“淺(あさ)” の例文
新字:浅
貝層(かひそう)は極(きは)めて淺(あさ)いが、其下(そのした)に燒土(やけつち)の層(そう)が有(あ)つて、其中(そのなか)に少(すくな)からず破片(はへん)がある。幻翁(げんおう)の言(げん)に由(よ)ると、香爐形(こうろがた)の出(で)た層(さう)と同一(どういつ)だといふ。
私(わたし)の時(とき)より氣(き)まぐれを起(おこ)すは人(ひと)のするのでは無(な)くて皆(みな)心(こゝろ)がらの淺(あさ)ましい譯(わけ)がござんす、私(わたし)は此樣(こん)な賤(いや)しい身(み)の上(うへ)、貴君(あなた)は立派(りつぱ)なお方樣(かたさま)
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
恁(か)うして宏濶(くわうくわつ)な水田(すゐでん)は、一日(にち)泥(どろ)に浸(ひた)つた儘(まゝ)でも愉快相(ゆくわいさう)に唄(うた)ふ聲(こゑ)がそつちからもこつちからも響(ひゞ)くと共(とも)に、段々(だん/\)に淺(あさ)い緑(みどり)が掩(おほ)うて
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私のことを考へると氣持が惡くなると云つた、私が淺(あさ)ましい程酷(ひど)くお前に當ると云ひ張つたときのお前のあの小兒(こども)らしくない眼付と聲を。
門(もん)の左側(ひだりがは)に、井戸(ゐど)が一個(ひとつ)。飮水(のみみづ)ではないので、極(きは)めて鹽(しほ)ツ辛(から)いが、底(そこ)は淺(あさ)い、屈(かゞ)んでざぶ/″\、さるぼうで汲(く)み得(え)らるゝ。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
吐(はい)て遂(つひ)に其夜の九ツ時に感應院は淺(あさ)ましき最期(さいご)をこそ遂(とげ)たりける名主を始め種々(しゆ/″\)詮議(せんぎ)すれば煤掃(すゝはき)の膳部(ぜんぶ)より外に何にも喰(たべ)ずとの事なり依(よつ)て膳部を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
最早(もはや)疑(うたが)ふ事(こと)は出來(でき)ぬ、海蛇丸(かいだまる)は今(いま)や立浪(たつなみ)跳(をど)つて海水(かいすい)淺(あさ)き、此(この)海上(かいじやう)で我(わ)が弦月丸(げんげつまる)を一撃(いちげき)の下(もと)に撃沈(げきちん)せんと企圖(くわだ)てゝ居(を)るのだ。
「氣がきかないお樂だな。お前のところには、お淺(あさ)とかいふ娘があつた筈ではないか。酌(しやく)も大事なおもてなしだ、平常着(ふだんぎ)のまゝで構はぬ、出せ/\」
御主意(ごしゆい)御尤(ごもつとも)に候(さふらふ)。日(ひ)の出(で)の唱歌(しやうか)は思(おも)ひ止(と)まり候(さふらふ)。淺(あさ)ましい哉(かな)。教室(けうしつ)に慣(な)れ候(さふらふ)に從(した)がつて心(こゝろ)よりも形(かたち)を教(をし)へたく相成(あひな)る傾(かたむ)き有之(これあり)、以後(いご)も御注意(ごちゆうい)願上候(ねがひあげさふらふ)。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
それが學年(がくねん)の始(はじま)りだつたので、京都(きやうと)へ來(き)て日(ひ)のまだ淺(あさ)い宗助(そうすけ)には大分(だいぶん)の便宜(べんぎ)であつた。彼(かれ)は安井(やすゐ)の案内(あんない)で新(あた)らしい土地(とち)の印象(いんしやう)を酒(さけ)の如(ごと)く吸(す)ひ込(こ)んだ。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何處(どこ)で食事(しょくじ)をしようぞ?……(四下(あたり)を見𢌞して)あゝ/\! こりゃまア何(なん)といふ淺(あさ)ましい騷擾(さうぜう)? いや、其(その)仔細(しさい)はお言(い)やるには及(およ)ばぬ、殘(のこ)らず聞(き)いた。
かういふ關係(かんけい)が重(かさ)なるような場所(ばしよ)に於(おい)ては、津浪(つなみ)の高(たか)さが著(いちじる)しく増大(ぞうだい)するわけであるが、それのみならず、浪(なみ)が淺(あさ)い所(ところ)に來(く)れば遂(つひ)に破浪(はろう)するに至(いた)ること
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
丁度(ちやうど)其時(そのとき)、庭(には)に入(はひ)つて來(き)たのは、今(いま)しも町(まち)を漁(あさ)つて來(き)た猶太人(ジウ)のモイセイカ、帽(ばう)も被(かぶ)らず、跣足(はだし)に淺(あさ)い上靴(うはぐつ)を突掛(つツか)けたまゝ、手(て)には施(ほどこし)の小(ちひ)さい袋(ふくろ)を提(さ)げて。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
然(しか)るに、あの川(かは)は決(けつ)して淺(あさ)くはなかつた。流(なが)れも思(おも)ひの外(ほか)早(はや)かつた。次第(しだい)に依(よ)つては命(いのち)を奪(うば)はれんとも限(かぎ)らなかつた。その危急(ききふ)の際(さい)中根(なかね)はどう云(い)ふ事(こと)をしたか。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
その芽をはぐゝむものは、私の廣(ひろ)い深い愛でなければならないのです。私はまづ第一(だいいち)に夫(をつと)を愛しなければなりません。けれども情けないほど私の愛はまだ淺(あさ)いものです。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
またそれから飽(あ)きるほど乘(の)つて行(ゆ)くうちに、馬車(ばしや)はある川(かは)の岸(きし)へ出(で)ました。川(かは)にかけた橋(はし)の落(お)ちた時(とき)とかで、伯父(をぢ)さんでも誰(たれ)でも皆(みな)その馬車(ばしや)から降(お)りて、水(みづ)の淺(あさ)い所(ところ)を渉(わた)りました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小(ちひ)さな土橋(どばし)が一(ひと)つ、小川(をがは)が山川(やまがは)へ注(そゝ)ぐところに架(かゝ)つてゐた。山川(やまがは)には橋(はし)がなくて、香魚(あゆ)の棲(す)みさうな水(みづ)が、京(きやう)の鴨川(かもがは)のやうに、あれと同(おな)じくらゐの幅(はゞ)で、淺(あさ)くちよろ/\と流(なが)れてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
淺(あさ)い上(うへ)の方(ほう)からは青銅器(せいどうき)が發見(はつけん)されたことによつて知(し)ることが出來(でき)ます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
苦桃太郎(にがもゝたらう)喜悦(きえつ)淺(あさ)からず、腰(こし)なる髑髏(どくろ)一個(ひとつ)取(と)ら
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
野(の)づかさの草(くさ)の淺(あさ)みに
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
深(ふか)き淺(あさ)きの差異(けじめ)さへ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
そろばん手(て)にしてにこ/\と遊(あそ)ばさるゝ顏(かほ)つきは我親(わがおや)ながら淺(あさ)ましくして、何故(なぜ)その頭(つむり)は丸(まろ)め給(たま)ひしぞと恨(うら)めしくも成(な)りぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
頬白(ほゝじろ)か何(なに)かゞ菜種(なたね)の花(はな)や枯蓬(かれよもぎ)の陰(かげ)の淺(あさ)い雪(ゆき)に短(みじか)い臑(すね)を立(た)てゝ見(み)たいのか桑(くは)の枝(えだ)をしなやかに蹴(け)つて活溌(くわつぱつ)に飛(と)びおりた。さうして又(また)枝(えだ)に移(うつ)つた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかし、波(なみ)は海深(かいしん)が次第(しだい)に淺(あさ)くなる所(ところ)に進入(しんにゆう)すると、それにつれて高(たか)さを増(ま)し、又(また)漏斗(じようご)のように奧(おく)が次第(しだい)に狹(せま)くなる所(ところ)に進入(しんにゆう)しても波(なみ)の高(たか)さが増(ま)してくる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
……申(まを)しやうもござんせん、淺(あさ)ましい、恥(はづ)かしい、苦(くる)しい、そして不思議(ふしぎ)な目(め)に逢(あ)ひましたのでございます。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
死んだ後でいくら探したところで、十兩と纒(まと)まつた金が出て來るわけはない。皆んなも、もう床を剥いだり、壁を崩したりするやうな淺(あさ)ましい事は止した方が宜い。
「大丈夫(だいぢやうぶ)だ、水(みづ)は淺(あさ)い‥‥」と、高岡軍曹(たかをかぐんそう)はまた呶鳴(どな)つた。「おい田中(たなか)、早(はや)く銃(じう)を取(と)つてやれ‥‥」
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
見て土器を取上ず呵々(から/\)と打笑(うちわら)ひ將軍の御落胤(ごらくいん)とは大の僞(いつは)り者餘人は知らず此伊賀亮斯(かく)の如き淺(あさ)はかなる僞坊主(にせばうず)の謀計(ぼうけい)に欺(あざ)むかれんや片腹痛(かたはらいた)き工(たくみ)かなと急に立退(たちのか)んとするを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
形容(けいよう)すれば水(みづ)の樣(やう)に淺(あさ)く淡(あは)いものであつた。彼(かれ)は今日(こんにち)迄(まで)路傍(ろばう)道上(だうじやう)に於(おい)て、何(なに)かの折(をり)に觸(ふ)れて、知(し)らない人(ひと)を相手(あひて)に、是程(これほど)の挨拶(あいさつ)をどの位(くらゐ)繰(く)り返(かへ)して來(き)たか分(わか)らなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
若(も)し然(さ)なくば隱見(ゐんけん)出沒(しゆつぼつ)、氣長(きなが)く我(わが)船(ふね)の後(あと)を追(お)ふ内(うち)、本船(ほんせん)が何時(いつ)か海水(かいすい)淺(あさ)き島嶼(たうしよ)の附近(ふきん)か、底(そこ)に大海礁(だいかいせう)の横(よこたは)る波上(はじやう)にでも差懸(さしか)かつた時(とき)、風(かぜ)の如(ごと)く來(きた)り、雲(くも)の如(ごと)く現(あら)はれ出(い)でゝ
穴(あな)は間口(まぐち)七尺(しやく)五寸(すん)に、奧行(おくゆき)八尺(しやく)の、高(たか)さ四尺(しやく)、長方形(ちやうはうけい)の岩室(がんしつ)で、それに柄(え)を附(つ)けた樣(やう)に入口(いりぐち)の道(みち)がある。突當(つきあた)りに一段(だん)高(たか)い處(ところ)があつて、それから周圍(しうゐ)と中央(ちうわう)とに淺(あさ)い溝(みぞ)が掘(ほ)つてある。
父(とう)さんのお家(うち)には井戸(ゐど)が掘(ほ)つてありました。その井戸(ゐど)は柄杓(ひしやく)で水(みづ)の汲(く)めるやうな淺(あさ)い井戸(ゐど)ではありません。釣(つ)いても、釣(つ)いても、なか/\釣瓶(つるべ)の上(あが)つて來(こ)ないやうな、深(ふか)い/\井戸(ゐど)でした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
頼(たの)みにして今日(けふ)までも過(すご)せし身(み)なりと云(い)ひたけれど孃(じよう)さまの戀(こひ)も我(わ)が戀(こひ)にも淺(あさ)さ深(ふか)さのあるべきならず我(わ)れまだ其事(そのこと)を
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
面當(つらあて)がましく氣(き)の毒(どく)らしい、我勝手(われがつて)の凡夫(ぼんぷ)の淺(あさ)ましさにも、人知(ひとし)れず、面(おもて)を合(あ)はせて、私(わたし)たちは恥入(はぢい)つた。が、藥王品(やくわうぼん)を誦(ず)しつゝも、鯖(さば)くつた法師(ほふし)の口(くち)は臭(くさ)いもの。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
勘次(かんじ)は麥(むぎ)の間(あひだ)へ大豆(だいづ)を蒔(ま)いた。畦間(うねま)へ淺(あさ)く堀(ほり)のやうな凹(くぼ)みを拵(こしら)へてそこへぽろ/\と種(たね)を落(おと)して行(ゆ)く。勘次(かんじ)はぐい/\と畦間(うねま)を掘(ほ)つて行(ゆ)く。後(あと)からおつぎが種(たね)を落(おと)した。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大暗礁(だいあんせう)! 大海礁(だいかいせう)! たとへ船(ふね)を坐礁(のりあげ)る程(ほど)でなくとも、此邊(このへん)の海底(かいてい)の淺(あさ)い事(こと)は分(わか)つて居る※
さも有難げに押戴(おしいたゞ)き幼年よりの好誼(よしみ)と此程の淺(あさ)からぬ餞別重々(ぢう/\)有難き仕合(しあは)せと恩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
然(しか)し、それもこれもつまりは勝負事(しようぶごと)に勝(か)ちたいといふ慾(よく)と、誇(ほこり)と、或(あるひ)は見得(みえ)とからくるのかと思(おも)ふと、人間(にんげん)の卑(いや)しさ淺(あさ)ましさも少々(せう/\)どんづまりの感(かん)じだが、支那人(しなじん)の麻雀(マアジヤン)ばかりとは言(い)はず
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
白隱和尚(はくいんをしやう)の弟子(でし)の東嶺和尚(とうれいをしやう)とかいふ人(ひと)の編輯(へんしふ)したもので、重(おも)に禪(ぜん)を修行(しゆぎやう)するものが、淺(あさ)い所(ところ)から深(ふか)い所(ところ)へ進(すゝ)んで行(ゆ)く徑路(けいろ)やら、それに伴(とも)なふ心境(しんきやう)の變化(へんくわ)やらを秩序立(ちつじよだ)てゝ書(か)いたものらしかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
層(そう)は淺(あさ)いが、びツしりと詰(つま)つて居(ゐ)て、それで土器類(どきるゐ)も何(なに)も見出(みいだ)さぬ。
若(も)し叶(かな)ひたりとも开(そ)は邪道(じやだう)にて正當(せいたう)の人(ひと)の目(め)よりはいかに汚(けが)らはしく淺(あさ)ましき身(み)とおとされぬべき、我(わ)れはさても、殿(との)をば浮世(うきよ)に譏(そし)らせ參(まゐ)らせん事(こと)くち惜(を)し
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私(わたし)は其(そ)の節(せつ)、身重(みおも)なんでございましたの……ですから、淺(あさ)ましい處(ところ)を、お目(め)に掛(か)けますのが情(なさけ)なくつて、つい、引籠(ひきこも)つてばかり居(ゐ)ました所(ところ)、何(なん)ですか、あの晩(ばん)は心持(こゝろもち)が
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
朧氣(け)な記憶(きおく)を辿(たど)れば、久保田さんのは私(わたし)も二三度(ど)一緒に行つた事のある、淺(あさ)草の十二階(かい)近所(しよ)の球突塲(つきば)を背景(はいけい)にしたもので、そこに久保田さん獨特(どくとく)の義理(ぎり)人情(ぜう)の世界(せかい)を扱つてあつたやうに思(おも)ふ。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
夫(そ)れより起(おこ)りし生道心(なまだうしん)などならば、かへすがへす淺(あさ)ましき事(こと)なり、第(だい)一は不憫(ふびん)のことなり、中々(なか/\)に高尚(けだか)き心(こヽろ)を持(もち)そこねて、魔道(まだう)に落入(おちい)るは我々(われ/\)書生(しよせい)の上(うへ)にもあるを
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
金澤(かなざは)にて言(い)ふ松(まつ)みゝは初茸なり。此(こ)の茸(きのこ)は、松(まつ)美(うつく)しく草(くさ)淺(あさ)き所(ところ)にあれば子供(こども)にも獲(え)らるべし。(つくしん坊(ばう)めつかりこ)ぐらゐな子供(こども)に、何處(どこ)だつて松茸(まつたけ)は取(と)れはしない。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
手(て)にとりつ淺(あさ)からぬお心(こゝろ)辱(かたじ)けなしとて三郎(らう)喜(よろ)こびしと傳(つ)たへ給(たま)へ外(ほか)ならぬ人(ひと)の取次(とりつぎ)こと更(さら)に嬉(うれ)しければ此文(このふみ)は賜(たま)はりて歸宅(きたく)すべしとて懷中(ふところ)に押(おし)いれつゝ又(また)こそと坐(ざ)を
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
半纏着(はんてんぎ)は、水(みづ)の淺(あさ)い石(いし)を起(おこ)して、山笹(やまざさ)をひつたり挾(はさ)んで、細流(さいりう)に岩魚(いはな)を預(あづ)けた。溌剌(はつらつ)と言(い)ふのは此(これ)であらう。水(みづ)は尾鰭(をひれ)を泳(およ)がせて岩(いは)に走(はし)る。そのまゝ、すぼりと裸體(はだか)に成(な)つた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
燈(ともしび)のかげ少(すこ)し暗(くら)きを捻(ね)ぢ出(いだ)す手(て)もとに見(み)ゆるは殿(との)の名(な)、よし慝名(かくしな)なりとも此眼(このめ)に感(かん)じは變(かは)るまじ、今日迄(けふまで)封(ふう)じを解(と)かざりしは我(わ)れながら心強(こゝろづよ)しと誇(ほこ)りたる淺(あさ)はかさよ
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
唯(ト)、其(そ)の橋(はし)の向(むか)う際(ぎは)に、淺(あさ)い岸(きし)の流(ながれ)に臨(のぞ)んで、束(たば)ね髮(がみ)の襟許(えりもと)白(しろ)く、褄端折(つまはしよ)りした蹴出(けだ)しの薄(うす)ら蒼(あを)いのが、朦朧(もうろう)として其處(そこ)に俯向(うつむ)いて菜(な)を洗(あら)ふ、と見(み)た。其(そ)の菜(な)が大根(だいこん)の葉(は)とは違(ちが)ふ。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
私(わたし)のやうな表(おもて)むきの負(ま)けるぎらひは見(み)る人(ひと)の目(め)からは淺(あさ)ましくもありましやう、つまらぬ妻(つま)を持(も)つたものだといふ感(かん)は良人(をつと)の方(はう)に却(かへ)つて多(おほ)くあつたので御座(ござ)りましやう
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)