“散(ち)” の例文
家の中はまっ暗(くら)で、しんとして返事(へんじ)をするものもなく、そこらには厚(あつ)い敷物(しきもの)や着物(きもの)などが、くしゃくしゃ散(ち)らばっているようでした。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しばらくすると、此(こ)の毛蟲(けむし)が、盡(こと/″\)く眞白(まつしろ)な蝶(てふ)になつて、枝(えだ)にも、葉(は)にも、再(ふたゝ)び花片(はなびら)を散(ち)らして舞(ま)つて亂(みだ)るゝ。幾千(いくせん)とも數(かず)を知(し)らない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
とねんをおして、四人(にん)の弟子(でし)は散(ち)っていきました。かしらも、もうじっとしておれなくて、仔牛(こうし)をひきながら、さがしにいきました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
土(つち)の上(うへ)に散(ち)らばつてゐる書類(しよるゐ)を一纏(ひとまとめ)にして、文庫(ぶんこ)の中(なか)へ入(い)れて、霜(しも)と泥(どろ)に汚(よご)れた儘(まゝ)宗助(そうすけ)は勝手口(かつてぐち)迄(まで)持(も)つて來(き)た。腰障子(こししやうじ)を開(あ)けて、清(きよ)に
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その足もとには、波がまっ白なあわをとばして、くだけ散(ち)っています。ガンたちは、その崖(がけ)めがけて、ま一文字(もんじ)に飛んでいくのです。
美(うつく)しく色(いろ)づいた葉(は)も、だいぶ散(ち)ってしまって、林(はやし)の中(なか)は、まばらに枝(えだ)が見(み)えていましたが、その鳥(とり)の姿(すがた)はよくわかりませんでした。
丘の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
窓外の地上に落(おち)散(ち)っていたガラスの破片にさえ一つの指紋もなかった。この一事(いちじ)を以(もっ)てしても、賊が並大抵の奴でないことが分るのだ。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それで其(そ)の一町(ちやう)四方(はう)は晝間(ひるま)も戸(と)を締(し)めたといふほど、ひどい臭氣(しうき)が、其(そ)の頃(ころ)の腐(くさ)つた人間(にんげん)の心(こゝろ)のやうに、風(かぜ)に吹(ふ)かれて飛(と)び散(ち)つた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その岩(いは)が父(とう)さんに、彼處(あそこ)を御覽(がらん)、こゝを御覽(ごらん)、と言(い)ひまして、半分(はんぶん)土(つち)のついた水晶(すゐしやう)がそこいらに散(ち)らばつて居(ゐ)るのを指(さ)して見(み)せました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と、自在鉤(じざいかぎ)の掛(か)かっている下には、つい昨夜(さくや)焚火(たきび)をしたばかりのように新しい灰(はい)が積(つ)もり、木の枝(えだ)の燃(も)えさしが散(ち)らばっていた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
軟(やはら)かさに滿(み)たされた空氣(くうき)を更(さら)に鈍(にぶ)くするやうに、榛(はん)の木(き)の花(はな)はひら/\と止(や)まず動(うご)きながら煤(すゝ)のやうな花粉(くわふん)を撒(ま)き散(ち)らして居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
みるまにちょうど三、四十人、蔦(つた)のかけ橋(はし)を踏(ふ)みわたって、あたかも落花(らっか)の散(ち)るように、咲耶子のいる向こうの峡(かい)へ馳(か)けてくる!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四月(つき)すると、木々(きぎ)の梢(こずえ)が青葉(あおば)に包(つつ)まれ、枝(えだ)と枝(えだ)が重(かさ)なり合(あ)って、小鳥(ことり)は森(もり)に谺(こだま)を起(お)こして、木(き)の上(うえ)の花(はな)を散(ち)らすくらいに、歌(うた)い出(だ)しました。
妻(つま)の青(あを)ざめた顔色(かほいろ)は漸(やうや)く花(はな)のためにやはらぎ出した。しかし、やがて、秋風(あきかぜ)が立ち出した。花(はな)々は葉(は)を落す前に、その花(はな)を散(ち)らすであらう。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
なんだか背後(うしろ)で、ガーンという物の壊(こわ)れる物凄い音を聞いたが、多分それは丘田医師の手を放れた鉢植が粉々に砕(くだ)け散(ち)った音だろうと思う。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何(なん)といふ靜(しづ)かさだらう!絶(た)え間(ま)もなく庇(ひさし)から露(つゆ)が散(ち)る。水晶(すゐしやう)が碎(くだ)けて落(お)ちるやうに、否(いや)、光(ひかり)そのものが散(ち)つ來(く)るやうに……。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
その声はもの考えする人の神経(しんけい)をなやましそうな声であった。ほうきめのついてる根元(ねもと)の砂地(すなち)に、やや黄(き)ばんだせんだんの実(み)が散(ち)り乱(みだ)してある。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
小石(こいし)が床(ゆか)の上(うへ)に落(お)ち散(ち)つた時(とき)に、それが殘(のこ)らず小(ちひ)さな菓子(くわし)と變(かは)つたのを見(み)て、愛(あい)ちやんは大層(たいそう)驚(おどろ)きました、が又(また)同時(どうじ)に好(い)い事(こと)を考(かんが)へつきました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
兎(と)ても角ても叶はぬ命ならば、御所の礎(いしずゑ)枕(まくら)にして、魚山(ぎよさん)の夜嵐(よあらし)に屍(かばね)を吹かせてこそ、散(ち)りても芳(かんば)しき天晴(あつぱれ)名門(めいもん)の末路(まつろ)なれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
馬鹿らしい独言(ひとりごと)を云って机の上に散(ち)らばった原稿紙(かみ)や古(ふる)ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末(しまつ)をつけて呉れたらよかろうと思う。
秋風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今日という今日になって、御母堂の筋から、外科の施術をとりやめて散(ち)らす方を考えよと、取次をもって仰せだされた。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
張(は)ったばかりの天井(てんじょう)にふんの砂子(すなご)を散(ち)らしたり、馬の眼瞼(がんけん)をなめただらして盲目(もうもく)にする厄介(やっかい)ものとも見られていた。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こういって散(ち)らかったおへやの中を片(かた)づけはじめますと、娘(むすめ)も小さなほうきを持(も)って、お庭(にわ)をはいたりしました。
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
みんなが急(きゅう)に散(ち)ったせいか、水(みず)ッ洟(ぱな)が出(で)て来(き)たぜ。風邪(かぜ)でも引(ひ)いちゃァたまらねから、そろそろ帰(かえ)るとしべえかの
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
山間(さんかん)の湖水(こすい)のように澄(す)み切(き)った、気高(けだか)い姫(ひめ)のお顔(かお)にも、さすがにこの時(とき)は情思(こころ)の動(うご)きが薄(うす)い紅葉(もみじ)となって散(ち)りました。私(わたくし)は構(かま)わず問(と)いつづけました。——
若(も)し疑(うたが)うて立戻(たちもど)り、予(わし)が所行(しょぎゃう)を窺(うかゝ)ひなど致(いた)さうなら、天(てん)も照覽(せうらん)あれ、汝(おのれ)が四肢(し)五體(たい)を寸々(すん/″\)に切裂(きりさ)き、飽(あ)くことを知(し)らぬ此(この)墓(はか)を肥(こや)すべく撒(ま)き散(ち)らさうぞよ。
第四角(コーナー)まで後方の馬ごみに包まれて、黒地に白い銭形紋(ぜにがたもん)散(ち)らしの騎手(きしゅ)の服も見えず、その馬に投票していた少数の者もほとんど諦(あきら)めかけていたような馬が
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
国王はひどく心配(しんぱい)しまして、なにか面白(おもしろ)い遊(あそ)びごとをすすめて、王子の気を散(ち)らさせるにかぎると思いました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
昼過(ひるすぎ)から少(すこ)し出(で)て来(き)た生温(なまあたゝか)い風(かぜ)が稍(やゝ)騒(さわ)いで、横(よこ)になつて見(み)てゐると、何処(どこ)かの庭(には)の桜(さくら)が、早(は)や霏々(ひら/\)と散(ち)つて、手洗鉢(てあらひばち)の周(まはり)の、つは蕗(ぶき)の葉(は)の上(うへ)まで舞(ま)つて来(く)る。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「屎(くそ)のようなのは酒に醉つて吐(は)き散(ち)らすとてこんなになつたのでしよう。それから田の畔を毀し溝を埋めたのは地面を惜しまれてこのようになされたのです」
僕(ぼく)は直(す)ぐ支度(したく)して先生(せんせい)の宅(うち)に駈(か)けつけました、それが朝(あさ)の六時(ろくじ)、山野(さんや)を歩(ある)き散(ち)らして歸(かへ)つて來(き)たのが夕(ゆふべ)の六時(ろくじ)でした、先生(せんせい)は夏期休業(なつやすみ)と雖(いへど)も常(つね)に生徒(せいと)に近(ちかづ)き
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
犬はもちろん口で言えないから、木ぎれが残(のこ)らず草の上にまき散(ち)らされると、かれは前足で、言われた文字をその中から拾い出して来なければならなかった。
すると、こちらでもちゃんと手くばりをして待ちかまえておりまして、それッというなり、ちょうどあしの花が飛び散(ち)るように、もうもうと矢(や)を射(い)出(だ)しました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
とは知(し)らぬので貝(かい)を揚(あ)げるのに邪魔(じやま)だから、其所(そこ)を退(ど)いて呉(く)れなんて威張(ゐば)り散(ち)らして、後(あと)で地主(ぢぬし)と分(わか)つて、有合(ありあは)せの駄菓子(だぐわし)を出(だ)して、機嫌(きげん)を取(と)つた事(こと)などである。
私共(わたしども)が石器時代(せつきじだい)の遺蹟(いせき)を探(さが)すには、石器(せつき)に眼(め)をつけるよりも、田圃(たんぼ)の中(なか)に散(ち)らばつてゐる土器(どき)の破片(はへん)を見(み)つけることが一番(いちばん)の早道(はやみち)だと思(おも)はれるくらゐであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
封(ふう)じ目(め)ときて取出(とりいだ)せば一尋(ひとひろ)あまりに筆(ふで)のあやもなく、有難(ありがた)き事(こと)の數々(かず/\)、辱(かたじけ)なき事(こと)の山々(やま/\)、思(おも)ふ、戀(した)ふ、忘(わす)れがたし、血(ち)の涙(なみだ)、胸(むね)の炎(ほのほ)、此等(これら)の文字(もじ)を縱横(じゆうわう)に散(ち)らして
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ホールは、きょろきょろとあたりを見まわし、机(つくえ)のうえいっぱいに、むずかしそうなこまかい数字(すうじ)をかきこんだ紙(かみ)が散(ち)らばっているのをみると、ばかにしたようすで
だん/\緑(みどり)の色(いろ)が黄色(きいろ)に變(かは)り、やがて冬(ふゆ)の寒(さむ)い風(かぜ)の吹(ふ)く頃(ころ)はさら/\と落(お)ち散(ち)るものもあります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
自分の頭上の真黄いろな楡の木の葉がさらさらと音を立てながら絶えず私の肩のあたりに撒(ま)き散(ち)らしている細かい日の光をなんて気持がいいんだろうと思っているうちに
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あしひきの山(やま)さへ光(ひか)り咲(さ)く花(はな)の散(ち)りぬるごとき吾(わ)が大(おほ)きみかも 〔巻三・四七七〕 大伴家持
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
其建物(そのたてもの)をいへば松田(まつだ)は寿仙(じゆせん)の跡也(あとなり)常磐(ときは)は萬梅(まんばい)の跡也(あとなり)今この両家(りやうけ)は御(ご)一人(にん)前(まへ)四十五銭と呼び、五十銭と呼びて、ペンキ塗(ぬり)競争(きやうそう)硝子張(がらすはり)競争(きやうそう)軒(のき)ランプ競争(きやうそう)に火花(ひばな)を散(ち)らし居(を)り候由(そろよし)に候(そろ)。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
荷車が驚いて道側(みちばた)の草中(くさなか)に避(よ)ける。鶏(にわとり)が刮々(くわっくわっ)叫んで忙(あわ)てゝ遁(に)げる。小児(こども)の肩(かた)を捉(とら)え、女が眼を円(まる)くして見送る。囂々(ごうごう)、機関(きかん)が鳴(な)る。弗々々(ふっふっふっ)、屁(へ)の如く放(ひ)り散(ち)らすガソリンの余煙(よえん)。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
そのうち秋(あき)が来(き)て、森(もり)の木(き)の葉(は)はオレンジ色(いろ)や黄金色(おうごんいろ)に変(かわ)って来(き)ました。そして、だんだん冬(ふゆ)が近(ちか)づいて、それが散(ち)ると、寒(さむ)い風(かぜ)がその落葉(おちば)をつかまえて冷(つめた)い空中(くうちゅう)に捲(ま)き上(あ)げるのでした。
そういう関係から蓮華は、日本人の生活のすみずみに行きわたるようになった。ただに食器に散(ち)り蓮華(れんげ)があるのみでない。蓮根は日本人の食う野菜のうちのかなりに多い部分を占めている。
巨椋池の蓮 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
今(いま)から丁度(ちやうど)四年(ねん)前(まへ)、季節(せつ)は櫻(さくら)散(ち)る五月(ごぐわつ)中旬(なかば)の或(ある)晴朗(うらゝか)な日(ひ)の正午(せうご)時分(じぶん)であつた。
春も初春(しょしゅん)でもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花(さくら)が爛熳と咲き乱れて、稍々(やや)散(ち)り初(そ)めようという所だ、遠く霞んだ中空(なかぞら)に、美しくおぼろおぼろとした春の月が照っている晩を
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのくせ女先生が話しかけようとして近づくと、やっぱり雀のようにぱあっと散(ち)ってしまう。しかたなく職員室にもどると、たったひとりの同僚(どうりょう)の男先生は、じつにそっけない顔でだまっている。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
麦倉(むぎくら)の婆の茶店にももう縁台は出ておらなかった。栃(とち)の黄(き)ばんだ葉は小屋の屋根を埋めるばかりに散(ち)り積(つ)もった。農家の庭に忙しかった唐箕(とうみ)の音の絶えるころには、土手を渡る風はもう寒かった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
植ゑし植ゑば秋(あき)なき時(とき)や咲(さ)かざらんはなこそ散(ち)らめ根(ね)さへ枯(か)れめや
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そのなかに桐は散(ち)る…… Whisky(ウイスキイ) の強きかなしみ……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)