“周”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
まわ49.0%
しゅう11.9%
めぐ7.3%
まは6.6%
しう6.0%
あまね4.0%
めぐり3.3%
まわり2.0%
マハ2.0%
めぐら1.3%
まはり1.3%
マワリ1.3%
しゆう0.7%
メグ0.7%
あま0.7%
ぐる0.7%
0.7%
めぐる0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
彼等がストオヴのりで、身仕度をしながら話をしていると、ロシア人が四、五人入ってきた。——中に支那人が一人交っていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ここは唐土で、自分は武王の軍師で太公望という者であると彼は名乗った。そうして、更にこういうことを説明して聞かせた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
八丁ばかり行くと鞍部、右手には、残雪に近く石垣をらせる屋根なしの廃屋、此処は、燃料に遠く風も強くて露営には適せぬ。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
私の眼ははれ閉ぢられてあつた。渦卷く闇が私のりを流れるやうに思はれ、反省が黒い混亂した流れのやうに這入り込んで來た。
此後杉村氏は、東京朝日世界會員に、米國り、ボストンにてらずモールス面會し、余等大森貝塚發掘
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ることきをえんため 四六—四八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
脚下るかとみれば、日光る、身は天外に在が如し。絶頂は一里といふ。莽々たる平蕪高低の所を不見、山の名によぶ苗場といふ所こゝかしこにあり。
兄はそう言って、子供のためのグラウンドのような場所のにある、木陰のベンチに腰をおろして、をふかしはじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
奈良の都には、まだ時をり、石城と謂はれた石垣を殘して居る家の、見かけられた頃である。度々の太政官符で、其を家のりに造ることが、禁ぜられて來た。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
さしわたし三間ばかりにしたる高さ六七尺のき壇を雪にて作り、これに二処の上りを作る、これも雪にてする、里俗といふ。
と無口な學士にしては、滅多と無い叮嚀な説明をして、ガチヤン、肉叉を皿の上に投出し、カナキンの手巾しく口のを拭くのであツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そう思ったのだ——周章てて目のをこすったのだが、模糊とした靄は一向に消えようともせず
南滿洲には、やはり石器時代頃からすでに人間んでをりましたが、からめに支那人んに植民してゐたのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
其に入りこみの多い池をらし、池の中の島も、飛鳥の宮風に造られて居た。東の、西のまで備つて居る。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
足跡所謂天下にねく、見聞の範囲の極めて狭かった当時の一般民衆の間にあっては、彼らはことごとく天が下の事を知るの物識りであったのに相違ない。
当夜一度に二、三人ずつ女をに下すと、蛇神の名代たる二、三蛇ちおり、女巫が廟のりを歌い踊り廻る間にこれと婚す。
わりを取巻いていた職工たちが、その揺れの拍子を捕えて、丁度足場の上へ押して行った。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
(冬は日南の方をゆゑ北国はます/\寒し、家の内といへども北は寒く南はあたゝかなると同じ道理也)我国初雪る事とは、其年気運寒暖につれてからずといへども