其儘そのまゝ)” の例文
かれくるしさにむねあたりむしり、病院服びやうゐんふくも、シヤツも、ぴり/\と引裂ひきさくのでつたが、やが其儘そのまゝ氣絶きぜつして寐臺ねだいうへたふれてしまつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
春枝夫人はるえふじんいた心配しんぱいして『あまりに御身おんみかろんじたまふな。』と明眸めいぼうつゆびての諫言いさめごとわたくしじつ殘念ざんねんであつたが其儘そのまゝおもとゞまつた。
私はかうさへ僻んだ。而して其儘そのまゝむつつり黙り込んで了つた。私の胸の血は、彼らに対する反抗で、嵐のやうに湧き立つてゐた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
とゞめの一刀を刺貫さしとほもろい奴だと重四郎は彼の荷物にもつ斷落きりおとしてうちより四五百兩の金子を奪ひ取つゝ其儘そのまゝ此所を悠然いう/\と立去りやが旅支度たびじたく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
若しお前の白状だけで外の証拠に疑わしい所が有れば情状酌量じょう/\しゃくりょうと云て罪を軽める事も有り又証拠不充分と云て其儘そのまゝ許す事も有る
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
御米およね特別とくべつ挨拶あいさつもしなかつた。小六ころく其儘そのまゝつて六でふ這入はいつたが、やがてえたとつて、火鉢ひばちかゝえてまたた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
亡母おつかさん其儘そのまゝらつしやるんですもの——此の洋琴オルガンはゼームスさんが亡母さんの為めに寄附なされたのですから、貴嬢が之をお弾きなされば
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
蒼白あをじろう、はひのやうに蒼白あをじろうなって、みどろになって、どこもどこもこごりついて。ると其儘そのまゝ、わしゃうしなうてしまひましたわいの。
書生は其儘そのまゝ引きさがる。杉村博士は主人の部屋にはいつて、坐りもせずに、右の手ではづした鼻目金をいぢりながら、そこいらを見廻してかう云つた。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
微温湯ぬるまゆだから其儘そのまゝゴツクリむと、からぱらへ五六十りやう金子かねもち這入はいつたのでげすからゴロ/\/\と込上こみあげてた。源
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
脚本のトガキだけを書き直して其儘そのまゝ絵入の草双紙にしたもの、又は狂言の筋書役者の芸評等によつて、自分は黙阿弥翁が脚本作家たる一面に於て
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
成程なるほど左様さう言はれて見れば、落魄らくはく画像ゑすがた其儘そのまゝの様子のうちにも、どうやら武士らしい威厳を具へて居るやうに思はるゝ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
女房にようぼいわく、御大層ごたいそうな事をお言ひでないうちのお米が井戸端ゐどばたへ持つて出られるかえ其儘そのまゝりのしづまつたのは、辛辣しんらつな後者のかちに帰したのだらう(十八日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
少し渓流のほとりでも歩いて見ようと、其儘そのまゝ焼跡をくるりと廻つて、柴の垣の続いて居る細い道を静かに村の方へと出た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
誰にでも突掛つゝかかりたがる興世王も、大親分然たる小次郎の太ッ腹なところはしやうに合つたと見えて、其儘そのまゝ遊んで居た。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
うかすると夜間にこの界隈へ大通おほどほりから一歩迷ひ込んだ旅客りよかくの一人や二人が其儘そのまゝ生死しやうじ不明になつて仕舞しまふ例もあると云ふ。しかし其れは昔のことに違ひない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかし是は或る老先生が田口も善いが其漢文には閉口すると云ひたりとか云ふ評判なれば其儘そのまゝ掲げたるのみ。余自身には御立派な御文章のやうに拝見仕候也つかまつりさふらふなり
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
これは面白おもしろい、彼奴きやつうつしてやらうと、自分じぶん其儘そのまゝ其處そここしおろして、志村しむら其人そのひと寫生しやせいりかゝつた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いまはと決心けつしんほぞかたまりけんツト立上たちあがりしがまた懷中ふところをさしれて一思案ひとしあんアヽこまつたと我知われしらず歎息たんそくことばくちびるをもれて其儘そのまゝはもとのとほ舌打したうちおとつゞけてきこえぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『いや、あがらんで其儘そのまゝい。りにくのだから、フアーマーが結構けつかうだ』と東皐氏とうくわうしはいふ。
もどしと餘震よしんとの混同こんどうたん言葉ことばうへあやまりとして、其儘そのまゝこれを片附かたづけるわけにはゆかぬ。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
化物的神佛ばけものてきしんぶつ實例じつれいは、印度いんど支那しな埃及方面えじぷとはうめんきはめておほい。釋迦しやかすでにおけである。卅二さう其儘そのまゝあらはしたらおそろしい化物ばけもの出來できるにちがひない。印度教いんどけうのシヴアも隨分ずゐぶんおそろしいかみである。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
廊下にもはめました。欄間らんまもそれにしました。一家の者が開閉あけたての重い不便さを訴へるので、父は仕方なしにそれを浜の道具蔵へしまはせてしまひました。けれど欄間だけは長く其儘そのまゝでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
が妙な行きがかりで其儘そのまゝあっさり読む気にはなれなかった。それで
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
私は当時の新聞に掲げられた話其儘そのまゝを読者にお伝えしよう。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
拔手ぬきても見ずつかとほれと突立れば哀むべし天一は其儘そのまゝ其處へ倒れ伏ぬ天忠は仕遂しすましたりと法衣を脱捨ぬぎすてすそをからげ萬毒ばんどくの木の根をほりて天一が死骸しがい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其儘そのまゝ持行きて目科に示すに彼れ右見左見とみこうみ打眺うちながめたるすえ「コレハ大変な手掛だ」と云い嚊煙草の空箱を取出す間も無く喜びの色を浮べたれば
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
使者は其儘そのまゝ引き取つた。續いて尾張家附成瀬隼人正正虎はやとのしやうまさとら、紀伊家附安藤帶刀たてはき直次並に瀧口豐後守が來て面會を求めた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ロミオ (前へ進みて)おゝ、りませう。言葉ことば其儘そのまゝ一言ひとこと戀人こひゞとぢゃとうてくだされ、すぐにも洗禮せんれいけませう。今日けふからは最早もうロミオでい。
もつとも丑松の目に触れたは、式の始まるといふ前、くはしく読む暇も無かつたから、其儘そのまゝ懐中ふところへ押込んで来たのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
御米およねこの存在ぞんざい言葉ことばいて其儘そのまゝうちかへつたが、こゝろなかでは、はたして道具屋だうぐやるかないかはなはうたがはしくおもつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしは、一たび、二たび、おこたまうしましたが、四邊あたりしんやみで、何處どこともわからず、其儘そのまゝながいおわかれになりました。
将門はそれでいが、良兼等は其儘そのまゝ指をくはへて終ふ訳には、これも阪東武者の腹の虫が承知しない。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
老人らうじんさきたつくので若者わかもの其儘そのまゝあとき、つひ老人らうじんうちつたのです、砂山すなやまえ、竹藪たけやぶあひだ薄暗うすぐらみちとほると士族屋敷しぞくやしきる、老人らうじん其屋敷そのやしきひとつはひりました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
中老漢ちゆうおやぢは岩の上に卸した背負籠をになつて、其儘そのまゝ歩き出さうとして居たが、自分に尋ねられて
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
つまり、はたひらにくいので其儘そのまゝ放棄はうきされてる、それだけ貝層かいそうふかいのである。
だまつてゐな、おら馬鹿ばかすきだ……其儘そのまゝかへつて綿服めんぷくけ、先方むかうくと寄附よりつきへとほすか、それとも広間ひろまとほすか知らんが、鍋島なべしま唐物からものなにいてるだらう、かこひへとほる、草履ざうりが出てやう
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
銀髪のロダン夫人が白茶しらちや色にダンテルをあしらつたゆたかな一種のロオブを着て玄関の石階いしばしを降りて来られた。何時いつか写真版で見た事のあるロダン翁の製作の夫人の像其儘そのまゝびんふくらませやうだと思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
いま何處どこうちつて、お内儀かみさんも御健勝おまめか、小兒ちツさいのも出來できてか、いまわたしをりふし小川町をがはまち勸工塲くわんこうば見物ゆきまする度々たび/\もとのおみせがそつくり其儘そのまゝおな烟草店たばこみせ能登のとやといふにつてまするを
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
紳士は其儘そのまゝかきいだきて、其の白きものほどこせる額を恍惚うつとりながめつ「どうぢや、浜子、嬉しいかナ」と言ふ顔、少女はこびたゝへしに見上げつゝ「御前ごぜん、奥様に御睨おにらまれ申すのがこはくてなりませんの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
この命題めいだいもとに見るにまかせ聞くにまかせ、かつは思ふにまかせて過現来くわげんらいを問はず、われぞかずかくの歌のごと其時々そのとき/″\筆次第ふでしだい郵便いうびんはがきをもつ申上候間まうしあげさふらふあひだねがはくは其儘そのまゝ紙面しめんの一ぐう御列おんならおき被下度候くだされたくさふらふ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
見合せ一せいさけんで肩先より乳の下まで一刀に切放せば茂助はウンとばかりに其儘そのまゝしゝたる處へ以前の曲者くせもの石塔せきたふかげよりあらはれ出るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
日出雄少年ひでをせうねんこのいぬめに、晩餐ばんさん美味おいしい「ビフステーキ」を、其儘そのまゝまどからげてやつてしまつた。
チッバルトは其儘そのまゝたん逃去にげさりましたが、やがてまたってかへすを、いま復讐ふくしうねん滿ちたるロミオがるよりも、電光でんくわうごとってかゝり、引分ひきわけまするひまさへもござらぬうちに
宇津木が刀を受け取るやうに、俯向加減うつむきかげんになつたので、百会ひやくゑ背後うしろたてに六寸程骨まで切れた。宇津木は其儘そのまゝ立つてゐる。大井は少しあわてながら、二の太刀たちで宇津木の腹を刺した。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
心持こゝろもちになつて、自分じぶん暫時しばらくぢつとしてたが、突然とつぜん、さうだ自分じぶんもチヨークでいてやう、さうだといふ一ねんたれたので、其儘そのまゝいそいでうちへり、ちゝゆるし
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
かく母屋の方に廻つて見たが、元より不知案内の身の、何う為る事も出来ぬので、むし足手纏あしてまとひに為らぬ方が得策と、其儘そのまゝ土蔵の前の明地あきちに引返して、只々たゞ/\その成行を傍観して居た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
いかに金尽かねづくでも、この人種の偏執へんしふには勝たれない。ある日の暮、籠に乗せられて、夕闇の空に紛れて病院を出た。籠は其儘そのまゝもとの下宿へかつぎ込まれて、院長は毎日のやうに来て診察する。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小六ころくにははじめからはなしてないことだから、其儘そのまゝにして、わざとらせずにいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
返す言葉の暇さえ惜しく、其儘そのまゝ帽子をいたゞきて彼れに従い珈琲館を走出はしりいでたり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)