せま)” の例文
そとからて、何人なんぴとか、ここにかなしみがあるとおもうだろうか。むろんここには近所きんじょまでせまった飢餓きがもなければ貧困ひんこんもなかったのでした。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
微賤びせんの一僧侶そうりよ吉宗ぬしの落胤らくいんと稱し政府せいふせまる事急にして其證跡しようせきも明かなれば天下の有司いうし彼に魅入みいれられ既にお世繼よつぎあふがんと爲たりしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
疲れていると言うよりは、そのような無縁のものを考えるより、私には、せまり来つつある自らの死のことが気になっていたのだ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その日の夕飯はさびしかった、酒を飲んで喧嘩けんかをするのは困るが、さてその人が牢獄ろうごくにあると思えばさびしさが一層いっそうしみじみと身にせまる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
かくて逢坂おおさかに逃げ退いて、向かい立つてまた戰いましたが、遂に追いせまり敗つて近江のササナミに出て悉くその軍を斬りました。
そして年をとつた男の人たちは笑ひ出し、若い人達は、胸を騷がせてゐる彼等の好きなひと達の御用をつとめようと、頻りにせまつてゐた。
だが彼が帰化を決心し、日本の土となることを覚悟かくごした時、言い知れぬ寂しさとやるせなさが、心の底にうずつきせまるのを感じたであろう。
人間界にんげんかいではないものを……と、たついま亭主ていしゆなれたやうなこゑをして、やさしい女房にようばうなみだぐむ。おもひがけない、可懷なつかしさにむねせまつたらう。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かれらが失望しつぼう落胆らくたんすべき必然ひつぜん時期じきはもはや目のまえにせまっていると思うと、はらわたがえかえってちぎれる心持ちがする。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
金魚屋きんぎょやは、その住宅じゅうたく土地とちとを抵当ていとうにして老人ろうじんられて、さいさい立退たちのきをせまられている。怨恨えんこんがあるはずだと、当局とうきょくにらんだのであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
すでにきのうあたり、海上の敵数千ぞうは、むろをうずめ、陸上軍も、福山、三石みついしを抜いて、破竹はちく播磨はりまざかいへせまッて来つつあるという。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
是故にいかなるわざはひのわが身にせまるやを聞かばわが願ひ滿つべし、これあらかじめ見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五—二七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ロミオ はて、それは深切しんせつ爲過しすごし。いっそ迷惑めいわく。おのが心痛しんつうばかりでも心臟しんざういたうなるのに、足下きみまでがいてくりゃると、一だんむねせまる。
與吉よきち紙包かみづゝみの小豆飯あづきめしつくしてしばらくにはさわぎをたがれううち㷀然ぽつさりとして卯平うへい見出みいだして圍爐裏ゐろりちかせまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大袈裟な心配が真にせまって湧いてきて、始終小笠原の顔を見ていないと不安で心細くて今にも消滅しそうな思いがした。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかしここまで来た上は、なにかを掴まないと引返すことは出来ない。鬼気ききせまると共に、大隅理学士の全身には、だんだんと勇気が燃え上って来た。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
困苦をともにした友に危難のせまった場合、無慈悲むじひに見捨て去るとは、実に見下げた人だ。八幡はちまんのたたりを恐れられい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
人々は平八郎にせまつて所存しよぞんを問うたが、たゞ「いづれまぬかれぬ身ながら、少しかんがへがある」とばかり云つて、打ち明けない。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
奥の壁つきには六字名号みょうごうふくをかけ、御燈明おとうみょうの光ちら/\、真鍮しんちゅう金具かなぐがほのかに光って居る。みょうむねせまって来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
美奈子は、もっと何かいたそうだったが、はげしい興奮のために、胸がせまったのだろう、そのまゝ口籠くちごもってしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やまくづして、それに引添ひきそふやうにてられたこのいへの二かいからは、丁度ちやうどせまらぬ程度ていどにその斜面しやめんそらの一とが、仰臥ぎやうぐわしてゐるわたしはいつてる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
その時たくましい黒犬が一匹、稲妻いなずまのように踏切へ飛びこみ、目前にせまった列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしにもうまれたいゑ御座ござんするとて威丈高いたけたかになるにをとここらえずはふき振廻ふりまわして、さあけととき拍子ひやうしあやふくなれば、流石さすが女氣おんなぎかなしきことむねせまりて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
つつましい女が、身をもっせまるような甘美なところもあり、なかなか以て棄てがたい歌である。「面隠さるる」は面隠おもがくしをするように自然になるという意。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔よこがおを見ていられましたが、にわかにむねへん工合ぐあいせまってきて気のどくなようなかなしいような何ともたまらなくなりました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かれいますでにその死期しきせまったのをって、イワン、デミトリチや、ミハイル、アウエリヤヌイチや、また多数おおくひと霊魂不死れいこんふししんじているのをおも
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
山と海とせまったところに細長くひろがった神戸の町を私はふたたび見た。二三日前に私はここに旧友をたずねて互いに健康を祝しあいながら町を歩いたのであった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わたくしはびっくりして早速さっそく鎌倉かまくらの、あのなつかしい実家さとへとんできましたが、モーそのときはよくよく臨終りんじゅうせまってりまして、はは霊魂たましいはその肉体にくたいから半分はんぶんたり
これは人間の生きものである。自分が責任せきにんをもって、人類の実際の単位たんいにしあげて行かねばならぬとの覚悟が、その柔かい日影の中からき出してせまりくるようだ。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
しかるに脱走だっそうの兵、常に利あらずしていきおいようやせまり、また如何いかんともすべからざるに至りて、総督そうとくを始め一部分の人々は最早もはやこれまでなりと覚悟かくごを改めて敵の軍門にくだ
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その峠も、いまは何物をも燃やさずにはおかないような夏の光線を全身に浴びながら、何んだかほのおのようにゆらめいているような感じで、私たちにせまっていた。……
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
するりとけるようにして、たけろうってしまうと、はやくもおに七は、千きちまえせまっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いま筆法ひつはふもつ日本國内にほんこくない政治せいぢ改造かいざうせよとせまるものがあつたら、きみは一たいどうするつもりだね。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
じつと目を閉ぢようと為たが、目を閉ぢると、此の広い荒れ果てたてらに唯つた独り自分のると云ふ事が、野のなか捨児すてごにでも成つた様に、犇々と身にせまつてさびしい。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
をつと簑笠みのかさを吹とられ、つま帽子ばうしふきちぎられ、かみも吹みだされ、咄嗟あはやといふ眼口めくち襟袖えりそではさら也、すそへも雪を吹いれ、全身ぜんしんこゞえ呼吸こきうせま半身はんしんすでに雪にめられしが
こう思うと、例のセンチメンタルな感情がはげしく胸にせまってきて、涙がおのずと押すように出る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
西瓜すいかの切り方など要領を柳吉は知らないから、経験のある種吉に教わる必要にせまられて、こんどは柳吉の口から「一つお父つぁんに頼もうやないか」と言い出していた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それによつて、その以下いかおもひやるだにかなしきものをといふような、むしろありふれた言葉ことばまで、いき/\とひとむねに、なんだかたまらないようにせまつてるのであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
鐵車てつしやが、いよ/\永久紀念塔えいきゆうきねんたふ深山しんざんいたゞきてんがめに、此處こゝ出發しゆつぱつするのは明朝めうてう午前ごぜん六時ろくじさだまつたが、櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさは、海底戰鬪艇かいていせんとうてい運轉式うんてんしき間近まぢかせまつてるので
だんだんせまって来てついには私の座って居るのを後ろからえりをひっつかんでずっと上に引上げた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
とほくアムールのきしなみひゞきは、興安嶺こうあんれいえ、松花江しようくわかうわたり、哈爾賓はるびん寺院じゐんすり、間島かんたう村々むら/\つたはり、あまねく遼寧れいねい公司こんするがし、日本駐屯軍にほんちうとんぐん陣営ぢんえいせま
……あなたには危険がせまっている。……僕達に信頼して、僕達の云う通りになさって下さい。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
つひ失望しつばう落膽らくたんし、今更いまさ世間せけんへも面目めんもくなく、はておもせまつておほいに決心けつしんしてたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
かゝる次第ゆえ、此の始末を娘が聞知きゝしる時は、うれいせまやまいおもって相果あいはてるか、ねがいの成らぬに力を落し、自害をいたすも知れざるゆえ、何卒どうぞ此の事ばかりは娘へ内聞ないぶんにして下さらば
それは宗教しうけう病院びやうゐんになんか、あなたをおれしたくなかつたんですけれど、せまつたことではあるし、經濟的けいざいてきにどうにもならなかつたもんですからね、まつた仕方しかたのないことでした。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
それがむと、みんになつてすわり、もツとなにはなしてくれとねずみせまりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
無論これは、例の怪物の、悠々ゆうゆうせまらぬ、からかい顔の逃走トリックであった。流石さすがの明智もそこまで手早い用意が出来ていようとは知らず、思いもかけぬ失策を演じてしまったのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
意志さえ堅固けんごなれば、賢愚けんぐを問わず、百難前にせまっても、これをおかして断行する。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
政府もし英国の要求を聞入ききいれざるにおいては仏国は英と同盟してただち開戦かいせんおよぶべしとせまりたるがごとき、いずれも公使一個のかんがえにして決して本国政府の命令めいれいに出でたるものと見るべからず。
いはんや明日よりはまつたく人跡いたらざるの地をさぐるに於てをや、嗚呼ああ予等一行はたして何れの時かよく此目的をたつするを得べき、想ふて前途のこといたれば感慨かんがい胸にせまり、ほとんどいぬる能はざらしむ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)