“此所(こゝ)” の例文
「おや、此所(こゝ)に入(い)らつしやるの」と云つたが、「一寸(ちよいと)其所(そこい)らに私(わたくし)の櫛(くし)が落ちて居(ゐ)なくつて」と聞いた。櫛(くし)は長椅子(ソーフア)の足(あし)の所(ところ)にあつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
砧村(きぬたむら)の途中(とちう)で磨石斧(ませきふ)を拾(ひろ)ひ、それから小山(こやま)の上(あが)り口(くち)で、破片(はへん)を拾(ひろ)つたが、既(も)う此所(こゝ)までに五里(り)近(ちか)く歩(ある)いたので、余(よ)は少(すこ)しく參(まゐ)つて來(き)た。
頼(たの)までは叶ふまじといへば吉兵衞は夫(それ)は兎も角も船頭(せんどう)任(まかせ)なれば宜(よき)樣(やう)に計(はから)ひ給へとて其議に決し此所(こゝ)にて水差を頼(たの)み江戸廻(まは)りとぞ定めける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
どんなに厭(いや)な思ひをしても、工場の方で解雇しない限りはおとなしく此所(こゝ)へかじりついてゐるに越した事はないといふ心持になるのだつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
即(すなは)ち此所(こゝ)の市長(しちやう)並(ならび)に町會議員(ちやうくわいぎゐん)は皆(みな)生物知(ゝまものし)りの町人(ちやうにん)である、であるから醫師(いし)を見(み)ることは神官(しんくわん)の如(ごと)く、其(そ)の言(い)ふ所(ところ)を批評(ひゝやう)せずして信(しん)じてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
主人「本所達磨横町というのは何処(どこ)だえ、慥か此所(こゝ)らかと思うが、あの酒屋さんで聞いて見な左官の長兵衞さんというお方がございますかッて」
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此所(こゝ)を聞(き)けよ、二人(ふたり)の人(ひと)。……御身達(おみたち)が、言(い)ふ通(とほ)り、今(いま)新(あたら)しく遣直(やりなほ)せば、幾干(いくら)か勝(すぐ)れたものは出来(でき)やう、がな、其(それ)は唯(たゞ)前(まへ)のに較(くら)べて些(ち)と優(まさ)ると言(い)ふばかりぢや。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
『若(も)し誰(だれ)でも其(そ)の説明(せつめい)の出來(でき)たものに』と愛(あい)ちやんが云(い)ひました、(此所(こゝ)少時(しばらく)の間(あひだ)に大變(たいへん)大(おほ)きくなつたので、誰(た)れ憚(はゞか)る所(ところ)もなく大膽(だいたん)に喙(くち)を容(い)れて)、私(わたし)は十錢(せん)與(あ)げてよ。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
過(す)ぎし心(こゝろ)に恥(はづ)かしや、我(わ)れ迷(まよ)ひたりお姿(すがた)今(いま)一度(ど)見(み)まほしゝと延(の)び上(あ)がれば、モシと扣(ひか)へらるゝ袂(たもと)の先(さき)、誰(た)れぞオヽ松野(まつの)か何(なん)として此所(こゝ)へは否(い)や何時(いつ)の間(ま)にと詞(ことば)有哉無哉(うやむや)支離滅裂(しりめつれつ)
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人足軽子其他種〻(さま/″\)の入目を幾晩かかゝつて漸く調べあげた積り書、又一ツは彼所(あすこ)を何して此所(こゝ)を斯してと工夫に工夫した下絵図、腰屋根の地割だけなもあり、平地割だけなのもあり
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
或日(あるひ)近所(きんじよ)の川(かは)に漁(れふ)に出かけて彼處(かしこ)の淵(ふち)此所(こゝ)の瀬(せ)と網(あみ)を投(う)つて廻(ま)はるうち、ふと網に掛(かゝ)つたものがある、引(ひ)いて見たが容易(ようい)に上(あが)らないので川に入(はひ)つて探(さぐ)り試(こゝろ)みると一抱(ひとかゝへ)もありさうな石(いし)である。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
夫 それがさ、実家(さと)がいやんなつたら、此所(こゝ)へ帰つて来なけれやならんといふ法はあるまい。同じ家で顔をつき合はせてゐるんぢや。いくら規約を作つたつて、完全な世帯休業が出来ないよ。
世帯休業 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
出(いづ)ればまた曠野(ひろの)にて燒石(やけいし)昔し噴出せしまゝなり開墾せんにも二三尺までは灰の如き土にて何も作りがたしとぞ此所(こゝ)は輕井澤より沓掛(くつかけ)追分小田井の三宿の間なり四里程なれば忽ち小田井に着きて滊車を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
なつかしい母さへ此所(こゝ)に葬つたかと思ふと、急に勿体(もったい)なくなる。そこで手紙が来(き)た時丈は、しばらく此世界に彽徊して旧歓を温める。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此所(こゝ)ならば度々(たび/″\)來(き)たが、未(ま)だ大發掘(だいはつくつ)はせずに居(ゐ)るのだ。今日(けふ)掘(ほ)つても好(い)いかと問(と)ふと、大丈夫(だいじやうぶ)だ。原田文海(はらだぶんかい)が心得(こゝろえ)とると大呑込(おほのみこ)み。
なアに誰(だれ)があんな所へ行(ゆ)くもんか、まア君(きみ)一緒(いつしよ)に行(ゆ)き給(たま)へ、何処(どこ)ぞで昼飯(ひるめし)を附合給(つきあひたま)へ。乙「そんなら此所(こゝ)から遠くもないから御成道(おなりみち)の黒焼屋(くろやきや)の横町(よこちやう)さ。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
此所(こゝ)の造船所はお海軍さまの工場だからまだ/\職工は大事にして下さるが、どうせ職工になれや人間扱ひにやされねえだ。なあようく聞きな。好えかよ。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
しまい肩(がた)ばつた/\と何にもかも夕(ゆふ)べの夢の過たる惡事先第一は現在(げんざい)の弟を殺して此所(こゝ)に居る姪(めひ)のお文の身の代金(しろきん)を奪(うば)ひ取たる後腹(あとばら)は道十郎の傘(からかさ)で廣(ひろ)がる惡事を骨(ほね)さへ折ず中山殿を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『はい!』と叫(さけ)んだものゝ愛(あい)ちやんは、餘(あま)りに狼狽(あはて)たので自分(じぶん)が此所(こゝ)少時(しばらく)の間(あひだ)に、如何(いか)ばかり大(おほ)きくなつたかと云(い)ふことを全然(すつかり)忘(わす)れて、遽(には)かに跳(と)び上(あが)りさま、着物(きもの)の裾(すそ)で裁判官(さいばんくわん)の席(せき)を拂(はら)ひ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
是(こ)は何(なに)とせんと困(かう)じ果(は)てゝ、垣根(かきね)の際(ひま)よりさしのぞけば、今(いま)しも雲足(くもあし)きれて新(あら)たに照(て)らし出(いだ)す月(つき)の光(ひか)りに、目(め)と目(め)見合(みあは)して立(たつ)たる人(ひと)、何時(いつ)の間(ま)に此所(こゝ)へは來(き)て、今(いま)まで隱(かく)れてゞも居(ゐ)しものか
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
此(こ)の聖像(せいざう)は代診(だいしん)自(みづか)ら買(か)つて此所(こゝ)に懸(か)けたもので、毎日曜日(まいにちえうび)、彼(かれ)の命令(めいれい)で、誰(だれ)か患者(くわんじや)の一人(ひとり)が、立(た)つて、聲(こゑ)を上(あ)げて、祈祷文(きたうぶん)を讀(よ)む、其(そ)れから彼(かれ)は自身(じしん)で、各病室(かくびやうしつ)を、香爐(かうろ)を提(さ)げて振(ふ)りながら廻(まは)る。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
追立(おつたて)て見ませうかと云ふ我手を振りて是を願ひ下げ此(こゝ)にて晝餉を認(したゝ)めしが雨はいよ/\本降となりしゆゑ豫(かね)て梅花道人奉行となりて新調せしゴム引の合羽(かつぱ)を取り出(いだ)し支度だけ凛々敷(りゝしく)此所(こゝ)を出れば胸を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
此(この)矮小(わいせう)な若僧(じやくそう)は、まだ出家(しゆつけ)をしない前(まへ)、たゞの俗人(ぞくじん)として此所(こゝ)へ修業(しゆげふ)に來(き)た時(とき)、七日(なのか)の間(あひだ)結跏(けつか)したぎり少(すこ)しも動(うご)かなかつたのである。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
抑(そもそ)も此所(こゝ)千鳥窪(ちどりくぼ)が、遺跡(ゐせき)として認(みと)められたのは、隨分(ずゐぶん)古(ふる)い事(こと)で、明治(めいぢ)二十一年(ねん)の九月(ぐわつ)には、阿部正功(あべせいこう)若林勝邦(わかばやしかつくに)の二氏(し)が既(すで)に發掘(はつくつ)をして居(ゐ)る。
作「仕様がねえだ、己(おら)アこんなむかっ腹を立てる気象だが、詰らねえ事で人に難癖え附けられたから、此所(こゝ)ばかり日は照らねえと思って出て来たのさ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「私も以前は此所(こゝ)の造船場に弁当さげて通つたもんですわい。」と客は自分の現在を語りたげに云つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
助十と聞ば知れるに違(ちが)ひなしと其夜は河岸に石(いし)材木(ざいもく)積置(つみおき)し處へ行(ゆき)寄凭(よりかゝ)りて少し睡(まどろ)まんとするに知らぬ江戸と云(いひ)此所(こゝ)は如何なる處やらん若(もし)咎(とが)められなば何と答んと心を苦しめ夜の明るを待事(まつこと)千秋(しう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
踊(おど)りに妙(みやう)を得(ゑ)し雪(ゆき)といふ美形(びけい)、唯今(たゞいま)のお座敷(ざしき)にてお米(こめ)のなります木(き)はと至極(しごく)あどけなき事(こと)は申(まをす)とも、もとは此所(こゝ)の卷帶黨(まきおびづれ)にて花(はな)がるたの内職(ないしよく)せしものなり、評判(ひやうばん)は其頃(そのころ)に高(たか)く去(さ)るもの日々(ひゞ)に踈(うと)ければ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おれは船つきのいゝ此所(こゝ)へ来てさへ、一ヶ月立たないうちにもう帰りたくなつた。延岡と云へば山の中も山の中も大変な山の中だ。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かゝる大發掘(だいはつくつ)を試(こゝろ)みてから、非常(ひじやう)に此所(こゝ)は有名(いうめい)に成(な)つたが、今(いま)は兒島惟謙翁(こじまゐけんおう)の邸内(ていない)に編入(へんにふ)せられて、迚(とて)も普通(ふつう)では發掘(はつくつ)する事(こと)が出來(でき)ずに居(ゐ)た。
どうも仕方がないから此の通り秋は樵(きこり)をして、冬になれば猟人(かりゅうど)をして漸々(よう/\)に暮している、実に尾羽打枯らした此の姿で、此所(こゝ)で逢おうとは思わなんだのう
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
で折角今日、此所(こゝ)まで出向いて来た彼女に無駄足踏ませるのも心ないことと思つたので、私は彼女を誘つて、すぐお隣りの地方裁判所の民事部九号法廷に同伴した。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
此所(こゝ)は夏の初めになると苜蓿(うまこやし)が一面に生える。与次郎が入学願書を持つて事務へ来(き)た時に、此桜の下(した)に二人(ふたり)の学生が寐転(ねころ)んでゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此所(こゝ)で余(よ)に餘裕(よゆう)が有(あ)ると、之(これ)を開(ひら)くのを拒(こば)んで、一狂言(ひときやうげん)するのであるが、そんな氣(き)は却々(なか/\)出(で)ぬ。ぶる/\顫(ふる)へさうで、厭(いや)アな氣持(きもち)がして來(き)た。
隅「御免なさいまし、御免なさいまし、一寸此所(こゝ)を明けて下さいまし、あの、先生は此方(こちら)にいらっしゃいますか」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つけられて、何ちふ義理知らずものもあつたものでせう、それ、此所(こゝ)にゐる。此の厄介者が……。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
所(ところ)が杉原(すぎはら)の方(はう)では、妙(めう)な引掛(ひつかゝ)りから、宗助(そうすけ)の此所(こゝ)に燻(くす)ぶつてゐる事(こと)を聞(き)き出(だ)して、強(し)いて面會(めんくわい)を希望(きばう)するので、宗助(そうすけ)も已(やむ)を得(え)ず我(が)を折(を)つた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
大森(おほもり)の貝塚(かひづか)は、人類學研究者(じんるゐがくけんきうしや)の眼(め)から、最(もつと)も神聖(しんせい)なる地(ち)として尊敬(そんけい)せられて居(ゐ)る。此所(こゝ)が本邦(ほんぽう)最初(さいしよ)に發見(はつけん)せられた石器時代(せききじだい)の遺跡(ゐせき)であるからだ。
ぱらり持っていた刃物を落し、是はと取ろうとする所を襟上(えりがみ)を取って膝の下へ引摺寄せる、山之助は此所(こゝ)ぞと切込みましたが、此方(こちら)は何分手ぶらで居った所
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それ、ウオツカと乾葡萄(ほしぶだう)だぜ、露助め素的(すてき)な物をくれよつた。あの爺さんに分けるんだが、どうせ瓶(びん)ごと此所(こゝ)に置くから勝手に飲むが好いや。そら一寸やつて見ねえ。」
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
三四郎は論理を此所(こゝ)迄延長して見て、少し広田さんにかぶれたなと思つた。実際の所は、これ程痛切に不足を感じてゐなかつたからである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
其後(そののち)又(また)一回(くわい)、此所(こゝ)を掘(ほ)つたが、格別(かくべつ)の物(もの)は出(で)なかつた。發掘(はつくつ)はそれ切(き)りであるが、表面採集(ひやうめんさいしふ)にはそれからも度々(たび/″\)行(ゆ)つた。
玄「おゝ、弟の三次郎、成程然(そ)う云えば、何所(どこ)か見覚えのある顔だ、それが何うして此所(こゝ)へ出て来た」
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
宗助(そうすけ)は安井(やすゐ)を此所(こゝ)に二三度(ど)訪(たづ)ねた縁故(えんこ)で、彼(かれ)の所謂(いはゆる)不味(まづ)い菜(さい)を拵(こし)らえる主(ぬし)を知(し)つてゐた。細君(さいくん)の方(はう)でも宗助(そうすけ)の顏(かほ)を覺(おぼ)えてゐた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
看(み)よ、他(ほか)に人一個(ひとひとり)居(を)らぬ畑中(はたなか)。其所(そこ)にわびしき天幕(てんと)を張(は)りて、降(ふ)るや降(ふ)らずの中(なか)に居(ゐ)る。それで叔母達(をばたち)は去(さ)るとも、叔父(をぢ)と共(とも)に此所(こゝ)に留(とゞま)るといふ。
往(いつ)て参(まゐ)りました。主「大(おほ)きに御苦労(ごくらう)だつた、早く牡丹餅(ぼたもち)を食べな。小「へえ、有難(ありがた)う存(ぞん)じます、アヽ此所(こゝ)なら誰(だれ)も知りやアしない桶(をけ)で蓋(ふた)をしてあるから気(き)が附(つ)かない。 ...
日本の小僧 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
代助の心の底を能く見詰めてゐると、彼(かれ)の本当に知りたい点は、却つて此所(こゝ)に在ると、自から承認しなければならなくなる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
主墳(しゆふん)では有(あ)るまいが、人氣(にんき)の緩(ゆる)んで居(ゐ)る折柄(をりがら)とて、學者(がくしや)も、記者(きしや)も、高等野次馬(かうとうやじうま)も、警官(けいくわん)も、悉(こと/″\)く此所(こゝ)へ集(あつ)まつて、作業(さくげふ)の邪魔(じやま)となる事(こと)夥多(おびたゞ)しい。
是(これ)は此(こ)の時のお掛(かゝ)りの方々(かた/″\)のお詰所(つめしよ)と見えまして、此所(こゝ)で御拝(ぎよはい)があるといふことを承(うけた)まはりました。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
話(はなし)は此所(こゝ)迄来ても、たゞ抽象的に進んだ丈であつた。代助は言葉の上(うへ)でこそ、要領を得たが、平岡の本体を見届ける事は些(ちつ)とも出来(でき)なかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)