“しう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
17.4%
13.0%
10.1%
10.1%
7.2%
5.8%
4.3%
仕打4.3%
4.3%
4.3%
2.9%
子羽2.9%
2.9%
1.4%
1.4%
1.4%
死有1.4%
1.4%
1.4%
1.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
旅店押返すやうにおしてはりますが、手足つてお肯入れなく、蹴飛ばしていらツしやいます。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
水上バスへ御乗りのおさまはおさいませ。水上バスは言問から柳橋両国橋浜町河岸を一して時間は一時間料金五十御在ます。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
遠恥、名は、号は小蓮、鈴木氏、してと云つた。所謂木芙蓉の子である。仲彜は越後国茨曾根の人関根氏であるらしい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
少年時代ひだす。明治十九めて九から東京遊學友人先輩學生間に、よくういふのあつたえてゐる。
それから、くる/\といてポケツトにさし込んで來た雜誌をひろげて、この春に來る外國畫のスチルをめはじめた。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
柴野栗山尾藤、古賀精里、頼春水、桑山玉洲釧雲泉立原翠軒野呂介石、田能村竹田等は悉その友人である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
廿歳といふもなるを、りすぎては甲斐なし、適當聟君おむかへ申しものと、一專心おもふなにもし、主人大事らべて世上浮薄浮佻
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
子供は、教師仕打ちをうらめしくいました。そして、たる地上に、だらいをってちながらえました。
教師と子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
〔譯〕論語ず、是れ慈父の子を教ふる意思孟子を講ず、是れ伯兄のふる意思大學を講ず、に在る如し。中庸を講ず、を出づる如し。
たゞいのさへ、奇醜つた、がるにらぬ。
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
よくしよく抗する、それがすなわち民衆の必要とする実例であり、民衆を奮起せしむる光明である。
𨜟の国では、外交文書を作製するには、裨諶が草稿をつくり、世叔がその内容を検討し、外交官の子羽がその文章に筆を入れ、更に東里子産がそれに最後の磨きをかけている。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ガラツ八の疑ひを一した平次は、ケロリとしてお靜が待つて居る家路を急ぎました。
大事と思ふ心も何時しか忘れて小夜衣の顏を見ぬ夜は千ひにて種々樣々と事にかこつけ晝夜のちも通ひける實に若き者のれ安きは此道にして如何なる才子も忽ち身をぼし家産
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
助十と聞ば知れるにひなしと其夜は河岸に材木積置し處へ寄凭りて少しまんとするに知らぬ江戸と此所は如何なる處やらんめられなば何と答んと心を苦しめ夜の明るを待事
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
師と友とわれとし読みてうなづかば足るべき智者達に言へ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
みやこのしをりとつみつれどふさひふさふやのわか葉
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
此問題は困難である。説文に拠れば楸はである。爾雅を検すれば、等が皆相類したものらしく、此数者は専門家でなくては辨識し難い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それはは何の木なるかと云ふ問題である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ないし、報分はじめて起こるを、名づけて生有となし、命報終謝するを、名づけて死有となし、生後死前を名づけて、本有となす。死および中に対するがゆえに、説いてとなす。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
『倶舎論』に曰く、「死有ののち、生有にありて、二者の中間に、五蘊の起こるあり。生処に至らんがためのゆえに、このを起こす。二の中間なるがゆえに、中有と名づく」
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
釧雲泉、名は、字は仲孚、肥前国島原の人である。竹田が称して吾国の黄大癡だと云つた。宝暦九年生だから、此年四十六歳であつた。五年の後に越後国出雲崎で歿した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此碑は良郷より宛平県に、宛平県より順天府に入つて、信国祠の壁にせられてゐるさうである。其拓本の種類等はこれをにしない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
宵の稍々手すきの頃、ちやんとみんなで親しく呼んでゐる青年が来た、おしげは、ああ、この人がゐたのを忘れてゐたと、すがりつきたい思ひがした。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)