“想像”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
そうぞう59.3%
さうざう15.7%
さうぞう6.4%
そう/″\3.6%
さう/″\3.6%
おもひ2.1%
あたり0.7%
おもいやり0.7%
おもひつき0.7%
おもひやり0.7%
おもひやる0.7%
そうざう0.7%
そう/\0.7%
つくり0.7%
よそう0.7%
イマジネエシヨン0.7%
イマジネーション0.7%
イマジネーシヨン0.7%
ソーゾー0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「もし自分じぶんが、あの佐倉宗吾さくらそうごだったら。」と、空想くうそうしたことでした。あの悲惨ひさんきわまる運命うんめいにあわなければならぬと想像そうぞうしたのです。
世の中のために (新字新仮名) / 小川未明(著)
そしていつとなく青木さん夫婦ふうふは、かつてはゆめにも想像さうざうしなかつた質屋しちや暖廉のれんくぐりさへ度重たびかさねずにはゐられなくなつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかしあのたくましいムツソリニも一わんの「しるこ」をすゝりながら、天下てんか大勢たいせいかんがへてゐるのはかく想像さうぞうするだけでも愉快ゆくわいであらう。
しるこ (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
地震計ぢしんけいもつ觀察かんさつすると、かういふ地下ちかはたらきの所在地しよざいちわかるから、それからして岩漿がんしよう貯藏ちよぞうされてゐる場所ばしよふかさが想像そう/″\せられる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
およそ其半なるをたしかめたり、利根山奥は嶮岨けんそひとの入る能はざりしめ、みだりに其大を想像さう/″\せしも、一行の探検に拠れば存外ぞんぐわいにも其せまきをりたればなり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
お近は瑞雲の我が家の棟に棚引ける如き想像おもひにかられて、八字の髯に威嚴そなはる與之助が、黒ぬり馬車に榮華をほこる面かげまで、あり/\と胸のうちに描かれぬ。
花ごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この人とてもまともの渡世でないことはさっきの騒ぎでもおよその想像あたりはつこうというもの。今来た男からでもとったのだろうか。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それに奥坐舗では想像おもいやりのない者共が打揃うちそろッて、はなすやら、笑うやら……肝癪かんしゃく紛れにお勢は色鉛筆を執ッて、まだ真新しなすういんとんの文典の表紙をごしごしこすり初めた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
妖女ウェーヂマかい? 婆さん連の想像おもひつきでは、その時からこつち、月夜の晩には、これまでにこの池へ身投げをした水死女たちが、みんな揃つてあの邸の庭へあがつて
目前まのあたり見ての憂ひよりは想像おもひやりにこそ苦はまされ、別條ことなることなきよしを知らせて、其さまざまに走しる想像の苦を安めたし
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しきイザとすゝむ箱枕はこまくらのみならぬ身の親父が横に成たる背後うしろへ廻り腰より足をさす行手ゆくてよわきかひなも今宵此仇このあだたふさんお光の精神是ぞ親子が一世の別れときはまる心は如何ならん想像おもひやるだにいたましけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
既に服飾ふくしよくの部に於てもべしが如く、土器どき表面ひやうめん押紋おしもんを撿すれば、コロボツクルが種々しゆ/″\み物、織り物、及びひもの類を有せしことあきらかにして、從つてふくろせいする事抔も有りしならんと想像そうざうせらる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
雜談ざつだんの間に周三は、何かひツかゝりを作へては、お房の素性すじやう經歴けいれきとを探つた。そしてほぼ想像そう/\して見ることが出來るまでにぐり出した。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「あれらの出来ごとはおれとお前とが、想像つくりあげていたようなもので、それが今はあとかたもなくコワされたのだ、そう思うより仕方がない。」
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
二回目平林氏の作中、舟木新太郎と想像よそうされる人間が、貼紙をして立ち去った件は、どうにも解釈に苦しみました。つまり、どうれを受けついで、どう展開してよいものかと苦しんだ訳です。
此の舞台の幻象イメージ(眼と耳を通じて心に訴へる一切のもの)は見物のイリユウジョン乃至想像イマジネエシヨンと相俟つて、一つの陶酔境を実現する、そこまで行けばいゝのであります。
演劇一般講話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
八五郎の想像イマジネーションは、会話入りで際限もなく発展して行きます。
八五郎の想像イマジネーシヨンは、會話入りで際限もなく發展して行きます。
そこで彼はこれをもじって、影像(image)から想像ソーゾー(imagination)を導き出し、それから駄洒落で「創造ソーゾー」を導き出す。即ち影像することは創造することであるというわけだ。
思想としての文学 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)