“發”のいろいろな読み方と例文
新字:発
読み方割合
あば27.9%
はつ25.6%
た16.3%
おこ5.8%
ぱつ4.7%
はな4.7%
オコ2.3%
さ2.3%
ひら2.3%
ほつ1.2%
あら1.2%
おこり1.2%
か1.2%
だ1.2%
は1.2%
びら1.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
半年ばかり經(たつ)と何者(なにもの)とも知れず、墓(はか)を發(あば)いて石を盜(ぬす)み去(さつ)たものがある。子は手掛(てがかり)がないので追(お)ふことも出來ず其まゝにして二三日經(たつ)た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
女同士(をんなどうし)はわあと只(たゞ)笑(わら)ひ聲(ごゑ)を發(はつ)して各自(てんで)に對手(あひて)を突(つ)いたり叩(たゝ)いたりして亂(みだ)れつゝ騷(さわ)いだ。突然(とつぜん)一人(ひとり)がおつぎの髮(かみ)へひよつと手(て)を掛(か)けた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
發(た)つことになるかも知れんのですし、それによしんば財産があるにしたところが、それでなくても隨分と出費がかさみましたんでねえ……
あたかも學士が、師の問を發(おこ)すを待ちつゝ、これを論(あげつら)はんため——これを決(きむ)るためならず——默(もだ)して備を成すごとく 四六—四八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
例(れい)の第(だい)一條(でう)、第(だい)二條(でう)を口癖(くちぐせ)にする決鬪師(けっとうし)の嫡々(ちゃき/\)ぢゃ。あゝ、百發(ぱつ)百中(ちゅう)の進(すゝ)み突(づき)とござい! 次(つぎ)は逆突(ぎゃくづき)? 參(まゐ)ったか突(づき)とござる!
〔譯〕凡そ人事を區處(くしよ)するには、當さに先づ其の結局(けつきよく)の處を慮(おもんぱ)かりて、後に手を下すべし。楫(かぢ)無きの舟は行(や)る勿(なか)れ、的(まと)無きの箭(や)は發(はな)つ勿れ。
その頃ちようど、稱讃淨土佛攝受經(シヨウサンジヤウドブツセフジユギヤウ)を、千部寫さうとの願を發(オコ)して居た時であつた。其が、はかどらぬ。何時までも進まぬ。茫とした耳に、此世話(ヨバナシ)が再また、紛れ入つて來たのであつた。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫、釈迢空(著)
光發(さ)しその清(すが)しさはかぎりなし朴(ほほ)は木高(こだか)く白き花群(はなむら)
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
やがて燈火(あかり)を持(も)った人(ひと)がわせて、墓(はか)を發(ひら)かうと爲(し)やしゃるやいな、御主人(ごしゅじん)は劍(けん)を拔(ぬ)かしゃれました。それで僕(わたくし)は走出(かけいだ)して夜番(よばん)の衆(しゅう)を呼(よ)びました。
此時江戸表には八代將軍吉宗公(よしむねこう)近習(きんじゆ)を召(めさ)れ上意には奉行越前守は未だ病氣全快(びやうきぜんくわい)は致さぬか芝八山(やつやま)に居る天一坊は如何(いかが)せしやと發(ほつ)と御溜息(ためいき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ソレを輕々しく益なき事を言行に發(あら)はすと云ふのは、之を喩へば商人が金儲けの事を想像するばかりで、其金をマダ握らぬ中に一寸奢りの眞似をすると云ふ、そんな奴に儲出すことが出來るものか
入けれどもお熊は祝言(しうげん)の夜より癪氣(しやくけ)發(おこり)難儀(なんぎ)なりとて母(はゝ)の側(そば)へ寢(ね)かしお熊(くま)は忠(ちう)八母は清(せい)三郎と毎夜枕(まくら)を双(ならべ)て一ツ寢(ね)をなす事(こと)人外(にんぐわい)の仕方なり然(され)ども又七は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、若(も)し這麼事(こんなこと)を女主人(をんなあるじ)にでも嗅付(かぎつ)けられたら、何(なに)か良心(りやうしん)に咎(とが)められる事(こと)があると思(おも)はれやう、那樣疑(そんなうたがひ)でも起(おこ)されたら大變(たいへん)と、彼(かれ)はさう思(おも)つて無理(むり)に毎晩(まいばん)眠(ね)た振(ふり)をして、大鼾(おほいびき)をさへ發(か)いてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
『さうね、不思議(ふしぎ)なこと』と海龜(うみがめ)は答(こた)へて、其(そ)の岩(いは)の上(うへ)に目録(もくろく)を數(かぞ)へ出(だ)しました、『——不思議(ふしぎ)な事(こと)、古今(こゝん)に亘(わた)れる大海學(だいかいがく)の、それから懶聲(なまけごゑ)を發(だ)すこと——懶聲(なまけごゑ)の先生(せんせい)は年老(としと)つた海鰻(はも)で、 ...
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
扨又春は即ち張るで有つて、木の芽も草の芽も皆張り膨らみて、萬物盡く内より外に發(は)り、水も四澤に滿つる程である。故に一年の中、春はおのづからにして人の氣も張るのである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)