“京都”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
きょうと40.0%
みやこ20.0%
きやうと16.9%
きようと4.6%
かみがた3.1%
けいと3.1%
けうと3.1%
あちら1.5%
きやう1.5%
きょう1.5%
こちら1.5%
キョウト1.5%
キヨヲト1.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
こんどは京都(きょうと)の羅生門(らしょうもん)に毎晩(まいばん)鬼(おに)が出るといううわさが立(た)ちました。なんでも通(とお)りかかるものをつかまえては食(た)べるという評判(ひょうばん)でした。
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この頃京都(みやこ)で評判の高い、多門兵衛(たもんひょうえ)という弁才坊(今日のいわゆる幇間(たいこもち))と、十八になる娘の民弥(たみや)、二人の住んでいる屋敷である。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
誠に有難(ありがた)い事で、私(わたくし)もホツと息(いき)を吐(つ)いて、それから二日(か)の一番(ばん)汽車(きしや)で京都(きやうと)へ御随行(ごずゐかう)をいたして木屋町(きやちやう)の吉富楼(よしとみろう)といふ家(うち)へ参(まゐ)りました
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
この歌(うた)を作(つく)りかへて、別(べつ)に變(かは)つた領分(りようぶん)を開(ひら)いたものがあります。それは明治(めいじ)になつて死(し)んだ京都(きようと)の蓮月(れんげつ)といふ尼(あま)の作(さく)で
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
はア、それから殿様とごいっしょに京都(かみがた)に行かっしゃりました御様子で、まだ帰京(けえ)らっしゃりますめえと、はや思うでごぜエますよ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
其(そ)の父(ちゝ)、此(こ)の無足婦人(むそくふじん)を膝行軌(ゐざりぐるま)に乘(の)せ、自(みづか)ら推(お)しめぐらして京都(けいと)の南(みんなみ)の方(かた)より長安(ちやうあん)の都(みやこ)に來(きた)り、市(いち)の中(なか)にて、何(ど)うぞやを遣(や)る。聚(あつま)り見(み)るもの、日(ひ)に數千人(すうせんにん)を下(くだ)らず。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
S、H氏(し)も京都(けうと)から来(き)たT氏(し)の連中(れんちう)が、どこかで待(ま)つてゐるといふので、夫人(ふじん)と何(なに)か打合(うちあわ)せをして、少(すこ)し前(まえ)に帰(かえ)つて行(い)つた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「それではこれからまた新らしく京都(あちら)に赴任するつもりで出かけるかね。」
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
京都(きやう)やら奈良の堂塔を写しとりたるものもあり、此等は悉皆(みんな)汝に預くる、見たらば何かの足しにもなろ、と自己(おの)が精神(こゝろ)を籠めたるものを惜気もなしに譲りあたふる
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
墨縄(すみ)の引きよう規尺(かね)の取りよう余さず洩(も)らさず記せしもあり、中には我のせしならで家に秘めたる先祖の遺品(かたみ)、外へは出せぬ絵図もあり、京都(きょう)やら奈良の堂塔を写しとりたるものもあり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「壊(こわ)れはせぬ、二つに割れた。最初、江戸から京都(こちら)へ上ったのは総勢二百五十人、それは大方、今いう清川が手で江戸へ帰って、残るは芹沢と近藤を頭に十四人」
京都(キョウト)市上京(カミギョウ)区浄福寺通(ジョウフクジドオリ)金箔(キンパク)業斎藤(サイトウ)方ヨリ同人方雇人小林茂三(コバヤシシゲゾウ)(二三)ノ家出保護願ノ郵書ヲ受理シタル大津警察署ニ於(オイ)テハ、偶々(タマタマ)其(ソノ)人相着衣ト本件被害者ノ夫(ソレ)ト符合スル点アルヲ以テ
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
證判役(シヨヲハンヤク)小頭役(コガシラヤク)とやら云もののつらがまへ京都(キヨヲト)の関白(クワンパク)さんの心もちにて、きのどくにもありおかしくもあり、元より私ハ用向と申てハなし。