“吾儕”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
われわれ28.6%
われら17.9%
われ/\7.1%
わがせい7.1%
おのれ3.6%
わし3.6%
わたくし3.6%
わたし3.6%
わたしども3.6%
われ3.6%
おれ3.6%
それがし3.6%
わがみ3.6%
わしら3.6%
わなみ3.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
余程彼よりは上手(うわて)だ。吾儕(われわれ)の親類の中で、彼の細君が一番エライと俺は思ってる。細君に心配されるような人間は高が知れてるサ
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……されば九州で危いのはまず黒田と細川(熊本)であろう……と備後(びんご)殿(栗山)も美作(みまさか)殿(黒田)も吾儕(われら)に仰せ聞けられたでのう。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
吾儕(われ/\)の事業(しごと)が是丈(これだけ)に揚つて来たのも、一つは君の御骨折からだ。斯うして君が居て下さるんで、奈何(どんな)にか我輩も心強いか知れない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
吾儕(わがせい)のこの新聞紙を発兌するや、まさに以て海内三千五百万の兄弟とともに共に向上の真理を講求して、以て国家に報効するあらんと欲せんとするなり。
下て貰(もら)ひに來りし小西屋で今更(いまさら)俄(にはか)に斷りに來のは何とも合點(がてん)行(ゆか)ぬと云たる耳(のみ)にて詮方(せんかた)なければお光を慰め家へ歸し吾儕(おのれ)も大藤武左衞門に會つて悔(くや)みを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
連(つれ)て參りますと主個(あるじ)に言て俄(にはか)の支度辨當(べんたう)包(つゝ)み吹筒(すゐづつ)携(さ)げ和吉を呼で今日は吾儕(わし)が花見に行なれば辨當を脊負(しよひ)供(とも)をしてと言ば和吉は首(かうべ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
話しお金は營業(なりはひ)よりの歸り道二人が話しの容子(ようす)を聞き殘らず吾儕(わたくし)に話したるより其無念やる方なく渠(かれ)を殺して身の汚名(をめい)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
振(ふり)何の用かと思ひましたら今日も亦花見のお供(とも)吾儕(わたし)は昨日(きのふ)若旦那に連(つれ)られて行き懲々(こり/\)したれば何卒(なにとぞ)之は長松どんか留吉どんに代らせてと言を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『彼頃(あのころ)から見ると、皆(みん)な立派な姉さんに成りましたなあ——どうして吾儕(わたしども)が来た時分には、まだ鼻洟(はな)を垂らしてるやうな連中もあつたツけが。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夫ぢやア爲(やつ)て下さるか如何(いかに)も吾儕(われ)がことを構(かま)へ爲(し)て見せようが此姿(すがた)では如何(どう)も斯(かう)も詮方(しかた)がねへ付ては身姿(みなり)を拵(こせへ)るだけ金をば五兩貸てくれ。
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ムヽ五兩と云ては吾儕(おれ)の身では大金ながら後刻(のち)までに急度(きつと)調達(こしらへ)持(もつ)て來(くる)が然して金の入用と邪魔(じやま)の手段は如何いふ解(わけ)か安心するため聞せてと云ば元益庄兵衞の耳の邊(ほとり)へ口さし寄せ何事やらん稍(やゝ)霎時(しばらく)私語(さゝやき)示(しめ)すを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
聞(きい)て下されかし素(もと)吾儕(それがし)は有馬家にて祿(ろく)五百石を頂戴なし小姓頭を勤(つとめ)たる大藤武左衞門と云者なるが夫婦(ふうふ)の中(なか)に子と言は是なるお光(みつ)たゞ一人然(しか)るに妻は七年前世(よ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
吾儕(わがみ)が先立てば誰とて後で父樣(とゝさま)の御介抱をば申し上ん夫を思へば捨兼(すてかね)る生命を捨ねば惡名を雪(すゝぐ)に難き薄命(ふしあはせ)お目覺されし其後に此遺書(かきおき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
小西屋へ一度掛合吾儕(わしら)の身體(からだ)の明りの立やうに何卒(どうぞ)なされて下されませと理(ことわ)り迫(せめ)たるお光の述懷(じゆつくわい)無實(むじつ)に陷(おちい)り樂みし赤繩(せきじよう)茲(こゝ)に絶しと知ぬは憐れといふも魯(おろか)なりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
よに幸(さち)なきもの二ツあり。又幸あるものふたつあり。則(すなはち)吾儕(わなみ)と汝(なんぢ)なり。己れは国主の息女(むすめ)なれども。義を重しとするゆゑに。畜生に伴(ともなは)る。これこの身の不幸なり。しかれども穢(けが)し犯されず。