まつ)” の例文
八のふかくしながら、せたまつろう眼先めさきを、ちらとかすめたのは、うぐいすふんをいれて使つかうという、近頃ちかごろはやりの紅色べにいろ糠袋ぬかぶくろだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ればそこらじゅうが、きれいな草地くさちで、そして恰好かっこういさまざまの樹草じゅそう……まつうめたけ、そのがあちこちに点綴てんせつしてるのでした。
卯平うへい久振ひさしぶり故郷こきやうとしむかへた。彼等かれらいへ門松かどまつたゞみじかまつえだたけえだとをちひさなくひしばけて垣根かきね入口いりくちてたのみである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あのまつふじの花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はしのあつたのは、まちすこはなれたところで、堤防どてまつならむではつてて、はしたもと一本いつぽん時雨榎しぐれえのきとかいふのであつた。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
外に拙者と、お腰元が一人、おまつといってこれは十八、仲働きが二十六のおみやという忠義者、下女が二人、それにてつという仲間ちゅうげんがいる。
けれども一体どうしたのかあの温和おとなしい穂吉の形が見えませんでした。風が少し出て来ましたのでまつこずえはみなしずかにゆすれました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
などとかんがえていました。そして、ガタ、ガタとくるまをひいてきかかりますと、あちらのまつ木蔭こかげ見慣みなれないおじいさんがやすんでいました。
村の兄弟 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おかがってきょろきょろまわしていますと、そこのまつの木のえだにまっかおをして、まっなおしりをしたものがまたがっていました。
くらげのお使い (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この南嶺から東にくだれば、穴太村あなふとむら白鳥坂に出るし、西にくだればまっすぐに修学院白河村——あの雲母坂きららざかさがまつの辻につながる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先日せんじつ歳暮せいぼまゐつたらまつうめ地紋ぢもんのある蘆屋あしやかま竹自在たけじざいつて、交趾かうちかめ香合かうがふ仁清にんせい宝尽たからづくしの水指みづさしといふので一ぷく頂戴ちやうだいしました。
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
インケツのまつと名乗って京極きょうごくや千本のさかを荒しているうちに、だんだんに顔が売れ、随分男も泣かしたが、女も泣かした。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
(自分をあざけるように)きょう、まつのお内儀かみに、泥棒猫どろぼうねこだとののしられました。私の小指ほどの価もないあの鬼ばばに!
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
自分はそばにいる人から浄瑠璃じょうるりにあるさがまつというのを教えて貰った。その松はなるほど懸崖けんがいを伝うようにさかに枝をしていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女流歌人まつ三艸子みさこは長命であったが、その前身は井上文雄の内弟子うちでしめかけで、その後、深川松井町の芸妓小川小三おがわこさんである。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それにあんなものわけなく弾けるようになるんだから。僕だって「まつみどり」くらいなら弾けるよ」と先生は言っておられた。
「そうか、そんならおまえのすきにしてくれや。それじゃまつや、おかあさんはね、すこし休むちから、さあ甘甘あまあまにしようよ」
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ぎたる紅葉もみぢにはさびしけれど、かき山茶花さゞんかをりしりかほにほひて、まつみどりのこまやかに、ひすゝまぬひとなきなりける。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これはまつ三艸子といって、大野定子と並んで歌よみといわれていた人でした。人あたりのよい方で、福羽氏ともお知合だったと見えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
民さんは二三日の留置場の生活がよほどこたえたと見え、まつの手入れをしていながら、ここでこうしていた方がどれだけいいか分らないといった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
むをず、まつ東面とうめんはうあなひらかうとして、草原くさはらけてると、其所そこけの小坑せうかうがある。先度せんど幻翁げんおう試掘しくつして、中止ちうししたところなのだ。
二つは低い石甃いしだたみだんの上に並んで立っていて春琴女の墓の右脇みぎわきにひともとまつが植えてあり緑の枝が墓石の上へ屋根のようにびているのであるが
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
祖父おぢいさんの書院しよゐんまへには、しろおほきなはな牡丹ぼたんがあり、ふるまつもありました。つきのいゝばんなぞにはまつかげ部屋へや障子しやうじうつりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ぼくは、ぼくの小学校時代、大巻の徹太郎叔父てつたろうおじにつれられて山に登り、岩を真二つに割って根を大地に張っていたまつの木を見たことを今思い出す。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
このまつすぎのようにたけたかくなり、かたちおほきくなる樹木じゆもくを『喬木きようぼく』といひ、つゝじやぼけのようにかたちちひさく、機状きじようしげを『灌木かんぼく』とびます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
落葉木らくようぼくは若葉から漸次青葉になり、すぎまつかしなどの常緑木が古葉をおとし落して最後の衣更ころもがえをする。田は紫雲英れんげそうの花ざかり。林には金蘭銀蘭の花が咲く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
の上からまつの枝も見える。石灰いしばひの散つた便所の掃除口さうぢぐちも見える。塵芥箱ごみばこならんだところもある。へんに猫がうろ/\してる。人通ひとゞほりは案外にはげしい。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三芝居もどんなものだか、まつの若衆人形の落ちこぼれが、奥山おくやまあたりに出没しているとのことだが、それも気が進まない。活人形いきにんぎょうも見てしまった。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「殿様、わかりました。お家の名刀はたしかに、おしろのうらのいちばん大きなまつの根元にうずめてございます。」
とんまの六兵衛 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
むすめが三人あつて、名をまつきくきやうと云つた。与助の妻は酒をかうぶつて大言する癖があつて、「女が三人あるから、一人五百両と積つても千五百両がものはある」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
川はすっかりきりかくれて、やや晴れた方の空に亀山かめやま小倉山おぐらやままつこずえだけが墨絵すみえになってにじみ出ていました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「もとは柳橋やなぎばしにいた奴だよ、今は、駒形堂こまがたどうの傍に、船板塀ふないたべい見越みこしまつと云う寸法だ、しかも、それがすこぶるの美と来てるからね」と小声で云って笑顔わらいがおをした。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
店内ではその生人形に、おまつ、おたけ、お梅という名前をつけて、まるで生きた人間の様に「お梅さんの帯だ」とか「お梅さんのショールだ」とかいっていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
張った立派な松があった。これが首尾しゅびまつといって有名なもの、此所は今の高等工業学校校内になっている
得月楼とくげつろうの前へ船をつけ自転車を引上げる若者がある。楼上と門前とに女が立ってうなずいている。犬引も通る。これらが煩悩の犬だろう。まつはなから車を雇う。
高知がえり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
参差しんしたるまつヶ枝、根にあがり、横にい、空にうねって、いうところの松籟般若しょうらいはんにゃを弾ずるの神境しんきょうである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
さていままをしたいろ/\のかたち古墳こふんは、今日こんにちのこつてゐるものには、たいていまつ樹木じゆもくしげつて、遠方えんぽうからながめると、こんもりしたもりのようにえるのですが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
A ウン、あれはおれのぢやないけれど、ういふんだ。『きみ社頭しやとうまつくびくくり』さ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
この遊びをする日が、特に正月のまつうちとなっているのは、由来ゆらいの久しいことかと思う。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まつかしはは奥ふかくしげりあひて、二一青雲あをぐも軽靡たなびく日すら小雨こさめそぼふるがごとし。二二ちごだけといふけはしきみねうしろそばだちて、千じん谷底たにそこより雲霧くもきりおひのぼれば、咫尺まのあたりをも鬱俋おぼつかなきここちせらる。
黒谷では、「熊谷くまがい鎧掛よろいかけまつ」というのが枯れていた。妙に強いのが鉢合せをする。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
不思議なこともあればあるものです、わたし先刻さっきまつさんに殺された夢を見て、思わずキャッと叫ぶと、眼が覚めたのですと、いったので、その漁夫ぎょふも、それを聞いて不思議に思ったから
月夜峠 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
おまけに住宅はまつ木陰こかげになっていて、海さえ見えぬほどふさがっていました。
「あなたは、まだほんとうに気がついていないのですね。その怪しい事件というのは、ほかでもありません。団長のまつさんが、やっぱりさっきから、行方不明ゆくえふめいになっていることです」
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大磯おおいそ箱根はこねや湯河原を流れ渡って、唯今ただいまでは熱海のまつに巣を食って居ります。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭は一隅ひとすみ梧桐あおぎりの繁みから次第に暮れて来て、ひょろまつ檜葉ひばなどにしたた水珠みずたまは夕立の後かと見紛みまごうばかりで、その濡色ぬれいろに夕月の光の薄く映ずるのは何ともえぬすがすがしさをえている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三月十一日紙上に番外百中十首(まつ山人やまびと投)として掲げある歌を、われらが変名にて掲げ候やの御尋ね有之候へども、右はことごとく『柿園詠草しえんえいそう』中にある歌にてわれらの歌とは全く異りをり候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
はるうら/\てふともあそぶやはな芳野山よしのやまたまさかづきばし、あきつきてら/\とたゞよへるうしほ絵島ゑのしままつさるなきをうらみ、厳冬げんとうには炬燵こたつおごり高櫓たかやぐら閉籠とぢこもり、盛夏せいかには蚊帳かや栄耀えいえう陣小屋ぢんごやとして
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
すると、みんなは、われもわれもと、猫柳ねこやなぎをはじめ、ももや、まつや、たんぽぽや、れんげそうや、なかにはペンペンぐさまでとってかねにささげた。かねはそれらのはなでうずまってしまった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
こわをしてからすがだまりこんだので、すゞめらはたかまつのうへへげながら
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)