)” の例文
いま、秋の日が一ぱい金堂や講堂にあたって、屋根瓦やねがわらの上にも、めかかった古い円柱にも、松の木の影が鮮やかに映っていた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
火を吐くような言葉を、男の顔にあびせると、お豊は百年の恋もめ果てたように、クルリと背を向けて、欄干の上に顔を伏せました。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
紫ははとの胸毛の如くに美しくもいろめたるもの、また緑は流るる水の緑なるが如く、藍は藍めの布の裏地を見る心地ここちにもたとへんか。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(秋になるとその溝に黄ばんだ柳の葉のわびしく散りしいたものである)どこをみてももう紺の香のめた暖簾のれんのかげはささない。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
たまたま苦労らしいなげきらしい事があっても、己はそれをかんがえの力で分析してしまって、色のめた気の抜けた物にしてしまったのだ。
樺の木の葉はいちじるしく光沢がめてもさすがになお青かッた、がただそちこちに立つ稚木のみはすべて赤くも黄いろくも色づいて
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
もしこれらの花色が紫か藍でもであったら、それは移ろう色、すなわち変り易い色、め易い色であるから「移ろひ」がよく利く。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
と三吉はあによめの額をながめた。お倉は髪を染めてはいるが、生際はえぎわのあたりはすこしめて、灰色に凋落ちょうらくして行くさまが最早隠されずにある。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神棚には福助ふくすけが乗ツかゝツてゐて、箪笥の上には大きな招猫まねきねこと、色がめてしぼんだやうになつて見える造花つくりはな花籠はなかごとが乗りかツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
樺の木の葉はいちじるしく光沢はめていてもさすがになお青かッた、がただそちこちに立つ稚木わかぎのみはすべて赤くも黄ろくも色づいて
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
色のめたつぎはぎだらけの股引半纒ももひきはんてんに、草鞋わらじがけ頬冠りで、腰には弁当のからとみえるのを小風呂敷に包んでくくり着けていた。
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お玉の家では、越して来た時掛け替えた青簾あおすだれの、色のめるひまのないのが、肱掛窓ひじかけまどの竹格子の内側を、上から下まで透間すきまなく深くとざしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
はでな日傘をさし、手首には人造石のぴかぴか光る手提鞄をぶらさげるのが多いのに、あの娘は色のめた洋傘をつぼめたまゝ手に持つてゐる。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
これ以前からきたならしくて異様な、姥と範覚との出現によって、興をましていた座の者は、この時ヒソヒソとささやき出した。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宗助は白い筋をふちに取ったむらさきの傘の色と、まだめ切らない柳の葉の色を、一歩遠退とおのいて眺め合わした事を記憶していた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつも肩のあたりの色のめた背広などを着込んで、通って来たころから見ると、男はよほど金廻りがよくなっていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
※等あねらひどかんべらは」とかれはおつたのめつゝあつたかみが、まじつた白髮しらがをほんのりとせるまでにくすりめてきたなくなつつたのをつゝいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
お縫は、めた潮染の身ごろをひろげながら、眼頭にあるちょっとした黒子のために却って大変表情的な顔を動かして、坂口の爺さんの方を折々見た。
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
壁のモジリアニも、ユトリオもディフィも、おそろしく退屈な色にめてしまって、私は、与一が毎朝出掛けて行くと、一日中呆んやり庭で暮らした。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
が、やがて明け放した遣り戸を閉しながら少しは上気のめたらしい娘の方を見返つて、「もう曹司へ御帰りなさい」と出来る丈やさしく申しました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とある道の角に、三十ぐらゐいやしい女が、色のめた赤い腰巻をまくつて、男と立つて話をしてた。其処そこに細い巷路かうぢがあつた。洗濯物が一面に干してあつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
女はその足音に何気なく注意したが、ほんの一秒間位の間に、すっかり蒼くなるほど皮膚がめた色になった。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
が、さうしたものを時折繰りひろげてみると、思ひ掛けもない写生や縮図が見付かつて、忘れた昔を思ひ出したり、め掛けた記憶を新にしたりする事がある。
写生帖の思ひ出 (新字旧仮名) / 上村松園(著)
彼女かのぢよはレースいと編物あみものなかいろめたをつと寫眞しやしんながめた。あたかもそのくちびるが、感謝かんしやいたはりの言葉ことばによつてひらかれるのをまもるやうに、彼女かのぢよこゝろをごつてゐた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
墓は小さい堂のなかにまつられて、堂の軒には笹竜胆ささりんどうの紋を染めた紫の古びた幕が張り渡されていて、その紫のめかかった色がいかにも品の好い、しかも寂しい
春の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きょうはいい塩梅あんばいに船もそう混まないで、引潮の岸の河底が干潟になり、それに映って日暮れ近い穏かな初冬の陽が静かにめかけている。かもめが来てあさっている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
積上つみあげられたる雜具がらくたうへに、いつでも烟管きせるくはへて寐辷ねそべつてゐるのは、としつた兵隊上へいたいあがりの、いろめた徽章きしやういてる軍服ぐんぷく始終ふだんてゐるニキタと小使こづかひ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼の身に付き添いたる貧困の神は、彼をして早く浮世をあじわわしめたのである。彼が十四頃にはすでに大人びて来て、くれないなす彼の顔から無邪気の色はめてしまった。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
私は「彼女あいつめ! 何処まで譃をくか。」と思って、ます/\心にいた女の箔がめた思いがした。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それも色のめかかった、ひどく古ぼけた振袖を着て、紫のコール天の足袋を穿いた風つきはなかなかの美人であるだけに、どう考えても癲狂院のしろものであった。
色のめた黒紋付の羽織を着た素足すあしの大きな六十爺さんが出て来た。お馨さんの父者人ててじゃひとであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と案内も待たずにどんどんと二階へ上つて来たのは、鼠色のめて皺の寄つた背広を着た執達吏と、今一人は黒の綿入めんいりのメルトンの二重まはしを来た山田と云ふ高利貸であつた。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
布子ぬのこの下の襦袢じゅばんから、ポチリと色めた赤いものが見えるので、引っぱりだして見ると、黒ちりめんに牡丹ぼたんの模様の古いのだった。ぎで、大きな二寸もある紋があった。
それが済むと怪しげな名前の印度インド人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉でしゃべった。唾液をとばしている様子で、めた唇の両端に白く唾がたまっていた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
此頃このごろの六月のの薄明りの、めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまでかすかに光りまない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風あらしの来そうな
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
そのあたたかな愛念も、幸福な境界きょうがいも、優しい調子も、うれしそうに笑う眼元も口元も、文三が免職になッてから、取分けて昇が全く家内へ立入ったから、皆突然に色がめ、気が抜けだして
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
取敢へず、着て来た色のめた木綿の紋付を脱いで、小使が火を入れたばかりの火鉢の上にかざした。羽織は細雨こさめに遭つたやうにしつとりと濡れてゐて、白い水蒸気が渦巻くやうに立つた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
紺とはいえど汗にめ風にかわりて異な色になりし上、幾たびか洗いすすがれたるためそれとしも見えず、えり記印しるしの字さえおぼろげとなりし絆纏はんてんを着て、補綴つぎのあたりし古股引ふるももひきをはきたる男の
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
臙脂もめ、緑青の色もあせた今から見れば、かの高野山の二十五菩薩の大幅も、いかにも落ちついた、和かい色調のように見えるが、画かれた当時は艶麗ならびなきものであったであろう。
偶言 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
「矢っ張りあなたのですわ。この紺は何うして斯う早くめたのでしょう?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
頬のくれないはやや青白くめているが——生れながらの美質はすこしも変らない。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色がめたりして、餘り見ツともよくないぼろ切れにかの女が手をつけた時、義雄は何だかぷんと寢小便のにほひを思ひ出して、殆ど忘れてゐた妻とその度々生んだ子供といふ物を聯想した。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
清「是は何うも斯うは戴けません、其んなに無闇とう下さる訳のものではない、又人様に無闇と戴くべき道理がない、然う御贔屓下さいますとかえってめるもので、何うか末長く幾久しく」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
南さがりになっている芝生しばふに、色のめた文字摺もじずりがあちこち立っています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それは錦襴地きんらんじの色のめた紙入であるが、開けてみると長方形の小さな鏡がんであるのが目につく。鏡は曇っている。仕切りがあって、袋になっているところに、紙包がしまってある。
「お人形にんぎょう着物きものも、だいぶいろめてしまったこと。こんどおかあさんに、いいお人形にんぎょうっていただきましょう……。」そういいながら、りあげて、お人形にんぎょうますと、お人形にんぎょうはとれ
風の寒い世の中へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
佛桑花色ぶつさうげいろ薔薇ばらの花、優しくも色のめたところが返咲かへりざきをんなの不思議な愛のやうな佛桑花色ぶつさうげいろ薔薇ばらの花、おまへのとげにはがあつて、おまへの爪は隱れてゐる、その天鵞絨びろうど足先あしさきよ、僞善ぎぜんの花よ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
植物を保存する時に一番物足らず思う事は美しい緑がめてしまうことである。この緑色をそのままに保存する法については色々試験をした人がある中に、数年前トレール博士は次の法を発表した。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小店こだなには、日々に空家あきやえて、大店おおだなは日に日に腐ったまま立ち枯れて、人の住まなくなった楼の塗格子ぬりごうしや、め果てた水色の暖簾のれんに染め出された大きな定紋じょうもんあかづいてダラリと下った風情ふぜいを見ると
貴嬢方あなたがたが衣服をお買いなすっても反物たんものの地が良いか悪いか色がめるか褪めないかと委しくおしらべになるでしょう。まして人の口へ入れる食物の材料を買う時にはなお厳重に調べなければなりません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)