“母(はゝ)” の例文
雪(ゆき)の中(なか)を此(こ)の紅鯛(べにだひ)綺麗(きれい)なり。此(こ)のお買初(かひぞ)めの、雪(ゆき)の眞夜中(まよなか)、うつくしき灯(ひ)に、新版(しんぱん)の繪草紙(ゑざうし)を母(はゝ)に買(か)つてもらひし嬉(うれ)しさ、忘(わす)れ難(がた)し。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それに加(くは)へて男(をとこ)の周旋業(しうせんげふ)も一向(かう)うまくは行(ゆ)かないところから、一年後(ねんご)には夫婦別(ふうふわか)れと話(はなし)がきまり、男(をとこ)は母(はゝ)と妹(いもうと)とを連(つ)れて関西(くわんさい)へ行(ゆ)く。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
内(うち)より明(あ)けて面(おもて)を出(いだ)すは見違(みちが)へねども昔(むかし)は殘(のこ)らぬ芳之助(よしのすけ)の母(はゝ)が姿(すがた)なり待(ま)つ人(ひと)ならで待(ま)たぬ人(ひと)の思(おも)ひも寄(よ)らず佇(たゝず)むかげに驚(おどろ)かされて物(もの)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それが母(はゝ)の死んだ時も、菅沼(すがぬま)の死んだ時も出(で)て来(き)て、始末をしたので、生前に関係の深(ふか)かつた代助とも平岡とも知り合になつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
思(おも)ひ竊(ひそか)に母(はゝ)へ委敷事(くはしきこと)を語りければ母(はゝ)も驚(おどろ)き今度の御呼出(およびだ)しは吉三郎と對決(たいけつ)させんとの事成(なる)べければ種々(いろ/\)御尋(おんたづね)有(ある)ならんが其時(そのとき)委細(ゐさい)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
跳(は)ねかへさうとすれば、母(はゝ)の大(おほ)きな肥(こえ)えた體(からだ)が、澤庵漬(たくあんづけ)のやうに細つこいあたしの上に乘つて、ピシヤンコにつぶしてしまふ。
お灸 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
猶(なほ)その愚(おろ)かな母(はゝ)に對(たい)してそゝぎ得(う)るだらうか? あゝ若(も)しもさうだとしたならば——? 彼女(かのぢよ)はたゞ子供(こども)のために無慾(むよく)無反省(むはんせい)な愛情(あいじやう)のために
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
何處(どこ)か人懷(ひとなつ)こい處(ところ)があつて只管(ひたすら)に他人(たにん)の同情(どうじやう)に渇(かつ)して居(ゐ)たお品(しな)の母(はゝ)の何物(なにもの)をか求(もと)めるやうな態度(たいど)が漸(やうや)く二人(ふたり)を近(ちか)づけた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
下宿屋(げしゆくや)の下婢(かひ)が彼(かれ)を嘲(あざ)けりて其(その)爲(な)すところなきを責(せ)むるや「考(かんが)へる事(こと)を爲(な)す」と云(い)ひて田舍娘(いなかむすめ)を驚(おどろ)かし、故郷(こきやう)よりの音信(いんしん)に母(はゝ)と妹(いもと)との愛情(あいじやう)を示(しめ)して
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
千駄木(せんだぎ)の奥(おく)の此(こ)の私(わたし)の家(いへ)から番町(ばんちやう)までゞは、可也(かなり)遠(とほ)いのであるが、出(で)てからもう彼此(かれこれ)一時間(じかん)も経(た)つから、今頃(いまごろ)は父(ちゝ)と母(はゝ)とに右(みぎ)と左(ひだり)から笑顔(ゑがほ)を見(み)せられて
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
僅(わづか)な收入(しうにふ)は母(はゝ)の給養(きふやう)にも供(きよう)せねばならず、彼(かれ)は遂(つひ)に此(こ)の生活(せいくわつ)には堪(た)へ切(き)れず、斷然(だんぜん)大學(だいがく)を去(さ)つて、古郷(こきやう)に歸(かへ)つた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
萬有(ばんいう)の母(はゝ)たる大地(だいぢ)は其(その)墓所(はかどころ)でもあり、又(また)其(その)埋葬地(まいさうち)たるものが其(その)子宮(こぶくろ)でもある、さて其(その)子宮(こぶくろ)より千差(さ)萬別(べつ)の兒供(こども)が生(うま)れ、其(その)胸(むね)をまさぐりて乳(ち)を吸(す)ふやうに
それからすぐに和歌山(わかやま)へ引(ひ)き取(と)られて行(い)つて、久(ひさ)しく國(くに)へ歸(かへ)ることもしませんでした。加納家(かのうけ)に住(す)みこんでから、はじめて遠江(とほたふみ)の母(はゝ)のところへ歸省(きせい)したことがあります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
其事(そのこと)、お前(まへ)と母(はゝ)とは、之(これ)が永遠(えいゑん)の別(わかれ)となるかも知(し)れませんが、幸(さひは)ひにお前(まへ)の生命(いのち)が助(たすか)つたなら、之(これ)から世(よ)に立(た)つ時(とき)に、始終(しじう)其(その)言葉(ことば)を忘(わす)れず、誠實(まこと)の人(ひと)とならねばなりませんよ。
母(はゝ)が死んだ後(あと)に二度添(どぞえ)でも這入って憎まれ口をきいて虐(いじ)められると憫然(かわいそう)だから、大事にして母(おれ)に成り代って丹誠して呉れと云うから、なにお母(っかあ)心配しなさんな、己が受合ったから
母(はゝ)は重(かさ)ねて『でも妾(わたし)には人形(にんぎやう)の顏(かほ)に見(み)える』余(よ)『然(さ)うですな、これが眉毛(まゆげ)で、これの下(した)に眼(め)があると好(い)いのですが』と言(い)ひつゝ、小揚子(こやうじ)でツヽくと、土(つち)が、ポロリと落(お)ちて、兩眼(りやうがん)が開(ひら)いた。
腹立(はらだ)たし氣(げ)な顏(かほ)をしたものや、ベソを掻(か)いたものや、怖(こは)さうにおど/\したものなぞが、前後(ぜんご)してぞろ/\と舟(ふね)から陸(をか)へ上(あが)つた。母(はゝ)に抱(だ)かれた嬰兒(あかご)の泣(な)く聲(こゑ)は、殊(こと)に哀(あは)れな響(ひゞき)を川風(かはかぜ)に傳(つた)へた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
愛(あい)するお前(まへ)の父(ちゝ)、お前(まへ)の母(はゝ)、お前(まへ)の妻(つま)、お前(まへ)の子(こ)、そして多(おほ)くのお前(まへ)の兄妹(きやうだい)たちが、土地(とち)を逐(お)はれ職場(しょくば)を拒(こば)まれ、飢(う)えにやつれ、歯(は)を喰(く)い縛(しば)り、拳(こぶし)を握(にぎ)って、遠(とほ)く北(きた)の空(そら)に投(な)げる憎(にく)しみの眼(め)は
海恋し潮(しほ)の遠鳴りかぞへては少女となりし父(ちゝ)母(はゝ)の家
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子、増田雅子、与謝野晶子(著)
母(はゝ)ぎみよ乳母(うば)よ叔母(をば)ぎみ
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
母(はゝ)の腕(かひな)のさみしさか。
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
母(はゝ)は親(おや)だけに、叮嚀(ていねい)に
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
鳩(はと)は子(こ)の鳩(はと)、母(はゝ)恋(こひ)し。
とんぼの眼玉 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
母(はゝ)も伏(こや)しぬ柞葉(はゝそは)の
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
此(こ)の二人(ふたり)は、母(はゝ)の父母(ふぼ)で、同家(ひとついへ)に二階住居(にかいずまひ)で、睦(むつま)じく暮(くら)したが、民也(たみや)のもの心(ごころ)を覺(おぼ)えて後(のち)、母(はゝ)に先(さき)だつて、前後(ぜんご)して亡(な)くなられた……
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
皈(かへ)りの遲(おそ)きを母(はゝ)の親(おや)案(あん)して尋(たづ)ねに來(き)てくれたをば時機(しほ)に家(うち)へは戻(もど)つたれど、母(はゝ)も物(もの)いはず父親(てゝおや)も無言(むごん)に、誰(た)れ一人(ひとり)私(わたし)をば叱(しか)る物(もの)もなく
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やがて、小供(こども)は明日(あした)の下読(したよみ)をする時間だと云ふので、母(はゝ)から注意を受けて、自分の部屋(へや)へ引き取(と)つたので、後(あと)は差し向(むかひ)になつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
君子(きみこ)は背(せ)のびをして結(むす)ばれた電氣(でんき)の綱(つな)をほどいてゐた。とその時(とき)、母(はゝ)は恰(あたか)もその光(ひか)りに彈(はじ)かれたやうにぱつと起(お)き上(あが)つた。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
掛られけるとぞ此元は皆全く師の竹本政太夫のお蔭(かげ)なりとて猶更(なほさら)是をも大切にして兩人の母(はゝ)へ孝行を盡(つく)しけるこそ殊勝(しゆしよう)なれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何(なん)が故(ゆへ)に極(きは)めて正直(せうじき)なる心(こゝろ)を以(もつ)て、極(きは)めて愛情(あいじよう)にひかさるべき性情(せいじよう)を以(も)て而(しか)して母(はゝ)と妹(いもと)の愛情(あいじよう)を冷笑(れいしよう)するに至(いた)りしや
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
暫(しばら)くしてお品(しな)の母(はゝ)の耳(みゝ)へも蛇(へび)の噂(うはさ)が傳(つた)はつた。それからといふものお品(しな)の母(はゝ)は一夜(や)でも卯平(うへい)を自分(じぶん)の家(うち)から放(はな)さない。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
貴方(あなた)などは、才智(さいち)は勝(すぐ)れ、高潔(かうけつ)ではあり、母(はゝ)の乳(ちゝ)と共(とも)に高尚(かうしやう)な感情(かんじやう)を吸込(すひこ)まれた方(かた)ですが、實際(じつさい)の生活(せいくわつ)に入(い)るや否(いなや)、直(たゞち)に疲(つか)れて病氣(びやうき)になつて了(しま)はれたです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
こゝも生活(くらし)には困(こま)つてゐたので、母(はゝ)の食料(しよくれう)をかせぐため、丁度(ちやうど)十八になつてゐたのを幸(さいは)ひ、周旋屋(しうせんや)の世話(せわ)で、その頃(ころ)新(あらた)にできた小岩(こいは)の売笑窟(ばいせうくつ)へ身売(みう)りをしたのである。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
ヂュリ 母(はゝ)さまは何處(どこ)にぢゃ? 母樣(はゝさま)は家(うち)にぢゃ。何處(どこ)に行(ゆ)かしゃらうぞ? 何(なに)を言(い)やるぞい!「あの方(かた)が被言(おッしゃ)るには、身分(みぶん)のある殿方(とのがた)らしう、お母樣(かゝさま)は何處(どこ)にぢゃ?」
脇(わき)で見(み)て居(ゐ)た母(はゝ)が『おや/\それは人形(にんぎやう)の顏(かほ)ではなかつたのか』といふ。
小児(こども)が怖い/\と云って泣いているではないか、さ、これは聊(いさゝ)かだが小遣いに遣るから何か好きな物でも母(はゝ)に買って遣れ、だがそれと知らず気の毒なは足に手裏劒を打ったから嘸(さぞ)痛むであろう
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そんな時は圖々しいといつて、短氣(たんき)な母(はゝ)の平打(ひらう)ちがピシヤリピシヤリと來て、惡くするとも一度熱い目にあはされたりした。そして、その祖母といふ女(ひと)と、母といふ女(ひと)と、二人の年長者は言つた。
お灸 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
母(はゝ)ぎみはそよ一雫(しづく)
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
母(はゝ)はやどりぬ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
盂蘭盆(うらぼん)の墓詣(はかまうで)に、其(そ)のなき母(はゝ)を偲(しの)びつゝ、涙(なみだ)ぐみたる娘(むすめ)あり。あかの水(みづ)の雫(しづく)ならで、桔梗(ききやう)に露(つゆ)を置添(おきそ)へつ、うき世(よ)の波(なみ)を思(おも)ふならずや。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
いまだに宿(やど)とても定(さだ)まるまじく、母(はゝ)は此樣(こん)な身(み)になつて恥(はづ)かしい紅白粉(べにおしろい)、よし居處(ゐどころ)が分(わか)つたとて彼(あ)の子(こ)は逢(あ)ひに來(き)ても呉(く)れまじ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
此羽織は、三輪田の御光さんの御母(おつか)さんが織つて呉れたのを、紋付(もんつき)に染めて、御光(みつ)さんが縫ひ上(あ)げたものだと、母(はゝ)の手紙に長い説明がある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
其方儀養子(やうし)又七に疵(きず)付(つけ)剩(あまつ)さへ不義の申掛(かけ)致候樣下女きくに申付(つけ)る段人に母(はゝ)たるの行(おこな)ひに非(あら)ず不埓(ふらち)至極(しごく)に付(つき)遠島(ゑんたう)申付(つく)る
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其(その)後(のち)長(なが)い歳月(としつき)を經(へ)てお品(しな)の母(はゝ)が死(し)んだ時(とき)以前(いぜん)の噺(はなし)を見(み)たり聞(き)いたりして居(ゐ)た者(もの)の間(あひだ)にのみ僅(わづか)に記憶(きおく)が喚(よ)び返(かへ)された。お品(しな)の母(はゝ)は腰(こし)に病氣(びやうき)を持(も)つて居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
道子(みちこ)は三月(みつき)たゝぬ中(うち)立派(りつぱ)な稼(かせ)ぎ人(にん)となり、母(はゝ)への仕送(しおく)りには何(なん)の滞(とゞこほ)りもなくやつて行(い)つたが、程(ほど)なく其母(そのはゝ)も急病(きふびやう)で死(し)んでしまひ、道子(みちこ)はそれから以後(いご)、店(みせ)で稼(かせ)ぐ金(かね)は
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
ヂュリ さア、好(す)いても見(み)ませう、見(み)て好(す)かるゝものなら。とはいへ、わたしの目(め)の矢頃(やごろ)は、母(はゝ)さまのお許(ゆる)しをば限(かぎ)りにして、それより強(きつ)うは射込(いこ)まぬやうにいたしませう。
今日(けふ)も何(なに)やら慌(あわ)てゝ板(いた)の間(ま)に音(おと)をたてながら、いそ/\と母(はゝ)を迎(むか)へに入口(いりくち)まで出(で)て來(き)た。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
思出(おもひだ)して見(み)ると未(ま)だ奇談(きだん)があつた。母(はゝ)や妻(さい)や親類(しんるゐ)の子供(こども)や、女中(ぢよちう)や、遠(とほ)くも無(な)いので摘草(つみくさ)かた/\見物(けんぶつ)に來(き)た事(こと)が有(あ)つた。其時(そのとき)は生憎(あいにく)何(なに)も出(で)ないので、採集袋(さいしふぶくろ)へ摘草(つみくさ)を入(い)れて歸(かへ)つた事(こと)もあつた。
亡(なき)母(はゝ)は
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
それも何(ど)うあらうかと母(はゝ)などは頻(しきり)にいやがるので私(わし)も二(に)の足(あし)を踏(ふ)んで居(ゐ)る、無論(むろん)病院(びやうゐん)へ行(ゆ)けば自宅(じたく)と違(ちが)つて窮屈(きゆうくつ)ではあらうが
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)