くる)” の例文
くだん古井戸ふるゐどは、先住せんぢういへつまものにくるふことありて其處そこむなしくなりぬとぞ。ちたるふた犇々ひし/\としておほいなるいしのおもしをいたり。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二十日の後、いっぱいに水をたたえたさかずきを右ひじの上にせて剛弓ごうきゅうを引くに、ねらいにくるいの無いのはもとより、杯中の水も微動だにしない。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
なみおとのような、とりこえのような、またかぜくるひびきのような、さまざまなおとのするあいだに、いろいろなことが空想くうそうされるのでした。
汽船の中の父と子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
シューラはおいおいいた。あたりのものがばらいろもやつつまれて、ふわふわうごした。ものくるおしい屈辱感くつじょくかんに気がとおくなったのだ。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
若しあなたが氣違ひになつたら、ひだもない胴衣チヨッキではなくて、私の腕があなたを抱き留め——くるつたあなたの掴握も私には愛しいだらう。
生みます。それから結婚します。すこし、前後の順序はくるったようだけれど。どっちしたって、そうパッショネートなものじゃありません
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
船長せんちやう一等運轉手チーフメートうしなつて、船橋せんけうあがり、くだり、後甲板こうかんぱんせ、前甲板ぜんかんぱんおどくるふて、こゑかぎりに絶叫ぜつけうした。水夫すゐふ
すると——そのようすを、ぎすましたようなまなざしで、ジーッと見つめていた巡礼じゅんれいのおときが、とつぜん、気でもくるったように
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたないておどしますと、いぬはなおなおはげしくくるまわって、りょうしのげるかたなの下をくぐって、いきなりそのむねびつきました。
忠義な犬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
やうしたに、うづいてくるしさうなかはらいろが、幾里いくりとなくつゞ景色けしきを、たかところからながめて、これでこそ東京とうきやうだとおもことさへあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それは勿論もちろん正氣せうきひとからはちがひとえるはづ自分じぶんながらすこくるつてるとおもくらゐなれど、ちがひだとてたねなしに間違まちがものでもなく
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
始終しゞゆうくるつたやうにまはつてた二ひき動物どうぶつは、きはめてかなしげにもまたしづかにふたゝすわみ、あいちやんのはうながめました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「貴様のためにクルウの調子がくるって、もし、負けたら、手足の折れるまで、なぐりたおすから、そう思え」それから、なんとしかられたか忘れました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
庭には沈丁花ちんちょうげあまが日も夜もあふれる。梅は赤いがくになって、晩咲おそざき紅梅こうばいの蕾がふくれた。犬が母子おやこ芝生しばふにトチくるう。猫が小犬の様にまわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今日けふはほんとうにおめづらしいおいでゝ、おかへりになつてから「おまへは今日よつぽどどうかしてゐたね。」といはれましたほど、わたし調子てうしくるひました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
目だつほどのくるいを見せたことは、幸いにして一度もなかったが、気分の波が常にそれに作用していたことは、さすがに見のがせないものがあった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「あのひところしてください。わたしはあのひときてゐては、あなたと一しよにはゐられません。」——つまくるつたやうに、何度なんどもかうさけてた。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さま/″\の浪言らうげんをのゝしりて家内かないくるひはしるを見て、両親ふたおや娘が丹精たんせいしたる心の内をおもひやりてなきになきけり。
真黒まっくろけたからだおどくるわせてみずくぐりをしているところはまるで河童かっぱのよう、よくあんなにもふざけられたものだと感心かんしんされるくらいでございます。
それにピッタリ当てはまっているのだから、神尾喬之助、くるったと見せて、狂ったどころか、内実は虎視眈々こしたんたん、今にも、長じんいて飛来ひらいしそう……。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こいつらは人のには見えないのですが、一ぺん風にくるい出すと、台地のはずれの雪の上から、すぐぼやぼやの雪雲をふんで、空をかけまわりもするのです。
水仙月の四日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
宇受女命うずめのみことは、おちちもおなかも、もももまるだしにして、足をとんとんみならしながら、まるでつきものでもしたように、くるくるくるくるとおどくるいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
卯平うへいもとは餘程よほどくるつてた。かれはすつと燐寸マツチつたが落葉おちばたつするまでにはかすかなけぶりてゝえた。燐寸マツチはさうして五六ぽんてられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すかさず咽喉のどもと突貫つきとほさんとしけれども手先てさきくるひてほゝより口まで斬付きりつけたり源八もだえながら顏を見ればおたかなりしにぞ南無なむ三と蹴倒けたふして其所そこ飛出とびいだつれ七とともあと
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
吹く風は荒れくるい、息がふさがりそうであった。菱波立っている水の上には、大きい星が出ていた。河へ降りてゆく凸凹でこぼこの石道には、両側の雑草がたたきつけられている。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あがり口のあさ土間どまにあるげたばこが、門外もんがい往来おうらいから見えてる。家はずいぶん古いけれど、根継ねつぎをしたばかりであるから、ともかくも敷居しきい鴨居かもいくるいはなさそうだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
わたしの影法師は気がくるってしまったのです。かれはじぶんがにんげんで、そして、わたしが——まあ——どうです——わたしが、かれの影法師だと考えているのですよ。
さうしてあたまひやくすりと、桂梅水けいばいすゐとを服用ふくようするやうにとつて、不好いやさうにかしらつて、立歸たちかへぎはに、もう二とはぬ、ひとくる邪魔じやまるにもあたらないからとさうつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「へいへい、合点がってんでげす。つきはなくとも星明ほしあかり、足許あしもとくるいはござんせんから御安心ごあんしんを」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
寺男はこまって、ひとり、ぼつぼつ浜辺はまべづたいに寺の方へ帰ってきました。と、おどろいたことには、くるったようにかきらすびわの音が、どこからか聞えてくるではありませんか。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
ごくからかへつて見ると石がない、雲飛うんぴは妻をのゝしち、いかりいかり、くるひにくるひ、つひ自殺じさつしようとして何度なんど妻子さいし發見はつけんされては自殺することも出來できず、懊惱あうなう煩悶はんもんして居ると、一夜
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
彼は「運」を奔流ほんりゅうにたとえている。ひとたび奔流が荒れくるうときは、平野に氾濫はんらんし、木々や家々を倒し、大地をも強引に押し流す。万人が恐れむとも、いかに抗すべきやを知らない。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
さうははなんだか? ゆめか? いまがたパリスが、ヂュリエットのことうたゆゑ、それで此樣こんなことをおもふのか? このこゝろくるうたか?……おゝおをおこしゃれ、薄運はくうん名簿めいぼうち
うつしみのくるへるひとのかなしさをかへりみもせぬ世の人めよもろびとめよ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
それから五年経って、僕が中学校を卒業する直前に、父はくるじにしました。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鶴見もまた、藤原南家なんけの一の嬢子じょうしと共に風雨のくるう夜中をさまよいぬいた挙句あげくの果、ここに始めて言おうようなき「朝目よき」光景を迎えて、その驚きを身にみて感じているのである。
一つ一つ手でさぐって見て少しでもくるいがあることを許さなかった佐助は実にこのような世話を一人で引きけ合間にはまた稽古をしてもらい時にはお師匠様に代って後進の弟子達に教えもした
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ときどき気がくるって渓流のなかへ飛びんではののしりわめいているという木樵きこりの妻とその小娘の話、——そういうような人達のとりとめもない幻像イマアジュばかりが私の心にふとうかんではふと消えてゆく……
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それから、おてらってあったかねも、なかなかおおきなもので、あれをつぶせば、まず茶釜ちゃがまが五十はできます。なあに、あっしのくるいはありません。うそだとおもうなら、あっしがつくってせましょう。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そら鳴りの夜ごとのくせぞくるほしきなれ小琴をごとよ片袖かさむ(琴に)
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
くる万古ばんこやみ高空たかぞらの悲哀よぶとか啼く杜鵑ほととぎす(残紅)
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
たましひのうつらぬひとみただくるはしき硝子戸がらすどそとをうち凝視みつむ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
以来千年以上ですその恋ゆゑのくる
葉づれの音に眼がくるへば
恋しき最後の丘 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
祝つて祝つて祝いくるわせ
かなしやくる大波おほなみ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「何が勉強なものですか? そんなこと、君の頭にありはしませんよ。だがまあ、これ以上何も言いますまい……君の年頃では、まあ無理もないからな。ただし君の見当は、大いにくるっているですよ。この家がどういう家か、それが君には見えんのですか?」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
いままでかがやいていた太陽たいようは、かくれてしまい、ものすごいくもがわいて、うみうえは、おそろしい暴風ぼうふうとなって、なみくるったのであります。
汽船の中の父と子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
くるひまつはり、からまつて、民子たみこはだおほうたのは、とりながらもこゝろありけむ、民子たみこ雪車そりのあとをしたうて、大空おほぞらわたつてかりであつた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
再び、私を見たときの彼女のくるほしい程の喜びが、いたく私を動かした。彼女はあをざめて痩せて見えた。幸福ではないと彼女は云つた。