かげ)” の例文
その黒いかげは変な子のマントの上にもかかっているのでした。二人はそこで胸をどきどきさせて、まるで風のようにかけ上りました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そらくもくした! うすかげうへを、うみうへう、たちままたあかるくなる、此時このときぼくけつして自分じぶん不幸ふしあはせをとことはおもはなかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
四谷よつやとほりへ食料しよくれうさがしにて、煮染屋にしめやつけて、くづれたかはら壁泥かべどろうづたかいのをんで飛込とびこんだが、こゝろあての昆布こぶ佃煮つくだにかげもない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
えゝも、乳母うばめは跛足ちんばぢゃ! こひ使者つかひには思念おもひをこそ、思念おもひのこよるかげ遠山蔭とほやまかげ追退おひのける旭光あさひはやさよりも十ばいはやいといふ。
いつも朝日がさすたんびに、その木のかげ淡路あわじの島までとどき、夕日ゆうひが当たると、河内かわち高安山たかやすやまよりももっと上まで影がさしました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
死以上の不気味ぶきみな恐怖のうちに、間もなく首にされてしまったので、かげかげ二人法師ふたりほうしのからくりは、まだ相手方へ洩れはしなかった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひろうちでないから、ついとなり部屋へやぐらゐにゐたのだらうけれども、ないのとまるちがはなかつた。このかげやうしづかなをんな御米およねであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「みんな、どうしたんだろう。」と、往来おうらいうえをあちらこちらまわしていました。けれど、一人ひとり子供こどもかげえませんでした。
金色のボタン (新字新仮名) / 小川未明(著)
なんというよいはなだろう。しろべんがふかぶかとかさなりあい、べんのかげがべつのべんにうつって、ちょっとクリームいろえる。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
天涯てんがい渺茫べうぼうたる絶海ぜつかい魚族ぎよぞくは、漁夫ぎよふかげなどはこともないから、れるとかれぬとかの心配しんぱいらぬ、けれどあまりに巨大きよだいなるは
わたくし頭髪かみたいへんに沢山たくさんで、日頃ひごろはは自慢じまんたねでございましたが、そのころはモーとこりなので、かげもなくもつれてました。
懸けければ此方は彌々いよ/\愕然びつくりし急に顏色がんしよく蒼醒あをざめ後の方を振返るにそれ召捕めしとれと云間も有ず數十人の捕手ふすまかげより走り出なんなく高手たかて小手になは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
手拭てぬぐひひたたびちひさな手水盥てうずだらひみづつきまつたかげうしなつてしばらくすると手水盥てうずだらひ周圍しうゐからあつまやう段々だん/\つきかたちまとまつてえてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「ああ、おいらもそう思って、北国街道ほっこくかいどうから、雪のふるとちとうげをこえて、この京都へきたけれど……まだ鷲のかげさえも見あたらない」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのかげまでが、ちぢこまって、国にいたじぶんから見ると、ずっと小さくなりましたが、お日さまには、影までいじめつけられたのです。
いま彼女かのぢよかほをごりと得意とくいかげえて、ある不快ふくわいおものために苦々にが/\しくひだりほゝ痙攣けいれんおこしてゐる。彼女かのぢよつてく。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
しろまつかげきそうな、日本橋にほんばしからきたわずかに十ちょう江戸えどのまんなかに、かくもひなびた住居すまいがあろうかと、道往みちゆひとのささやきかわ白壁町しろかべちょう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
悲しげな、真剣しんけんな、美しい顔で、そこには心からの献身けんしんと、なげきと、愛と、一種異様な絶望との、なんとも言いようのないかげがやどっていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
キツネたちは、注意ちゅういぶかく、そっと、近づいていきましたので、ガチョウの目には、キツネのかげさえはいらないようでした。
以前の負けずぎらいな精悍せいかん面魂つらだましいはどこかにかげをひそめ、なんの表情も無い、木偶でくのごとく愚者ぐしゃのごとき容貌ようぼうに変っている。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
其以上それいじやうわたし詰問きつもんとほらぬ。とほらぬところくら不安ふあんかげたゞようてゐるのであるが、かげかげで、一わたし足迹そくせきるゝをゆるさぬのである。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
要するにすたれて放擲られた都會の生活のかす殘骸ざんがい………雨と風とに腐蝕ふしよくしたくづと切ツぱしとが、なほしもさびしい小汚こぎたないかげとなツて散亂ちらばツてゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
春星しゆんせいかげよりもかすかに空をつゞる。微茫月色びばうげつしよく、花にえいじて、みつなる枝は月をとざしてほのくらく、なる一枝いつしは月にさし出でゝほの白く、風情ふぜい言ひつくがたし。
花月の夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかし何だか判らないうちにその鬼の形がズルズルとくずれてしまったのです。くずれるおにかげ——ああ、あんな恐ろしいものは、まだ見たことが無い
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
祖父おぢいさんの書院しよゐんまへには、しろおほきなはな牡丹ぼたんがあり、ふるまつもありました。つきのいゝばんなぞにはまつかげ部屋へや障子しやうじうつりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あなたの顔は往きの船の健康さにひきかえ、うれいのかげで深くくもっていました。ぼくはそれをぼくへの愛情のためかと手前勝手に解釈していたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
首卷くびまきのはんけちにわかにかげして、途上とじよう默禮もくれいとも千ざい名譽めいよとうれしがられ、むすめもつおや幾人いくたり仇敵あだがたきおもひをさせてむこがねにとれも道理だうりなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
君はこう云う「和歌うた」知ってるかい? 「なげきわび 身をば捨つとも かげに 浮名うきな流さむ ことをこそ思え……」
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
一日あるひ、学校の帰りを一人さびしく歩いた。空は晴れて、夕暮れの空気のかげこまやかに、野にはすすきの白い穂が風になびいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ムスメはつひにうつむいたまヽ、いつまでも/\わたし記臆きおく青白あをじろかげをなげ、灰色はいいろ忘却ばうきやくのうへをぎんあめりしきる。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
それからというもの、あお鬼火おにびも、戦争の物音ものおとも、舟をしずめる黒いかげも、あらわれなくなりました。しかしまだときどき、ふしぎなことがおこりました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
その時、弟子の眼には、朦朧とした異形いぎやうかげが、屏風のおもてをかすめてむらむらと下りて來るやうに見えた程、氣味の惡い心もちが致したさうでございます。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
桟橋の下にはたくさん塵芥じんかいいていた。その藻や塵芥の下をくぐってかげのような魚がヒラヒラ動いている。帰って来た船がはとのように胸をふくらませた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その次の年あの燕がはるばるナイルから来て王子をたずねまわりましたけれどもかげも形もありませんかった。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それでいろ/\けなくつて、やうやく七ぐわつ十一にち末吉すゑよし駈付かけつけてると、貝殼かひがらやまだけしろのこつて、あゝ因業ゐんがう親分等おやぶんらは、一人ひとりかげせぬのであつた。
かねて支度したくしてあつたお輿こしせようとなさると、ひめかたちかげのようにえてしまひました。みかどおどろかれて
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
そして、しばらくものをもはずにかんがんだやうにしてゐると、きふみぢかくなつたやうに、けはなしてあるえんはうからうすくらかげはじめるのであつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
きり何時いつしかうすらいでたのか、とほくのひく丘陵きうりよう樹木じゆもくかげ鉛色なまりいろそらにしてうつすりとえた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
粕谷田圃に出る頃、大きな夕日ゆうひが富士の方に入りかゝって、武蔵野一円金色こんじきの光明をびた。都落ちの一行三人は、長いかげいて新しい住家すみかの方へ田圃を歩いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それを見ると生前検校がまめまめしく師につかえてかげの形にうように扈従こしょうしていた有様がしのばれあたかも石にれいがあって今日もなおその幸福を楽しんでいるようである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
其有耶無耶そのうやむやになつた腦裏なうりに、なほ朧朦氣おぼろげた、つきひかりてらされたる、くろかげのやうなへや人々ひと/″\こそ、何年なんねんことく、かゝ憂目うきめはされつゝりしかと
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ゆびのさきにつばをつけて、鼻の頭をこすりながら、わたしは、いままで自分の顔にむけていたランプをくるりむこうへまわすと、ガラスにうつっていた自分のかげえて
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
さんざん大荒おおあれに荒れたあとで、ふいとまたかみなりがやんで、あらしがしずまって、なつがしらしらとけかかりました。三上山みかみやまがやさしい紫色むらさきいろかげそらにうかべていました。
田原藤太 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ひたすらよ これの女童めわらは、文字書くと 習ふと書きぬ。その鳥の 鳥によく似ず、その魚の 魚とも見えね、あなあはれ 鳥や魚や、巧まずも なにか動きぬ、そのかげかたち
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ああ玉杯ぎょくはいに花うけて、緑酒りょくしゅに月のかげやどし、治安のゆめにふけりたる、栄華えいがちまた低く見て……」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
彼は真佐子を執拗しつように観察する自分がいやしまれ、そして何かおよばぬものに対する悲しみをまぎらすために首を脇へ向けて、横町の突当りにかげこらす山王の森に視線を逃がした。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
池水いけみづかげさへえてきにほふ馬酔木あしびはなそで扱入こきれな 〔巻二十・四五一二〕 大伴家持
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かかるうちにも心にちとゆるみあれば、煌々こうこう耀かがやわたれる御燈みあかしかげにはかくらみ行きて、天尊てんそん御像みかたちおぼろ消失きえうせなんと吾目わがめに見ゆるは、納受のうじゆの恵にれ、擁護おうごの綱も切れ果つるやと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
で猿めを一人であんたの村にやって、お米や野菜をもらって来させたんだがなあ、おかげで助かりました。もうわしの病気もあらかたよくなったで、心配して下さらんでもよい。
キンショキショキ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
外出先で一泊して、あくる日帰ろうとすると、いつの間にか馬も供人も居なくなっている。おどろあやしんで家に帰って見ると、その家は焼きはらわれて、三人の女はかげも形もない。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)