あたゝ)” の例文
あはれ新婚しんこんしきげて、一年ひとゝせふすまあたゝかならず、戰地せんちむかつて出立いでたつたをりには、しのんでかなかつたのも、嬉涙うれしなみだれたのであつた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
実際を云ふと親爺おやぢの所謂薫育は、此父子のあひだに纏綿するあたゝかい情味を次第に冷却せしめた丈である。少なくとも代助はさう思つてゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
質請しちうけして御主人をあたゝかにやすませられよほかに思案は有まじと貞節ていせつを盡して申を聞き喜八も涙を流して其志操そのこゝろざしかんわづか二分か三分の金故妻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
卯平うへいもとより親方おやかたからうち容子ようすやおつぎの成人せいじんしたことや、隣近所となりきんじよのこともちくかされた。卯平うへいくぼんだ茶色ちやいろあたゝかなひかりたたへた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そこで父子おやこ久しいあひだ反目はんもく形勢けいせいとなツた。母夫人はまた、父子の間を調停てうていして、ひやツこい家庭をあたゝめやうとするだけ家庭主義の人では無かツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
かういふふうに、土地とち高低こうてい位置いち相違そういによつて、さむあたゝかさがちがふにつれて、える樹木じゆもくもそれ/″\ちがふのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
汝世をあたゝめ、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九—二一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
晝のうちはあんなにほか/\とあたゝかくしてゐながら、なんとなくたもとをふくかぜがうそさむく、去年きよねんのシヨールのしま場所ばしよなぞをかんがへさせられたりしました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
こほ手先てさき提燈ちやうちんあたゝめてホツと一息ひといきちからなく四邊あたり見廻みまはまた一息ひといき此處こゝくるまおろしてより三度目さんどめときかね
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
少くとも今迄二三度見舞つたあたゝかい季節の京都よりも、冬の京都に京都らしい特色があつた。実際京都の冬は冬らしい静かな冬であつた。それが土井にはなつかしかつた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あたゝけえおまんまを喰べちゃ斯うやって何不足なく居りやんすが、人は楽になるとじきに難儀した事を忘れるもんですから、わしい其の難儀を忘れねえ為に、見当みあたった此のくつわの紋で
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お留 まあ可いから、お父さんの歸るまでに、早くあたゝかい火でもこしらへて置いておあげなさいよ。どれ、わたしも早く歸りませう。まあ、御覽なさい。ちつとの間に又積りましたよ。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
或日、そら長閑のどかに晴れ渡り、ころもを返す風寒からず、秋蝉のつばさあたゝ小春こはるの空に、瀧口そゞろに心浮かれ、常には行かぬかつら鳥羽とばわたり巡錫して、嵯峨とは都を隔てて南北みなみきた深草ふかくさほとりに來にける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
宗助そうすけはじめて自分じぶんいへ小六ころくこといた。襯衣しやつうへからあたゝかい紡績織ばうせきおりけてもらつて、おびをぐる/\けたが
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おつぎは庭葢にはぶたうへむしろいてあたゝかい日光につくわうよくしながら切干きりぼしりはじめた。大根だいこよこいくつかにつて、さらにそれをたてつて短册形たんざくがたきざむ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
トもんどりをつて手足てあしひとつにちゞめたところは、たきけて、すとんとべつくにおもむきがある、……そして、透通すきとほむねの、あたゝかな、鮮血からくれなゐうつくしさ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さてうめはなをはりとなり、日毎ひごとかぜあたゝかになりますと、もゝ節句せつくもゝはな油菜あぶらなはながさきます。はたにはたんぽゝが黄色きいろくかゞやいてきます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
わたしはくらやみたに突落つきおとされたやうにあたゝかいかげといふをこと御座ござりませぬ、はじめのうちなに串談じようだんわざとらしく邪慳じやけんあそばすのとおもふてりましたけれど
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
内端うちは女心をんなごゝろくにもかれずこほつてしまつたのきしづくは、日光につくわう宿やどしたまゝにちひさな氷柱つらゝとなつて、あたゝかな言葉ことばさへかけられたらいまにもこぼれちさうに、かけひなか凝視みつめてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
使につかはし奉行所に通じければ直樣すぐさま捕方の者駈來かけきたりしがいまだは明ざるにつき四方へ手配てくばりをなし山同心をも借集かりあつめて取卷せ夜明方に原田平左衞門はらだへいざゑもんはじめ踏込ふみこみるに夜具やぐあたゝかにて二人ねむり居る故是程のさわぎを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ところがそれからまた二日ふつかいて、三日目みつかめがたに、かはうそえりいたあたゝかさうな外套マントて、突然とつぜん坂井さかゐ宗助そうすけところつてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
從來じうらいかれとほ奉公ほうこういくらでも慰藉ゐしやみち發見はつけんしてたのは割合わりあひあたゝかなふところほとんどつひやしつゝあつたからである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三日みつかつゞき、五日いつか七日なぬかつゞいて、ひるがへんで、まどにも欄干らんかんにも、あたゝかなゆきりかゝる風情ふぜいせたのである。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たゞ常緑樹じようりよくじゆのすぎやひのきのだけがくろずんだをつけたまゝあたゝかいはるふたゝまはつてくるのをつてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
さうしみ/″\おもつたときに、なみだらしいものがあたゝかくわたしひとみをうるほしてゐた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
おこし今朝はさむければ早く起て朝湯あさゆゆきあたゝまらんと呼覺す聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
醫者いしやもらふと、發育はついく充分じゆうぶんでないから、室内しつない温度をんど一定いつていたかさにして、晝夜ちうやともかはらないくらゐ人工的じんこうてきあたゝめなければ不可いけないとつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
……たび単衣ひとへのそゞろさむに、はだにほのあたゝかさをおぼえたのは一ぱいのカクテルばかりでない。焚火たきびひとなさけである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
凝乎じいつと、ふゆなかよこたへられたわたしからだなかで、やはらかなあたゝかさにつゝまれながら、なんといふものさびしいこゑをたてゝわたしのこゝろのうたことだらう!一寸ちよつとでも身動みうごきをしたらそのこゑはすぐにえよう
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
今年ことしは例年より気候がずつとゆるんでゐる。殊更今日けふあたゝかい。三四郎はあさのうち湯に行つた。閑人ひまじんすくない世のなかだから、午前はすこぶいてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すし、お辨當べんたうたひめしの聲々こゑ/″\いさましく、名古屋なごやにてまつたけて、室内しつないいさゝくつろぎ、あたゝかにまどかゞやく。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
三四郎はさむいのを我慢して、しばらく此あかいものを見詰みつめてゐた。其時三四郎のあたまには運命があり/\とあかうつつた。三四郎は又あたゝかい布団ふとんのなかにもぐり込んだ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
九月くぐわつ二十日はつか前後ぜんごに、からりとさわやかにほのあたゝかに晴上はれあがつたあさおな方角はうがくからおな方角はうがくへ、紅舷こうげん銀翼ぎんよくちひさなふねあやつりつゝ、碧瑠璃へきるりそらをきら/\きら/\と幾千萬艘いくせんまんそう
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さうして出来る丈あたゝかい言葉を使つて感謝の意を表した。代助がう云ふ気分になる事はあにに対してもない。ちゝに対してもない。世間一般に対しては固よりない。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まつりときのお小遣こづかひ飴買錢あめかひぜにふ。あめてものにて、なべにてあたゝめたるを、麻殼あさがらぢくにくるりといてる。あめつてあさやろか、とふべろんの言葉ことばあり。饅頭まんぢうつてかはやろかなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
代助は机の上の書物を伏せると立ちがつた。縁側えんがは硝子戸がらすど細目ほそめけたあひだからあたゝかい陽気な風が吹き込んでた。さうして鉢植のアマランスの赤いはなびらをふら/\とうごかした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
夫人ふじん居室ゐまあたる、あまくしてつやつぽく、いろい、からきりはないたまどしたに、一人ひとりかげあたゝかくたゝずんだ、少年せうねん書生しよせい姿すがたがある。ひと形容けいようにしてれいなり、といてある。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
故に無事なるものは午砲を聞きて昼飯を食ひ、忙しきものは孔席こうせきあたゝかならず、墨突ぼくとつけんせずとも云ひ、変化の多きは塞翁さいをうの馬にしんにうをかけたるが如く、不平なるは放たれて沢畔たくはんに吟じ
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
山家やまが村里むらざと薄紅うすくれなゐ蕎麥そばきりあはしげれるなかに、うづらけば山鳩やまばとこだまする。掛稻かけいねあたゝかう、かぶらはや初霜はつしもけて、細流せゝらぎまた杜若かきつばたひるつきわたかりは、また戀衣こひぎぬ縫目ぬひめにこそ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あたゝかいしるいでゐる時に、又故里ふるさとの母からの書信に接した。又例のごとながかりさうだ。洋服を着換へるのが面倒だから、たまゝのうへへ袴を穿いて、ふところへ手紙を入れて、る。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)