拍子ひやうし)” の例文
犬は、ぱつとけだして逃げる、と思ひのほか、同じ場所に首をれてじつとしてゐるのでした。鳥右ヱ門は拍子ひやうしぬけがしました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
關取せきとり、ばんどり、おねばとり、と拍子ひやうしにかゝつたことばあり。けずまふは、大雨おほあめにて、重湯おもゆのやうにこしたぬと後言しりうごとなるべし。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
所がその内にどう云ふ拍子ひやうしか、彼のついた金羽根きんばねが、長押なげしのみぞに落ちこんでしまつた。彼は早速さつそく勝手から、大きな踏み台を運んで来た。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こゝを先途せんどとまづたくはへたまひけるが、何れの武官にやそゝくさ此方へ来らるゝ拍子ひやうしに清人の手にせし皿をなゝめめにし、鳥飛んで空にあり、魚ゆかに躍り
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
わたしにもうまれたいゑ御座ござんするとて威丈高いたけたかになるにをとここらえずはふき振廻ふりまわして、さあけととき拍子ひやうしあやふくなれば、流石さすが女氣おんなぎかなしきことむねせまりて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
がらうとする拍子ひやうしに、小六ころくてた下駄げたうへへ、かずにあしせた。こゞんで位置ゐち調とゝのへてゐるところ小六ころくた。臺所だいどころはうで、御米およね
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「おゝかいい」とぴしやりたゝいた。かれうたつれ各自めいめいさらうたつた。みなはし茶碗ちやわんたゝいて拍子ひやうしあはせた。さういふさわぎにつてからさけらなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ところが、ふとした拍子ひやうしで此樣な死態しにざまをするやうになツた……そりや偶然さ。いや、屹度きつと偶然だツたらう。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
との一心と云其上拍子ひやうしの間もよくことに古今の音なれば太夫も始めは戲談じようだんの樣に教へしが今は乘氣のりきが來て此奴こやつは物に成さうだと心を入て教へける故天晴舊來ふるき弟子でし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ふとした拍子ひやうしに、縁側ゑんがは障子しやうじ硝子戸ガラスどごしにえた竹村たけむら幼児えうじに、奈美子なみこはふと微笑ほゝゑみかけた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
拍子ひやうしの悪いことには梅子さんの三歳みつの時に奥様がおなくなりになる、それから今の奥様をお貰ひになつたのですが、貴様あなた、梅子さんも今の奥様には随分ひどい目にお逢ひなさいましたよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その蜻蛉は微風に乗つて、しばらくの間は彼等と同じ方向へ彼等と同じほどの速さで、一行を追ふやうに従うて居たが、何かの拍子ひやうしについと空ざまに高く舞ひ上つた。彼は水を見、また空を見た。
上から、下から、右から、左から、拍子ひやうしをつけて叩いて見ましたが、箱は思ひのほか嚴重に出來てゐて何處も開けられさうはなく、そのくせなかでは、思はせ振りにカラカラと金が鳴つてゐるのです。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
そこ彼等かれら正式せいしきあいちやんのまはりをぐる/\をどまはりました、あまちかづきぎて時々とき/″\そのあしゆびんだり、拍子ひやうしるために前足まへあしつたりして、あひだ海龜うみがめしづかにまたかなしげにうたひました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
いづれも小笠をがさのひさしをすゑ、脚半きやはんかるく、しつとりと、拍子ひやうしをふむやうにしつゝこゑにあやをつてうたつたが……うたつたといひたい。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、その拍子ひやうしに婆さんが、からすの啼くやうな声を立てたかと思ふと、まるで電気に打たれたやうに、ピストルは手から落ちてしまひました。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
をんな五月繩うるさときには一時ちよつとをどりめて對手あひてしかつたりたゝいたり、しかその特性とくせいのつゝましさをたもつて拍子ひやうしあはなが多勢おほぜいあひだまれつゝどうせん反覆はんぷくしつゝをどる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
室が寂然ひつそりしてゐるので、時計とけいの時をきざおとが自分の脈膊みやくはくうま拍子ひやうしを取つてハツキリ胸に通ふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「いゝえ、いの」と正直しやうぢきこたへたが、おもしたやうに、「つて頂戴ちやうだいるかもれないわ」とひながらがる拍子ひやうしに、よこにあつた炭取すみとり退けて、袋戸棚ふくろとだなけた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
學校がくかう唱歌しようかにもぎつちよんちよんと拍子ひやうしりて、運動會うんどうくわいやり音頭おんどもなしかねまじき風情ふぜい、さらでも教育きやういくはむづかしきに教師きやうし苦心くしんさこそとおもはるゝ入谷いりやぢかくに育英舍いくえいしやとて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なにかの拍子ひやうしに、つま無邪気むじやきかほを、すこくもらして
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
その途端にどう云ふ拍子ひやうしか、釘に懸つてゐた十字架がはづれて、かすかな金属の音を立てながら、足もとの敷石の上に落ちた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
西瓜すゐくわげぬが、がつくりうごいて、ベツカツコ、と拍子ひやうしに、まへへのめらうとした黒人くろんぼ土人形つちにんぎやうが、勢餘いきほひあまつて、どたりと仰状のけざま
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うまへの掛聲かけごゑもつともらしくした。茶碗ちやわん拍子ひやうしれて一どうはぴつたりしづかにつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
時計とけいよりはむし宗助そうすけ叙述じよじゆつはうおほくの興味きようみつて、泥棒どろぼうはたしてがけつたつてうらからにげげるつもりだつたらうか、またげる拍子ひやうしに、がけからちたものだらうかとやう質問しつもんけた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「え、何うせ然うなんですよ。にくらしい!………」と眼に險を見せ、些と顎をしやくツて、づいと顏を突出す。其の拍子ひやうしに、何か眼に入ツたのか、お房は急に肝々きよと/\して、ひど面喰めんくツたていとなる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
もつとも僕等が何かの拍子ひやうしひになつて見たいやうに、いまだ生まれざる大詩人も何かの拍子ひやうしに短歌の形式を用ふる気もちになるかも知れぬ。
又一説? (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おもひながら、えず拍子ひやうしにかゝつて、伸縮のびちゞみ身體からだ調子てうしつて、はたらかす、のこぎり上下じやうげして、木屑きくづがまたこぼれてる。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ああ云ふ長靴をはいた時には、長靴をはいたと云ふよりも、何かの拍子ひやうしに長靴の中へ落つこつたやうな気がするだらうなあ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
面啖めんくらつて、へどもどしながら、そんななかでもそれでも、なん拍子ひやうしだか、かみなが工合ぐあひひ、またしまらないだらけたふうが、朝鮮てうせん支那しな留學生りうがくせいら。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしは昨日きのふひるすこぎ、あの夫婦ふうふ出會であひました。そのときかぜいた拍子ひやうしに、牟子むし垂絹たれぎぬあがつたものですから、ちらりとをんなかほえたのです。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのまゝ俯向うつむいた拍子ひやうしすぢけたらしい、よこながれやうとするのを、婦人をんなやさしうたすおこして
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しないばかりなら、よかつたんだが、何かの拍子ひやうしに「市兵衛いちべゑさんお前わちきれるなら、命がけで惚れなまし」
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眞夏まなつ三宅坂みやけざかをぐん/\あがらうとして、車夫わかいしゆひざをトンとくと蹴込けこみをすべつて、ハツとおも拍子ひやうしに、車夫わかいしゆ背中せなかまたいで馬乘うまのりにまつて「怪我けがをしないかね。」は出來できい。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その親戚は三遊派さんゆうはの「りん」とかいふもののおかみさんだつた。僕のうちへ何かの拍子ひやうし円朝ゑんてう息子むすこ出入しゆつにふしたりしたのもかういふ親戚のあつた為めであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、大音寺前だいおんじまへねえさん、一葉女史いちえふぢよしが、すなはそでいて拍子ひやうしつた所以ゆゑんである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕は床柱とこばしらの前に坐り、僕の右には久米正雄、僕の左には菊池寛、——と云ふ順序に坐つてゐたのである。そのうちに僕は何かの拍子ひやうし餉台ちやぶだいの上の麦酒罎ビイルびんを眺めた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雪洞ぼんぼりえた拍子ひやうしに、晃乎きらり唯吉たゞきちとまつたのは、びんづらけてくさちた金簪きんかんざしで……しめやかなつゆなかに、くばかり、かすかほたるかげのこしたが、ぼう/\と吹亂ふきみだれる可厭いやかぜ
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さういふ処を何かの拍子ひやうしで歩いてゐると、「鍋焼なべやきだとか「火事」だとかいふ俳句の季題を思ひ出す。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
取留とりとめもなくわらつた拍子ひやうしに、くさんだ爪先下つまさきさがりの足許あしもとちからけたか、をんなかたに、こひ重荷おもにかゝつたはう片膝かたひざをはたとく、トはつとはなすと同時どうじに、をんな黒髪くろかみ頬摺ほゝずれにづるりとちて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕はバタのくわんをあけながら、軽井沢かるゐざはの夏を思ひ出した。その拍子ひやうしくびすぢがちくりとした。僕は驚いてふり返つた。すると軽井沢に沢山たくさんゐる馬蝿うまばへが一匹飛んで行つた。
鵠沼雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
が、その祝宴が開かれた時、鴉は白鳥と舞踏する拍子ひやうし折角せつかくの羽根を残らず落してしまつた。
翻訳小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ついでにもう一つ例を挙げると、ウエルスが始めて書いたとか云ふ第四の空間があつて、何かの拍子ひやうし其処そこへはひると、当人はちやんと生きてゐても、この世界の人間には姿が見えない。
近頃の幽霊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
同時に又若侍はいつかどこかへ見えなくなつてゐた。父は泥まみれになつたまま、僕のうちへ帰つて来た。何でも父の刀は鞘走さやばしつた拍子ひやうしにさかさまに溝の中に立つたと云ふことである。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕の覚えてゐる柳の木は一本も今では残つてゐない。けれどもこの木だけは何かの拍子ひやうしに火事にも焼かれずに立つてゐるのであらう。僕はほとんどこの木の幹に手をれて見たい誘惑を感じた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これは僕自身の話だが、何かの拍子ひやうしに以前出した短篇集を開いて見ると、何処どこか流行にとらはれてゐる。実を云ふと僕にしても、他人の廡下ぶかには立たぬ位な、一人前いちにんまへ自惚うぬぼれは持たぬではない。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おれのたけより高い芦が、その拍子ひやうしに何かしやべり立てた。水がつぶやく。が身ぶるひをする。あの蔦葛つたかづらおほはれた、枝蛙えだかはづの鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息といきらし合つたらしい。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は電車の動きはじめる拍子ひやうしに、鴛鴦の一足ひとあしよろめいたのを見ると、忽ち如何いかなる紳士しんしよりも慇懃いんぎんに鴛鴦へ席をゆづつた。同時に彼等の感謝するのを待たず、さつさと其処そこから遠ざかつてしまつた。
鷺と鴛鴦 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
同時に何か黒いものが一つ畠の隅へころげ落ちた。Kさんはそちらを見る拍子ひやうしに「又庭鳥にはとりがやられたな」と思つた。それは実際黒い羽根はねに青い光沢くわうたくを持つてゐるミノルカしゆの庭鳥にそつくりだつた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
女は「あなあさまし」と云ふ拍子ひやうしに大きいおならを一つした。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)