“多(おほ)” の例文
「字(じ)に顯(あら)はすと、些(ち)と畫(くわく)が多(おほ)い、翡翠(ひすゐ)とかいてね、お前(まへ)たち……たちぢやあ他樣(ほかさま)へ失禮(しつれい)だ……お前(まへ)なぞが欲(ほ)しがる珠(たま)とおんなじだ。」
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
尤(もつと)も、負けても實(じつ)はおごつて頂(いたゞ)く方が多(おほ)かつたがどういふのかこの師弟(してい)の勝負(せうふ)はとかくだれ勝(か)ちで、仕舞(しま)ひには兩(れう)方共(とも)憂鬱(ゆううつ)になつて
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これからはいよ/\お民(たみ)どの大役(たいやく)なり、前門(ぜんもん)の虎(とら)、後門(こうもん)の狼(おほかみ)、右(みぎ)にも左(ひだり)にも怕(こわ)らしき奴(やつ)の多(おほ)き世(よ)の中(をか)、あたら美玉(びぎよく)に疷(きず)をつけ給(たま)ふは
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それが前(まへ)に言(い)つたように人間(にんげん)が多(おほ)くなるにつれて木材(もくざい)がいよ/\多(おほ)く必要(ひつよう)となり、どんどん伐(き)るため、村落(そんらく)に近(ちか)い山(やま)の木(き)はもとより
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
曲(まが)つた社會(しやくわい)の正當防衞(せいたうばうゑい)、腐(くさ)つた世(よ)の中(なか)の大清潔法(だいせいけつはふ)、それらを完全(くわんぜん)に近(ちか)く執行(しつかう)するには、死刑(しけい)を多(おほ)く利用(りよう)するよりほかにないと考(かんが)へた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
菜(な)が洗(あら)ひ畢(をは)つた時(とき)枯葉(かれは)の多(おほ)いやうなのは皆(みな)釜(かま)で茹(ゆ)でゝ後(うしろ)の林(はやし)の楢(なら)の幹(みき)へ繩(なは)を渡(わた)して干菜(ほしな)に掛(か)けた。自分等(じぶんら)の晝餐(ひる)の菜(さい)にも一釜(ひとかま)茹(ゆ)でた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
又(また)日本(にほん)の小説(せうせつ)によく現(あら)はれる魔法遣(まはふづか)ひが、不思議(ふしぎ)な藝(げい)を演(えん)ずるのは多(おほ)くは、一半(はん)は佛教(ぶつけう)から一半(はん)は道教(だうけう)の仙術(せんじゆつ)から出(で)たものと思(おも)はれる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
其辭(そのじ)を(七六)徑省(けいせい)すれば、則(すなは)ち(七七)不知(ふち)として之(これ)を屈(くつ)し、(七八)汎濫博文(はんらんはくぶん)なれば、則(すなは)ち之(これ)を多(おほ)しとして(七九)久(ひさ)しとす。
然(しか)しながら大地震(だいぢしん)になると、初期微動(しよきびどう)でも決(けつ)して微動(びどう)でなく、多(おほ)くの人(ひと)にとつては幾分(いくぶん)の脅威(きようい)を感(かん)ずるような大(おほ)いさの振動(しんどう)である。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
從(したが)つて其方(そのはう)の談判(だんぱん)は、始(はじ)めから未(いま)だ嘗(かつ)て筆(ふで)にした事(こと)がなかつた。小六(ころく)からは時々(とき/″\)手紙(てがみ)が來(き)たが、極(きは)めて短(みじ)かい形式的(けいしきてき)のものが多(おほ)かつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
然(しか)し今日(こんにち)の所(ところ)では病院(びやうゐん)は、確(たしか)に市(し)の資力(ちから)以上(いじやう)の贅澤(ぜいたく)に爲(な)つてゐるので、餘計(よけい)な建物(たてもの)、餘計(よけい)な役(やく)などで隨分(ずゐぶん)費用(ひよう)も多(おほ)く費(つか)つてゐるのです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
責任(せきにん)といふ事(こと)に重(おもき)を置(お)きたいのもこれが爲(た)め、依頼心(いらいしん)が多(おほ)いのも是(これ)が爲(た)め、又(また)意志(いし)の強固(きやうこ)でないといふのも是(これ)が爲(た)めであらうと思(おも)ひます。
女教邇言 (旧字旧仮名) / 津田梅子(著)
坂路(さかみち)の多(おほ)い父(とう)さんの村(むら)では、氷滑(こほりすべ)りの出來(でき)る塲所(ばしよ)が行(ゆ)く先(さき)にありました。村(むら)の子供(こども)はみな鳶口(とびぐち)を持(も)つて凍(こゞ)つた坂路(さかみち)を滑(すべ)りました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
岩(いは)はなをば、漕(こ)ぎ廻(まは)つて行(ゆ)くごとに、そこに一(ひと)つづゝ展(ひら)けて來(く)る、近江(あふみ)の湖水(こすい)のうちのたくさんの川口(かはぐち)。そこに鶴(つる)が多(おほ)く鳴(な)き立(た)てゝゐる。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
軍艦(ぐんかん)「日(ひ)の出(で)」の甲板(かんぱん)では、後部艦橋(こうぶかんけう)のほとりより軍艦旗(ぐんかんき)飜(ひるがへ)る船尾(せんび)に到(いた)るまで、多(おほ)くの乘組(のりくみ)は、列(れつ)を正(たゞ)して、我(わが)端艇(たんてい)の歸艦(きかん)を迎(むか)へて居(を)る。
彦三郎御長屋中に怪敷(あやしき)人(ひと)有(ある)との事なれば此御家主へ相談は如何(いかゞ)に候はんと尋(たづ)ぬるに權三打笑(うちわら)ひ爰の家主(いへぬし)は店子の中に依怙贔屓(えこひいき)多(おほ)く下の者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
兒玉(こだま)は先程來(さきほどらい)、多(おほ)く口(くち)を開(ひら)かず、微笑(びせう)して人々(ひと/″\)の氣焔(きえん)を聽(きい)て居(ゐ)たが、今(いま)突然(とつぜん)出身(しゆつしん)の學校(がくかう)を問(と)はれたので、一寸(ちよつと)口(くち)を開(ひら)き得(え)なかつたのである。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
多(おほ)くの例(れい)に於(おい)ては古墳(こふん)(高塚(たかつか))と横穴(よこあな)とは、別種(べつしゆ)に考(かんが)へられて居(ゐ)る。よしや同所(どうしよ)に有(あ)らうとも、同時代(どうじだい)とは考(かんが)へられて居(を)らぬ。
まち子(こ)は、いつまでもいつまでも誰(たれ)も何(なに)も云(い)はなかつたら、その青白(あをしろ)い細(ほそ)い葉(は)の川柳(かはやなぎ)を見(み)つめてゐたかもしれない。この川柳(かはやなぎ)も古郷(こきやう)に多(おほ)い。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
成(なる)ほど、夫(それ)ぢやア、マア大(たい)したお熱(ねつ)ぢやアないお脈(みやく)の方(はう)は。「脈(みやく)の方(はう)が多(おほ)うございます、九条(でう)から一条(でう)二条(でう)に出越(でこ)す位(くらゐ)な事で。 ...
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
また石器(せつき)の形(かたち)も大體(だいたい)は前(まへ)の時代(じだい)よりは小形(こがた)のものが多(おほ)く、しかも石器(せつき)の使(つか)ひ途(みち)によつて種々(しゆ/″\)異(こと)なつた形(かたち)のものがわかれて發達(はつたつ)して來(き)ました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
当院(たうゐん)屋根普請(やねふしん)勧化(くわんけ)の為(ため)本堂(ほんだう)に於(おい)て晴天(せいてん)七日の間芝居興行(こうぎやう)せしむるものなり、名題(なだい)は仮名手本(かなでほん)忠臣蔵役人替名とありて役者(やくしや)の名多(おほ)くは変名(へんみやう)なり。
外國市場(ぐわいこくしぢやう)に於(おい)て他國品(たこくひん)と競爭(きやうさう)の位置(ゐち)にある場合(ばあひ)に爲替相場(かはせさうば)の下落(げらく)の爲(た)めに日本品(にほんひん)が競爭(きやうさう)に打(う)ち勝(か)つて多(おほ)く賣(う)れることは時々(とき/″\)經驗(けいけん)した處(ところ)である。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
『まだ/\もつと多(おほ)くの證據(しようこ)が御座(ござ)います、陛下(へいか)よ』と云(い)つて白兎(しろうさぎ)は、遽(にはか)に跳(と)び上(あが)り、『此(こ)の文書(もんじよ)は只今(たゞいま)拾(ひろ)ひましたのです』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
唯(たゞ)少(すこ)し遠慮勝(えんりよがち)なのと、余(あま)り多(おほ)く口数(くちかず)を利(き)かぬのが、何(なん)となく私(わたし)には物足(ものた)りないので、私(わたし)が其(それ)であるから尚更(なほさら)始末(しまつ)が悪(わる)い。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
斯(か)くの如(ごと)き對照式(たいせうしき)の綺語(きご)——技巧的(ぎこうてき)な比喩語(ひゆご)——を竝(なら)ぶることはシェークスピヤの青年期(せいねんき)にはイギリス文壇(ぶんだん)の流行(りうかう)なりしなり。以下(いか)にも同例(どうれい)多(おほ)し。
その頃(ころ)の習慣(ならはし)にしたがつて、三日(みつか)の間(あひだ)、大宴會(だいえんかい)を開(ひら)いて、近所(きんじよ)の人(ひと)たちや、その他(ほか)、多(おほ)くの男女(なんによ)をよんで祝(いは)ひました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
それは、ある種(しゆ)の作家たちが書くやうな、附燒刃(つけやきば)でなく、作者の身についた物であるからである。(何と、近頃は、附燒刃の作品の多(おほ)すぎることよ。)
「鱧の皮 他五篇」解説 (旧字旧仮名) / 宇野浩二(著)
先づ饅頭笠にて汚水を酌(く)み出(いだ)し、更(さら)に新鮮(しんせん)なる温泉を湛(たた)ゆ、温高(たか)き為め冷水を調合(てうごう)するに又笠(かさ)を用(もち)ゆ、笠為に傷(いた)むもの多(おほ)し、抑此日や探検(たんけん)の初日にして
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
如何(いか)なる事業(じげふ)に從(したが)ふとも、體力(たいりよく)此(これ)に伴(ともな)ふて強健(きやうけん)ならずば、意(い)の如(ごと)く活動(くわつどう)する能(あた)はず、又(また)所期(しよき)の十一だも達(たつ)する能(あた)はざるは、世上(せじやう)に其(その)例(れい)を多(おほ)く見(み)る處(ところ)なり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
この篇(へん)『飾馬考(かざりうまかんがへ)』『驊騮全書(くわりうぜんしよ)』『武器考證(ぶきかうしよう)』『馬術全書(ばじゆつぜんしよ)』『鞍鐙之辯(くらあぶみのべん)』『春日神馬繪圖及解(かすがしんばゑづおよびげ)』『太平記(たいへいき)』及(およ)び巣林子(さうりんし)の諸作(しよさく)に憑(よ)る所(ところ)多(おほ)し敢(あへ)て出所(しゆつしよ)を明(あきらか)にす
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
毎夜(まいよ)吾妻橋(あづまばし)の橋(はし)だもとに佇立(たゝず)み、徃来(ゆきゝ)の人(ひと)の袖(そで)を引(ひ)いて遊(あそ)びを勧(すゝ)める闇(やみ)の女(をんな)は、梅雨(つゆ)もあけて、あたりがいよ/\夏(なつ)らしくなるにつれて、次第(しだい)に多(おほ)くなり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
だがおれは期待(きたい)する、他(た)の多(おほ)くのお前(まへ)の仲間(なかま)は、やがて銃(じう)を×(20)に×(21)ひ、剣(けん)を後(うしろ)に×(22)へ
然(しか)し其頃(そのころ)はもうさういふ事(こと)で他人(たにん)を批難(ひなん)するのは馬鹿々々(ばか/\)しいといふ意見(いけん)を持(も)つてゐる學生(がくせい)の方(かた)が多(おほ)かつた。
深さは通例五六尺位なり多(おほ)くの年月を經(へ)て斯(か)かる有樣と成りしもの故其始めは更に廣(ひろ)く更に深(ふか)かりしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「然うさ、五十歩(ぽ)百歩(ひやくぽ)さ」と、友は感慨(かんがい)に耐(た)へないといふ風(ふう)で、「少許(すこし)字(じ)が讀(よ)めて、少許知識(ちしき)が多(おほ)いといふばかり、大躰(だいたい)に於(おい)て餘り大(たい)した變りはありやしない。 ...
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
無垢(むく)な若者(わかもの)の前(まへ)に洪水(おほみづ)のやうに展(ひら)ける世(よ)の中(なか)は、どんなに甘(あま)い多(おほ)くの誘惑(いうわく)や、美(うつく)しい蠱惑(こわく)に充(み)ちて押(お)し寄(よ)せることだらう! 外(そ)れるな、濁(にご)るな、踏(ふ)み迷(まよ)ふなと
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
人生恨(うらみ)多(おほ)き四月の廿一日堺兄は幼児を病妻に托して巣鴨の獄に赴(おもむ)けり、而して余は自ら「火の柱」の印刷校正に当らざるべからず、是れ豈(あ)に兄が余に出版を慫慂(しようよう)し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
トルストイ、ツルゲネーフ等(とう)の名(な)は吾人(ごじん)久(ひさ)しく之(これ)を聞(き)けども、ドストイヱフスキーの名(な)と著書(ちよしよ)に至(いた)りては吾文界(わがぶんかい)に之(これ)を紹介(せうかい)するの功(こう)不知庵(フチアン)に多(おほ)しと言(い)はざる可(べ)からず。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
問、足下(そくか)は尚ほ何時迄(いつまで)も著述(ちよじゆつ)に従事(じうじ)せれんとする乎(基督信徒(きりすとしんと)に他人の仕事(しごと)を気(き)にする者多(おほ)し)。
問答二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
○慷(かう)して慨せざる可けんやと、息巻(いきまき)荒き人の声の、蟇口(がまぐち)の中より出づるものならぬは、今に於てわれの確信する所なりと雖も、曾て燕趙悲歌(えんてうひか)の士多(おほ)してふ語をきける毎に
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
徒然草(つれ/″\ぐさ)に最初(さいしよ)の佛(ほとけ)はどうして出來(でき)たかと問(と)はれて困(こま)つたと云(い)ふやうな話(はなし)があつた。子供(こども)に物(もの)を問(と)はれて困(こま)ることは度々(たび/\)である。中(なか)にも宗教上(しうけうじやう)の事(こと)には、答(こたへ)に窮(きう)することが多(おほ)い。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
萬治元年、ここにあつた、本ぐわんじ御堂は築地濱に移轉したとあるから、前年の大火事にもその年の正月の大火にも燒失したであらうが、參詣人は多(おほ)かつたことと思はれる。
花火と大川端 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
山(やま)の辺(べ)にい行(ゆ)く猟夫(さつを)は多(おほ)かれど山(やま)にも野(ぬ)にもさを鹿(しか)鳴(な)くも 〔巻十・二一四七〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
哲學的(てつがくてき)に解釋(かいしやく)すれば、進歩的頭腦(しんぽてきづなう)であり、藝者(げいしや)にいはせると、女文士(をんなぶんし)つて道樂氣(だうらくき)の多(おほ)いものね、であり、醫學的(いがくてき)に考察(かうさつ)すれば、夫(をつと)の年齡(ねんれい)の若(わか)さによる生理的現象(せいりてきげんしよう)であり、又(また)これを
且(かつ)又(また)これまでの暦(こよみ)にはつまらぬ吉凶(きつきやう)を記(しる)し黒日(くろび)の白日(しろび)のとて譯(わけ)もわからぬ日柄(ひがら)を定(さだめ)たれば、世間(せけん)に暦(こよみ)の廣(ひろ)く弘(ひろま)るほど、迷(まよひ)の種(たね)を多(おほ)く増(ま)し、或(あるひ)は婚禮(こんれい)の日限(にちげん)を延(のば)し、或(あるひ)は轉宅(てんたく)の時(とき)を縮(ちゞ)め
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
(三)は金港堂(きんこうどう)の優勢(いうせい)に圧(おさ)れたのです、それでも未(ま)だ経済(けいざい)の立たんやうな事は無かつたのです、然(しか)し労(らう)多(おほ)くして収(をさ)むる所が極(きは)めて少いから可厭(いや)に成(な)つて了(しま)つたので、石橋(いしばし)と私(わたし)と連印(れんいん)で
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
云(い)ふ迄(まで)もなく汽車(きしや)は今(いま)、横須賀線(よこすかせん)に多(おほ)い隧道(トンネル)の最初(さいしよ)のそれへはひつたのである。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さうだ、しかしいくら高い山へ建(た)てても雲が多(おほ)いとこぢや駄(だ)目だ
人(ひと)多(おほ)き人(ひと)の中(うち)にぞ人(ひと)ぞなき、人(ひと)となれ人(ひと)、人(ひと)となせ人(ひと)
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)