横光利一
1898.03.17 〜 1947.12.30
“横光利一”に特徴的な語句
中
何
叩
然
睥
慄
反
勿論
剥
梯子
介意
込
返
噂
早
蹌踉
攫
踏
爆
泛
潜
焔
脱
赧
対
滴
訊
擦
良人
点
鞭
圧
拘
膨
逞
豪
呟
周章
塊
摺
筈
頷
謀
躓
確
穢
欅
根柢
竦
朧
著者としての作品一覧
赤い着物(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
村の点燈夫は雨の中を帰っていった。火の点いた献灯の光りの下で、梨の花が雨に打たれていた。 灸は闇の中を眺めていた。点燈夫の雨合羽の襞が遠くへきらと光りながら消えていった。 「今夜は …
読書目安時間:約8分
村の点燈夫は雨の中を帰っていった。火の点いた献灯の光りの下で、梨の花が雨に打たれていた。 灸は闇の中を眺めていた。点燈夫の雨合羽の襞が遠くへきらと光りながら消えていった。 「今夜は …
頭ならびに腹(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。 とにかく、かう云ふ現象の中で、その詰み込まれた列車の乗客中に一人の横着さうな子僧が混つて …
読書目安時間:約6分
真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。 とにかく、かう云ふ現象の中で、その詰み込まれた列車の乗客中に一人の横着さうな子僧が混つて …
一条の詭弁(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
その夫婦はもう十年も一緒に棲んで来た。良人は生活に窶れ果てた醜い細君の容子を眺める度に顔が曇つた。 「いやだいやだ。もう倦き倦きした。あーあ。」 欠伸ばかりが梅雨時のやうにいつも続 …
読書目安時間:約3分
その夫婦はもう十年も一緒に棲んで来た。良人は生活に窶れ果てた醜い細君の容子を眺める度に顔が曇つた。 「いやだいやだ。もう倦き倦きした。あーあ。」 欠伸ばかりが梅雨時のやうにいつも続 …
鵜飼(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
どこかで計画しているだろうと思うようなこと、想像で計り知られるようなこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤 …
読書目安時間:約4分
どこかで計画しているだろうと思うようなこと、想像で計り知られるようなこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤 …
美しい家(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
ある日、私は妻と二人で郊外へ家を見付けに出て行つた。同じ見付けるからには、まだ一度も行つたことのない方面が良いといふ相談になつた。 私達はその日一日歩き廻つた。夕方には、自分達の歩 …
読書目安時間:約6分
ある日、私は妻と二人で郊外へ家を見付けに出て行つた。同じ見付けるからには、まだ一度も行つたことのない方面が良いといふ相談になつた。 私達はその日一日歩き廻つた。夕方には、自分達の歩 …
欧洲紀行(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間60分
家人への手紙一 今さき門司を出た。疲れているので手紙を書く気もしない。船のなかは馴れると楽だが頭がぼんやりして眠る前のようだ。温かく上衣を脱ぎたいほどだが、うっかり手紙をサロンで書 …
読書目安時間:約2時間60分
家人への手紙一 今さき門司を出た。疲れているので手紙を書く気もしない。船のなかは馴れると楽だが頭がぼんやりして眠る前のようだ。温かく上衣を脱ぎたいほどだが、うっかり手紙をサロンで書 …
御身(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
末雄が本を見ていると母が尺(さし)を持って上って来た。 「お前その着物をまだ着るかね。」 「まだ着られるでしょう。」 彼は自分の胸のあたりを見て、 「何(な)ぜ?」と訊(き)き返( …
読書目安時間:約27分
末雄が本を見ていると母が尺(さし)を持って上って来た。 「お前その着物をまだ着るかね。」 「まだ着られるでしょう。」 彼は自分の胸のあたりを見て、 「何(な)ぜ?」と訊(き)き返( …
悲しみの代価(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2時間3分
彼は窓の敷居に腰を下ろして、菜園の方を眺めてゐた。 「あなたお湯へいらつしやる?」と妻が勝手元から、訊いた。 彼は默つてゐた。近頃殊に彼は妻が自分の妻だと思へなくなつて來てゐた。 …
読書目安時間:約2時間3分
彼は窓の敷居に腰を下ろして、菜園の方を眺めてゐた。 「あなたお湯へいらつしやる?」と妻が勝手元から、訊いた。 彼は默つてゐた。近頃殊に彼は妻が自分の妻だと思へなくなつて來てゐた。 …
悲しめる顔(新字旧仮名)
読書目安時間:約18分
京の娘は美しいとしきりに従弟が賞めた。それに帰るとき、 「此の雨があがると祇園の桜も宜しおすえ。」 そんなことを云つたので猶金六は京都へ行つてみたくなつた。 縁側で彼の義兄が官服を …
読書目安時間:約18分
京の娘は美しいとしきりに従弟が賞めた。それに帰るとき、 「此の雨があがると祇園の桜も宜しおすえ。」 そんなことを云つたので猶金六は京都へ行つてみたくなつた。 縁側で彼の義兄が官服を …
蛾はどこにでもゐる(旧字旧仮名)
読書目安時間:約13分
たうとう彼の妻は死んだ。彼は全くぼんやりとして、妻の顏にかかつてゐる白い布を眺めてゐた。昨夜妻の血を吸つた蚊がまだ生きて壁にとまつてゐた。 彼は部屋に鍵をかけたまま長らくそこから出 …
読書目安時間:約13分
たうとう彼の妻は死んだ。彼は全くぼんやりとして、妻の顏にかかつてゐる白い布を眺めてゐた。昨夜妻の血を吸つた蚊がまだ生きて壁にとまつてゐた。 彼は部屋に鍵をかけたまま長らくそこから出 …
機械(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。観察しているとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父をいやがる法があるかといって怒っている。畳の上 …
読書目安時間:約44分
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。観察しているとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父をいやがる法があるかといって怒っている。畳の上 …
汚ない家(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
地震以後家に困つた。崩れた自家へ二ヶ月程して行つてみたら、誰れだか知らない人が這入つてゐた。表札はもとの儘だ。其からある露路裏の洋服屋の汚い二階を借りた。それも一室より借れなかつた …
読書目安時間:約4分
地震以後家に困つた。崩れた自家へ二ヶ月程して行つてみたら、誰れだか知らない人が這入つてゐた。表札はもとの儘だ。其からある露路裏の洋服屋の汚い二階を借りた。それも一室より借れなかつた …
草の中(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
村から少し放れた寺の一室を借りた。そこでその夏を送ることにした。寺の芝生の庭には鐘樓と塔とがあつた。門には鐵の鋲を打つた大きな扉が夜でも重く默つて開いてゐた。塔の九輪の上には鳩がと …
読書目安時間:約5分
村から少し放れた寺の一室を借りた。そこでその夏を送ることにした。寺の芝生の庭には鐘樓と塔とがあつた。門には鐵の鋲を打つた大きな扉が夜でも重く默つて開いてゐた。塔の九輪の上には鳩がと …
罌粟の中(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。波のように高低を描いていく平原のその堤の上にいちめん真紅のひな罌粟(げし)が連続している。正午にウイーンを立ってから、三時間あまりにもなる初夏 …
読書目安時間:約33分
しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。波のように高低を描いていく平原のその堤の上にいちめん真紅のひな罌粟(げし)が連続している。正午にウイーンを立ってから、三時間あまりにもなる初夏 …
作家の生活(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
優れた作品を書く方法の一つとして、一日に一度は是非自分がその日のうちに死ぬと思うこと、とジッドはいったということであるが、一日に一度ではなくとも、三日に一度は私たちでもそのように思 …
読書目安時間:約9分
優れた作品を書く方法の一つとして、一日に一度は是非自分がその日のうちに死ぬと思うこと、とジッドはいったということであるが、一日に一度ではなくとも、三日に一度は私たちでもそのように思 …
時間(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
横光利一 私達を養っていてくれた座長が外出したまま一週間しても一向に帰って来ないので、或る日高木が座長の残していった行李を開けてみると中には何も這入(はい)っていない。さアそれから …
読書目安時間:約33分
横光利一 私達を養っていてくれた座長が外出したまま一週間しても一向に帰って来ないので、或る日高木が座長の残していった行李を開けてみると中には何も這入(はい)っていない。さアそれから …
詩集『花電車』序(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
今まで、私は詩集を読んでゐて、涙が流れたといふことはない。しかし、稀らしい。私はこの「花電車」を読みながら涙が頬を伝って流れて来た。極暑の午後で、雨もなく微風もない。ひいやりと流れ …
読書目安時間:約3分
今まで、私は詩集を読んでゐて、涙が流れたといふことはない。しかし、稀らしい。私はこの「花電車」を読みながら涙が頬を伝って流れて来た。極暑の午後で、雨もなく微風もない。ひいやりと流れ …
静かなる羅列(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
Q川はその幼年期の水勢をもつて鋭く山壁を浸蝕した。雲は濃霧となつて溪谷を蔽つてゐた。 山壁の成層岩は時々濃霧の中から墨汁のやうに現れた。濃霧は川の水面に纏りながら溪から溪を蛇行した …
読書目安時間:約14分
Q川はその幼年期の水勢をもつて鋭く山壁を浸蝕した。雲は濃霧となつて溪谷を蔽つてゐた。 山壁の成層岩は時々濃霧の中から墨汁のやうに現れた。濃霧は川の水面に纏りながら溪から溪を蛇行した …
自慢山ほど(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
何月何日、忘れた。広津和郎氏とピンポンをする。僕の番だ。広津氏傍から僕に云ふ。 「君はピンポンなんかを軽蔑しさうな青年だつたがね。そして、ピンポンから軽蔑されさうな青年だつたが、非 …
読書目安時間:約4分
何月何日、忘れた。広津和郎氏とピンポンをする。僕の番だ。広津氏傍から僕に云ふ。 「君はピンポンなんかを軽蔑しさうな青年だつたがね。そして、ピンポンから軽蔑されさうな青年だつたが、非 …
上海(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間53分
この作品は私の最初の長篇である。私はそのころ、今とは違って、先ず外界を視ることに精神を集中しなければならぬと思っていたので、この作品も、その企画の最終に現れたものであるから、人物よ …
読書目安時間:約4時間53分
この作品は私の最初の長篇である。私はそのころ、今とは違って、先ず外界を視ることに精神を集中しなければならぬと思っていたので、この作品も、その企画の最終に現れたものであるから、人物よ …
純粋小説論(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
もし文芸復興というべきことがあるものなら、純文学にして通俗小説、このこと以外に、文芸復興は絶対に有り得ない、と今も私は思っている。私がこのように書けば、文学について錬達の人であるな …
読書目安時間:約26分
もし文芸復興というべきことがあるものなら、純文学にして通俗小説、このこと以外に、文芸復興は絶対に有り得ない、と今も私は思っている。私がこのように書けば、文学について錬達の人であるな …
書翰:043 大正十一年九月二十日 川端康成宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
43九月二十日兵庫縣神戸市外西灘村鍛冶屋七番中村嘉市方より東京市本郷駒込千駄木町三八槇瀬方の川端康成宛 いつかは來て下さつたさうですね。失敬しました。歸省してゐらつしやつたのですか …
読書目安時間:約1分
43九月二十日兵庫縣神戸市外西灘村鍛冶屋七番中村嘉市方より東京市本郷駒込千駄木町三八槇瀬方の川端康成宛 いつかは來て下さつたさうですね。失敬しました。歸省してゐらつしやつたのですか …
書翰:044 大正十一年九月(推定) 小島勗宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約13分
44九月(推定)小島勗宛(四百字原稿用紙十一枚・ペン書) 此の手紙は幾度も書かうとした。しかし、その度に僕はひかへることにした。別にひかへる理由はないのだが、默つてゐても、あるとき …
読書目安時間:約13分
44九月(推定)小島勗宛(四百字原稿用紙十一枚・ペン書) 此の手紙は幾度も書かうとした。しかし、その度に僕はひかへることにした。別にひかへる理由はないのだが、默つてゐても、あるとき …
書翰:045 大正十一年九月(推定) 小島勗宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約13分
45九月(推定)小島勗宛(四百字詰原稿用紙十二枚・ペン書) 矢張り僕は、あの手紙を、もう少し待つて、もう少し長くかかつて書くべきであつたと思ふ。今から思ふと、あのままでは、非常に僕 …
読書目安時間:約13分
45九月(推定)小島勗宛(四百字詰原稿用紙十二枚・ペン書) 矢張り僕は、あの手紙を、もう少し待つて、もう少し長くかかつて書くべきであつたと思ふ。今から思ふと、あのままでは、非常に僕 …
書翰:046 大正十一年九月(推定) 小島勗宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
46九月(推定)小島勗宛 くはしく種々のことを書けば、非常に長くなると思へたので、いつか温泉へ行つて、頭のはつきりとしたとき、ひまにかかつて、誤解をされないやうに丁寧にはつきり書か …
読書目安時間:約4分
46九月(推定)小島勗宛 くはしく種々のことを書けば、非常に長くなると思へたので、いつか温泉へ行つて、頭のはつきりとしたとき、ひまにかかつて、誤解をされないやうに丁寧にはつきり書か …
書翰:050 大正十二、三年(推定) 横光君子宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
50大正十二、三年(推定)横光君子宛 くれぐれも云つて來たことだが、どうか、僕に滿足してもらひたい。滿足出來ないのは分つてゐる。しかし、人間と云ふものは、どんな境遇へいつても、どん …
読書目安時間:約4分
50大正十二、三年(推定)横光君子宛 くれぐれも云つて來たことだが、どうか、僕に滿足してもらひたい。滿足出來ないのは分つてゐる。しかし、人間と云ふものは、どんな境遇へいつても、どん …
書翰:059 大正十三年十一月四日 川端康成宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
59十一月四日消印東京市外中野上町二八〇二より東京市本郷區駒込三十八牧瀬方の川端康成宛(封書・四百字詰原稿用紙五枚・ペン書) 昨日はどうも失禮。 とにかく癪に觸る。加宮や菅は論ずる …
読書目安時間:約2分
59十一月四日消印東京市外中野上町二八〇二より東京市本郷區駒込三十八牧瀬方の川端康成宛(封書・四百字詰原稿用紙五枚・ペン書) 昨日はどうも失禮。 とにかく癪に觸る。加宮や菅は論ずる …
書翰:388 昭和十九年五月二十七日 川端康成宛(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
388五月二十七日東京都世田谷區北澤二ノ一四五より鎌倉二階堂三二五の川端康成宛(封書・原稿用紙三枚・ペン書・速達) 先日は僕こそ失禮。上野へ行かうと思つて服を着たのだが、ふと小机を …
読書目安時間:約3分
388五月二十七日東京都世田谷區北澤二ノ一四五より鎌倉二階堂三二五の川端康成宛(封書・原稿用紙三枚・ペン書・速達) 先日は僕こそ失禮。上野へ行かうと思つて服を着たのだが、ふと小机を …
新感覚派とコンミニズム文学(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
コンミニズム文学の主張によれば、文壇の総てのものは、マルキストにならねばならぬ、と云うのである。 彼らの文学的活動は、ブルジョア意識の総ての者を、マルキストたらしめんがための活動と …
読書目安時間:約9分
コンミニズム文学の主張によれば、文壇の総てのものは、マルキストにならねばならぬ、と云うのである。 彼らの文学的活動は、ブルジョア意識の総ての者を、マルキストたらしめんがための活動と …
新感覚論:感覚活動と感覚的作物に対する非難への逆説(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。従って個性を異にするわれわれの感覚的享受もまた、各個の感性的直感の相違によりてなお一段と独断 …
読書目安時間:約14分
芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。従って個性を異にするわれわれの感覚的享受もまた、各個の感性的直感の相違によりてなお一段と独断 …
神馬(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
豆台の上へ延ばしてゐた彼の鼻頭へ、廂から流れた陽の光りが落ちてゐた。鬣が彼の鈍つた茶色の眼の上へ垂れ下ると、彼は首をもたげて振つた。そして又食つた。 肋骨の下の皮が張つて来ると、瞼 …
読書目安時間:約7分
豆台の上へ延ばしてゐた彼の鼻頭へ、廂から流れた陽の光りが落ちてゐた。鬣が彼の鈍つた茶色の眼の上へ垂れ下ると、彼は首をもたげて振つた。そして又食つた。 肋骨の下の皮が張つて来ると、瞼 …
睡蓮(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
もう十四年も前のことである。家を建てるとき大工が土地をどこにしようかと相談に来た。特別どこが好きとも思いあたらなかったから、恰好(かっこう)なところを二三探して見てほしいと私は答え …
読書目安時間:約20分
もう十四年も前のことである。家を建てるとき大工が土地をどこにしようかと相談に来た。特別どこが好きとも思いあたらなかったから、恰好(かっこう)なところを二三探して見てほしいと私は答え …
スフィンクス(覚書)(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
愛を言葉に出して表現するということは日本人には難しい。この表現の形式はむかしから内へ押し隠されて来たのが習慣だから、愛情を覚えると法がなくただもじもじとして羞らうだけだ。日本に愛を …
読書目安時間:約25分
愛を言葉に出して表現するということは日本人には難しい。この表現の形式はむかしから内へ押し隠されて来たのが習慣だから、愛情を覚えると法がなくただもじもじとして羞らうだけだ。日本に愛を …
静安寺の碑文(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
静安寺の境内は名高い外人墓地である。大きなプラターヌの鬱蒼としている下に墓石が一面に並んでいる。綿のようなプラターヌの花が絶えず舞い落ちて来て、森閑と静ったあたりに動くものは、辷る …
読書目安時間:約11分
静安寺の境内は名高い外人墓地である。大きなプラターヌの鬱蒼としている下に墓石が一面に並んでいる。綿のようなプラターヌの花が絶えず舞い落ちて来て、森閑と静ったあたりに動くものは、辷る …
絶望を与へたる者(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
文学論と云ふものがある。これは文学界に於ける道徳の役目をするもので、既成作家の作品は、既に此の道徳律に当て嵌められて正しいと看做されたるものなるが故に、正しいのである。古くとも正し …
読書目安時間:約4分
文学論と云ふものがある。これは文学界に於ける道徳の役目をするもので、既成作家の作品は、既に此の道徳律に当て嵌められて正しいと看做されたるものなるが故に、正しいのである。古くとも正し …
父(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
雨が降りさうである。庭の桜の花が少し凋れて見えた。父は夕飯を済ませると両手を頭の下へ敷いて、仰向に長くなつて空を見てゐた。その傍で十九になる子と母とがまだ御飯を食べてゐる。 「踊を …
読書目安時間:約7分
雨が降りさうである。庭の桜の花が少し凋れて見えた。父は夕飯を済ませると両手を頭の下へ敷いて、仰向に長くなつて空を見てゐた。その傍で十九になる子と母とがまだ御飯を食べてゐる。 「踊を …
厨房日記(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
こういう事があったと梶(かじ)は妻の芳江に話した。東北のある海岸の温泉場である。梶はヨーロッパを廻って来て疲れを休めに来ているのだが、避暑客の去った海浜の九月はただ徒(いたず)らに …
読書目安時間:約46分
こういう事があったと梶(かじ)は妻の芳江に話した。東北のある海岸の温泉場である。梶はヨーロッパを廻って来て疲れを休めに来ているのだが、避暑客の去った海浜の九月はただ徒(いたず)らに …
妻(旧字旧仮名)
読書目安時間:約6分
雨がやむと風もやむだ。小路の兩側の花々は倒れたまま地に頭をつけてゐた。今迄揺れつづけてゐた葡萄棚の蔓は靜まつて、垂れ下つた葡萄の實の先端からまだ雨の滴りがゆるやかに落ちてゐた。どこ …
読書目安時間:約6分
雨がやむと風もやむだ。小路の兩側の花々は倒れたまま地に頭をつけてゐた。今迄揺れつづけてゐた葡萄棚の蔓は靜まつて、垂れ下つた葡萄の實の先端からまだ雨の滴りがゆるやかに落ちてゐた。どこ …
犯罪(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
私は寂しくなつて茫然と空でも見詰めてゐる時には、よく無意識に彼女の啼声を口笛で真似てゐた。すると下の鳥籠の中から彼女のふけり声が楽しく聞えて来る。で、私もつい面白くなつてそれに応へ …
読書目安時間:約5分
私は寂しくなつて茫然と空でも見詰めてゐる時には、よく無意識に彼女の啼声を口笛で真似てゐた。すると下の鳥籠の中から彼女のふけり声が楽しく聞えて来る。で、私もつい面白くなつてそれに応へ …
梅雨(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
去年の梅雨には曇天が毎日續いた。重苦しい濕氣のなかで私は毎日ねつとりとした汗をかき、苦しんだ。思へば毎年その頃になつて筆の動いた試しがないが、この年の梅雨の日は或る日どこからか逃げ …
読書目安時間:約3分
去年の梅雨には曇天が毎日續いた。重苦しい濕氣のなかで私は毎日ねつとりとした汗をかき、苦しんだ。思へば毎年その頃になつて筆の動いた試しがないが、この年の梅雨の日は或る日どこからか逃げ …
鳥(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
横光利一 リカ子はときどき私の顔を盗見するように艶のある眼を上げた。私は彼女が何ぜそんな顔を今日に限ってするのか初めの間は見当がつかなかったのだが、それが分った頃にはもう私は彼女が …
読書目安時間:約31分
横光利一 リカ子はときどき私の顔を盗見するように艶のある眼を上げた。私は彼女が何ぜそんな顔を今日に限ってするのか初めの間は見当がつかなかったのだが、それが分った頃にはもう私は彼女が …
七階の運動(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
今日は昨日の続きである。エレベーターは吐瀉を続けた。チヨコレートの中へ飛び込む女。靴下の中へ潜つた女。ロープモンタントにオペラパツク。パラソルの垣の中から顔を出したのは能子である。 …
読書目安時間:約14分
今日は昨日の続きである。エレベーターは吐瀉を続けた。チヨコレートの中へ飛び込む女。靴下の中へ潜つた女。ロープモンタントにオペラパツク。パラソルの垣の中から顔を出したのは能子である。 …
ナポレオンと田虫(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。その剛壮な腹の頂点では、コルシカ産の瑪瑙の釦が巴里の半景を歪ませながら、幽かに …
読書目安時間:約18分
ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。その剛壮な腹の頂点では、コルシカ産の瑪瑙の釦が巴里の半景を歪ませながら、幽かに …
南北(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
村では秋の収穫時が済んだ。夏から延ばされていた消防慰労会が、寺の本堂で催された。漸く一座に酒が廻った。 その時、突然一枚の唐紙が激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋 …
読書目安時間:約40分
村では秋の収穫時が済んだ。夏から延ばされていた消防慰労会が、寺の本堂で催された。漸く一座に酒が廻った。 その時、突然一枚の唐紙が激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋 …
日輪(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間37分
乙女たちの一団は水甕を頭に載せて、小丘の中腹にある泉の傍から、唄いながら合歓木の林の中に隠れて行った。後の泉を包んだ岩の上には、まだ凋れぬ太藺の花が、水甕の破片とともに踏みにじられ …
読書目安時間:約1時間37分
乙女たちの一団は水甕を頭に載せて、小丘の中腹にある泉の傍から、唄いながら合歓木の林の中に隠れて行った。後の泉を包んだ岩の上には、まだ凋れぬ太藺の花が、水甕の破片とともに踏みにじられ …
寝たらぬ日記:湘南サナトリウムの病院にて(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
櫻草が雨に濡れたまま圓陣を造つてゐる。—— 昨日は日光室で煙草を一本吸ふと、馳け足で引き返し、リゾオルの中へ手を突つ込んだ。 此處の病室には愛と日光とが行き渡つてゐる。角のあるもの …
読書目安時間:約3分
櫻草が雨に濡れたまま圓陣を造つてゐる。—— 昨日は日光室で煙草を一本吸ふと、馳け足で引き返し、リゾオルの中へ手を突つ込んだ。 此處の病室には愛と日光とが行き渡つてゐる。角のあるもの …
蠅(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬 …
読書目安時間:約8分
真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬 …
馬車(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間2分
由良は多木の紹介で脳に特効あるという彼の郷里の温泉へ行くことにした。医者は由良の脳病の原因を疲労の結果だというのだが、とにかく満ち溢れていた水を使い尽してしまった後に起るあの空虚な …
読書目安時間:約1時間2分
由良は多木の紹介で脳に特効あるという彼の郷里の温泉へ行くことにした。医者は由良の脳病の原因を疲労の結果だというのだが、とにかく満ち溢れていた水を使い尽してしまった後に起るあの空虚な …
花園の思想(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。バルコオンの梯子は白い脊骨のように突き出ていた。彼は海から登る坂道を肺療院の方へ帰って来た。彼はこうして時々妻の傍から離れると外を歩き …
読書目安時間:約27分
丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。バルコオンの梯子は白い脊骨のように突き出ていた。彼は海から登る坂道を肺療院の方へ帰って来た。彼はこうして時々妻の傍から離れると外を歩き …
榛名(旧字旧仮名)
読書目安時間:約19分
眞夏の日中だのに褞袍を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。顏は青ざめ、ひよろけながら空席を見つけると、どつと横に倒れた。後からついて來た …
読書目安時間:約19分
眞夏の日中だのに褞袍を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。顏は青ざめ、ひよろけながら空席を見つけると、どつと横に倒れた。後からついて來た …
春は馬車に乗って(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
海浜の松が凩(こがらし)に鳴り始めた。庭の片隅(かたすみ)で一叢(ひとむら)の小さなダリヤが縮んでいった。 彼は妻の寝ている寝台の傍(そば)から、泉水の中の鈍い亀の姿を眺(なが)め …
読書目安時間:約22分
海浜の松が凩(こがらし)に鳴り始めた。庭の片隅(かたすみ)で一叢(ひとむら)の小さなダリヤが縮んでいった。 彼は妻の寝ている寝台の傍(そば)から、泉水の中の鈍い亀の姿を眺(なが)め …
火(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
初秋の夜で、雌(めす)のスイトが縁側(えんがわ)の敷居(しきい)の溝の中でゆるく触角を動かしていた。針仕事をしている母の前で長火鉢(ながひばち)にもたれている子は頭をだんだんと垂れ …
読書目安時間:約18分
初秋の夜で、雌(めす)のスイトが縁側(えんがわ)の敷居(しきい)の溝の中でゆるく触角を動かしていた。針仕事をしている母の前で長火鉢(ながひばち)にもたれている子は頭をだんだんと垂れ …
比叡(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
結婚してから八年にもなるのに、京都へ行くというのは定雄夫妻にとって毎年の希望であった。今までにも二人は度度行きたかったのであるが、夫妻の仕事が喰い違ったり、子供に手数がかかったりし …
読書目安時間:約19分
結婚してから八年にもなるのに、京都へ行くというのは定雄夫妻にとって毎年の希望であった。今までにも二人は度度行きたかったのであるが、夫妻の仕事が喰い違ったり、子供に手数がかかったりし …
微笑(新字新仮名)
読書目安時間:約51分
次の日曜には甲斐へ行こう。新緑はそれは美しい。そんな会話が擦れ違う声の中からふと聞えた。そうだ。もう新緑になっていると梶は思った。季節を忘れるなどということは、ここしばらくの彼には …
読書目安時間:約51分
次の日曜には甲斐へ行こう。新緑はそれは美しい。そんな会話が擦れ違う声の中からふと聞えた。そうだ。もう新緑になっていると梶は思った。季節を忘れるなどということは、ここしばらくの彼には …
火の点いた煙草:一名――煙草蒐集家の奇禍(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
彼は恋愛を軽蔑した。彼は煙草を愛した。それ故彼は、愛の話を始められると、横を向いて彼の愛するモン・レツポを燻らせた。煙りの中から、恋愛の生れたためしは滅多にない。さうして、彼と彼女 …
読書目安時間:約22分
彼は恋愛を軽蔑した。彼は煙草を愛した。それ故彼は、愛の話を始められると、横を向いて彼の愛するモン・レツポを燻らせた。煙りの中から、恋愛の生れたためしは滅多にない。さうして、彼と彼女 …
碑文(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
雨は降り続いた。併し、ヘルモン山上のガルタンの市民は、誰もが何日太陽を眺め得るであらうかと云ふ予想は勿論、何日から此の雨が降り始めたか、それすら今は完全に思ひ出すことも出来なくなつ …
読書目安時間:約12分
雨は降り続いた。併し、ヘルモン山上のガルタンの市民は、誰もが何日太陽を眺め得るであらうかと云ふ予想は勿論、何日から此の雨が降り始めたか、それすら今は完全に思ひ出すことも出来なくなつ …
琵琶湖(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
思ひ出といふものは、誰しも一番夏の思ひ出が多いであらうと思ふ。私は二十歳前後には、夏になると、近江の大津に帰つた。殊に小学校時代には我が家が大津の湖の岸辺にあつたので、琵琶湖の夏の …
読書目安時間:約8分
思ひ出といふものは、誰しも一番夏の思ひ出が多いであらうと思ふ。私は二十歳前後には、夏になると、近江の大津に帰つた。殊に小学校時代には我が家が大津の湖の岸辺にあつたので、琵琶湖の夏の …
冬の女(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
女が一人籬(まがき)を越してぼんやりと隣家の庭を眺めてゐる。庭には数輪の寒菊が地の上を這ひながら乱れてゐた。掃き寄せられた朽葉の下からは煙が空に昇つてゐる。 「何を考へていらつしや …
読書目安時間:約3分
女が一人籬(まがき)を越してぼんやりと隣家の庭を眺めてゐる。庭には数輪の寒菊が地の上を這ひながら乱れてゐた。掃き寄せられた朽葉の下からは煙が空に昇つてゐる。 「何を考へていらつしや …
冬彦抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
畏友、冬彦は詩の生活に於て何を喜んで来たのであらうか。彼は凡庸な詩人のやうに、感覚を愛した。象徴を愛した。歌を愛した。しかし、それは彼の教養のしからしめた所である。もし、彼が非凡な …
読書目安時間:約2分
畏友、冬彦は詩の生活に於て何を喜んで来たのであらうか。彼は凡庸な詩人のやうに、感覚を愛した。象徴を愛した。歌を愛した。しかし、それは彼の教養のしからしめた所である。もし、彼が非凡な …
北京と巴里(覚書)(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
芥川龍之介氏は上海へ行くと政治のことばかりに頭が廻って困ると私にこぼしたことがある。そのころの政治という言葉の意味は今の思想という言葉に当るが、言葉も十年の間にかなりな意味の変化を …
読書目安時間:約16分
芥川龍之介氏は上海へ行くと政治のことばかりに頭が廻って困ると私にこぼしたことがある。そのころの政治という言葉の意味は今の思想という言葉に当るが、言葉も十年の間にかなりな意味の変化を …
街の底(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
その街角には靴屋があった。家の中は壁から床まで黒靴で詰っていた。その重い扉のような黒靴の壁の中では娘がいつも萎れていた。その横は時計屋で、時計が模様のように繁っていた。またその横の …
読書目安時間:約7分
その街角には靴屋があった。家の中は壁から床まで黒靴で詰っていた。その重い扉のような黒靴の壁の中では娘がいつも萎れていた。その横は時計屋で、時計が模様のように繁っていた。またその横の …
マルクスの審判(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
市街を貫いて来た一条の道路が遊廓街へ入らうとする首の所を鉄道が横切つてゐる。其処は危険な所だ。被告はそこの踏切の番人である。彼は先夜遅く道路を鎖で遮断したとき一人の酔漢と争つた。酔 …
読書目安時間:約27分
市街を貫いて来た一条の道路が遊廓街へ入らうとする首の所を鉄道が横切つてゐる。其処は危険な所だ。被告はそこの踏切の番人である。彼は先夜遅く道路を鎖で遮断したとき一人の酔漢と争つた。酔 …
無常の風(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
幼い頃、「無常の風が吹いて来ると人が死ぬ」と母は云つた。それから私は風が吹く度に無常の風ではないかと恐れ出した。私の家からは葬式が長い間出なかつた。それに、近頃になつて無常の風が私 …
読書目安時間:約4分
幼い頃、「無常の風が吹いて来ると人が死ぬ」と母は云つた。それから私は風が吹く度に無常の風ではないかと恐れ出した。私の家からは葬式が長い間出なかつた。それに、近頃になつて無常の風が私 …
盲腸(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
Fは口から血を吐いた。Mは盲腸炎で腹を切つた。Hは鼻毛を抜いた痕から丹毒に浸入された。此の三つの報告を、彼は同時に耳に入れると、痔が突発して血を流した。彼は三つの不幸の輪の中で血を …
読書目安時間:約4分
Fは口から血を吐いた。Mは盲腸炎で腹を切つた。Hは鼻毛を抜いた痕から丹毒に浸入された。此の三つの報告を、彼は同時に耳に入れると、痔が突発して血を流した。彼は三つの不幸の輪の中で血を …
黙示のページ(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。かの聖典黙示の頁に埋れたまま、なお黙々とせる四騎手はいずこにいるか。貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、 …
読書目安時間:約3分
終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。かの聖典黙示の頁に埋れたまま、なお黙々とせる四騎手はいずこにいるか。貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、 …
夢もろもろ(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
夢 私の父は死んだ。二年になる。 それに、まだ私は父の夢を見たことがない。 良い夢 夢は夢らしくない夢がよい。人生は夢らしくない。それがよい。 性欲の夢 トルストイがゴルキーに君は …
読書目安時間:約5分
夢 私の父は死んだ。二年になる。 それに、まだ私は父の夢を見たことがない。 良い夢 夢は夢らしくない夢がよい。人生は夢らしくない。それがよい。 性欲の夢 トルストイがゴルキーに君は …
洋灯(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。高さ一尺あまりの小さな置きランプである。私はそれを手にとって眺めていると、冷え凍っている私の胸の底から、ほ …
読書目安時間:約8分
このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。高さ一尺あまりの小さな置きランプである。私はそれを手にとって眺めていると、冷え凍っている私の胸の底から、ほ …
夜の靴:――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)(新字新仮名)
読書目安時間:約3時間35分
八月——日 駈けて来る足駄の音が庭石に躓いて一度よろけた。すると、柿の木の下へ顕れた義弟が真っ赤な顔で、「休戦休戦。」という。借り物らしい足駄でまたそこで躓いた。躓きながら、「ポツ …
読書目安時間:約3時間35分
八月——日 駈けて来る足駄の音が庭石に躓いて一度よろけた。すると、柿の木の下へ顕れた義弟が真っ赤な顔で、「休戦休戦。」という。借り物らしい足駄でまたそこで躓いた。躓きながら、「ポツ …
旅愁(新字新仮名)
読書目安時間:約19時間21分
家を取り壊した庭の中に、白い花をつけた杏の樹がただ一本立っている。復活祭の近づいた春寒い風が河岸から吹く度びに枝枝が慄えつつ弁を落していく。パッシイからセーヌ河を登って来た蒸気船が …
読書目安時間:約19時間21分
家を取り壊した庭の中に、白い花をつけた杏の樹がただ一本立っている。復活祭の近づいた春寒い風が河岸から吹く度びに枝枝が慄えつつ弁を落していく。パッシイからセーヌ河を登って来た蒸気船が …
笑われた子(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
吉をどのような人間に仕立てるかということについて、吉の家では晩餐後毎夜のように論議せられた。またその話が始った。吉は牛にやる雑炊を煮きながら、ひとり柴の切れ目からぶくぶく出る泡を面 …
読書目安時間:約6分
吉をどのような人間に仕立てるかということについて、吉の家では晩餐後毎夜のように論議せられた。またその話が始った。吉は牛にやる雑炊を煮きながら、ひとり柴の切れ目からぶくぶく出る泡を面 …
我等と日本(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
本日は、われわれ日本人の多くのものが、長く敬愛して来ましたこの、フランスに於ける、最も高い精神生活を代表せられる皆さん方に接し得られました事は、深く私の光栄とする所であります。 わ …
読書目安時間:約8分
本日は、われわれ日本人の多くのものが、長く敬愛して来ましたこの、フランスに於ける、最も高い精神生活を代表せられる皆さん方に接し得られました事は、深く私の光栄とする所であります。 わ …
“横光利一”について
横光 利一(よこみつ りいち、1898年〈明治31年〉3月17日 - 1947年〈昭和22年〉12月30日)は、日本の小説家・俳人・評論家。本名の漢字表記は同じで、「よこみつ としかず」と読む。
菊池寛に師事し、川端康成と共に新感覚派として大正から昭和にかけて活躍した。『日輪』と『蠅』で鮮烈なデビューを果たし、『機械』は日本のモダニズム文学の頂点とも絶賛され、また形式主義文学論争を展開し『純粋小説論』を発表するなど評論活動も行い、長編『旅愁』では西洋と東洋の文明の対立について書くなど多彩な表現を行った。1935年(昭和10年)前後には「文学の神様」と呼ばれ(ただし、河上徹太郎によればこの称号は皮肉混じりに冠せられたものだという)、志賀直哉とともに「小説の神様」とも称された。
(出典:Wikipedia)
菊池寛に師事し、川端康成と共に新感覚派として大正から昭和にかけて活躍した。『日輪』と『蠅』で鮮烈なデビューを果たし、『機械』は日本のモダニズム文学の頂点とも絶賛され、また形式主義文学論争を展開し『純粋小説論』を発表するなど評論活動も行い、長編『旅愁』では西洋と東洋の文明の対立について書くなど多彩な表現を行った。1935年(昭和10年)前後には「文学の神様」と呼ばれ(ただし、河上徹太郎によればこの称号は皮肉混じりに冠せられたものだという)、志賀直哉とともに「小説の神様」とも称された。
(出典:Wikipedia)
“横光利一”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)