“マハ”のいろいろな漢字の書き方と例文
ひらがな:まは
語句割合
33.3%
33.3%
𢌞22.2%
11.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
奈良の都には、まだ時をり、石城シキと謂はれた石垣を殘して居る家の、見かけられた頃である。度々の太政官符ダイジヤウグワンプで、其を家のマハりに造ることが、禁ぜられて來た。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
兄公殿アニキドノがあゝして、此先何年、難波にゐても、太宰府に居ると言ふが表面オモテだから、氏の祭りは、枚岡・春日と、二處に二度づゝ、其外、マハり年には
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
自分の親旅人も、三十年前に踏んだ道である。世間の氏上家ウヂノカミケ主人アルジは、大方もう、石城シキなどキヅ𢌞マハして、大門小門を繋ぐと謂つた要害と、裝飾とに、興味を失ひかけて居るのに、何とした自分だ。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
世間の氏上家ウヂノカミケ主人アルジは、大方もう、石城シキなどキヅマハして、大門小門を繋ぐと謂つた要害と、装飾とに、興味を失ひかけて居るのに、何とした自分だ。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)