くら)” の例文
高窓たかまど障子しょうじやぶあなに、かぜがあたると、ブー、ブーといって、りました。もうふゆちかづいていたので、いつもそらくらかったのです。
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
よるもうっかりながしのしたや、台所だいどころすみものをあさりに出ると、くらやみに目がひかっていて、どんな目にあうかからなくなりました。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
家の中はまっくらで、しんとして返事へんじをするものもなく、そこらにはあつ敷物しきもの着物きものなどが、くしゃくしゃらばっているようでした。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いま廿日はつかつきおもかげかすんで、さしのぼには木立こだちおぼろおぼろとくらく、たりや孤徽殿こきでん細殿口ほそどのぐちさとしためにはくものもなきときぞかし。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「やい、宿やど六、めしをだしてくれ、めしを。はらがぺこぺこだ。え。こんなにくらくなつたに、まだランプもけやがらねえのか。え、おい」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「いや、むほどのことでもなかろうが、なんわかおんな急病きゅうびょうでの。ちっとばかり、あさから世間せけんくらくなったようながするのさ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
よる戸毎こごと瓦斯がす電燈でんとう閑却かんきやくして、依然いぜんとしてくらおほきくえた。宗助そうすけこの世界せかい調和てうわするほど黒味くろみつた外套ぐわいたうつゝまれてあるいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それは先年せんねん西海せいかいはて崩御ほうぎょあらせられた貴人きじん御霊みたまであったが、それを拝すると共に眼前めさきくらんで馬から落ちたのだと云う噂であった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
記録きろくつゝしまなければらない。——のあたりで、白刃しらは往來わうらいするをたは事實じじつである。……けれども、かたきたゞ宵闇よひやみくらさであつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それも縁なら是非なしと愛にくらんで男の性質もわけぬ長者のえせすい三国一の狼婿おおかみむこ、取って安堵あんどしたと知らぬが仏様に其年そのとしなられし跡は
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし外面おもてからたのとはちがって、内部なかはちっともくらいことはなく、ほんのりといかにも落付おちついたひかりが、へや全体ぜんたいみなぎってりました。
爪長つめながく、おほきさは七しやく乃至ないしじやう二三じやくぐらいの巨鳥きよてうが、天日てんじつくらくなるまでおびたゞしくぐんをなして、輕氣球けいきゝゆう目懸めがけて、おそつてたのである。
以て役人をあざむく段不屆ふとゞき千萬なり其の申分甚だくらく且又すその血而已に有らず庭のとび石に足痕あしあとあるは既に捕手の役人より申立し如く其血を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
とうとう、少年は、くらがりの中にいるのが心ぼそくなってきた。日はもうとっくにれかけているのに、あかりがともらないのだ。
何方どつちいたツて、人の影が一つ見えるのではない。何處どこまでもくらで、其の中に其處そこらの流の音が、夜の秘事ひめごと私語ささやいてゐるばかり。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
樵夫そまやとふてぼくさがす、このくら溪底たにそこぼく死體したいよこたはつてる、東京とうきやう電報でんぱうつ、きみ淡路君あはぢくんんでる、そしてぼくかれてしまう。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
川は水がなかったんで、その川床にずらりと並んで敵の眼をくらました。鳥渡でも頸を突き出すと直ぐ敵弾の的になってしまう。
戦話 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
「これは何から写したのか。お前は灯はともさないと言い張るそうだが、くらがりで画がかけるのか。」とお聞きになりました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
百合と薔薇ばらとを取りかへて部屋へやくらさをわすれてゐると、次ぎにはおいらんさうが白と桃色もゝいろくものやうに、庭の全面ぜんめんみだれた。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
仲冬のすゑ此人居間ゐまの二階にて書案つくゑによりて物をかきてをられしが、まどひさしさがりたる垂氷つらゝの五六尺なるがあかりにさはりてつくゑのほとりくらきゆゑ
左には長次郎谷の大雪渓が途切れ途切れに姿を見せて、霧を吐いてはトットと駆け下りて行く、怖ろしい敵から身をくらまして逃れるように。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そばまどをあけて上氣じやうきしたかほひやしながらくらいそとをてゐると、一けんばかりの路次ろじへだててすぐとなりうちおなじ二かいまどから
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
なんでもなん千年というむかし、甲斐かい駿河するがさかいさ、大山荒おおやまあれがはじまったが、ごんごんごうごうくらやみの奥で鳴りだしたそうでござります。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それから二十分ほどしてから選炭場裏の六十度を描く赤土の絶壁の上に来ると、その絶壁のひだの間のくらがりを、猿のように身軽に辷り降りた。
女坑主 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
旅館りょかんのうすくら台所だいどころのすみに、首のない人間にんげんが、片手にかじりかけのパン、片手にチーズの大きな切れをもってたっている。
そこで、生きながら、鬼に化したような、長崎屋三郎兵衛から、河岸のくらまぎれに、広海屋の赤ん坊を受け取った、雪之丞は、どうしたろう?
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もっと念を押そうと思うまに、法達はスススと本堂の畳をって、内陣のくらやみから、一個の網雪洞あみぼんぼりをとって、それへ明りを磨りつけている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人ふたりは、子供こどもいてあかるいとほりかられて、くらみちあるいた。くらいところても、銀座ぎんざあかるみをあるひと足音あしおときこえた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
そんなはなし最中さいちうにサァーツとおとをたてゝうるしのやうにくらそらはうから、直逆まつさかさまにこれはまた一からすがパチパチえてる篝火かがりびなかちてきた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
其以上それいじやうわたし詰問きつもんとほらぬ。とほらぬところくら不安ふあんかげたゞようてゐるのであるが、かげかげで、一わたし足迹そくせきるゝをゆるさぬのである。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
いびきごえや寝言など外部の音響おんきょうをも遮断しゃだんするに都合つごうが好かったもちろん爪弾つまびきでばちは使えなかった燈火のないくらな所で手さぐりで弾くのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つひにはそれが一つにつて山々やま/\所在しよざいくらまして、末端まつたん油煙ゆえんごとそらむかつて消散せうさんしつゝあるやうにはじめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いかにも、くらよるあさかはつたよろこびが、『あけぬこのは』といふ簡單かんたんのうちに、みなぎつてゐるではありませんか。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
ニールスだけは、目をさましていられましたが、だんだんあたりがくらくなってくるにつれて、心配しんぱいになってきました。
僕とも、越野とも、至って親しい、古い友達なんだが、……その男は、なぜ友達の越野に逢って、挨拶もしないで、逃げる様に跡をくらましたのだろう。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
突然とつぜんくらいなかで、ゴットフリートがうたいだした。むねの中でひびくようなおぼろなよわこえだった。少しはなれてたら、きとれなかったかも知れない。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
というので、是から衣類やくしこうがい貯えの金子までもト風呂敷として跡をくらまし、あけ近い頃に逐電して仕舞いました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あつちとおなじでいゝのよ。おねがひするわ。宿賃やどちんだけ余計よけいになるけど。」とひながら、道子みちこ一歩一歩ひとあしひとあしをとこ橋向はしむかうくらはうへとつてかうとする。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
と、今の今まで思っていたが、どうしたわけか、私は、とつぜん、非常な眩暈めまいに襲われた。目の前がまっくらになった。そして、はげしい吐瀉としゃが始まった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すぐに空はまたくらくなった。黄金の木は見えなくなった。わたしは親方に目を向けた。かれもまたわたしを見た。
しかも、肩とかむねとかの高くなつてゐる部分ぶゞんに、ぼんやりした火の光をうけて、低くなつてゐる部分の影を一そうくらくしながら、永久におしの如くだまつていた。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
どうかすると晝間ひるまでもくらいやうな檜木ひのきすぎのしん/\とえてるところをとほることもありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
シイ坊! それがわかつてくれゝば、おれは、今、お前にあらためて云ふぞ。——死んでくれ。おれと一緒に死んでくれ。(寝台に近づき)さあ、もうくらがりの必要はない。
クロニック・モノロゲ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
その太極はどうでもあれ確にその事實はさうだ。自分は如何に苦しくてもその人生を見殘して死にたくない。今死ねばやみから暗である。自分はそのくらさには堪へられない。
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
急にあたりがまっくらになって、今にもたおれるかと思いましたが、その時、先生が、この世ならぬ声で、主席助手の方に向って言われた御言葉ではっと我にかえりました。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「もっと遊んでいたい。だけどもうじきまっくらになるから。」とためいきをつきました。するとほたるは小川のふちへとんでいって、自分の仲間なかまをどっさりつれてきました。
木の祭り (新字新仮名) / 新美南吉(著)
わしはまたべつはう梯子はしごってねばならぬ、その梯子はしごでおまへ戀人こひびとが、今宵こよひくらうなるが最後さいごとりのぼらッしゃるのぢゃ。わしたゞもう齷齬あくせくとおまへよろこばさうとおもうて。
そのまま行方ゆくえ知れずのようになられていた頭の君が、実はいつの間にやら他人の妻をぬすまれて何処ぞへこっそりとお姿をくらましてしまわれたのであるという事が分かったのは
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ぜんの上のものが音を立ててくつがえるのを聞いたようだったが、そのあとは色も音もないほのおの天地だった。すさまじく焼けただれた肉の欲念が葉子の心を全くくらましてしまった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
月の光にかげくらき、もりの繁みをとほして、かすかに燈のひかり見ゆるは、げにりし庵室と覺しく、隣家とても有らざれば、げきとして死せるが如き夜陰の靜けさに、振鈴しんれいひゞきさやかに聞ゆるは
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)