“當(あ)” の例文
新字:当
玄竹(げんちく)は當(あ)てこすりのやうなことを言(い)つて、更(さ)らに劇(はげ)しく死體(したい)を動(うご)かした。三人(にん)の武士(ぶし)は、『ひやア。』と叫(さけ)んで、また逃(に)げ出(だ)した。——
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「先刻(さつき)土手(どて)さ行(え)く時(とき)、堀(ほり)つ子(こ)ん處(とこ)へ辷(すべ)つたんですが、其(そ)ん時(とき)かうえに汚(よご)したんでせうよ」とおつぎは泥(どろ)に成(な)つた腰(こし)のあたりへ手(て)を當(あ)てた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『例(たと)へば隅(すみ)の別室(べつしつ)を藥局(やくきよく)に當(あ)てやうと云(い)ふには、私(わたくし)の考(かんがへ)では、極(ご)く少額(せうがく)に見積(みつも)つても五百圓(ゑん)は入(い)りませう、然(しか)し餘(あま)り不生産的(ふせいさんてき)な費用(ひよう)です。』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と、頭(あたま)だけ膳(ぜん)の隅(すみ)へはさみ出(だ)すと、味噌(みそ)かすに青膨(あをぶく)れで、ぶよ/\とかさなつて、芥溜(ごみため)の首塚(くびづか)を見(み)るやう、目(め)も當(あ)てられぬ。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
弓柄を左手に握(にぎ)り、矢の一端を弦の中程(なかほど)に當(あ)てて右手の指にて摘(つま)まむと云ふは何所も同じ事なれど、摘(つま)み方に於ては諸地方住民種々異同有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
又(また)吾(わ)が敢(あへ)て(五八)横失(わういつ)して能(よ)く盡(つく)すの難(かた)きに非(あら)ざる也(なり)。凡(およ)そ説(ぜい)の難(かた)きは、(五九)説(と)く所(ところ)の心(こころ)を知(し)つて(六〇)吾(わ)が説(ぜい)を以(もつ)て之(これ)に當(あ)つ可(べ)きに在(あ)り。
つまり調(てう)子がよければ持點(てん)を一氣(き)に突(つ)き切る事もたびたびで、自然(しぜん)勝(かち)が多いが、それが逆(ぎやく)になると、どうにも當(あ)たりが惡(わる)くて、負が重(かさ)なつて苛々しい
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
元來(ぐわんらい)咽喉(いんこう)を害(がい)してゐた私(わたくし)は、手巾(ハンケチ)を顏(かほ)に當(あ)てる暇(ひま)さへなく、この煙(けむり)を滿面(まんめん)に浴(あ)びせられたおかげで、殆(ほとんど)、息(いき)もつけない程(ほど)咳(せ)きこまなければならなかつた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼(かれ)は普通(ふつう)の場合(ばあひ)の樣(やう)に病人(びやうにん)の脉(みやく)を取(と)つて、長(なが)い間(あひだ)自分(じぶん)の時計(とけい)を見詰(みつ)めてゐた。それから黒(くろ)い聽診器(ちやうしんき)を心臟(しんざう)の上(うへ)に當(あ)てた。それを丁寧(ていねい)に彼方(あちら)此方(こちら)と動(うご)かした。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此年(このとし)をして人樣(ひとさま)の口入(くちい)れやら手傳(てつだ)ひやら、老耻(おひはぢ)ながらも詮(せん)の無(な)き世(よ)を經(へ)まする、左(さ)れども當(あ)て無(な)しに苦勞(くらう)は出來(でき)ぬもの、つく/″\お前(まへ)夫婦(ふうふ)の働(はたら)きを見(み)るに
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『當(あ)てるわ』と愛(あい)ちやんは言下(ごんか)に答(こた)へて、『屹度(きつと)——屹度(きつと)私(わたし)の云(い)ふ通(とほ)りに違(ちが)ひないわ——さうでせう、ねえ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「どうしておわかりになりますの——どうしてそんなにもすつかりお當(あ)てになれるんでございますか?」
日本(にほん)古來(こらい)の地名(ちめい)を、郡町村等(ぐんてうそんとう)の改廢(かいはい)と共(とも)に變更(へんかう)することは、或(ある)場合(ばあひ)にはやむを得(え)ないが、古(いにしへ)の地名(ちめい)に古(いにしへ)の音便(おんびん)によつて當(あ)て篏(は)められた漢字(かんじ)を妄(みだ)りに今(いま)の音(おん)に改讀(かいどく)せしめ
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
昔(むかし)の人(ひと)は地震(ぢしん)の搖(ゆ)り返(かへ)し、或(あるひ)は搖(ゆ)り戻(もど)しを恐(おそ)れたものである。此言葉(このことば)は俗語(ぞくご)であるため誤解(ごかい)を惹起(ひきおこ)し、今(いま)の人(ひと)はこれを餘震(よしん)に當(あ)て嵌(は)めてゐるが、それは全(まつた)く誤(あやま)りである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
『何(なに)、今夜(こんや)の滊船(きせん)で出發(しゆつぱつ)すると如何(どう)したのだ。』と私(わたくし)は眼(まなこ)を睜(みは)つた。亞尼(アンニー)は胸(むね)の鏡(かゞみ)に手(て)を當(あ)てゝ
尚(な)ほ昭和(せうわ)五年度(ねんど)豫算(よさん)の編成(へんせい)に當(あ)たつては八千五百萬圓(まんゑん)の國債(こくさい)が一般(ぱん)會計(くわいけい)に豫定(よてい)されて居(を)つたのを一切(さい)止(や)めることにして、一般(ぱん)會計(くわいけい)には國債(こくさい)は一文(もん)も計上(けいじやう)しない豫算(よさん)を作(つく)つたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
それから一番いけないのは、店の金を三百兩ほど持出して、私にも相談をせずに、實家の仕事に融通(ゆうづう)してしまひ、その仕事も縮尻(しくじ)つてしまつて、取り返す當(あ)ても無くなつてしまひました。
私(わたし)は九州(きゆうしゆう)へ旅行(りよこう)しました時(とき)、田圃(たんぼ)の溝(みぞ)の中(なか)に七寸(しちすん)ぐらゐもある大(おほ)きな磨製石斧(ませいせきふ)が潜航艇(せんこうてい)のように沈(しづ)んでゐるのを發見(はつけん)して拾(ひろ)ひ取(と)つたことがありますが、こんなやつを探(さが)し當(あ)てたときは非常(ひじよう)に愉快(ゆかい)です。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
乳母 はい、本氣(ほんき)でも本心(ほんしん)でもござります、でなくば罰(ばち)が當(あ)たれ!
そこで右大臣(うだいじん)もすっかり當(あ)てが外(はづ)れました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
言(い)ふと、齊(ひと)しく、俄然(がぜん)として又(また)美少年(びせうねん)と成(な)つて、婦人(ふじん)の打背(うちそむ)く頬(ほゝ)に手(て)を當(あ)てた。が、すらりと身(み)を拔(ぬ)いて、椅子(いす)に立(た)つた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
彼(かれ)は漸(やつと)のことで戸口(とぐち)に立(た)つた。勘次(かんじ)を喚(よ)ばうとして見(み)たら内(うち)はひつそりと闇(くら)い。戸口(とぐち)に手(て)を當(あ)てゝ見(み)たら鍵(かぎ)が掛(かけ)てあつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
最(もつと)も廣(ひろ)く行はるるは摩擦發火法(まさつはつくわはう)なるが是に又一片(へん)の木切れに他の木切れを當(あ)てて鋸(のこぎり)の如くに運動(うんどう)さする仕方(しかた)も有り
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「だけど、あなたのそのどうにかするつていふことほど、いつも當(あ)てにならないのはないぢやありませんか」
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
然(しか)らば善美(ぜんび)とは何(なん)であるかと反問(はんもん)するであらう。夫(それ)は食(しよく)に關(くわん)して述(の)べた所(ところ)と同工異曲(どうこうゐきよく)で、建築(けんちく)に當(あ)てはめて云(い)へば、善(ぜん)とは科學的條件(くわがくてきでうけん)の具足(ぐそく)で美(び)とは藝術的條件(げいじゆつてきでうけん)の具足(ぐそく)である。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
總領(そうりよう)と名(な)のる火(ひ)の玉(たま)がころがるとは知(し)らぬか、やがて卷(ま)きあげて貴樣(きさま)たちに好(よ)き正月(しやうぐわつ)をさせるぞと、伊皿子(いさらご)あたりの貧乏人(びんぼうにん)を喜(よろこ)ばして、大晦日(おほみそか)を當(あ)てに大呑(おほの)みの塲處(ばしよ)もさだめぬ。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
船長(せんちやう)は周章(あは)てゝ起上(おきあが)つたが、怒氣(どき)滿面(まんめん)、けれど自己(おの)が醜態(しゆうたい)に怒(おこ)る事(こと)も出來(でき)ず、ビール樽(だる)のやうな腹(はら)に手(て)を當(あ)てゝ、物凄(ものすご)い眼(まなこ)に水夫(すゐふ)共(ども)を睨(にら)み付(つ)けると、此時(このとき)私(わたくし)の傍(かたはら)には鬚(ひげ)の長(なが)い、頭(あたま)の禿(はげ)た
云(い)ふなりニキタは戸(と)をぱたり。而(さう)して背(せ)を閉(し)めた戸(と)に當(あ)てゝ猶且(やはり)其所(そこ)に仁王立(にわうだち)。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
濕布(しつぷ)は清(きよ)と小六(ころく)とで受持(うけも)つた。宗助(そうすけ)は手拭(てぬぐひ)の上(うへ)から氷嚢(こおりぶくろ)を額(ひたひ)の上(うへ)に當(あ)てがつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『そんなら、何(なん)と云(い)ふことだか當(あ)てゝ御覽(ごらん)』と三月兎(ぐわつうさぎ)が續(つゞ)けました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「そりやさうと、酒(さけ)どうしたえ」小柄(こがら)な爺(ぢい)さんはひよつと自在鍵(じざいかぎ)の儘(まゝ)土瓶(どびん)を手(て)もとへ引(ひき)つけて、底(そこ)へ手(て)を當(あ)てゝ見(み)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……其(そ)の黒繻子(くろじゆす)に、小辨慶(こべんけい)の藍(あゐ)と紺(こん)、膚(はだ)の白(しろ)さも可(い)いとして、乳房(ちゝ)の黒子(ほくろ)まで言(い)ひ當(あ)てられました、私(わたし)が其(そ)の時(とき)の心持(こゝろもち)、憚(はゞか)りながら御推量(ごすゐりやう)下(くだ)さりまし。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
始終(ししう)「はつはつはつは」といふ風に笑(わら)つてゐられるのが、フロツクでも當(あ)たると、詞通(とほ)り呵々大笑(せう)になる。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
或は他の石片を槌(つち)として直(ただ)ちに其周縁(そのまわり)を打(う)ち缺(か)き或は骨角(こつかく)の如き堅(かた)き物にて、作れる長さ數寸の棒(ばう)の一端を、石斧とすべき石片の一部分に當(あ)て、此棒の他端(たたん)をば
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
片手(かたて)わざにも夏(なつ)より手足(てあし)を色(いろ)どりて、新年着(はるぎ)の支度(したく)もこれをば當(あ)てぞかし、南無(なむ)や大鳥大明神(おほとりだいめうじん)、買(か)ふ人(ひと)にさへ大福(だいふく)をあたへ給(たま)へば製造(せいぞう)もとの我等(われら)萬倍(まんばい)の利益(りゑき)をと人(ひと)ごとに言(い)ふめれど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「己丈(おれだけ)かな」と宗助(そうすけ)は頭(あたま)へ手(て)を當(あ)てた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
唇(くちびる)に當(あ)てたのが、錦繪(にしきゑ)に描(か)いた野(の)がけの美人(びじん)にそつくりで、微醉(ほろゑひ)のそれ者(しや)が、くろもじを噛(か)んだより婀娜(あだ)ツぽい。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
而も日が經つて行く内に、「猫又」の一語が表象するシニックな感じが、先生の人柄にぴつたり當(あ)て填(は)まるばかりでなく、それが巧に先生を諷し得てゐるやうな氣持がして來た。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
畢竟(ひつきやう)何事(なにごと)かの手段(しゆだん)かも知(し)れたことならず優(やさ)しげな妹御(いもとご)も當(あ)てにならぬよし折々(をり/\)見(み)たこともあり毒蛇(どくじや)のやうな人々(ひと/″\)信用(しんよう)なさるお心(こゝろ)には何(なに)ごと申(まを)すとも甲斐(かひ)はあるまじさりとて此儘(このまゝ)に日(ひ)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
瞳(ひとみ)も据(すわ)らず、血(ち)の褪(あ)せた男(をとこ)の顏(かほ)を、水晶(すゐしやう)の溶(と)けたる如(ごと)き瞳(ひとみ)に艶(つや)を籠(こ)めて凝(ぢつ)と視(み)ると、忘(わす)れた状(さま)に下(した)まぶち、然(さ)り氣(げ)なく密(そ)と當(あ)てた、手巾(ハンケチ)に露(つゆ)が掛(かゝ)かつた。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
寫眞(しやしん)も、この頃(ころ)は猫(ねこ)も杓(しやく)子もやるといふ風な、はやり物(もの)になつて、それに趣味(しゆみ)を持つなどゝいふのが變(へん)に當(あ)たり前過(す)ぎる感(かん)じで、却(かへつ)て氣(き)がひけるやうなことにさへなつてしまつた。
嚇(おど)かしても駄目(だめ)だよと顏(かほ)を振(ふり)のけるに、憎(にく)らしい當(あ)てられて仕舞(しま)つたと笑(わら)ひ出(だ)す。
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
其(それ)が分(わか)ればこそ申(まを)すのなり、あの人(じん)も言(い)へと言(い)ひます……當(あ)てますか、私(わたし)が。……知(し)つても大事(だいじ)ない。明(あ)けて爾々(しか/″\)とお言(い)ひなされ。お前樣(まへさま)は婦(をなご)に逢(あ)ひに行(ゆ)く
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何(ど)うしてもお前(まへ)には逢(あ)はないよ、長々(なが/\)御世話(おせわ)さま此處(こゝ)からお禮(れい)を申(まを)します、人(ひと)をつけ、もう誰(だれ)の事(こと)も當(あ)てにするものか、左樣(さやう)なら、と言(い)つて立(たち)あがり沓(くつ)ぬぎの草履(ざうり)下駄(げた)足(あし)に引(ひき)かくるを
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
當(あ)たるべからずといつた愉快(ゆくわい)さだつた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
と莞爾(につこり)して、風(かぜ)に亂(みだ)れる花片(はなびら)も、露(つゆ)を散(ち)らさぬ身繕(みづくろひ)。帶(おび)を壓(おさ)へたパチン留(どめ)を輕(かる)く一(ひと)つトンと當(あ)てた。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
あゝは見(み)えますれど彼(あ)れで中々(なか/\)の苦勞人(くらうにん)といふに、夫(そ)れはまあ幾歳(いくつ)のとし其戀(そのこひ)出來(でき)てかと奧樣(おくさま)おつしやれば、當(あ)てゝ御覽(ごらん)あそばせ先方(むかう)は村長(そんちやう)の妹(いもと)、此方(こちら)は水計(みづばかり)めし上(あが)るお百姓(ひやくしやう)、雲(くも)にかけ橋(はし)
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
曉(あかつき)の霜(しも)を裂(さ)き、夕暮(ゆふぐれ)の霧(きり)を分(わ)けて、山姫(やまひめ)が撞木(しゆもく)を當(あ)てて、もみぢの紅(くれなゐ)を里(さと)に響(ひゞ)かす、樹々(きゞ)の錦(にしき)の知(し)らせ、と見(み)れば、龍膽(りんだう)に似(に)て俯向(うつむ)けに咲(さ)いた、半鐘(はんしよう)の銅(あかゞね)は、月(つき)に紫(むらさき)の影(かげ)を照(て)らす。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
彼(あ)の人達(ひとたち)の不奉公(ぶほうこう)を私(わたし)の心(こゝろ)の反射(はんしや)だと悟(さと)つたからの事(こと)、世間(せけん)に當(あ)てもなく人(ひと)を苦(くる)しめる惡黨(あくたう)もなければ、神樣(かみさま)だとて徹頭徹尾(てつとうてつび)惡(わる)い事(こと)の無(な)い人(ひと)に歎(なげ)きを見(み)せるといふ事(こと)は遊(あそ)ばすまい、何故(なぜ)ならば
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
然(さ)うかと思(おも)ふと、一人(ひとり)で、思(おも)ひに堪(た)へ廉(か)ねるか、湯氣(ゆげ)の上(うへ)に、懷紙(ふところがみ)をかざして、紅(べに)を蒸(む)して、密(そつ)と二(に)の腕(うで)に當(あ)てた事(こと)などもある、ほりものにでもしよう了簡(れうけん)であつた、と見(み)えるが
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)