むかし)” の例文
ねんじゅうがそうであり、百ねんあいだが、そうであったにちがいない。そしてこの山々やまやまは、むかしも、いまも、永久えいきゅうにだまっているのでした。
考えこじき (新字新仮名) / 小川未明(著)
うちよりけておもていだすは見違みちがへねどもむかしのこらぬ芳之助よしのすけはゝ姿すがたなりひとならでたぬひとおもひもらずたゝずむかげにおどろかされてもの
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
また貝殼かひがら一方いつぽうしかないといふことは、自然しぜんにたまつたものでなく、むかしひとつてからをすてたものであるといふほかはないのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
私がこの日頃そこに近寄るのを努めてけるようにしていた、私のむかしの女友達の別荘べっそうの前を通らなければならないことを認めたのだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あめのつれ/″\に、ほとけをしへてのたまはく、むかしそれくに一婦いつぷありてぢよめり。をんなあたか弱竹なよたけごとくにして、うまれしむすめたまごとし。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これはむろん恋情れんじょうからではありません。ただむかしの愛情の思い出と、あなたに、お聞きしたかったことが、聞けなかった心残りからです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこのごろあったむかしばなしのようなのです。この地方にこのごろりられました天童子てんどうじだというのです。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さだめてあの張作霖ちやうさくりんがそんなふう相好さうかうくづしてのけぞりかへつただらうとおもふと、そのむかし馬賊ばぞく荒武者あらむしやだつたといふひとのよさも想像さうざうされて
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
あれより外に自慢するものは何もない。所が其富士山は天然てんねん自然しぜんむかしからあつたものなんだから仕方がない。我々われ/\こしらへたものぢやない
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「ふん。むかしいまもあるもんじゃねえ。隣近所となりきんじょのこたァ、女房にょうぼうがするにきまッてらァな。って、こっぴどくやっけてねえッてことよ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ふるい/\むかしは、この一帶いつたい暖帶林だんたいりん上部じようぶから温帶林おんたいりん下部かぶぞくする樹木じゆもく、すなはち常緑じようりよく濶葉樹かつようじゆ落葉樹らくようじゆでおほはれてゐたのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
大地震だいぢしんのときは大地だいちけてはつぼみ、ひらいてはぢるものだとは、むかしからかたつたへられてもつと恐怖きようふされてゐるひとつの假想現象かそうげんしようである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ただ其折そのおり弟橘姫様おとたちばなひめさま御自身ごじしんくちづからもらされたとおむかしおもばなし——これはせめてその一端いったんなりとここでおつたえしてきたいとぞんじます。
召返し寶田村名主役仰付られければこゝに於て傳吉は寶田村たからだむらの名主になりむかしに歸る古卿のにしき家を求て造作なし夫婦の中もむつましく樂き光陰を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
数寄屋河岸すきやがし真顔まがほが、「イヤこれ大方おほかた二十一にちであらう、「むかし」とハ、廿一にちと書くから、まア廿一にちつて見なさい。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのこえいてはちかつぎが、ふとそちらをますと、それはるかげもなくやつれてはいるものの、まぎれもないむかしのおとうさんでした。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
しかしながらむかし歌人かじんは、あきかなしいものだとかんじることの出來できるのは、自分じぶん歌人かじんとしての大事だいじ資格しかくだとおもつてゐました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
今からおよそ五十余年のむかし普仏戦争ふふつせんそうの起こるすこし前、フランス陸軍省の主催しゅさいでパリーの郊外こうがいに射的大会が開催かいさいされました。
国際射的大競技 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
『これがわたくしつま春枝はるえ。』とわたくし紹介ひきあはせ、さら夫人ふじんむかつて、わたくしかれとがむかしおなじまなびのともであつたことわたくし今回こんくわい旅行りよかう次第しだい
むかしのまゝ練壁ねりかべ處々ところ/″\くづちて、かはら完全くわんぜんなのは見當みあたらくらゐそれに葛蔓かづらのぼつてますから、一見いつけん廢寺ふるでらかべるやうです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
こんなうるさいはいでも、道連みちづれとなればなつかしくおもはれたかして、木曾きそはいのことを發句ほつくんだむかし旅人たびゞともありましたつけ。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なみだのしぜんとにじみだす目に五人の姿はぼやけた。いつまでそうもしておられぬと気づくと、きゅうにむかしの先生ぶりにもどり
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それは、この時分からも、もっともっとむかし新羅しらぎの国の阿具沼あぐぬまというぬまのほとりで、ある日一人の女が昼寝ひるねをしておりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「さようでございます。むかしからのご縁故えんこで、わたくしは、どこでもよいから、徳川さまのご領地りょうちに住みたいと願っております」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時に帝諸将士をいましめたまわく、むかし蕭繹しょうえき、兵を挙げてけいに入らんとす、しかそのしもに令して曰く、一門のうち自ら兵威を極むるは、不祥の極なりと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
むかし金瓶楼きんぺいろう小太夫こだいふはれた蘿月らげつの恋女房は、綿衣ぬのこ襟元えりもと手拭てぬぐひをかけ白粉焼おしろいやけのしたしわの多い顔に一ぱいのを受けて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
在所の年寄仲間は、御坊さんのうら竹林たけばやしなかにあるぬまぬし、なんでもむかし願泉寺の開基が真言のちからふうじて置かれたと云ふ大蛇だいじやたヽらねば善いが。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
するとほか小猿こざるが「おれの父様ちやんはもつとえらいや、おにしま征伐せいばつにいつたんだもの」「うそだあ、ありやむかしことぢやないか」
勘次かんじきだから、それでもいま生計くらしもだん/\くなんだらうから、さうすりやわるくばかりもすまいよ、どうもむかしから合性あひしやうわるいんだからね
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その頂上てうじやうにはふるむかしから、大理石だいりせきのやうにかたくて真白ましろゆきこほりついてゐて、かべのやうにそゝりつ、そこまで、まだ誰一人だれひとりのぼつたものがない。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
しかしこの説明せつめいこうそうせなかつた。子供こどもにはむかし寒山かんざん文殊もんじゆであつたのがわからぬとおなじく、いま宮崎みやざきさんがメツシアスであるのがわからなかつた。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
まちは、ふとむかしのことをかんがへると、なんとなく自分じぶんきふにいとしいものゝやうにおもはれて、そのいとしいものをかいいだくやうにをすくめた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
かれは、むかしの武士が一騎打いっきうちの敵にでも呼びかけるような気持ちになり、一度息をのんでから、さけぶようにいった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ぼくは又滝田くん病中びょうちゅうにも一しか見舞みまうことが出来なかった。滝田くんむかし夏目先生が「金太郎」とあだ名した滝田くんとは別人べつじんかとおもうほど憔悴しょうすいしていた。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ものたましひがあるとの想像さうざうむかしからあるので、だい山岳さんがく河海かかいより、せうは一ぽんくさ、一はなにもみなたましひありと想像さう/″\した。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
人間とは、なんの関係かんけいもないのですから。われわれと、ゴットランド島の、ある農園のうえんのお百姓ひゃくしょうさんたちのあいだには、むかしから、取りきめがあるのですよ。
不憫ふびんで、そして、いま「男だ」と云ったばかりの薫の声が遠いむかしから自分にさずかっていた決定的な男性の声のような頼母たのもしさを感じてうれし泣きに泣けて来た。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悪事あくじをやりだせば、こんなおそろしいてきはない。そいつがおれのいえにまいこんできたんだ。それにやつは、むかしの友だちのグリッフィンだというのだから……
今はむかし、もうずっとの昔のことですが、北海道にコロボックンクルという、みょうな神様が住んでおられました。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
かつては豊満な脂肪しぼうで柔かった肩も今は痛々しいくらい痩せて、寺田は気の遠くなるほど悲しかったが、一代ももう寺田に肩を噛まれながらむかしの喜びはなく
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
むかしトゥロンというフランスのある町に、二人ふたりのかたわ者がいました。一人ひとりはめくらで一人はちんばでした。
かたわ者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
夫人はその時のことを追想して、草双紙くさぞうしで読んだむかし物語を、そっくり現実に経験した様だったと言ってる。
A ラヴレターならむかしから、うまんだら七駄半だはんなんて先例せんれいがあるんだけれど、母親はゝおや毎日まいにちかさずはまつた感心かんしんだね。けだ葉書利用法はがきりようはふ最上乘さいじやうじようなるものかね。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
そうですね……もうずっとむかしのことです。汽車をうんてんして、ある山おくを、夜中よなかに走っていました。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
玄竹げんちくべんちやらが大嫌だいきらひでござりますで、正直しやうぢきなところ、殿樣とのさまほどのお奉行樣ぶぎやうさまむかしからございません。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
むかし、三べう(七六)洞庭どうていひだりにし、(七七)彭蠡はうれいみぎにせしが、徳義とくぎをさまらず、これほろぼせり。
「君が腹の満ちた恰好かっこうで、一ツのものを夫にあたえるのは、それアむかしの美談だよ。一ツしかなかったら、二ツに割って食べればいいだろう、何もなかったら、二人でえるさ」
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「いやらしいこと、おつしやらないでください。刈谷かりやさんはつています。むかしからの知合しりあいです。でも、あんなケチンボでへんくつなおとこに、どうして世話せわになんかなるものですか」
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
むかしたけなかから、きんひかりがさしたというはなしがあるが、どうだ、小判こばんでもちていたか。」
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それからまた、戸口に書いてある名前や、むかしのままにかかっている看板を見せてやったりしました。その人たちは、小さい中庭では貝がらでかざられた噴水ふんすい受けの水盤すいばんを見ました。