ふところ)” の例文
新字:
ふところから手紙を出したりしてゐるだらう、雪駄直しの片手間に、使ひ屋にも頼めねえふみを預かつて居るんだね、細くねえ商法ぢやないか
其頃そのころ東京とうきやういへたゝむとき、ふところにしてかねは、ほとんど使つかたしてゐた。かれ福岡ふくをか生活せいくわつ前後ぜんごねんつうじて、中々なか/\苦鬪くとうであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
中でも若い方の一人はふところから小さな桃色の書箋紙に書いた手紙を取出して、二人は互の顏を觸れるほど寄せ合つて熱心に讀みはじめた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
片側なるたゞ一の魂を我等に示していひけるは、彼はターミーチにいまなほあがめをうくる心臟こゝろを神のふところに割きしものなり 一一八—一二〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
此處こゝ筒袖つゝそで片手かたてゆつたりとふところに、左手ゆんで山牛蒡やまごばうひつさげて、頬被ほゝかぶりしたる六十ばかりの親仁おやぢ、ぶらりと來懸きかゝるにみちふことよろしくあり。
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
勘次かんじ例令たとひ品物しなものつたところで、自分じぶん現在いまちからでは到底たうていそれはもとめられなかつたかもれぬと今更いまさらのやうに喫驚びつくりしてふところれてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
仕方なく圭一郎はふところから取出して彼女に渡した。彼女は卷紙持つ手をぶる/\顫はし乍ら、息を引くやうにして眼を走らせた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
でも若し喰べ物が無くなると困ると思つたから、牛の鑵詰と福神漬の鑵詰の口の明けたのをふところぢ込んで出たの。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
山氣と嵐氣と暮氣とは刻々にふところに迫つて、幽奧の境、蒼茫の態、一聲とりだに啼かず、千古水いたづらに落つる景、丁度人去つて霧卷くこの時に會つて
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ところ其處そこると、をとこすぎしばられてゐる、——をんなはそれを一目ひとめるなり、何時いつふところからしてゐたか、きらりと小刀さすがきました。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
頭髮あたまの中を這つて、額や頬邊ほつぺたを傳ふ酒の雫は、襟頸やふところに流れ込んだ。怒るだらうと思つた三田が默つて坐つてゐるので、蟒は張合がぬけてしまつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
誰の手にも誰れのふところにも行かなかつた。そして母親のふところに抱かれないならば、一でも泣きあかさうとした。そして、決して眠るまいと決心してゐるやうであつた。
(旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
半四郎は振拂ひゆかんとすれば雲助共は追取卷おつとりまきどつこいにがして成ものか此小童このこわつぱめどうするか見ろいのちをしくば酒代さかてを置て行とふところへ手を入れければもう勘忍かんにんはならずと半四郎は其腕を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
女子をなご太息といきむねくもして、つきもるまどひきたつれば、おとざめて泣出なきいづる稚兒をさなごを、あはれ可愛かはゆしいかなるゆめつるちゝまゐらせんとふところあくればみてさぐるもにくからず
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
疾風の如く棺に取り縋つたお夏が、蹴られて摚と倒れた時、ふところの赤兒が『ギャッ』と許り烈しい悲鳴を上げた。そして其悲鳴が唯一聲であつた。自分は飛び上る程吃驚びつくりした。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「こちらの腕には、手も爪もありはしない。」と彼はふところから不具になつた方の手を出して私に見せ乍ら云つた。「たゞの切株で——恐ろしい恰好! さうぢやない、ジエィン?」
落しなさるには及ばないぢやありませんか、それは嘘ですよ、笑談ぜうだんですよ、御覽なさい、赤んぼはあなたのふところの中で笑つてるぢやありませんか! あなた、今日は四月一日ですよ!
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
時は夏五月、日盛りは過ぎたが、葭簾よしずの蔭で、地はそんなに焼けてもいなかったのに打水うちみずが充分にみて、お山から吹き下ろす神風がふところに入る時は春先とも思うほどの心地ここちがします。
千代松は火鉢にかざしてゐた兩手をふところに收めて、首を傾けつゝ、かたはら俎板まないたの上に澤庵漬けの黄色い大根だいこが半分だけ切り殘されて、庖丁とともに置きツ放しにしてあるのを見詰めてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ところが、なんでも久米正雄夫人くめまさをふじん自身じしん懷姙中くわいにんちう運勢うんせい素晴すばらしかつたことはいまでも鎌倉猛者連かまくらもされんかたぐさになつてゐるくらゐださうだが、ふところはいつてふとるといふ八卦はつけでもあらうか? 少少せうせううがちぎてゐて
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
言ひつゝふところより取り出す一封の書
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
さうときにはかれきふおもしたやうまちる。其上そのうへふところ多少たせう餘裕よゆうでもあると、これひと豪遊がういうでもして見樣みやうかとかんがへることもある。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ふところから白磨きの十手、たもとからはくり出す捕繩ほじやう。七つ道具をふりかざした八五郎は、孫悟空そんごくうのやうにをめき叫んで飛かゝるのです。
さちなきものよ、岸をめぐりて海のほとりの地をたづね、後汝のふところを見よ、汝のうちに一なりとも平和を樂しむ處ありや 八五—八七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しか一人ひとりでもふところのいゝのがにつけば自分じぶんあとてられたやうなひどせつないやうなめう心持こゝろもちになつて、そこに嫉妬しつとねんおこるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あたし何だか氣味が惡くなつて來て、「だつて、これは姐さんのでせう。」つて、ふところから紙入を出して見せたの。すると姐さんはなほと恐い顏になつてよ。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
七日前なぬかぜん東京驛とうきやうえきから箱根越はこねごし東海道とうかいだう。——わかつた/\——逗留とうりうした大阪おほさかを、今日けふ午頃ひるごろつて、あゝ、祖母おばあさんのふところ昔話むかしばなしいた、くりがものふ、たんばのくに
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小娘こむすめは、おそらくはこれから奉公先ほうこうさきおもむかうとしてゐる小娘こむすめは、そのふところざうしてゐた幾顆いくくわ蜜柑みかんまどからげて、わざわざ踏切ふみきりまで見送みおくりにをとうとたちのらうむくいたのである。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ふみふところにして令孃ひめ部屋へやときは、すゑ姉君あねぎみ此處こヽにありて、お細工物さいくもの最中もなかなるに、いませてはるかるべしと、情實わけもとよりはずなけれど、吾助ごすけともはであそけるが
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『おでやす。えらい遲うおますなア。』と、奧からも女が出て來て、二人を導いた。思ひの外にふところの深い家で、長い廊下を過ぎて通されたのは、三味線ののする直ぐ隣りの八疊であつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
さて、そこに十分間の休憇があつた——その間、この時にはもうすつかり氣を落ちつけてゐた私は、ブロクルハースト氏の婦人たちが各自ふところ手巾はんけちをとり出して、それを眼に當てるのを見た。
ふところに住馴し京都の我が家を立出て心細くも東路あづまぢへ志ざしてぞ下りけり元よりなれぬ旅と云殊に男の懷ろに當歳の子を抱きての驛路うまやぢなれば其つらさは云も更なり漸々にして大津の宿を辿たどすぎ打出うちでの濱を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
驚いて向直つた三田のふところに、全身倒れかゝる勢ひで飛込んでしまつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
打越は當てが外れた、が、そんな事もあらうかと用意した打越は、毒酒を呑むと見せて、ふところに忍ばせた手拭に吸はせてしまつた
かくして尊き魂は、かの女のふところを離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他のひつぎを求めざりき 一一五—一一七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
村落むらあんさ、何處どこつちつたつて場所ばしよはねえんですから、なあにひとりでせえありやけえつてふところはえゝんでがすから」
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
御米およね善良ぜんりやうをつと調戯からかつたのを、多少たせうまないやうかんじた。宗助そうすけその翌日あくるひすぐもらつていた紹介状せうかいじやうふところにして、新橋しんばしから汽車きしやつたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
伯母はふところから私の書いた一さつを出してそれをお時のに重ねました。そしてそれを又懷に入れながら
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
いかでむとてもやらず、うつくしきふところより、かしこくも見參みまゐらすれば、うへ女夫めをとびな微笑ほゝゑたまへる。それもゆめか、胡蝶こてふつばさかいにして、もゝ花菜はなな乘合のりあひぶね
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
となりつま入來いりくるをるに、ふところにはまちいだきたり、らうむなさわぎのして、美尾みを何處どこまいりました、此日暮このひくれに燈火あかりをつけぱなしで、買物かひものにでもきましたかとへば、となりつままゆせて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼のふところに眠る、娘のやうに大事な牝羊を持つた人が、誤つてそれを屠殺場とさつぢやうで殺したとしても、その人は、私が今自分のしたことを悔い歎く程には、その血なまぐさい失錯しつさくを悔いはしないだらう。
めし其方そのはう妻女さいぢよちかき頃安産あんざんいたせしと聞及ぶしかるに間もなく其兒そのこ相果あひはてしよし其方は男子なんしの事なれば左程さほどにも思ふまじけれども妻女さいぢよは定めてふところさびしくも思ふべしさいはひこの度出生しゆつしやうせし徳太郎はが爲には四十二の二ツ子なりよつ我手元わがてもとにて養育やういく致し難し不便ふびんには思へども捨子すてごにいたさんと思ふなりそのはう取上とりあげ妻女の乳を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お互にけの功名をする氣にならずに、多勢で手を分けて探して見るが宜い。五十も百もある千兩箱を、ふところへもたもとへも隱せるわけはないから
すみわたれる望月もちづきの空に、トリヴィアが、天のふところをすべて彩色いろど永遠とこしへのニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五—二七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
……じつは、一寸ちよつとりて蕎麥そばにしたいところだが、かけ一枚いちなんぞは刹那主義せつなしゆぎだ、泡沫夢幻はうまつむげん、つるりとえる。俥代くるまだい差引さしひくとそのいづれかをえらばねばならないふところだから、其處そこ餡氣あんけで。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あまりの無分別むふんべつひとふところでもねらうやうにならば、はぢが一だいにとゞまらず、おもしといふとも身代しんだいは二のつぎ親兄弟おやけうだいはぢするな、貴樣きさまにいふとも甲斐かひけれど尋常なみ/\ならば山村やまむら若旦那わかだんなとて
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わが語りゐたる間、かの火の生くるふところのうちにとあるひらめき、俄にかつ屡〻ふるひ、そのさま電光いなづまの如くなりき 七九—八一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ガラツ八は自分のふところ見たいな顏をして、鷹揚おうやうに勘定をすると、若干なにがしか心付けを置いて、さて妻楊枝つまやうじを取上げました。
材木町ざいもくちやう陶器屋たうきやつま嬰兒あかごふところに、六歳ろくさいになる女兒をんなのこいて、すさまじ群集ぐんしふのなかをのがれたが、大川端おほかはばたて、うれしやとほつ呼吸いきをついて、こゝろづくと、ひとごみに揉立もみたてられたために
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
えて一トつき雲黒くもくらつきくらきゆふべ、らう居殘いのこりの調しらものありて、いゑかへりしはくれの八いつもうすくらき洋燈らんぷのもとに風車かざぐるま犬張子いぬはりことりちらして、まだ母親はゝおや似合にあは美尾みをふところおしくつろげ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)