襦袢じゆばん)” の例文
船頭は竿さをを弓のやうに張つて、長い船縁ふなべりを往つたり来たりした。竿さをを当てる襦袢じゆばん処々ところどころ破れて居た。一竿ひとさを毎に船は段々とくだつて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
膝から兎もすれば襦袢じゆばんがハミ出しますが、酣醉かんすゐが水をブツかけられたやうにめて、後から/\引つきりなしに身顫ひが襲ひます。
おつぎは浴衣ゆかたをとつて襦袢じゆばんひとつにつて、ざるみづつていた糯米もちごめかまどはじめた。勘次かんじはだかうすきねあらうて檐端のきばゑた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
赤い襦袢じゆばんの上に紫繻子むらさきじゆすの幅広いえりをつけた座敷着ざしきぎの遊女が、かぶ手拭てぬぐひに顔をかくして、まへかゞまりに花道はなみちから駈出かけだしたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
『あゝ。』と細君は襦袢じゆばんの袖口でまぶちを押拭ふやうに見えた。『父さんのことを考へると、働く気もなにも失くなつて了ふ——』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
連れて来られた時は木綿縞のあはせだつた。八月の炎天の下をそれでは歩けないだらう。考へて襦袢じゆばん一枚になつた。履きものには三銭の藁草履を買つた。
反逆の呂律 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
襦袢じゆばんや何かを縫つたり又は引釈ひきときものなどをして単調な重苦しい時間を消すのであつたが、然うしてゐると牢獄のやうなをりのなかにゐる遣瀬やるせなさを忘れて
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
落葉おちば樣子やうすをして、はうきつて技折戸しをりどから。一寸ちよつと言添いひそへることがある、せつ千助せんすけやはらかな下帶したおびなどを心掛こゝろがけ、淺葱あさぎ襦袢じゆばんをたしなんで薄化粧うすげしやうなどをする。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼女の貧しい村の郷里で、孤独に暮してゐる娘のもとへ、秋のあわせ襦袢じゆばんやを、小包で送つたといふ通知である。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
御米およねは十時過じすぎかへつてた。何時いつもより光澤つやほゝらして、ぬくもりのまだけないえりすこけるやう襦袢じゆばんかさねてゐた。なが襟首えりくびえた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ああ可愛さうな事をと声たてても泣きたきを、さしも両親ふたおやの機嫌よげなるに言ひいでかねて、けむりにまぎらす烟草たばこ二三服、空咳からせきこんこんとして涙を襦袢じゆばんそでにかくしぬ。
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それからう、ソコでおまへさんは施主せしゆことだからはかまでもけるかい。金「ナニ夜分よることでげすから襦袢じゆばんをひつくり返して穿きます。「デモ編笠あみがさかぶらなければなるまい。 ...
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「僕は仕立屋に三年も弟子奉公したんですよお爺さん、襦袢じゆばんでも洋服でも作つて見せませうか。」
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
葡萄茶えびちや細格子ほそごうし縞御召しまおめし勝色裏かついろうらあはせを着て、羽織は小紋縮緬こもんちりめん一紋ひとつもん阿蘭陀オランダ模様の七糸しつちん袱紗帯ふくさおび金鎖子きんぐさりほそきを引入れて、なまめかしき友禅染の襦袢じゆばんそでして口元をぬぐひつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さきに立せて栗橋宿じゆくの名主だい右衞門方へいた無常院むじやうゐんなる隱亡をんばうの彌十を呼び出せしに彌十は庭のむしろうへ襦袢じゆばん一枚にてひかへ居たりしを役人共コリヤ彌十なんぢは是なる林藏へ脇差わきざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、ひどい厭味いやみつたときは、與力よりきどもが冷汗ひやあせ仕立したておろしの襦袢じゆばんどうらした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それも藤岡の祖父にあたる人は川ばたにうづくまれる乞食こじきを見、さぞ寒からうと思ひし余り、自分も襦袢じゆばん一枚になりて厳冬の縁側に坐り込みし為、とうとう風を引いて死にたりと言へば
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
風呂に入りますと、浴槽ゆぶねの湯が温泉でも下に湧き出して居るやうに、地車だんじりの響で波立ちます。大鳥さんの日の着物は、大抵紺地か黒地の透綾上布すきやじやうふです。襦袢じゆばんの袖は桃色の練絹ねりぎぬです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
日本にほん娼婦は浴衣ゆかたに細帯、又は半襦袢じゆばん一枚の下に馬来マレイ人のする印度更紗インドさらさの赤い腰巻サロンをして、同じ卓につて花牌はなふだもてあそんで居る者、編物をして居る者、大阪版の一休諸国物語を読んで居る者
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
仕事場に出る時の身支度を見ても、いかめしさと云ったらない。晒布さらし襦袢じゆばんだけは毎日洗ったものを着せてくれとお珠へ云ったのでも分る。——出る朝をいつも死ぬ日と心に決めているらしい。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが寢室に入りしとき、隣室なるジエンナロは上衣を脱ぎ襦袢じゆばん一つとなりて進み來り、いとさかしげに笑ひつゝ、たなぞこを我肩上に置きて、晝見つる美人の爲めに思を勞することなかれといふ。われ。
言ひつゝ彼女かれ襦袢じゆばんの袖もてと眼をぬぐひつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あかき襦袢じゆばん着かへし、少女の肌の如く
かの日の歌【五】 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
三日にわたつて、家中に張り渡した綱に、紅紫絢爛けんらんたる振袖、小袖、帶やら襦袢じゆばんやらが、取換へ引換へ掛けられるのです。
細君は襦袢じゆばんの袖口でまぶちを押拭ひ乍ら、勝手元の方へ行つて食物くひもの準備したくを始める。音作の弟は酒を買つて帰つて来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
襦袢じゆばんをも脱棄てた二人の船頭は、毛の深い胸のあたりから、ダクダク汗を出しながら、竿さをを弓のやうに張つて、頭より尻を高くして船縁ふなべりを伝つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
着物きものは、ちやつた、おなじやうながらなのをて、阿母おふくろのおかはりにつた、老人としよりじみた信玄袋しんげんぶくろげた、朱鷺色ときいろ襦袢じゆばん蹴出けだしの、内端うちわながら、なまめかしい。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あゝ可愛かあひさうなことをとこゑたてゝもきたきを、さしも兩親ふたおや機嫌きげんよげなるにいでかねて、けむりにまぎらす烟草たばこ二三ぷく空咳からせきこん/\としてなみだ襦袢じゆばんそでにかくしぬ。
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
待つやうにして再び「ぼくア役者だよ。かはつたらう。」とひながら友禅縮緬いうぜんちりめん襦袢じゆばんそでを引き出して
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おつぎはもう十九のあきであつた。おつぎは浴衣地ゆかたぢておしなはかつたのである。かみひるうち近所きんじよ娘同士むすめどうし汗染あせじみた襦袢じゆばんひとつの姿すがたたがひうたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
赤つぽい髪の毛や、垢ずんだ首の皺や襦袢じゆばんの襟が近づき——しかし、その時、彼は何か発見したやうな眼つきになり、ぢつと彼女の身体つきをしらべ、眺め廻したのである。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
おのれが手に塗付ぬりつけ笈笠おひがさへ手の跡を幾許いくつとなくなすり付又餞別にもらひし襦袢じゆばん風呂敷ふろしきへも血を塗てたる衣服いふくの所々を切裂きりさきこれへも血を夥多したゝか塗付ぬりつけたれが見ても盜賊たうぞくに切殺れたるていこしらへ扨犬の死骸しがいおもり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼は襦袢じゆばんそではしまぶたりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
長い襦袢じゆばんに戯れる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
え、釣瓶つるべが一つハネ上がつて居るから不思議に思つて井戸を覗くと、水肌に赤い襦袢じゆばんが見えるぢやありませんか。
それにヂリヂリと上から照り附けられるとまの中も暑かつた。盲目めくらの婆さんは、襦袢じゆばん一つになつて、ぬらしてしぼつて貰つた手拭を、しわの深い胸の処に当てゝ居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
此處こヽ一つに美人びじん價値ねうちさだまるといふ天然てんねん衣襟えもんつき、襦袢じゆばんえりむらさきなるとき顏色いろことさらしろくみえ、わざ質素じみなるくろちりめんに赤糸あかいとのこぼれうめなどひん一層いつそう二層にそうもよし
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勘次かんじあついのでこん襦袢じゆばんこしのあたりへだらりとこかして、こげたやうな肌膚はだをさらけしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
雖然けれども襦袢じゆばんばかりに羽織はおりけてたびをすべき所説いはれはない。……駈落かけおちおもふ、が、頭巾づきんかぶらぬ。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『尤も——』と奥様は襦袢じゆばんの袖口でまぶたを押拭ひ乍ら言つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
はじめ村中も倶々とも/″\すゝめて止ざりけりさても寶澤は願ひの如き身となりたび用意よういもそこ/\にいとなみければ村中より餞別せんべつとして百文二百文分におうじておくられしにちりつもりて山のたとへ集りし金は都合八兩貳とぞ成にける其外には濱村はまむらざしの風呂敷ふろしき或は柳庫裏やなぎごり笈笠おひがさくもしぼり襦袢じゆばんなど思々の餞別せんべつに支度は十分なれば寶澤は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「さう言ひますね。煮〆にしめたやうな汚ない襦袢じゆばんに、腐つたやうなふんどしぢや、華魁おいらん買の恰好はつきませんからね」
白木綿しろもめん布子ぬのこえり黄色きいろにヤケたのに、單衣ひとへらしい、おなしろ襦袢じゆばんかさね、石持こくもちで、やうかんいろ黒木綿くろもめん羽織はおり幅廣はゞびろに、ぶわりとはおつて、むね頭陀袋づだぶくろけた、はなたかい、あかがほ
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白粉をしろいかんざし桜香さくらかの油、縁類広ければとりどりに香水、石鹸しやぼんの気取りたるも買ふめり、おぬひは桂次が未来の妻にと贈りものの中へ薄藤色の襦袢じゆばんゑりに白ぬきの牡丹花ぼたんくわかたあるをやりけるに
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
十八娘の美しさが、恐怖きようふと激情に薫蒸くんじようして、店中に匂ふやうな艶めかしさ。鹿の子絞り帶も、緋縮緬ひちりめん襦袢じゆばんも亂れて、中年男のセピア色の腕にムズと抱へられます。
片手かたてきものなかれて、れでも肌薄はだうすな、襦袢じゆばんえりのきちんとして、あかほそいのも、あはれにさむさうにえたのが、なんおもつたか、左手ゆんでへて、むすいて、たけかはから燒團子やきだんご、まだ
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ありしは何時いつの七せき、なにとちかひて比翼ひよくとり片羽かたはをうらみ、無常むじようかぜ連理れんりゑだいきどほりつ、此處こヽ閑窓かんさうのうち机上きじやう香爐かうろえぬけふりのぬしはとへば、こたへはぽろり襦袢じゆばんそでつゆきて
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
襦袢じゆばん二枚と、薄綿入を着て居る人間を、後ろからたつた一と突きで殺せる女があるだらうか」
くもあめもものかは。辻々つじ/\まつり太鼓たいこ、わつしよい/\の諸勢もろぎほひ山車だし宛然さながら藥玉くすだままとひる。棧敷さじき欄干らんかんつらなるや、さきかゝ凌霄のうぜんくれなゐは、瀧夜叉姫たきやしやひめ襦袢じゆばんあざむき、紫陽花あぢさゐ淺葱あさぎ光圀みつくにえりまがふ。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたしはこれから内職ないしよくなりなんなりして亥之助いのすけ片腕かたうでにもなられるやうこゝろがけますほどに、一生いつしやう一人ひとりいてくださりませとわつとこゑたてるをかみしめる襦袢じゆばんそで墨繪すみゑたけ紫竹しちくいろにやいづるとあはれなり。
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)