“しう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
衆18.1%
周13.9%
修9.7%
州9.7%
週6.9%
洲5.6%
主4.2%
仕打4.2%
岫4.2%
醜4.2%
執2.8%
子羽2.8%
蹴2.8%
秋1.4%
集1.4%
楸1.4%
死有1.4%
収1.4%
就1.4%
甃1.4%
秀1.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
取するばかり手短(てみじか)の話が先斯した處だ何れなりとも御望み次第何(どう)だネ旅の衆(しう)其懷ろは御前が彼の飯盛の揚代(あげだい)を拂(はら)ふ時篤と見て置夫故跡を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
水上(すゐじやう)バスへ御乗(おの)りのお客(きやく)さまはお急(いそ)ぎ下(くだ)さいませ。水上(すゐじやう)バスは言問(こととひ)から柳橋(やなぎばし)、両国橋(りやうごくばし)、浜町河岸(はまちやうがし)を一周(しう)して時間(じかん)は一時間(じかん)、料金(れうきん)は御(ご)一人(にん)五十円(ゑん)で御在(ござい)ます。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
遠恥、名は恭(きよう)、号は小蓮(せうれん)、鈴木氏、修(しう)して木(ぼく)と云つた。所謂木芙蓉(ぼくふよう)の子である。仲彜は越後国茨曾根(いばらそね)の人関根氏であるらしい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
私(わたし)は今(いま)、私(わたし)の少年時代(せうねんじだい)の事(こと)を思(おも)ひだす。明治(めいぢ)十九年(ねん)、私(わたし)が初(はじ)めて九州(しう)から東京(とうきやう)に遊學(いうがく)に來(き)た時(とき)、私(わたし)の友人(いうじん)や先輩(せんぱい)の學生間(がくせいかん)に、よく斯(か)ういふ話(はなし)のあつた事(こと)を覺(おぼ)えてゐる。
それから、くる/\と卷(ま)いてポケツトにさし込んで來た週(しう)刊雜誌(ざつし)をひろげて、この春に來る外國映(えい)畫のスチルを眺(なが)めはじめた。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
柴野栗山(しばのりつざん)、尾藤(びとう)二洲(しう)、古賀精里、頼春水、桑山玉洲(くはやまぎよくしう)、釧雲泉(くしろうんせん)、立原翠軒(たちはらすゐけん)、野呂介石(のろかいせき)、田能村竹田等は悉その友人である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
廿歳(はたち)といふも今(いま)の間(ま)なるを、盛(さか)りすぎては花(はな)も甲斐(かひ)なし、適當(てきたう)の聟君(むこぎみ)おむかへ申し度(たき)ものと、一意(い)專心(せんしん)主(しう)おもふ外(ほか)なにも無(な)し、主人(しゆじん)大事(だいじ)の心(こゝろ)に比(く)らべて世上(せじやう)の人(ひと)の浮薄(ふはく)浮佻(ふてう)
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
子供(こども)は、教師(きょうし)の仕打(しう)ちをうらめしく思(おも)いました。そして、日(ひ)の当(あ)たる地上(ちじょう)に、金(かな)だらいを持(も)って立(た)ちながら考(かんが)えました。
教師と子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
〔譯〕論語(ろんご)を講(かう)ず、是れ慈父(じふ)の子を教ふる意思(いし)。孟子(まうし)を講ず、是れ伯兄の季(き)を誨(をし)ふる意思(いし)。大學(だいがく)を講ず、網(あみ)の綱(かう)に在る如し。中庸(ちゆうよう)を講ず、雲(くも)の岫(しう)を出づる如し。
たゞ醜(みにく)いのさへ、奇醜(きしう)は弱(よわ)つた、何(なに)も醜(しう)を奇(き)がるに當(あた)らぬ。
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
よく執(しう)しよく抗する、それがすなわち民衆の必要とする実例であり、民衆を奮起せしむる光明である。
「𨜟(てい)の国では、外交文書を作製するには、裨諶(ひじん)が草稿をつくり、世叔(せいしゅく)がその内容を検討し、外交官の子羽(しう)がその文章に筆を入れ、更に東里(とうり)の子産(しさん)がそれに最後の磨きをかけている。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ガラツ八の疑ひを一蹴(しう)した平次は、ケロリとしてお靜が待つて居る家路を急ぎました。
大事と思ふ心も何時しか忘れて小夜衣の顏を見ぬ夜は千秋(しう)の懷(おも)ひにて種々(しゆ/″\)樣々(さま/″\)と事にかこつけ晝夜の別(わか)ちも無(なく)通ひける實に若き者の溺(おぼ)れ安きは此道にして如何なる才子(さいし)も忽ち身を亡(ほろ)ぼし家産(かさん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
助十と聞ば知れるに違(ちが)ひなしと其夜は河岸に石(いし)材木(ざいもく)積置(つみおき)し處へ行(ゆき)寄凭(よりかゝ)りて少し睡(まどろ)まんとするに知らぬ江戸と云(いひ)此所(こゝ)は如何なる處やらん若(もし)咎(とが)められなば何と答んと心を苦しめ夜の明るを待事(まつこと)千秋(しう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
師と友とわれとし読みてうなづかば足るべき集(しう)と智者(ちしや)達に言へ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子、増田雅子、与謝野晶子(著)
みやこ人(びと)の集(しう)のしをりとつみつれどふさひふさふや楓(かへで)のわか葉
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子、増田雅子、与謝野晶子(著)
此問題は頗(すこぶる)困難である。説文に拠れば楸は梓(し)である。爾雅を検すれば、槄(たう)、楰(ゆ)、櫰(くわい)、槐(くわい)、榎(か)、楸(しう)、椅(い)、梓(し)等が皆相類したものらしく、此数者は専門家でなくては辨識し難い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それは楸(しう)は何の木なるかと云ふ問題である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ないし、報分はじめて起こるを、名づけて生有(しょうう)となし、命報(みょうほう)終謝するを、名づけて死有(しう)となし、生後死前を名づけて、本有(ほんう)となす。死および中に対するがゆえに、説いて本(ほん)となす。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
『倶舎論』に曰く、「死有(しう)ののち、生有(しょうう)の前(さき)にありて、二者の中間(ちゅうげん)に、五蘊(ごうん)の起こるあり。生処(しょうしょ)に至らんがためのゆえに、この身(しん)を起こす。二趣(しゅ)の中間なるがゆえに、中有(ちゅうう)と名づく」
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「収(しう)ちやんは前から僕等兄弟と一緒になれないんだもの。」脚の悪い子供も言つた。
青い風 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
釧雲泉、名は就(しう)、字は仲孚(ちゆうふ)、肥前国島原の人である。竹田(ちくでん)が称して吾国の黄大癡(くわうたいち)だと云つた。宝暦九年生だから、此年四十六歳であつた。五年の後に越後国出雲崎で歿した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此碑は良郷(りやうきやう)より宛平県に、宛平県より順天府に入つて、信国祠(しんこくし)の壁に甃(しう)せられてゐるさうである。其拓本の種類等はこれを審(つまびらか)にしない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
宵の稍々(やや)手すきの頃、秀(しう)ちやんとみんなで親しく呼んでゐる青年が来た、おしげは、ああ、この人がゐたのを忘れてゐたと、すがりつきたい思ひがした。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)