あゐ)” の例文
伜孫三郎の腕の中に、辛くも擧げた孫六の顏は、月の光の中ながらあゐいたやう、自分の脇差に胸を貫かれて、最早頼み少ない姿です。
青鈍あをにびの水干と、同じ色の指貫さしぬきとが一つづつあるのが、今ではそれが上白うはじろんで、あゐとも紺とも、つかないやうな色に、なつてゐる。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
又対岸の蘭領のリオ島ほか諸島が遠近につて明るい緑とこいあゐとを際立たせながら屏風の如くひらいて居るのも蛮土とは想はれない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その手を摩払すりはらひつつ窓より首をいだして、停車場ステエションかたをば、求むるものありげに望見のぞみみたりしが、やがてあゐの如き晩霽ばんせいの空を仰ぎて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
無限の大空には雲の影一ツない。昼のうちは烈しい日の光で飽くまで透明であつた空のあゐ色は、薄く薔薇色を帯びてどんよりとおぼろになつた。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「そら今度こんだこさ雪子ゆきこかちだ」とつて愉快ゆくわいさうに綺麗きれいあらはした。子供こどもひざそばにはしろだのあかだのあゐだのゝ硝子玉がらすだま澤山たくさんあつた。主人しゆじん
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
俊成卿はひと云ふ行の「あひ」を草木の和行のあゐに、其の外戀を木居こゐにかける。こんな「いひかけ」が出て來ます。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
上州境の連山が丁度ちやうど屏風びやうぶを立廻したやうに一帯につらなり渡つて、それがあゐでも無ければ紫でも無い一種の色にいろどられて
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あゐがちな紫地に小い紅色の花模様のあつたものや、紺地に葡萄茶えびちやのあらいしまのあるものやを南さんの着て居た姿は今も目にはつきりと残つて居ます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
他愛たわいなくかしらさがつたとふのは、中年ちうねん一個いつこ美髯びぜん紳士しんしまゆにおのづから品位ひんゐのあるのが、寶石はうせきちりばめたあゐ頭巾づきんで、悠然いうぜんあごひげしごいてた。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昨日は人の波打ちしコルソオの大道には、往き交ふ人まばらにして、白衣にあゐ色の縁取りしをたる懲役人の一群、あられの如く散りぼひたる石膏のたまを掃き居たり。
さて雲のみねは全くくづれ、あたりはあゐ色になりました。そこでベン蛙とブン蛙とは
蛙のゴム靴 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
奇樹きじゆきしよこたはりてりようねふるがごとく、怪岩くわいがんみちふさぎてとらすにたり。山林さんりんとほそめにしきき、礀水かんすゐふかげきしてあゐながせり。金壁きんへきなら緑山りよくざんつらなりたるさま画にもおよばざる光景くわうけい也。
以て御尋ね者と成しところかう行衞ゆくゑれざりしに享保も四年となりし頃は最早もはや五六年も立しゆゑ氣遣きづかひなしとは思へどもかたあゐにてあざの如く入墨いれずみをなしひたひにもあごかたちゑがき前齒二枚打缺うちかきて名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
熊野川はあゐに澄んで目前を流れてゐる。けふの途中に、山峡からたまたま熊野川が見え出し、発動機船の鋭い音が山にこだまさせながら聞こえてゐたが、あれも山水に新しい気持を起させた。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
と大きなこゑを出して山中やまぢう呶鳴どなり歩きますうちに、田圃たんぼ出口でぐち掛茶屋かけぢややに腰をけてましたをんな芳町辺よしちやうへん芸妓げいしやと見えて、おまゐりにたのだからあまなりではりません、南部なんぶあゐ萬筋まんすぢ小袖こそで
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
解けにしあゐの一すぢの糸かとばかりかゝりたる
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あゐたたへし静寂のかげ、ほのぐらき清海波せいがいは
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
あゐ海原うなばら白銀しろがねや風のかがやき、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
あゐいろのかげさす
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
自然しぜん魂塊たましひあゐ
文月のひと日 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
ギラリ引拔いた一刀、佐次郎の顏はあゐのやうに見えます。多分激情に自制心を失ふ、不思議な變質者ででもあつたでせう。
……黒繻子くろじゆすに、小辨慶こべんけいあゐこんはだしろさもいとして、乳房ちゝ黒子ほくろまでてられました、わたしとき心持こゝろもちはゞかりながら御推量ごすゐりやうくださりまし。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
足下あしもとには層をなして市街の屋根が斜めに重なり、対岸には珠江しゆかう河口かこういだいた半島が弓形きゆうけいに展開し、其間そのあひだひさごいた様な形で香港ホンコン湾があゐを湛へて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路をあへぎ/\伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山があゐとかしたやうな空に巍然ぎぜんとしてそびえて居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
たゞ単調に澄んでゐたもののうちに、色が幾通りも出来できてきた。とほあゐが消える様に次第にうすくなる。其上に白い雲がにぶかさなりかゝる。かさなつたものが溶けてながす。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「ありがたう。」雪童子はそれをひろひながら、白とあゐいろの野はらにたつてゐる、美しい町をはるかにながめました。川がきらきら光つて、停車場からは白い煙もあがつてゐました。
水仙月の四日 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
たゞ他所たしよの者は渋海川しぶみがは氷見こほりみとて、花見のやうに酒肴しゆかうをたづさへきし彩筵はなござ毛氈まうせんなどしきてこれを見る。大小いく万の氷片こほりのわれ水晶すゐしよう盤石ばんじやくのごときが、あゐのやうなる浪にたゞよひながるゝは目ざましき荘観みものなり。
あゐ鬱金うこんに染まるつめ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
黄金こがねうろこあゐぞめの
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
葡萄色ぶだういろあゐがかつて、づる/\とつるつて、はす肖如そつくりで、古沼ふるぬまけもしさうなおほき蓴菜じゆんさいかたちである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
顏一面にあゐを塗つて、墨で隈取くまどつたやうな無氣味な顏が、自分の顏の横から、そつと覗いてるではありませんか。
赤い封蝋ふうらふ細工のほほの木の芽が、風に吹かれてピッカリピッカリと光り、林の中の雪にはあゐ色の木の影がいちめん網になって落ちて日光のあたる所には銀の百合ゆりが咲いたやうに見えました。
雪渡り (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
セエヌは常にあゐを湛へて溶溶よう/\と流れて居るが、テエムスは何時いつも甚だしく濁つてせはさうである。かれが優麗なルウヴル宮やトロカデロの劇場を映すのに対して、これは堅実な国会パリヤマンの大建築を伴つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あゐ鬱金うこんに染まるつめ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
が、かげすと、なかうもれたわたし身體からだは、ぱつと紫陽花あぢさゐつゝまれたやうに、あをく、あゐに、群青ぐんじやうりました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
中田屋杉之助の顏は眞つ蒼、——そのあゐのやうな額に油汗が浮かんで、恐ろしい苦惱の色が鞭打むちうつたやうに顏中を走ると、胸を押へてクワツと吐いたのは一塊ひとかたまりの血潮です。
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
たしかにみんなさう云ふ気もちらしかったのです。製板の小屋の中はあゐいろの影になり、白く光る円鋸まるのこが四五ちゃう壁にならべられ、その一梃は軸にとりつけられて幽霊のやうにまはってゐました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
……ぱつしゆそこみなぎると、ぎんおほふて、三きやくなゝつにわかれて、あをく、たちまち、薄紫うすむらさきに、あゐげてかるあふつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それは何んと、長襦袢ながじゆばんを踏みはだけた寢亂れ姿、髮が少し亂れて、銀簪ぎんかんざしを振り冠つた青い顏——あゐを塗つたやうな鬼畜きちくの顏——まぎれもない、内儀のお輝の血にかわく、物凄い顏だつたのです。
もすそ濡縁ぬれえんに、瑠璃るりそらか、二三輪にさんりん朝顏あさがほちひさあはく、いろしろひとわきあけのぞきて、おび新涼しんりやうあゐゑがく。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あゐのやうな顏をしてもだえ苦しんで居ります。
ところを、君達きみたち、それ春家はるいへ。と、そでこと一尺いつしやくばかり。春家はるいへかほいろくちあゐのやうにつて、一聲ひとこゑあつとさけびもあへず、たんとするほどに二度にどたふれた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ときは、めうなもので……また此處こゝをんな一連ひとつれ、これは丸顏まるがほのぱつちりした、二重瞼ふたへまぶた愛嬌あいけうづいた、高島田たかしまだで、あらい棒縞ぼうじま銘仙めいせん羽織はおりあゐつた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
屋號やがう樓稱ろうしようかは。)と、(まつ。)とあゐに、紺染こんぞめ暖簾のれんしづかに(かならず。)とかたちのやうに、むすんでだらりとげたかげにも、のぞ島田髷しまだえなんだ。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あゐあさきよひそら薄月うすづきりて、くも胡粉ごふんながし、ひとむらさめひさしなゝめに、野路のぢ刈萱かるかやなびきつゝ、背戸せど女郎花をみなへしつゆまさるいろで、しげれるはぎ月影つきかげいだけり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小春時こはるどき一枚小袖いちまいこそであゐこん小辨慶こべんけい黒繻子くろじゆすおびに、また扱帶しごき……まげ水色みづいろしぼりの手絡てがらつやしづくのしたゝるびんに、ほんのりとしたみゝのあたり、頸許えりもとうつくしさ。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
みちすがらも、神祕しんぴ幽玄いうげんはなは、尾花をばなはやしなかやまけた巖角いはかどに、かろあゐつたり、おもあをつたり、わざ淺黄あさぎだつたり、いろうごきつつある風情ふぜい
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ほたるひとつ、すらりと反對はんたいまどよりりて、ほそかげくとに、あせほこりなかにして、たちまみづ玉敷たましける、淺葱あさぎあゐ白群びやくぐんすゞしきくさかげゆかかけてクシヨンにゑがかれしは
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なやましさを、がけたきのやうな紫陽花あぢさゐあをくさむらなかむでひやしつゝ、つものくるはしく大輪おほりんあゐいだいて、あたかわれ離脱りだつせむとするたましひ引緊ひきしむるおもひをした。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)