)” の例文
刀は潮水で少しびてはいましたが、まだよく光ります。スラリと抜き放つと、兵士どもは、あッと叫んで、みんな驚き恐れました。
「大分前から金具がびてゐて、開け立てに齒の浮くやうな音を立てましたが、二三日此方不思議にそんな音が聞えなくなりました」
勝手口を開けてみると、びた鑵詰かんづめのかんからがゴロゴロ散らかっていて、座敷の畳が泥で汚れていた。昼間の空家は淋しいものだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
枕元には、薬研台やげんだいの上に、びたかね灯皿ひざらがおいてある。その微かな燈心の揺らぎで見返しても——また合点のゆかないふしがある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芳子の美しい力に由って、荒野のごとき胸に花咲き、び果てた鐘は再び鳴ろうとした。芳子の為めに、復活の活気は新しく鼓吹された。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
参木は此処を通るたびごとに、いつもこの河下の水面に突き刺さって、泥をくわえたままびついていた起重機の群れを思い浮べた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と手に取上げて熟々よく/\見ると、唐真鍮とうしんちゅう金色かねいろびて見えまする。が、深彫ふかぼりで、小日向服部坂深見新左衞門二男新吉、と彫付けてある故
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こんなに荒廃して、それがそれなりになんとなくびて落ち着いてきている、そんなところからそういう一種の味が出ているのだろうね。
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
禁漁中の二月から、釣り人が入り込んで、まだ産卵後の、体力の回復しない黒くびた肌の山女魚を五十、百と毎日釣ってきた人もある。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
なぜそんな荷馬車の前車がそこの小路に置かれているかというと、第一には往来をふさぐためで、第二にはびさせてしまうためだった。
石のつかえてるあたりだろうか、体の動きにつれてまるで体内のびついた歯車が無理やり逆に廻されるような痛みを感ずる。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
橋には大きな釘の頭が赤くびて、欄干は、人間の自己保存の本能を語って訪問者の記念のナイフのあとを一ぱい見せていた。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
下には張物板はりものいたのような細長い庭に、細い竹がまばらに生えてびた鉄灯籠かなどうろうが石の上に置いてあった。その石も竹も打水うちみずで皆しっとりれていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然し耗ってもびても、心棒は心棒だ。心棒が廻わらぬと家が廻わらぬ。折角せっかくり入れた麦も早くいてって俵にしなければ蝶々ちょうちょうになる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただくすぼれて、口をいびつに結んで黙りこくってしまったような小さい暗い家が並んでいた。漆喰壁しっくいかべには蜘蛛の巣形に汚点しみびついていた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
再び、かぼそい手で、重いかんぬきをゆすぶる。閂はびついたかすがいの中できしむ。それから、そいつを溝の奥まで騒々そうぞうしく押し込む。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
万寿丸は同じく吉竹よしたけ船長——これはやっぱりこの船のブリッジへびついたねじくぎ以外ではなかった——によって、しぼることを監督されていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
かなしいかな、すでにびていたという話がある。十年一日のごとき、不変の政治思想などは迷夢に過ぎないという意味だ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
するとこの時教会の入口のドアをノックする音が聞えた。そうしてどこかで聞いたようなびのある声が洩れ込んで来た。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この家にふさわしいものの一つは、今のおばあさん(寿平次兄妹きょうだいの祖母)が嫁に来る前からあったというほど古めかしくび黒ずんだはたの道具だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の心はもうたつた一つの場所にばかり住んでゐて、らされてゐます——びた釘のやうに腐蝕してゐるのです。
すると知らないに電鈴の針金がびたせゐか、誰かの悪戯いたづらか、二つに途中から切れてゐる。おれの心は重くなつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
びた針金のように立ち枯れた、あざみや灌木の棘が、冷たい脛をさいなむ。大井川の椹島に下る道も荒れるにまかせて、ところどころ形を失っている。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
が、そういう品々は、十数年間人の手によって、手入れをされたことがないと見え、び、よごれ、千切れ、こわれ、塵埃ちりぼこりにさえも積もられていた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ななめに冬木立のつらなりてその上に鳥居ばかりの少しく見えたる、冬田の水はかれがれにびて刈株かりかぶ穭穂ひつじぼを見せたる
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
元和げんな偃武えんぶ以来、おさめてさやにありし宝刀も、今はその心胆と共にびて、用に立つべきもあらず。和といい、戦という、共にこれ俳優的所作に過ぎず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それでも往来に面したところには、赤くびてはいるが鉄柵づくりの門があり、それをとおして石段の上に、重い鉄のドアのはまった玄関が見えていた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老人の年はわからない、痩せたひょろ長い躯に、両前ボタンの古ぼけた制服を着、かぶっている帽子にはびて黒ずんだモールと、徽章きしょうが付いていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『だって先生はあの文鎮がびるのが心配で始終拭いてらしったし、あたしも毎朝一度はきっと拭くんですもの』
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「その後妻とは、二度添とは誰れ、そこに居る人。」と肩を斜め、手を、びたがたてのごとく、行燈あんどんしかと置く。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも雨に打たれ風にさらされて、鉄柱ビームも鉄筋も赤くびて、掘り上げられた土が向うに、山をなしています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
上ではんなこととも知らないのであろう。大勢が声を揃えて市郎の名を呼んでいた。其中そのなかには塚田巡査のびた声も、七兵衛老翁じじい破鐘声われがねごえまじって聞えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船に乗っている間にも時々出してきてはやぶ入りの子供のような気持で手入れをしていたそれらの諸道具は、皆びもせずに貞節な妻のように重吉を待っていた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
校長は父親をなだめて自分でいろいろと訊いてみたのだったが、房枝の口はびついたドアのように動かなかった。固い決心の表情でみ締められているのだった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
百年ほど前にその豊後の木が枯れたので、伐って見ますと、太い幹からたくさんのびたやじりが出ました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
これはたしかに間違ひで、一疋しかをりませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すつかり声がびたのです。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
けりや行つてもいゝけど……。」辰男は低いびた聲で不明瞭な返事をして、口端をめづつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
「どうしたんですの」と妾はたずねてみました。「今日は貴方あなたの顔はまるで墓穴から抜け出してきた人のようにまっさおよ、すっかりびて、つやがなくなってるわ」
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ふるびついたる戟共ほこどもおなじく年老としおいたる手々てんでり、汝等なんぢらこゝろびつきし意趣いしゅ中裁ちゅうさいちからつひやす。
りんをくれる人もあった。中には、青くびた穴あき銭を惜しそうにくれる人もあった。二銭銅貨をうけとったときには木之助は、それが馬鹿に重いような気がした。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
時のたつのは何と早いものだろう! オーレンカの家はすすぼけて、屋根はび、納屋はかしぎ、庭には丈の高い雑草やとげのある蕁麻いらくさがいっぱいにはびこってしまった。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それから壊滅後一カ月あまりして、はじめてこの辺にやって来てみると、一めんの燃えがらのなかに、赤くびた金庫が突立っていて、そのわきに木の立札が立っていた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
道が爪先つまさき上りになった。見れば鉄道線路の土手を越すのである。鉄道線路は二筋ともびているので、滅多に車の通ることもないらしい。また踏切の板も渡してはない。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「古い型だわね、二十年も、もっと以前の流行らしいのね、下げひもがついてないし、口金がみんなびついている。こんな古風なバッグ提げるの極りわるくないかしら。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
前面の壇、即ち廊下にはびた銭若干があり、絶頂近くには槍の穂や折れた刀身が散っていたが、いずれも何世紀間かそこにあったことを思わせる程錆びて腐蝕していた。
そしてらッぽの電車をやりすごし、やりすごし、赤びた枕木の上を百姓達が歩いていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
教区の会堂で十一時が鳴ると、その響きに合わして、他の会堂で澄んだ響きやびた響きがくり返され、また家の中で、掛時計の重い音や鳴時計のしゃがれた声がくり返された。
彼は、自分に口返事ばかりして、拍車をびさしたりしたことを思い出して、むっとした。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
南湖の手前で少しく川に沿うて堤の上をゆく。咲き残りの月見草がわびしげに風に動いている。柳はびた色をしてこれも風になびいている。ちょっと景色のよいところだと思うた。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
感傷にふけってはいられない。忙しいはちは悲しむ暇がないと云われる。廃頽はいたいに溺れてもいられない。用いる鍵はびないではないか。今の器が美に病むのは用を忘れたからである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)