“われら”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
我等27.8%
吾等25.0%
我儕15.3%
吾人11.1%
吾儕6.9%
予等2.8%
吾輩2.8%
夫婦2.8%
私1.4%
予1.4%
吾曹1.4%
我們1.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
御用(ごよう)の趣(おもむき)餘(よ)の儀(ぎ)にあらず、其方達(そのはうたち)も豫(かね)て存(ぞん)ずる如(ごと)く豆州(づしう)御勝手許(おかつてもと)不如意(ふによい)につき、此度(このたび)御改革(ごかいかく)相成(あひな)る奉行(ぶぎやう)の儀(ぎ)、我等(われら)相談(さうだん)の上(うへ)にて、杢(もく)汝(なんぢ)に申付(まをしつ)くるぞ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
パリス 何(いづ)れも名譽(めいよ)の家柄(いへがら)であらせらるゝに、久(ひさ)しう確執(なかたがひ)をなされたはお氣(き)の毒(どく)な儀(ぎ)でござった。時(とき)に、吾等(われら)が申入(まうしい)れた事(こと)の御返答(ごへんたふ)は?
そうして我儕(われら)が折角骨折って小石を積み上げて居ると、無慈悲の鬼めが来ては唯一棒に打崩す。ナポレオンが雄図(ゆうと)を築くと、ヲートルルーが打崩す。
地蔵尊 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
女学雑誌社を代表者として、現出せし一派の流行思想(カレント、ソート)(吾人(われら)は之れを唯心的、凡神的の傾向と云ふ、直ちに之を唯心論、凡神論なりとは曰はず)
「人はいかなる境涯にも慣れるもので、それがまた吾儕(われら)に与えられたる自然の恵みである」と言った人もあったとやら。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
予等(われら)が詩、年を経るに従いていよいよ貴からんことこの酒のごとくならん、と誓ったそうだわね、と硝子杯(コップ)を火に翳(かざ)してその血汐(ちしお)のごとき紅(くれない)を眉に宿して、大した学者でしょう、などと夫人
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
竜さては狐と共謀して、吾輩(われら)を食うつもりと合点し、急ぎ奔(はし)ると、拽(ひ)きずられた狐は途上の石で微塵(みじん)に砕けた。
測(はか)り難(がた)し、夫婦(われら)は罪(つみ)を負(お)ふ身(み)の
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さて、三年(ねん)前(まへ)、……日(ひ)は違(ちが)ひます。なれども、同(おな)じ此(こ)の霜月(しもつき)の夜(よ)さり、丁(ちやう)ど同(おな)じ今(いま)の時刻(じこく)、私(われら)にもお前樣(まへさま)と同(おな)じ事(こと)がありました。……
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
聞(き)きますると、私(われら)に、件(くだん)の影(かげ)を捉(と)る魔(ま)ものの話(はなし)を聞(き)いてからは、瞬(またゝ)く間(ま)さへ、瞳(ひとみ)に着(つ)いて、我(われ)と我(わ)が影(かげ)が目前(めさき)を離(はな)れぬ。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其中(そのうち)、姫(ひめ)の目覺(めざ)めしゆゑ、天(てん)の爲(な)せる業(わざ)は是非(ぜひ)に及(およ)ばず、ともかく出(で)てござれ、と勸(すゝ)むるうちに、近(ちか)づく人聲(ひとごゑ)、予(われら)駭(おどろ)き逃出(にげいで)ましたが、絶望(ぜつばう)の餘(あまり)にや、姫(ひめ)は續(つゞ)いて參(まゐ)りもせず
手前(てまへ)が存(ぞん)じをりまするは是限(これぎ)り。内祝言(ないしうげん)の儀(ぎ)は乳母(うば)が善(よ)う承知(しょうち)の筈(はず)。何事(なにごと)にまれ、予(われら)が不埓(ふらち)と御檢斷(ごけんだん)遊(あそ)ばれうならば、餘命(よめい)幾何(いくばく)もなき老骨(らうこつ)、如何(いか)な御嚴刑(ごげんけい)にも處(しょ)せられませう。
かつまた、後来(こうらい)この挙に傚(なら)い、ますますその結構を大にし、ますますその会社を盛んにし、もって後来の吾曹(われら)をみること、なお吾曹の先哲を慕うが如きを得ば、あにまた一大快事ならずや。
慶応義塾の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夫人に語らば定めて喜ぶことならん。されどいかなれば夙(はや)く我們(われら)を訪(たづ)ねんとはせざりし。カステラマレに來てより既に八日になりぬ。われ。君達のこゝに在(いま)すべしとは、毫(すこ)しも思ひ掛けざりき。