やはら)” の例文
「さうでもあるまいよ。親方は身のこなしが型にはまつて居るから、町道場へ通つてやはらの一手くらゐは稽古したことがあるんだらう」
咽喉のどから流れるままに口の中で低唱ていしやうしたのであるが、れによつて長吉ちやうきちみがたい心の苦痛が幾分いくぶんやはらげられるやうな心持こゝろもちがした。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
花畑はなばたけへでもいてると、綺麗きれい蝶々てふ/\は、おびて、とまつたんです、ひと不思議ふしぎなのは、立像りつざうきざんだのが、ひざやはらかにすつとすはる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
細君さいくん宗助そうすけるやいなや、れいやはらかいした慇懃いんぎん挨拶あいさつべたのち此方こつちからかうとおもつて安井やすゐ消息せうそくを、かへつてむかふからたづねた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
秋の季節に来たせいもあらうが、まことに秋の国とも云ふべき、調子の弱い、色のやはらかい、人間の欲望を滅入めいらせる様な国である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『時にね。』とお柳は顔をやはらげて、『昨晩の話だね、お父様のお帰りで其儘そのまんまになつたつけが、お前よく静に言つてお呉れよ。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\うるはしきやはらかき聲にて(但し近代ちかきよの言葉を用ゐで) 三一—三三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
或夏の近づいた月夜、たけさんは荷物を背負せおつたまま、ぶらぶら行商ぎやうしやうから帰つて来た。すると家の近くへ来た時、何かやはらかいものを踏みつぶした。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
やはらかい黒の鉛筆をとつて、先を太くして、そして仕事にかゝつた。やがて、私は、紙の上に廣い大きな額と角ばつた顏の下半分の輪廓を描いた。
ところがたゞのどうではやはらかすぎ、鑄造ちゆうぞうもむつかしいので、どうすゞをまぜて青銅せいどうといふ金屬きんぞくつくり、これを器物きぶつ材料ざいりようとしてゐた時代じだいがありました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それは太陽たいやう強烈きやうれつ光線くわうせんわたしひとみつたからではなかつた。反對はんたいに、ひかりやはらかにわたしむねつたのである……。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
やはらげ相摸殿よくうけたまはられよ徳川は本性ほんせいゆゑ名乘申すまたあふひも予が定紋ぢやうもんなる故用ゆるまでなり何の不審ふしんか有べきとのことば
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
やはらかきひとほどはつよく學士がくし人々ひと/″\なみだあめみちどめもされず、今宵こよひめてとらへるたもとやさしく振切ふりきつて我家わがやかへれば、おたみものられしほどちからおとして
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やはらかにつもりつたが、はんして荒々あら/\しくこぶしをもかためて頭上かしらのうへ振翳ふりかざした。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そして一體にふくよかにやはらかに來てゐる、しかも形にしまツたところがあツたから、たれが見ても艶麗えんれいうつくしいからだであツた。着物きものてゐる姿すがたかツたが、はだかになると一だんひかりした。それからかほだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
こはをかしやはらかなこのわきの下くすぐればふふと笑ふ正覚坊
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
やはらかにけて
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
それがさ、一けんぢやからたまらぬて、るとうぐら/\してやはらかにずる/\とひさうぢやから、わつといふと引跨ひんまたいでこしをどさり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やはらかい暖かい掌が、八五郎の唇を押へるのです。先刻と違つて、家の中に何かあつたのか、ひどく神經質になつて居る樣子です。
しかしクリストの無抵抗主義は何か更にやはらかである。静かに眠つてゐる雪のやうに冷かではあつても柔かである。……
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは本當に親切で、本當にやはらかで——と云ふことを私は知つてゐる。ほら、また、その考へがやつて來た! それは決して惡魔ではない、私は斷言する。
勿論僕もその一人だ。南京路ナンキンロ四馬路スマロなどの繁華雑沓ざつたふは銀座日本橋の大通おほどほりを眺めて居た心持こゝろもち大分だいぶんに違ふ。コンクリイトで堅めた大通おほどほりやはらかに走る馬車の乗心地が第一にい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
きよにいひけて膳立ぜんだてをさせて、それを小六ころくすゝめさしたまゝ自分じぶん矢張やはとこはなれずにゐた。さうして、平生へいぜいをつとのするやはらかい括枕くゝりまくらつてもらつて、かたいのとへた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あのあまくしてやはらかく、たちまちにして冷淡れいたん無頓着むとんちやくな運命の手にもてあそばれたい、とがたい空想にられた。空想のつばさのひろがるだけ、春の青空が以前よりも青く広く目にえいじる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すんほどにのびた院内ゐんない若草わかぐさが、下駄げたやはらかくれて、つちしめりがしつとりとうるほひをつてゐる。かすかなかぜきつけられて、あめいとはさわ/\とかさち、にぎつたうるほす。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
うつくしいまなじり良人をつとはらをもやはらげれば、可愛かあいらしい口元くちもとからお客樣きやくさまへの世辭せじる、としもねつからきなさらぬにお怜悧りこうなお内儀かみさまとるほどのひとものの、此人このひと此身このみ裏道うらみちはたら
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やはらかなる幼年のからだ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「小唄を稽古けいこして居ります。そりや良いお聲で、若い方にしては珍らしくさびのある、——斯うふんはりとしたやはらか味のある——」
あの大川おほかはは、いく銀山ぎんざんみなもとに、八千八谷はつせんやたにりにつてながれるので、みづたぐひなくやはらかになめらかだ、とまた按摩あんまどのが今度こんどこゑしづめてはなした。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのとき、遠く、しかもはつきりした荒々しい響きがその美しい流の音や囁きを壞してしまつた——パカ/\と音高く響く金の音が、やはらかなさゞなみの立つ音を消してしまつた。
あとに殘つたのは、唯、ある仕事しごとをして、それが圓滿ゑんまんに成就した時の、安らかな得意とくいと滿足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆らうばを見下しながら、少し聲をやはらげてかう云つた。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
口の大きいのと出張つた頬骨のために、一層猛々たけ/″\しく意地悪さうに見えるが、然しその子供らしい小さなしよんぼりした眼と、愛嬌のある口元とが、どうやら程よく其表情をやはらげてゐる。
人妻 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
けないといふはいゝことで、あれでくてはむづかしいことりのけるわけにはかぬ、ぐにや/\やはらかい根性こんじやうばかりでは何時いつひと海鼠なまこのやうだとおつしやるおかたもありまするけれど
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
凝乎じいつと、ふゆなかよこたへられたわたしからだなかで、やはらかなあたゝかさにつゝまれながら、なんといふものさびしいこゑをたてゝわたしのこゝろのうたことだらう!一寸ちよつとでも身動みうごきをしたらそのこゑはすぐにえよう
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
蓮根はす蓮根はすとははず、蓮根れんこんとばかりとなふ、あぢよし、やはらかにして東京とうきやう所謂いはゆる餅蓮根もちばすなり。郊外かうぐわい南北なんぼくおよみな蓮池はすいけにて、はなひらとき紅々こう/\白々はく/\
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
平次の調子の穩やかなのと、その顏にはやはらかな思ひやりの色があつたためか、お袖の口は思ひの外簡單に開けて行きさうです。
日光につくわうやはらかにみちびかれ、ながれた。そのひかりやうや蒲團ふとんはしだけにれるのをると、わたしかゞんでその寢床ねどこ日光につくわう眞中まなかくやうにいた。それだけの運動うんどうで、わたしいきははづみ、ほゝがのぼつた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
衣類きものより足袋たびく。江戸えどではをんな素足すあしであつた。のしなやかさと、やはらかさと、かたちさを、春信はるのぶ哥麿うたまろ誰々たれ/\にもるがい。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
平次の表情はまだほぐれませんが、調子がいくらかやはらかになると、權八は安心した樣子で、そそくさと草鞋わらぢぎます。
おもふと、トン/\トンとかるやはらかなおとれて、つまれ/\、そろつたもすそが、やなぎ二枝ふたえだなびくやう……すら/\とだんりた。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
母が盜つた小判の筒は、縁の下のやはらかい土に半分埋めてあつたのを、お濱は翌る朝になると見て取つてしまひました。
珊瑚さんごえだつてゐた、焚火たきびから、いそいでつて出迎でむかへた、ものやはらかな中形ちゆうがた浴衣ゆかたの、かみいのをときは、あわてたやうにこゑけた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
紅皿の一つは使ひかけですが、筆のが太くやはらかくて、とても、美しい假名文字かなもじなどを書ける品ではありません。
……ついあひだとんさんにつて、はなしると、十圓じふゑんおどかすより九九九くうくうくうはうが、音〆ねじめ……はいきぎる……耳觸みゝざはりがやはらかで安易あんいい。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
平次はツイ破顏はがん一笑します。まだ三十を越したばかり、につこりすると飛んだ愛嬌のある平次の顏が、おびえ切つた相手の男の心持をやはらげたやうでもあります。
と、ひしはせた、兩袖りやうそでかたしまつたが、こぼるゝ蹴出けだやはらかに、つま一靡ひとなび落着おちついて、むねらして、かほ
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから一刻近くも經つて熱で蝋燭がやはらかくなると、私がさはつただけで倒れて提灯を燒いた
くと、またひとんでる。んでるのがむかうへくと、すぐて、また欄干らんかんまへんでる。……ぶとふより、スツ/\とかるやはらかにいてく。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
平次はやはらかに言つて、薄明りの中に、竹の市の樣子を見直して居ります。
落葉おちば樣子やうすをして、はうきつて技折戸しをりどから。一寸ちよつと言添いひそへることがある、せつ千助せんすけやはらかな下帶したおびなどを心掛こゝろがけ、淺葱あさぎ襦袢じゆばんをたしなんで薄化粧うすげしやうなどをする。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)