一重ひとへ)” の例文
僧はねんごろに道を教ふれば、横笛に嬉しく思ひ、禮もいそ/\別れ行く後影うしろかげ、鄙には見なれぬ緋の袴に、夜目にも輝く五柳の一重ひとへ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
で、あしはこうちいたいたので、宛然さながら城址しろあと場所ばしよから、もり土塀どべいに、一重ひとへへだてた背中合せなかあはせの隣家となりぐらゐにしかかんじない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一重ひとへ隔てた昔の住居すまひには誰が居るのだらうと思つて注意して見ると、終日かたりと云ふ音もしない。いてゐたのである。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
税関吏は鞄の中は見なかつた。私が心配しながら通つた波蘭ポオランドから掛けて独逸ドイツの野は赤い八重やへ桜の盛りであつた。一重ひとへのはもう皆散つたあとである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
翠色すゐしよくしたヽるまつにまじりて紅葉もみぢのあるおやしきへば、なかはしのはしいたとヾろくばかり、さてひとるはそれのみならで、一重ひとへばるヽ令孃ひめ美色びしよく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おび一重ひとへひだり腰骨こしぼねところでだらりとむすんであつた。兩方りやうはうはしあかきれふちをとつてある。あら棒縞ぼうじま染拔そめぬきでそれはうまかざりの鉢卷はちまきもちひる布片きれであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さて埴輪はにわ筒形つゝがたのものは、はかをかのまはり、ときにはほり外側そとがは土手どてにも、一重ひとへ二重ふたへあるひは三重みへにも、めぐらされたのであり、またつか頂上ちようじようには家形いへがた
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
ゆき子はきき耳をたてた。ふすま一重ひとへへだてた部屋では、一緒の船だつた、芸者の幾人かの声がしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「それから、錢形の親分。この堂のまはりに、もう一重ひとへの頑丈なさくめぐらし、村の若い衆を五六人頼んで、交替で一と晩見廻りさせようと思ひますが、何うでせう」
障子しやうじ一重ひとへの次のに、英文典を復習し居たる書生の大和、両手に頭抱へつゝ、涙のあられポロリ/\
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
苅薦かりごも一重ひとへきてされどもきみとしればさむけくもなし 〔巻十一・二五二〇〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
透谷の文章詩歌に接して最も遺憾に思ふのはこの新樣式の缺如である。すべての舊き型を破り棄てむとして、この一重ひとへの膜にささへられた彼の苦悶は如何ばかりであつたらう。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
それには次第にいて来るコニヤツクも手伝つてゐるのであらう。唐紙を一重ひとへ隔てて、隣の部屋に大の男の、しかも軍人が三人寝てゐるのが、さほど苦にもならないのである。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いなこれは、東雲の光だけではない、置き餘る露のたまが東雲の光と冷かな接吻くちづけをして居たのだ。此野菜畑の突當りが、一重ひとへ木槿垣むくげがきによつて、新山堂の正一位樣と背中合せになつて居る。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
すゝむるにやゝ三四升ほども飮しかば半四郎は機嫌なゝめならずうたひを謠ひ手拍子てびやうしうつて騷ぎ立るにとなり座敷のとまり客は兎角に騷がしくしてねむる事もならず甚だ迷惑めいわくなし能加減いゝかげんしづまれよとふすま一重ひとへ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
村にちかき所は皆きりつくしてたま/\あるも足場あしきゆゑ、山一重ひとへこえて見るに、薪とすべき柴あまたありしゆゑ自在じざいきりとり、雪車そり哥うたひながら徐々しづかにたばね、雪車につみて縛つけ山刀やまかたなをさしいれ
皆な土くれの苔一重ひとへ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まことに、つみな、まないことぢやあるけれども、同一おなじ病人びやうにんまくらならべてふせつてると、どちらかにかちまけがあるとのはなしかべ一重ひとへでも、おんなじまくら
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
宗助そうすけたのんだ産婆さんば可成かなりとしつてゐるだけに、このくらゐのことは心得こゝろえてゐた。しか胎兒たいじくびからんでゐた臍帶さいたいは、ときたまあるごと一重ひとへではなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まよひし邪正じやしやうがたし、鑑定かんてい一重ひとへ御眼鏡おめがねまかさんのみと、はじたるいろもなくべらるゝに、母君はゝぎみ一トたびあきれもしつおどろきもせしものゝ、くまで熱心ねんしんきはまりには
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
吁々あゝに非ず、何處いづこまでの浮世なれば、心にもあらぬつれなさに、互ひの胸の隔てられ、恨みしものは恨みしまゝ、恨みられしものは恨みられしまゝに、あはれ皮一重ひとへを堺に
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
嗚呼また一重ひとへしほからき
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
美女たをやめ背後うしろあたる……山懐やまふところに、たゞ一本ひともと古歌こか風情ふぜい桜花さくらばな浅黄あさぎにも黒染すみぞめにも白妙しろたへにもかないで、一重ひとへさつ薄紅うすくれなゐ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小六ころくたもとさぐつてその書付かきつけしてせた。それに「このかき一重ひとへ黒鐵くろがねの」としたゝめたあと括弧くわつこをして、(この餓鬼がきひたへ黒缺くろがけの)とつけくはへてあつたので、宗助そうすけ御米およねまたはるらしいわらひらした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
づかしや女子をんな不似合ふにあひくだものりも一重ひとへ活計みすぎためのみならず便たよりもがなたづねたやの一しんなりしがゑにしあやしくかたありて不圖ふとれられし黒塗塀くろぬりべい勝手かつてもとにあきなひせしときあとにてけば御稽古おけいこがへりとやじやうさまのしたるくるまいきほひよく御門内ごもんうち引入ひきいるゝとてでんとするわれ行違ゆきちがひしがなにれけんがさしたる櫛車くしくるままへには
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
月影つきかげは、夕顏ゆふがほのをかしくすがれるがき一重ひとへへだてたる裏山うらやま雜木ざふきなかよりさして、浴衣ゆかたそで照添てりそふも風情ふぜいなり。
逗子だより (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
みちそらとのあひだたゞ一人ひとりわしばかり、およ正午しやうごおぼしい極熱ごくねつ太陽たいやういろしろいほどにかへつた光線くわうせんを、深々ふか/″\いたゞいた一重ひとへ檜笠ひのきがさしのいで、図面づめんた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
藍地あゐぢこん立絞たてしぼり浴衣ゆかたたゞ一重ひとへいとばかりのくれなゐせず素膚すはだた。えりをなぞへにふつくりとちゝくぎつて、きぬあをい。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
問返とひかへすうちにも、一層いつそうめう夢路ゆめぢ辿たど心持こゝろもちのしたのは、差配さはいふのは、こゝに三げんかなへつて、れいやなぎさかひに、おなじくたゞかき一重ひとへへだつるのみ。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
つた——おほきな戸棚とだな、とつても先祖代々せんぞだい/\きざけて何時いつだいにもうごかしたことのない、……よこふすま一重ひとへ納戸なんどうちには、民也たみやちゝ祖母そぼとがた。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
姿見すがたみおもかげ一重ひとへ花瓣はなびら薄紅うすくれなゐに、おさへたるしろくかさなりく、蘭湯らんたうひらきたる冬牡丹ふゆぼたんしべきざめるはぞ。文字もじ金色こんじきかゞやくまゝに、くちかわまたみゝねつす。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かぜんでもあめにもらず……はげしいあつさにられなかつた、唯吉たゞきち曉方あけがたつてうと/\するまで、垣根かきね一重ひとへへだてながら、産聲うぶごゑふものもかなかつたのである。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ハタとめば、そられたところへ、むら/\とまた一重ひとへつめたくもかさなりかゝつて、薄墨色うすずみいろ縫合ぬひあはせる、とかぜさへ、そよとのものおとも、蜜蝋みつらふもつかたふうじたごとく、乾坤けんこんじやくる。……
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おくめるひと使つかへるをんな、やつちや青物あをものひにづるに、いつも高足駄たかあしだ穿きて、なほ爪先つまさきよごすぬかるみの、こと水溜みづたまりには、ひるおよぐらんと氣味惡きみわるきに、たゞ一重ひとへもりづれば
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
片側かたがはのまばらがき一重ひとへに、ごしや/\と立亂たちみだれ、あるひけ、あるひかたむき、あるひくづれた石塔せきたふの、横鬢よこびんおもところへ、胡粉ごふんしろく、さま/″\な符號ふがうがつけてある。卵塔場らんたふば移轉いてん準備じゆんびらしい。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ところ地震前ぢしんまへのその大雪おほゆきよるである。晩食ばんしよく一合いちがふで、いゝ心持こゝろもちにこたつで寢込ねこんだ。ふすま一重ひとへちやで、濱野はまのさんのこゑがするので、よく、このゆきに、とおもひながら、ひよいときて、ふらりとた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)