そこ)” の例文
……お前さんに漕げるかい、と覚束おぼつかなさに念を押すと、浅くてさおが届くのだから仔細ない。ただ、一ヶ所そこの知れない深水ふかみずの穴がある。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
這麼老朽こんならうきうからだんでも時分じぶんだ、とさうおもふと、たちままたなんやらこゝろそここゑがする、氣遣きづかふな、こといとつてるやうな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
堀割ほりわり丁度ちやうど真昼まひる引汐ひきしほ真黒まつくろきたない泥土でいどそこを見せてゐる上に、四月のあたゝかい日光に照付てりつけられて、溝泥どぶどろ臭気しうきさかんに発散してる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そうかと思うと水晶すいしょうのようにすみきっていて、水のそこできらきら光る小石だの、ビロードのような水草をすかして見ることができた。
こいつにはそこあながひとつあいている。こいつを屋根やねうらべやにもっていって、大きなくぎにかけて、なかに水をつぎこんでみてくれ。
大學者だいがくしやさまがつむりうへから大聲おほごゑ異見いけんをしてくださるとはちがふて、しんからそこからすほどのなみだがこぼれて、いかに強情がうじやうまんのわたしでも
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これで秀頼公という方のそこが知れた。たった一度の手合せで腰が砕けるようでは、なんのために徳川に戦争をしかけたのかわからない。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なんといっても、みずそこくらいので、それに、そこばかりにいるときてしまって、はやく、自由じゆうに、ひろ世界せかいてみたかったのです。
魚と白鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
自ら不良少女と名乘なのることによつてわずかになぐさんでゐる心のそこに、良心りやうしん貞操ていさうとを大切にいたわつているのを、人々は(こと男子だんしおいて)
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ロミオ いや/\、滅相めっさうな。足下きみ舞踏靴をどりぐつそこかるいが、わしこゝろそこなまりのやうにおもいによって、をどることはおろか、あるきたうもない。
みゝかたむけると、何處いづくともなく鼕々とう/\なみおときこゆるのは、この削壁かべそとは、怒濤どとう逆卷さかま荒海あらうみで、此處こゝたしか海底かいてい數十すうじふしやくそこであらう。
だれにいうともない独言ひとりごとながら、吉原よしわらへのともまで見事みごとにはねられた、版下彫はんしたぼりまつろうは、止度とめどなくはらそこえくりかえっているのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
法被はつぴてらとも棺桶くわんをけいた半反はんだん白木綿しろもめんをとつて挾箱はさんばこいれた。やが棺桶くわんをけ荒繩あらなはでさげてあかつちそこみつけられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こっちがわまどを見ますと汽車はほんとうに高い高いがけの上を走っていて、その谷のそこには川がやっぱりはばひろく明るくながれていたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
で、其手紙そのてがみは一わたし押収おうしうすることにして、一たんつくゑ抽斗ひきだしそこれてたが、こんな反故屑ほごくづ差押さしおさへてそれなんになるか。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
心のそこでは、小父のほうただしいとわかっていた。ゴットフリートの言葉がむねおくきざみこまれていた。彼はうそをついたのがはずかしかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
すると八玉神やたまのかみは、うになって、海のそこの土をくわえて来て、それで、いろんなお供えものをあげるかわらけをこしらえました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
解釈して見ると、周囲に調和して行けるから、落ち付いてゐられるので、何所どこかに不足があるから、そこの方が乱暴だと云ふ意味ぢやないのか
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
如何にも作者が熱情的ねつじやうてきで、直情徑行的ちよくじやうけいかうてきな人であるやうな氣持がしますけれども、最う一歩すゝめて、作品さくひんそこを味つてゐると
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しやしつゝお光は泣顏なきがほ隱し井戸端へ行き釣上つりあぐ竿さをを直なる身の上も白精しらげよねと事變り腹いと黒き其人が堀拔ほりぬき井戸のそこふか謀計たくみに掛り無實の汚名をめい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
すぐ近くの海がまっ二つにさけて、船のまわりには、海のそこの砂のまじった波が、まるでかべのように立ち上りました。
わたくしいそいでいわからりてそこへってると、あんたがわず巌山いわやまそこに八じょうじきほどの洞窟どうくつ天然てんねん自然しぜん出来できり、そして其所そこには御神体ごしんたいをはじめ
貢さんは何時いつも聞く阿母さんの話だけれど、今日はつめたい沼の水のそこの底で聞かされた様な気がして、小供心に頼り無い沈んだ悲哀かなしみ充満いつぱいに成つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「あのひところしてください。」——この言葉ことばあらしのやうに、いまでもとほやみそこへ、まつ逆樣さかさまにおれをおとさうとする。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
百樹曰、余丁酉の年の晩夏豚児せがれ京水をしたがへて北越にあそびし時、三国嶺みくにたふげこえしは六月十五日なりしに、谷のそこに鶯をきゝて
湖上住居こじようじゆうきよは、しかし新石器時代しんせつきじだいばかりでなく、ぎの青銅器時代せいどうきじだいまでもきつゞいておこなはれてゐたことは、湖水こすい一番いちばんふかそこからは石器せつき發見はつけんされ
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
笛がとぎれた時の、シーンとした静寂しじま冷気れいきとは、まるで深海のそこのようだ。けれど、事実じじつはおそろしい高地こうちなのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
資本主しほんぬし機械きかい勞働らうどうとに壓迫あつぱくされながらも、社會しやくわい泥土でいど暗黒あんこくとのそこの底に、わづかに其のはかな生存せいぞんたもツてゐるといふ表象シンボルでゞもあるやうなうたには
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
くず和尚おしょうさんのしたちゃがまをって、なでてみたり、たたいてみたり、そこをかえしてみたりしたあとで
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ちと長い旅行でもして帰って来る姿すがたを見かけた近所の子供に「何処どけへ往ったンだよゥ」と云われると、油然ゆうぜんとした嬉しさが心のそこからこみあげて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ほとんど、なんのやかましい思想しそうつよ感情かんじようもないが、あかるい、にこにこした氣持きもちが、われ/\をこゝろそこからゆすりてるようにかんじないでせうか。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
かれ、水底に沈み居たまふ時の名をそこドク御魂みたまといひつ。その海水のツブ立つ時の名をツブ立つ御魂といひつ、そのあわさく時の名を泡サク御魂といひき
バタキーの話では、そのばちがあたって、ヴィネータの都は、洪水こうずいのために海のそこに沈められてしまったそうです。
もうになつたころだ。ふか谷間たにまそこ天幕テントつた回々教フイフイけう旅行者りよかうしやが二三にん篝火かがりびかこんでがやがやはなしてゐた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
この田舍ゐなかみづ不自由ふじいうなところでした。たにそこはうまでけばやまあひだながれて谷川たにがはがなくもありませんが、人家じんかちかくにはそれもありませんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あいちやんはふべき言葉ことばもなく、いくらかのおちや麺麭パン牛酪バターとをして、福鼠ふくねずみはう振向ふりむき、『何故なぜみん井戸ゐどそこんでゐたの?』とかへしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
井戸いどそこから、そとにいるひとにむかってはなしをするために、井戸新いどしんさんのこえおおきくなってしまったのであります。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
一寸うへに浮ばんとするは、一寸したに沈むなり、一尺きしのぼらんとするは、一尺そこくだるなり、所詮自ら掘れる墳墓に埋るゝ運命は、悶え苦みて些の益もなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
かれその底に沈み居たまふ時の名を、そこどく御魂みたまといひ、その海水のつぶたつ時の名を、つぶ立つ御魂みたまといひ、そのあわ咲く時の名を、あわ咲く御魂みたまといふ。
それからそのそばに、あみだ寺をたてて、とくの高いぼうさんを、そこにすまわせ、あさゆうにおきょうをあげていただいて、海のそこにしずんだ人びとのれいをなぐさめました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
かれが行動こうどう確信かくしんあるがごとくにして、その確信かくしんそこがぬけているところ、かれが変人たるゆえんではあるが、しかしながらかれは確信かくしんという自覚じかくがあるかどうか
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
二人ふたり同時どうじりよ一目ひとめた。それから二人ふたりかほ見合みあはせてはらそこからげてるやうな笑聲わらひごゑしたかとおもふと、一しよにがつて、くりやしてげた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
なさいいまだ、いま初日出はつひのでだ』と老人らうじんひつゝ海原うなばらとほながめてるので、若者わかものつれられておきながめました、眞紅しんくそこ黄金色こんじきふくんだ一團球いちだんきういましもなかば天際てんさい躍出をどりいでて
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
しかしまた振り返って自分等が住んでいた甲斐の国の笛吹川に添う一帯の地を望んでは、黯然あんぜんとしても心もくらくなるような気持がして、しかもそのうっすりと霞んだかすみそこから
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かわらたまとおもう愚者でないかぎり、他人にはえらい夫も、妻は物足らぬそこを知るものだ。貞奴と川上との間だけがそれらの外とはいえない。それですら貞奴は夫を傑いと思っていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お前は本を見てあたまそこに名前をおぼえた それがゆめの中にフッとでてきたといふわけぢや
その口に説くところを聞けば主公の安危あんきまたは外交の利害などいうといえども、その心術のそこたたいてこれをきわむるときはの哲学流の一種にして、人事国事に瘠我慢やせがまんは無益なりとて
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さうしてふかうみそこはこのしつそう直接ちよくせつ其表面そのひようめんまでたつしてゐるか、あるひ表面近ひようめんちかすゝんでてゐて、其上そのうへ陸界りくかい性質せいしつのものでうすおほふてゐるくらゐにすぎぬと、かうかんがへられてゐる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
りし野島ぬじませつそこふかき阿胡根あこねうらたまひりはぬ 〔巻一・一二〕 中皇命
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
接骨木にわどこまでが、そのえだをこのあたらしい白鳥はくちょうほうらし、あたまうえではお日様ひさまかがやかしくりわたっています。あたらしい白鳥はくちょうはねをさらさららし、っそりしたくびげて、こころそこから