あたゝか)” の例文
堀割ほりわり丁度ちやうど真昼まひる引汐ひきしほ真黒まつくろきたない泥土でいどそこを見せてゐる上に、四月のあたゝかい日光に照付てりつけられて、溝泥どぶどろ臭気しうきさかんに発散してる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かれ眼前がんぜんこほりぢては毎日まいにちあたゝかひかり溶解ようかいされるのをた。かれにはそれがたゞさういふ現象げんしやうとしてのみうつつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うなると昨夜さくやあたゝかな「スープ」や、狐色きつねいろの「フライ」や、蒸氣じようきのホカ/\とつてる「チツキンロース」などが、食道しよくだうへんにむかついてる。
さうして其眼そのめにはあたゝか健全けんぜんかゞやきがある、かれはニキタをのぞくのほかは、たれたいしても親切しんせつで、同情どうじやうつて、謙遜けんそんであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
たゝずめば、あたゝかみづいだかれた心地こゝちがして、も、水草みづくさもとろ/\とゆめとろけさうにすそなびく。おゝ、澤山たくさん金魚藻きんぎよもだ。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
暖炉シユミネの火が灰がちな下に昨夜ゆうべ名残なごり紅玉リユビイの様なあかりを美しく保つては居るが、少しもあたゝかく無いので寝巻のまゝ楊枝やうじつかつて居た手を休めて火箸で掻廻すと
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あたゝかかす事ならずかねて金二分に質入しちいれせし抱卷かいまき蒲團ふとんあれども其日を送る事さへ心にまかせねばしちを出す金は猶更なほさらなく其上吉之助一人口がふゑ難儀なんぎの事故夫婦はひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と言つて、安々やす/\と娘のあたゝかさうな掌面と不恰好な自分のをぴたりと合せたと思ふと、そのまゝじつと握り締めた。
九日は江戸の気候がやゝあたゝかであつたものか。蘭軒の「草堂小集」には「梅発初蘇凍縮身」、「数曲鶯歌在翠筠」等の句がある。茶山の「人日」は錯愕の語をしてある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
車夫しゃふはがら/\引いてまいりますと、積んで来た荷の中の死骸が腐ったも道理、小春なぎのあたゝかい時分に二晩ふたばんめ、又うちかえって寒くなり、雨に当り、いきれましたゆえ、臭気はなはだしく
三千代みちよいま湯からかへつた所だと云つて、団扇さへひざそばに置いてゐた。平生いつもほゝに、心持こゝろもちあたゝかい色をして、もう帰るでせうから、ゆつくりしてゐらつしやいと、茶のへ茶を入れにつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また暖房だんぼうのあるためにふゆ館内かんないはるのようにあたゝかすごすことが出來できます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
はへはひよりしやうず、灰は火の燼末もえたこな也、しかれば蠅は火の虫也。はへころしてかたちあるもの灰中はひのなかにおけばよみがへる也。又しらみは人のねつよりしやうず、ねつは火也、火より生たる虫ゆゑにはへしらみともあたゝかなるをこのむ。
日影ひかげよは初冬はつふゆにはまれなるあたゝかさにそろまゝ寒斉かんさいと申すにさへもおはづかしき椽端えんばたでゝ今日こんにちは背をさらそろ所謂いはゆる日向ひなたぼつこにそろ日向ひなたぼつこは今の小生せうせい唯一ゆいいつの楽しみにそろ人知ひとしらぬ楽しみにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
日本の冬のあかるさとあたゝかさとはおそらくは多島海の牧神をしてこゝに来り遊ばしむるも猶快き夢を見させる魅力があつたであらう。
冬日の窓 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
かれ自由じいううしなうたその手先てさきあたゝかはるつもつて漸次だん/\やはらげられるであらうといふかすかな希望のぞみをさへおこさぬほどこゝろひがんでさうしてくるしんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なんわし顱巻はちまきしても、かよふ、あたゝか彫刻物ほりもの覚束おぼつかないで、……なんとかべつ工夫くふうたのむだ、なものは
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ヂオゲンは勿論もちろん書齋しよさいだとか、あたゝか住居すまゐだとかには頓着とんぢやくしませんでした。これあたゝかいからです。たるうち寐轉ねころがつて蜜柑みかんや、橄欖かんらんべてゐればれですごされる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「丁亥元日、客歳冬暖、園中梅柳、頗有春色、故詩中及之。梅已含香柳帯烟。杪冬猶是属蕭然。春風先自融人意。方道今朝草樹妍。」江戸は冬以来あたゝかであつたと見える。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ふゆあたゝかくてなつすゞしいので、住居じゆうきよにはまをぶんがないといふことです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
かれしばらすき煙草たばこ屈託くつたくしてたがやうやあたゝかけたので、まれ生存せいぞんして往年わうねん朋輩ほうばい近所きんじよへの義理ぎりかた/″\かほつもりそとた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そよ吹く風は丁度たけなはなる春のの如くさわやかにしづかに、身も溶けるやうにあたゝかく、海上の大なる沈静が心を澄ませる。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
やゝ大粒おほつぶえるのを、もしたなごころにうけたら、つめたく、そして、ぼつとあたゝかえたであらう。そらくらく、かぜつめたかつたが、温泉まち但馬たじま五月ごぐわつは、さわやかであつた。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さうして自分じぶんあたゝかしづかところして、かねめ、書物しよもつみ、種々しゆ/″\屁理窟へりくつかんがへ、またさけを(かれ院長ゐんちやうあかはなて)んだりして、樂隱居らくいんきよのやうな眞似まねをしてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
自分は衰弱した身心の健康を、力ある海洋の空気によつて恢復させ、最少もすこし軟かなあたゝかな感情を以て、自分と自分の周囲を顧ることが出来るやうになりたいと思つた。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いままでそのうへについてあたゝかだつた膝頭ひざがしら冷々ひや/\とする、身體からだれはせぬかとうたがつて、彼處此處あちこちそでえりはたいてた。仕事最中しごとさいちう、こんな心持こゝろもちのしたことははじめてである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自分は長椅子から立上りさわやかな風におもてを吹かせ、あたゝかく静かな空気を肺臓一ぱいに吸込すひこみ、遠くの星の殊更美しい一ツを見詰めて、さて唇を開いて声を出さうとすると
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わびしさは、べるものも、るものも、こゝにことわるまでもない、うす蒲團ふとんも、眞心まごころにはあたゝかく、ことちと便たよりにならうと、わざ佛間ぶつま佛壇ぶつだんまへに、まくらいてくれたのである。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
崖をうしろにした此の窪地は風も吹き通はず小鳥の声も聞えず、小春の日光の照り輝くばかり。そのあたゝかなことは帽子を冠つた頭がたちまちむづ/\かゆくなつて来るほどでした。
畦道 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さま/″\のをんな引込ひつこむのをとしたが、當春たうしゆん天氣てんきうらゝかに、もゝはなのとろりと咲亂さきみだれた、あたゝかやなぎなかを、川上かはかみほそステツキ散策さんさくしたとき上流じやうりうかたよりやなぎごとく、ながれなびいて
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あたゝかおだやか午後ひるすぎの日光が一面にさし込むおもての窓の障子しやうじには、折々をり/\のきかすめる小鳥の影がひらめき、茶のすみ薄暗うすぐら仏壇ぶつだんの奥までがあかるく見え、とこの梅がもう散りはじめた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
小兒こどもたちが、またわるあたゝかいので寢苦ねぐるしいか、へん二人ふたりともそびれて、踏脱ふみぬぐ、す、せかける、すかす。で、女房にようばう一夜いちやまんじりともせず、からすこゑいたさうである。
夜釣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さきに秋冷しうれい相催あひもよほし、次第しだい朝夕あさゆふさむさとり、やがてくれちかづくと、横寺町よこでらまち二階にかいあたつて、座敷ざしきあかるい、大火鉢おほひばちあたゝかい、鐵瓶てつびんたぎつたとき見計みはからつて、お弟子でしたちが順々じゆん/\
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
長吉ちやうきちは二三日まへから起きてゐたので、あたゝかい日をぶら/\散歩に出掛でかけた。すつかり全快ぜんくわいした今になつて見れば、二十日はつか以上も苦しんだ大病たいびやう長吉ちやうきちはもつけの幸ひであつたと喜んでゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
じつ矢叫やさけびごとながれおとも、春雨はるさめ密語さゝやきぞ、とく、温泉いでゆけむりのあたゝかい、山国やまぐにながらむらさきかすみ立籠たてこもねやを、すみれちたいけと見る、鴛鴦えんわうふすま寝物語ねものがたりに——主従しゆじう三世さんぜ親子おやこ一世いつせ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
されば水筋みづすぢゆるむあたり、水仙すゐせんさむく、はなあたゝかかをりしか。かりあとの粟畑あはばたけ山鳥やまどり姿すがたあらはに、引棄ひきすてしまめからさら/\とるをれば、一抹いちまつ紅塵こうぢん手鞠てまりて、かろちまたうへべり。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もつはだへるゝに、なめらかにしろあぶらづきて、なほあたゝかなるものにたり。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つれ/″\にはんで、つばさでもし、ひざきもし、ほゝもあて、よるふすまふところひらいて、あたゝかたま乳房ちぶさあひだはしかせて、すや/\とることさへあつたが、一夜あるよすさまじき寒威かんいおぼえた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とおはなしもいかゞぢやから、前刻さツきはことをけていひませなんだが、昨夜ゆふべ白痴ばかかしつけると、婦人をんなまたのあるところへやつてて、なか苦労くらうをしてやうより、なつすゞしく、ふゆあたゝか
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしはおよねさんの、きよあたゝかはだおもひながら、ゆきにむせんでさけびました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それから障子しやうじうちそとで、はなしをしたり、わらつたり、それから谷川たにがは二人ふたりして、其時そのとき婦人をんな裸体はだかになつて、わし背中せなか呼吸いきかよつて、微妙びめうかほりはなびらにあたゝかつゝまれたら、そのまゝいのちせてもい!
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、としよりのためにはあたゝか日和ひよりしゆくする。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)