無心むしん)” の例文
こうして、しごとをするあいだは、たがいにくちをきかなかったけれど、自分じぶんをなぐさめるために、無心むしんうたをうたうものもありました。
はたらく二少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところ厚利こうりづるものなるに、これくに名高めいかうもつてせば、すなは無心むしんにして事情じじやうとほしとせられ、かなら(六三)をさめられざらん。
器に見られる美は無心むしんの美である。美とは何か、何が美を産むか。どうして無学な工人たちに、かかる思索があったであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
無心むしん有心ゆうしんに変るまでにはある時がかかった。驚ろきの時、不可思議の時、疑いの時、それらを経過したあとで、彼女は始めて棒立になった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明治十七八年ごろのことであった。改進党の壮士藤原登ふじわらのぼるしば愛宕下あたごしたの下宿から早稲田の奥に住んでいる党の領袖りょうしゅうの処へ金の無心むしんに往っていた。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
糟谷かすやはこのあいだにも細君の目をそらして、これら無心むしんの母子をぬすみ見たのである。そうしてさびしいはかない苦痛くつうが、むねにこみあげてくるのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
無意むい無心むしんなる幼童えうどう天使てんしなりとかや。げにもさきに童謠どうえうありてより(おう)のきたるに一月ひとつきかざりし。しかるにいま此歌このうた稀々まれ/\になりて、さらにまた奇異きいなるうた
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たゞおほどもたちが、さういふうたを、無心むしんうたひろげてくところから、あてをしたのでありませう。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
一生いつしやう箱入はこいりらしくらさせんとにや、さすれば此歌このうた無心むしんきたるものにて半文はんもん價値ねうちもあらず、いなこの優美いうびふでのあとはなんとしても破廉耻はれんちひとにはあらじ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
思ひ付ひとり心のうち喜悦よろこびつゝ彼の畔倉重四郎は今藤澤宿にて大津屋おほつやと云ふ旅籠屋はたごや入夫にふふなり改名して段右衞門と申す由をきゝし事あればまづ彼の方へゆきて金を無心むしんする時は舊惡きうあく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まだわかれないおおきなあい感情かんじょうです。すすきの花のむかい火や、きらめく赤褐せっかつ樹立こだちのなかに、鹿しか無心むしんあそんでいます。ひとは自分と鹿との区別くべつわすれ、いっしょにおどろうとさえします。
翌朝連名の手紙を女中に持たせて矢来やらいの新潮社に無心むしんを申込んだことがあった。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
片言交かたことまじりに彼等の云いそうな事を並べ立て、何でもの男は無心むしんを云われて居るに相違ないその無心は、屹度きっと麝香じゃこうれろとか何とか云われた事があるに違いないと推察して、文句の中に
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
このごろでは流石さすがの同胞たちも、梅子から持ちこまれる尻拭しりぬぐいにえきれなくなって、何でもかんでも断ることにしていたのです。轢死をする前の晩も私のところへ来ましたが、また金の無心むしんです。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
無心むしん禽獣きんじゅうをおどろかす人間の口笛くちぶえが、下のほうからきこえてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さうなんだわ」無心むしん與吉よきちさそされるまゝにいつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
春鳥無心喚友啼 〔春鳥しゅんちょう無心むしんに友を喚びて
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かしらのそばに無心むしんっているのでした。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
いとけなけれどなまめかしく、而も無心むしん
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
だが知は無心むしんより勝ると誰も言い切ることはできぬ。南泉禅師なんせんぜんじの句に云う、「道は知に属せず、不知に属せず、知はこれ妄覚、不知は無記むき
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
どこかで、無心むしんにせみがうたをうたっているこえがしています。たぶん、あちらのみねうええている赤松あかまつのこずえのあたりであるとおもわれました。
宗助そうすけ佐伯さへきことをそれなりはふつて仕舞しまつた。たんなる無心むしんは、自分じぶん過去くわこたいしても、叔父をぢむかつてせるものでないと、宗助そうすけかんがへてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
頭腦あたまなか此樣こんことにこしらへて一けんごとの格子かうし烟草たばこ無理むりどり鼻紙はながみ無心むしんちつたれつれを一ほまれ心得こゝろゑれば、堅氣かたぎいゑ相續息子そうぞくむすこ地廻ぢまわりと改名かいめいして
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
無心むしんな子どもはれいのごとく父にかわいがられようとするのを、どうもしかりとばすこともできない。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
以て大津屋方へ無心むしんに參り候所より段右衞門も又をつと三五郎はかれ舊惡きうあくを存じ候故後日に露顯あらはれん事を恐れ殺し候儀と思はれ候されば甚だにつく仕方しかたなりと重四郎の段右衞門が惡事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ぢやが、海苔のりじょう煎餅せんべいの袋にも、贈物おくりものは心すべきぢや。すぐに其は対手あいてに向ふ、当方の心持こころもちしるし相成あいなる。……将軍家へ無心むしんとあれば、都鳥一羽も、城一つも同じ道理ぢや。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
徹夜勝負よあかししょうぶのそれが、十二時を過ぎたばかりに、スッカラカンでヨ、場に貸してやろうてえ親切者もなしサ、やむなく、工場の宿直しゅくちょく、たあさんのところへ、真夜中というのに、無心むしんに来たというわけ。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そをいまし見あげたる無心むしんひとみ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
このことは、そのそのはたらいてらさなければならぬものには、どういう事情じじょうがあっても、まんは、無心むしんをたのむになれなかったのでしょう。
万の死 (新字新仮名) / 小川未明(著)
教えは「無心むしん」とか「無想むそう」とかの深さを説くが、美においてもまた同じである。無想の美に優る美はあり得ない。高き工藝の美は無心の美である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大路おほぢ見渡みわたせばつみなき子供こどもの三五にんひきつれていらいたらいたなんはなひらいたと、無心むしんあそびも自然しぜんしづかにて、くるわかよくるまおとのみ何時いつかわらずいさましくきこえぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
物語ものがたりて無心をいひけるに仁左衞門は大いに難澁なんじふに思ふと雖も詮方なく又々金子をつかはしけるが是をも又遣ひきりて本町の小猿の方へ無心むしんをいひ又本郷の仁左衞門と兩家へ打てちがひに無心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何人なんぴとであるかを知られて、土に手をついて太夫様と言はれたのでは、其の所謂いわゆる禁厭まじないの断りにくさは、金銭の無心むしんをされたのと同じ事——ただし手から手へ渡すも恐れる……落してかんざしを貸さうとすると
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なにもらぬ子供こどもらはめずらしそうに、あちらをいて、自動車じどうしゃとおざかりゆくかげ無心むしんにながめていたのであります。
なつかしまれた人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おやともあにともなく大切たいせつおもふものをと、無心むしんへばかたじけなしと一こと語尾ごびふるへてえぬ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
どんなことをあたまなかかんがえていたでしょう? おとうとのほうは、母親ははおやからだによりかかって、これとて無心むしんでいました。
石段に鉄管 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おあとからゆきまする、こひしききみ、さることばをば次第しだいなくならべて、此處こゝこゝろはもぬけのからになりたれば、ひとへるは聞分きゝわくるよしもく、たのしげにわらふは無心むしんむかしゆめみてなるべく
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして、いままでのように、自由じゆうに、無心むしんに、木琴もっきんらして、恍惚こうこつとなることができなくなったのであります。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたし此子このこはゞわたしためまもがみで、此樣こん可愛かあい笑顏ゑがほをして、無心むしんあそびをしてますけれど、此無心このむしん笑顏ゑがほわたしをしへてれましたこと大層たいそうなは、のこりなくくちにはくされませぬ
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人々ひとびとや、馬車ばしゃや、また自動車じどうしゃは、無心むしんにガードのしたとおっていましたが、幸三こうぞうは、一つのガードのしたにくると、もうふるくなってれめのはいったれんがや
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ましてや土方どかた手傳てづたひしてくるま跡押あとおしにとおやうみつけてもくださるまじ、あゝつまらぬゆめたばかりにと、ぢつとにしみてもつかはねば、とつちやん脊中せなかあらつておれと太吉たきち無心むしん催促さいそくする
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
無心むしんくこともあったし、また、はてしないとおくをあこがれたこともあったでしょう。それは、夕日ゆうひはなのごとく、うつくしくもえるときばかりでありません。
たましいは生きている (新字新仮名) / 小川未明(著)
口惜くちをしげに相手あひてにらみしこともありしがそれは無心むしんむかしなり性來せいらい虚弱きよじやくとて假初かりそめ風邪ふうじやにも十日とをか廿日はつか新田につた訪問はうもんおこたれば彼處かしこにもまた一人ひとり病人びやうにん心配しんぱい食事しよくじすゝまず稽古けいこごとにきもせぬとか
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
つい無心むしんできかかるひとまで、そのわらいにつりこまれるくらいだから、わんぱくざかりのどもらが、なんでこれをて、なんともいわぬはずがありましょう。
戦争はぼくをおとなにした (新字新仮名) / 小川未明(著)
と三つ四つにりて甚之助じんのすけ懷中ふところおしいれしが、無心むしんところなんともづかはしく、おとさぬやうにひとせぬやうにと呉々くれ/\をしへ、はやくおでなされとへば、兩手りやうてむねいだきて一しん甚之助じんのすけ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こちらをながら、一人ひとり少女しょうじょが、うしろのいもうとにいったのです。無心むしんでいるのを、おびやかしてはならぬと、二人ふたりは、姿すがたをねこにられぬようにしていました。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
その主人しゆじんに一ねん馴染なじみりの奉公人ほうこうにん少々せう/\無心むしんかぬとは申されまじ、此月末このつきずゑかきかへをきつきて、をどりの一りやう此處こゝはらへばまたつき延期のべにはなる、くいはゞよくたれど
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのとき、ちょうど門口かどぐち乳飲ちのをおぶったおんなこじきがって、無心むしんをねがったのでした。
空にわく金色の雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
未練みれんをしみてとも思召おぼしめさんくるしさよとおもひやりてはしづおもいだしてはむせかへみとはなんゆめにもわすれてるものは人生じんせいきといふきの數々かず/\るものは無意むい無心むしん春夏秋冬しゆんかしうとう落花らくくわ流水りうすゐちりてながれてかへなみとしまたとし今日けふこゝろけやする明日あすおもひのはなれやするあは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しろくもは、無心むしんそらながれてゆきました。いろいろのむし草原くさはらからちました。キチキチとはねらして、ばったがぶかとおもうと、おおきなかまきりが、あたまをもたげました。
草原の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)