“誤”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あやま49.6%
あやまり35.7%
あや2.3%
あやまち2.3%
あやまて1.6%
あやまる1.6%
あやなり0.8%
あやまっ0.8%
あやまつ0.8%
ご0.8%
しま0.8%
たが0.8%
まちが0.8%
アヤマ0.8%
アヤマリ0.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
まあ僕にして誤(あやま)ちなしとすれば、君がこのことをよく考えてみるために、この後十年以上もの年月が、君のために与えられるだろう。
明月記は千写(しや)百摹(も)の書なれば七は六の誤(あやまり)としても氷室を出(いで)し六月の氷朝(あした)を待(まつ)べからず。盖(けだし)貢献(こうけん)の後氷室守(ひむろもり)が私に出(いだ)すもしるべからず。
劣等(れっとう)の雲雀は戻って来る時誤(あや)まって隣(となり)の籠へ這入ったり甚しきは一丁も二丁も離れた所へ下りたりするが普通(ふつう)はちゃんと自分の籠を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたくしは屡(しばしば)人物の性格よりも背景の描写に重きを置き過るような誤(あやまち)に陥ったこともあった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
先生(せんせい)を他国の人と眼解(みてとり)欺(あざむき)てたばこの火を借(かり)たるならん、可憎々々(にくむべし/\)「否々(いや/\)にくむべからず、吾(われ)たばこの火を借(かし)て美人にえん(烟縁)をむすびし」と戯言(たはふれ)ければ、岩居手(て)を拍て大に笑ひ、先生誤(あやまて)り
蛾眉山(がびさん)のある蜀(しよく)の地(ち)は都を去(さ)る事遠(とほ)き僻境(へききやう)なり。推量(すゐりやう)するに、田舎(ゐなか)の標準(みちしるべ)なれば学者(がくしや)の書(かき)しにもあるべからず、俗子(ぞくし)の筆なるべし。されば我(わが)今の俗(ぞく)竹を※と亻(にんべん)に誤(あやまる)の類(るゐ)か、猶(なほ)博識(はくしき)の説(せつ)を俟(ま)つ。
『だが僕の記憶にして誤(あやなり)なければ、両駅間には支線は一本も無いはずだ。どうしても、本線を走って行ったものとしか思われんがな——』
けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族に出(いず)る者多しといえども、従来少しもその藩政に嘴(くちばし)を入れず、旧藩地に何等(なんら)の事変あるも恬(てん)として呉越(ごえつ)の観(かん)をなしたる者なれば、往々(おうおう)誤(あやまっ)て薄情(はくじょう)の譏(そしり)は受(うく)るも
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
敢(あへ)て往路を俯瞰(ふかん)するものなし、荊棘(けいきよく)の中黄蜂の巣窟(すうくつ)あり、先鋒誤(あやまつ)て之を乱(みだ)す、後に継(つ)ぐもの其襲撃(しうげき)を被ふるも敢(あへ)て之を避(さ)くるの道(みち)なし、顔面為(ため)に腫(は)れし者多(おう)し
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
無意識といっても普通の偶然のさく誤(ご)を意味するものではなくて、チャンとおれ自身の意志から発しているのだ。あすこへ斧をおき忘れておけば、どうかした機会に落ちることがあるだろう。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
〔評〕十年の役(えき)、私學校の徒(と)、彈藥製造所(だんやくせいざうじよ)を掠(かす)む。南洲時に兎を大隈(おほすみ)山中に逐(お)ふ。之を聞いて猝(にはか)に色(いろ)を變(か)へて曰ふ、誤(しま)つたと。爾後(じご)肥後日向に轉戰して、神色夷然(いぜん)たり。
諸の神たちに示(み)せて詔りたまはく、「もし天若日子、命(みこと)を誤(たが)へず、惡(あら)ぶる神を射つる矢の到れるならば、天若日子にな中(あた)りそ。もし邪(きたな)き心あらば、天若日子この矢にまがれ一六」
滿が続けざまに云ひ誤(まちが)ひをして、そしてそれに少しも気が附かないで居るのが鏡子には悲しかつた。この時のは冷(つめた)い涙であつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
この詩歌の内容を、即思想とする辺から多くの誤(アヤマリ)が醸される。
和歌批判の範疇 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)