残ってゐる …
読書目安時間:約6分
秋も大分深くなって、窓から見える芋畑もすっかり葉が繁った。田中氏は窓際の机に凭って朝食後の煙草を燻して、膝の上に新聞を展げてゐた。さうしてゐると、まだ以前の習慣が何処かに残ってゐる …
鳩(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
鶉居山房と私とは路傍に屈んで洋服屋の若旦那を待ってゐた。別に用事なんかなかったのだが、待ってゐるうちに帰るのがめんどくさくなった。若旦那は今朝から留守なのださうだから、なかなか帰っ …
読書目安時間:約2分
鶉居山房と私とは路傍に屈んで洋服屋の若旦那を待ってゐた。別に用事なんかなかったのだが、待ってゐるうちに帰るのがめんどくさくなった。若旦那は今朝から留守なのださうだから、なかなか帰っ …
馬頭観世音(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
東京から叔父が由三の家を訪ねて来たのは、今度叔父も愈々墓地を買ったのでそれの自慢のためだった。叔父は由三の灰白な貌と奇怪なアトリエを見較べながら、そこらに並んでゐるカンバスがすべて …
読書目安時間:約3分
東京から叔父が由三の家を訪ねて来たのは、今度叔父も愈々墓地を買ったのでそれの自慢のためだった。叔父は由三の灰白な貌と奇怪なアトリエを見較べながら、そこらに並んでゐるカンバスがすべて …
針(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
飛行機を眺めてゐたら朝子の頬にぬらりと掌のやうな風が来て撫でた。ふと、そこには臭ひがあって、彼女の神経は窓に何か着いてゐるのではないかと探った。とどかないところにあって彼女を嘲弄し …
読書目安時間:約3分
飛行機を眺めてゐたら朝子の頬にぬらりと掌のやうな風が来て撫でた。ふと、そこには臭ひがあって、彼女の神経は窓に何か着いてゐるのではないかと探った。とどかないところにあって彼女を嘲弄し …
遥かな旅(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
夕方の外食時間が近づくと、彼は部屋を出て、九段下の爼橋から溝川に添い雉子橋の方へ歩いて行く。着古したスプリング・コートのポケットに両手を突込んだまま、ゆっくり自分の靴音を数えながら …
読書目安時間:約14分
夕方の外食時間が近づくと、彼は部屋を出て、九段下の爼橋から溝川に添い雉子橋の方へ歩いて行く。着古したスプリング・コートのポケットに両手を突込んだまま、ゆっくり自分の靴音を数えながら …
火の踵(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
……音楽爆弾。 突然、その言葉が頭の一角に閃光を放つと、衝撃によろめくやうにしながら人混のなかで立留まつてゐた。たつた今、無所得証明書とひきかへに封鎖預金から千円の生活費を引出せた …
読書目安時間:約19分
……音楽爆弾。 突然、その言葉が頭の一角に閃光を放つと、衝撃によろめくやうにしながら人混のなかで立留まつてゐた。たつた今、無所得証明書とひきかへに封鎖預金から千円の生活費を引出せた …
火の唇(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
いぶきが彼のなかを突抜けて行った。一つの物語は終ろうとしていた。世界は彼にとってまだ終ろうとしていなかった。すべてが終るところからすべては新しく始る、すべてが終るところからすべては …
読書目安時間:約22分
いぶきが彼のなかを突抜けて行った。一つの物語は終ろうとしていた。世界は彼にとってまだ終ろうとしていなかった。すべてが終るところからすべては新しく始る、すべてが終るところからすべては …
火の唇(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
いぶきが彼のなかを突抜けて行つた。一つの物語は終らうとしてゐた。世界は彼にとつてまだ終らうとしてゐなかつた。すべてが終るところからすべては新らしく始まる、すべてが終るところからすべ …
読書目安時間:約22分
いぶきが彼のなかを突抜けて行つた。一つの物語は終らうとしてゐた。世界は彼にとつてまだ終らうとしてゐなかつた。すべてが終るところからすべては新らしく始まる、すべてが終るところからすべ …
火の子供(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
〈一九四九年神田〉 僕は通りがかりに映画館の前の行列を眺めてゐた。水色の清楚なオーバーを着たお嬢さんの後姿が何気なく僕の眼にとまつた。時間を待つてゐる人間の姿といふものは、どうして …
読書目安時間:約22分
〈一九四九年神田〉 僕は通りがかりに映画館の前の行列を眺めてゐた。水色の清楚なオーバーを着たお嬢さんの後姿が何気なく僕の眼にとまつた。時間を待つてゐる人間の姿といふものは、どうして …
雲雀病院(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
銀の鈴を振りながら、二頭の小山羊は花やリボンで飾られてゐる大きな乳母車を牽いて行つた。その後には、青い服を※つた鳩のやうな婦人がもの静かに従いて歩いた。むかうの峰には乳白色の靄がか …
読書目安時間:約15分
銀の鈴を振りながら、二頭の小山羊は花やリボンで飾られてゐる大きな乳母車を牽いて行つた。その後には、青い服を※つた鳩のやうな婦人がもの静かに従いて歩いた。むかうの峰には乳白色の靄がか …
比喩(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
机を前にして二人の少年は坐ってゐた。ガラス窓の外には寒さうな山があった。話は杜絶え勝ちだった。時間がここでは悠久に流れてゐた。 「君は馬鹿だよ、僕は君を軽蔑してゐるのだが、ただ便宜 …
読書目安時間:約2分
机を前にして二人の少年は坐ってゐた。ガラス窓の外には寒さうな山があった。話は杜絶え勝ちだった。時間がここでは悠久に流れてゐた。 「君は馬鹿だよ、僕は君を軽蔑してゐるのだが、ただ便宜 …
ヒロシマの声(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
ペン・クラブの一行に加わって私はこんど三年振りに広島を訪れた。街は既に五年前の廃墟の姿とは著しく変っていて、見たところ惨劇の跡を直かに生々しく伝えるものは、あまりなかった。かつての …
読書目安時間:約2分
ペン・クラブの一行に加わって私はこんど三年振りに広島を訪れた。街は既に五年前の廃墟の姿とは著しく変っていて、見たところ惨劇の跡を直かに生々しく伝えるものは、あまりなかった。かつての …
広島の牧歌(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
鶴見橋といふ名前があるからには、比治山に鶴が舞っていたのだらう。私の亡父はその舞っている鶴を見たことがあるといふ。 比治山の鶴が飛んだビンロイ と、箸ですくった茶碗の御飯を幼児の口 …
読書目安時間:約4分
鶴見橋といふ名前があるからには、比治山に鶴が舞っていたのだらう。私の亡父はその舞っている鶴を見たことがあるといふ。 比治山の鶴が飛んだビンロイ と、箸ですくった茶碗の御飯を幼児の口 …
風景(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
生活が一つのレールに乗って走り出すと、窓から見える風景がすべて遠い存在として感じられた。岸田は往復の省線の窓から、枯芝の傾斜面に残る雪や、ガラス板にたっぷり日光を受けて走る自動車や …
読書目安時間:約1分
生活が一つのレールに乗って走り出すと、窓から見える風景がすべて遠い存在として感じられた。岸田は往復の省線の窓から、枯芝の傾斜面に残る雪や、ガラス板にたっぷり日光を受けて走る自動車や …
藤の花(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
運動場の白い砂の上では四十人あまりの男女が体操をしてゐた。藤棚の下で見てゐると微風が睡気を運んで来るので、体操の時間は停まったままでちっとも動かない。機械体操から墜ちて手首を挫いた …
読書目安時間:約2分
運動場の白い砂の上では四十人あまりの男女が体操をしてゐた。藤棚の下で見てゐると微風が睡気を運んで来るので、体操の時間は停まったままでちっとも動かない。機械体操から墜ちて手首を挫いた …
二つの頭(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
日曜日のことでした、雄二の兄と兄の友達が鶴小屋の前で、鶴をスケッチしていました、雄二はそれを側で眺めながら、ひとりでこんなことを考えました……何んだい、僕だって描けますよ、鶴だって …
読書目安時間:約2分
日曜日のことでした、雄二の兄と兄の友達が鶴小屋の前で、鶴をスケッチしていました、雄二はそれを側で眺めながら、ひとりでこんなことを考えました……何んだい、僕だって描けますよ、鶴だって …
二つの死(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。檜葉垣を隔てて、向に見える二階建洋館のアパートでは、私が見おろす窓のところに、白い顔をした男が鏡にむ …
読書目安時間:約16分
その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。檜葉垣を隔てて、向に見える二階建洋館のアパートでは、私が見おろす窓のところに、白い顔をした男が鏡にむ …
冬日記(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
真白い西洋紙を展げて、その上に落ちてくる午後の光線をぼんやり眺めていると、眼はその紙のなかに吸込まれて行くようで、心はかすかな光線のうつろいに悶えているのであった。紙を展べた机は塵 …
読書目安時間:約18分
真白い西洋紙を展げて、その上に落ちてくる午後の光線をぼんやり眺めていると、眼はその紙のなかに吸込まれて行くようで、心はかすかな光線のうつろいに悶えているのであった。紙を展べた机は塵 …
冬晴れ(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
上と下に路があって真中に桜の並木が植ってゐるが、上の方の路にはよく日があたった。ところどころ家並が切れたところに川が見えた。一人の小学生が日のよくあたる方の路を歩いて学校へ行ってゐ …
読書目安時間:約1分
上と下に路があって真中に桜の並木が植ってゐるが、上の方の路にはよく日があたった。ところどころ家並が切れたところに川が見えた。一人の小学生が日のよくあたる方の路を歩いて学校へ行ってゐ …
平和への意志(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
二つの特輯が私の心を惹いた。知識人戦線(個性七月号)と平和の擁護(近代文学八月号)と、これは近頃、最も意義ある特輯だつたが、かうした特輯は今後も絶えず繰返して為されなければならない …
読書目安時間:約3分
二つの特輯が私の心を惹いた。知識人戦線(個性七月号)と平和の擁護(近代文学八月号)と、これは近頃、最も意義ある特輯だつたが、かうした特輯は今後も絶えず繰返して為されなければならない …
ペンギン鳥の歌(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
森は雪におおわれて真白になりました。高い大きな枯木の上で、カラスが拡声器をすえて、今しきりに、こんなことを喋っています。 ああああただ今試験中です ああああただ今試験中です あああ …
読書目安時間:約2分
森は雪におおわれて真白になりました。高い大きな枯木の上で、カラスが拡声器をすえて、今しきりに、こんなことを喋っています。 ああああただ今試験中です ああああただ今試験中です あああ …
遍歴(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
植民地を殖すのだとか、鉄道を敷設するのだとか云ふ譬喩で、新しく友達を作ることを彼は説明するのであった。少年が青年になると、進取的な気象が芽生え、新たなる環境と展望の下に、すべてがみ …
読書目安時間:約1分
植民地を殖すのだとか、鉄道を敷設するのだとか云ふ譬喩で、新しく友達を作ることを彼は説明するのであった。少年が青年になると、進取的な気象が芽生え、新たなる環境と展望の下に、すべてがみ …
酸漿(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
結婚式の二時間前、彼女は畳に落ちてゐた酸漿を拾って鳴らして捨てた。 朝、夫が役所へ出て行くと、彼女はもう一度寝床に潜り込んで、昼過ぎに起きた。それから煎餅を噛りながら新聞を読んだ。 …
読書目安時間:約1分
結婚式の二時間前、彼女は畳に落ちてゐた酸漿を拾って鳴らして捨てた。 朝、夫が役所へ出て行くと、彼女はもう一度寝床に潜り込んで、昼過ぎに起きた。それから煎餅を噛りながら新聞を読んだ。 …
星のわななき(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、 「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。 「健在ですよ」と答へるものの、相手には何 …
読書目安時間:約10分
私は「夏の花」「廃墟から」などの短編で広島の遭難を描いたが、あれを読んでくれた人はきまつたやうに、 「あの甥はどうなりましたか」と訊ねる。 「健在ですよ」と答へるものの、相手には何 …
焔(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
雪が溶けて、しぶきが虹になった。麦畑の麦が舌を出した。泥濘にぺちゃぺちゃ靴が鳴る。をかしい。また春がやって来る。一年目だ。今度こそしくじったら台なしだ。だけど三百六十五日て、やっぱ …
読書目安時間:約13分
雪が溶けて、しぶきが虹になった。麦畑の麦が舌を出した。泥濘にぺちゃぺちゃ靴が鳴る。をかしい。また春がやって来る。一年目だ。今度こそしくじったら台なしだ。だけど三百六十五日て、やっぱ …
街の断片(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
相手の声がコックだったので彼女は自分の声に潤ひと弾みとを加へた。その方が料理に念を入れて来るだらうし、——マネージャー達だって私の声を聴いてゐるのだから——さあ、もっとだらだら喋っ …
読書目安時間:約3分
相手の声がコックだったので彼女は自分の声に潤ひと弾みとを加へた。その方が料理に念を入れて来るだらうし、——マネージャー達だって私の声を聴いてゐるのだから——さあ、もっとだらだら喋っ …
真夏日の散歩(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
その男は顔が仮面のやうになってしまって、毀れものを運ぶやうにおづおづと身体を動かしてゐた。八月の熱と光が街を包んで到る処の空間が軽い脳貧血を呈してゐた。 鋏の柄に着いてゐる米粒ほど …
読書目安時間:約2分
その男は顔が仮面のやうになってしまって、毀れものを運ぶやうにおづおづと身体を動かしてゐた。八月の熱と光が街を包んで到る処の空間が軽い脳貧血を呈してゐた。 鋏の柄に着いてゐる米粒ほど …
魔のひととき(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
ここでは夜明けが僕の瞼の上に直接落ちてくる。と、僕の咽喉のなかで睡つてゐる咳は、僕より早く目をさます。咳は、板敷の固い寝床にくつついてゐる僕の肩や胸を揉みくちやにする。どんなに制し …
読書目安時間:約26分
ここでは夜明けが僕の瞼の上に直接落ちてくる。と、僕の咽喉のなかで睡つてゐる咳は、僕より早く目をさます。咳は、板敷の固い寝床にくつついてゐる僕の肩や胸を揉みくちやにする。どんなに制し …
魔のひととき(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
魔のひととき 尾花の白い幻やたれこめた靄が もう今にも滴り落ちさうな 冷えた涙のわきかへるわきかへる この魔のひとときよ とぼとぼと坂をくだり径をゆけば 人の世は声をひそめ キラキ …
読書目安時間:約3分
魔のひととき 尾花の白い幻やたれこめた靄が もう今にも滴り落ちさうな 冷えた涙のわきかへるわきかへる この魔のひとときよ とぼとぼと坂をくだり径をゆけば 人の世は声をひそめ キラキ …
惨めな文学的環境(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
昨夜あなたは田中英光のことを近々書くといっていたが、直接面識のあったあなたの書くものは面白いだろうと期待しています。彼の死は何という悲惨な日本文化の象徴でしょう、どうも惨めなのはひ …
読書目安時間:約2分
昨夜あなたは田中英光のことを近々書くといっていたが、直接面識のあったあなたの書くものは面白いだろうと期待しています。彼の死は何という悲惨な日本文化の象徴でしょう、どうも惨めなのはひ …
昔の店(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
静三が学校から帰って来た時、店の前にいた笠岡が彼の姿を認めると「恰度いい処へお帰りね、今、写真撮ろうとしている処なのよ」と云って、早速彼を自転車の脇に立たせた。その時(それは明治四 …
読書目安時間:約27分
静三が学校から帰って来た時、店の前にいた笠岡が彼の姿を認めると「恰度いい処へお帰りね、今、写真撮ろうとしている処なのよ」と云って、早速彼を自転車の脇に立たせた。その時(それは明治四 …
もぐらとコスモス(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
コスモスの花が咲き乱れていました。赤、白、深紅、白、赤、桃色……花は明るい光に揺らいで、にぎやかに歌でも歌っているようです。 暗い土の底で、もぐらの子供がもぐらのお母さんに今こんな …
読書目安時間:約3分
コスモスの花が咲き乱れていました。赤、白、深紅、白、赤、桃色……花は明るい光に揺らいで、にぎやかに歌でも歌っているようです。 暗い土の底で、もぐらの子供がもぐらのお母さんに今こんな …
屋根の上(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
かちんと、羽子板にはねられると、羽子は、うんと高く飛び上ってみました。それから、また板に戻ってくると、こんどはもっと思いきって高く飛び上りました。何度も何度も飛び上っているうちに、 …
読書目安時間:約3分
かちんと、羽子板にはねられると、羽子は、うんと高く飛び上ってみました。それから、また板に戻ってくると、こんどはもっと思いきって高く飛び上りました。何度も何度も飛び上っているうちに、 …
山へ登った毬(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
史朗は今度一年生になりました。まだ学校へ行く道が憶えられないので、女中が連れて行きます。女中は史朗の妹を背に負って行くのでした。妹は美しい毬を持っています。その毬は姉が東京から土産 …
読書目安時間:約1分
史朗は今度一年生になりました。まだ学校へ行く道が憶えられないので、女中が連れて行きます。女中は史朗の妹を背に負って行くのでした。妹は美しい毬を持っています。その毬は姉が東京から土産 …
夕凪(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
老婆は台所の隅の火鉢に依掛って肉を焼いた。彼女の額も首も汗に滲み、まるで自分が焼かれてゐるやうな気がした。四つになる児が火のついたやうに傍で泣いた。口を四角に開けて、両手で足をさす …
読書目安時間:約1分
老婆は台所の隅の火鉢に依掛って肉を焼いた。彼女の額も首も汗に滲み、まるで自分が焼かれてゐるやうな気がした。四つになる児が火のついたやうに傍で泣いた。口を四角に開けて、両手で足をさす …
夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
彼はその女を殺してしまはうと決心しながら、夜更けの人足も薄らいだK——坂を登ってゐた。兇器にするか、何にするか、手段はまだ考へてゐなかった。が、その烈しい憤怒だけで、彼は女の首を完 …
読書目安時間:約1分
彼はその女を殺してしまはうと決心しながら、夜更けの人足も薄らいだK——坂を登ってゐた。兇器にするか、何にするか、手段はまだ考へてゐなかった。が、その烈しい憤怒だけで、彼は女の首を完 …
夢と人生(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
夢のことを書く。お前と死別れて間もなく、僕はこんな約束をお前にした。その時から僕は何も書いていない夢に関するノートを持ち歩いているのだ。僕は罹災後、あの寒村のあばら屋の二階で石油箱 …
読書目安時間:約19分
夢のことを書く。お前と死別れて間もなく、僕はこんな約束をお前にした。その時から僕は何も書いていない夢に関するノートを持ち歩いているのだ。僕は罹災後、あの寒村のあばら屋の二階で石油箱 …
よみがへる父(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
父の十七回忌に帰って、その時彼の縁談が成立したのだから、これも仏の手びきだらうと母は云ふ。その法会の時、彼は長いこと正坐してゐたため、足が棒のやうになったが、焼香に立上って、仏壇を …
読書目安時間:約1分
父の十七回忌に帰って、その時彼の縁談が成立したのだから、これも仏の手びきだらうと母は云ふ。その法会の時、彼は長いこと正坐してゐたため、足が棒のやうになったが、焼香に立上って、仏壇を …
より美しく―より和やかに(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
ペン・クラブの一行と別れて、私はまだ廣島に滞在しているわけだが、今朝は久振りで泉邸や常盤橋から饒津の方を歩いてみた。泉邸の川岸には頭に白い手ぬぐいをかむって何か働いている人の姿を見 …
読書目安時間:約2分
ペン・クラブの一行と別れて、私はまだ廣島に滞在しているわけだが、今朝は久振りで泉邸や常盤橋から饒津の方を歩いてみた。泉邸の川岸には頭に白い手ぬぐいをかむって何か働いている人の姿を見 …
夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
樟の大きな影が地面を覆って、薄暗い街燈が霧で曇ってゐた。雨に濡れた落葉がその辺には多い。月が雲の奔流に乗って、時々奇妙な光線を投げかける。そこは坂を登って、横に折れた路で、人はあん …
読書目安時間:約1分
樟の大きな影が地面を覆って、薄暗い街燈が霧で曇ってゐた。雨に濡れた落葉がその辺には多い。月が雲の奔流に乗って、時々奇妙な光線を投げかける。そこは坂を登って、横に折れた路で、人はあん …
忘れがたみ(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
大学病院の方へ行く坂を登りながら、秋空に引かれた白い線に似た雲を見ていた。こんな面白い雲があるのかと、はじめて見る奇妙な雲について私は早速帰ったら妻に話すつもりで……しかし、その妻 …
読書目安時間:約15分
大学病院の方へ行く坂を登りながら、秋空に引かれた白い線に似た雲を見ていた。こんな面白い雲があるのかと、はじめて見る奇妙な雲について私は早速帰ったら妻に話すつもりで……しかし、その妻 …
忘れもの(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
ポストのところまで歩いて行くと、彼はポケットから手紙を取出した。そして何だか変だとは思ひながら、ポストの口へ入れて行ったが、指を離した瞬間、はっと気がついて顔を歪めた。切手がまだ貼 …
読書目安時間:約2分
ポストのところまで歩いて行くと、彼はポケットから手紙を取出した。そして何だか変だとは思ひながら、ポストの口へ入れて行ったが、指を離した瞬間、はっと気がついて顔を歪めた。切手がまだ貼 …
棉の花(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
十歳の時の夏、構造は川端の小母の家で暮した。小母は夕方、構造を連れて畑のなかを通って、或る家の風呂へ入らして貰ひに行くのだった。湯気で上気した小母の顔が湯気の中の電燈と一緒に彼の瞳 …
読書目安時間:約1分
十歳の時の夏、構造は川端の小母の家で暮した。小母は夕方、構造を連れて畑のなかを通って、或る家の風呂へ入らして貰ひに行くのだった。湯気で上気した小母の顔が湯気の中の電燈と一緒に彼の瞳 …
吾亦紅(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
マルが私の家に居ついたのは、昭和十一年のはじめであった。死にそうな、犬が庭に迷い込んで来たから追出して下さいと妻はある寒い晩云った。死にはすまいと私はそのままにしておいた。犬は二三 …
読書目安時間:約17分
マルが私の家に居ついたのは、昭和十一年のはじめであった。死にそうな、犬が庭に迷い込んで来たから追出して下さいと妻はある寒い晩云った。死にはすまいと私はそのままにしておいた。犬は二三 …
翻訳者としての作品一覧
ガリバー旅行記(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間2分
私はいろ/\不思議な国を旅行して、さま/″\の珍しいことを見てきた者です。名前はレミュエル・ガリバーと申します。 子供のときから、船に乗って外国へ行ってみたいと思っていたので、航海 …
読書目安時間:約4時間2分
私はいろ/\不思議な国を旅行して、さま/″\の珍しいことを見てきた者です。名前はレミュエル・ガリバーと申します。 子供のときから、船に乗って外国へ行ってみたいと思っていたので、航海 …
“原民喜”について
原 民喜(はら たみき、1905年(明治38年)11月15日 - 1951年(昭和26年)3月13日)は、日本の詩人、小説家。広島で被爆した体験を、詩『原爆小景』(1950年)や小説『夏の花』(1947年)等の作品に残した。
縫製業を営む裕福な家庭の五男に生まれた。慶大英文科に進み、ダダイズムの影響を受けた詩を発表する一方、左翼運動にも一時近づく。卒業後の翌年、掌編小説集『焔』(1935年)を自費出版。「三田文学」などに短編小説を発表するなど創作盛んであった。妻が病死した悲しみも創作への原動力となる。
郷里広島に疎開中に被爆。以降体調すぐれない中、「このことを書きのこさねばならない」という強い信念のもと、被爆体験を綴った。
(出典:Wikipedia)
縫製業を営む裕福な家庭の五男に生まれた。慶大英文科に進み、ダダイズムの影響を受けた詩を発表する一方、左翼運動にも一時近づく。卒業後の翌年、掌編小説集『焔』(1935年)を自費出版。「三田文学」などに短編小説を発表するなど創作盛んであった。妻が病死した悲しみも創作への原動力となる。
郷里広島に疎開中に被爆。以降体調すぐれない中、「このことを書きのこさねばならない」という強い信念のもと、被爆体験を綴った。
(出典:Wikipedia)
“原民喜”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)