人影ひとかげ)” の例文
子供こどもは、かえりながら、母親ははおやれられてゆきました。そして、その姿すがたは、だんだんあちらに、人影ひとかげかくれてえなくなりました。
雪の上のおじいさん (新字新仮名) / 小川未明(著)
ひだりれたところに応接室おうせつしつ喫煙室きつえんしつかといふやうな部屋へやまどすこしあいてゐて人影ひとかげしてゐたが、そこをぎると玄関げんかんがあつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
煙草盆たばこぼんかうかをりのみして、にいまだ人影ひとかげなきとき瀧君たきくん光景くわうけいは、眞田さなだ六文錢ろくもんせん伏勢ふせぜいごとく、諸葛亮しよかつりやう八門遁甲はちもんとんかふそなへる。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
公園には人影ひとかげがなかった。乾干ひからびた電車の音だけが夜の静寂せいじゃくを破っていた。空には星、地にはアーク灯、それのみが静かに輝いていた。
目かくしされ首に綱をつけ、しずかに塀をうしろにして、立っている死刑囚のそのうしろの塀に横あいから近づく一つの人影ひとかげをうつした。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やが船尾せんびかたると、此處こゝ人影ひとかげまれで、すで洗淨せんじようをはつて、幾分いくぶん水氣すゐきびて甲板かんぱんうへには、つきひかり一段いちだん冴渡さへわたつてる。
ということに落ちて、笑って立とうとする時に、峠の道の武州路ぶしゅうじの方から青葉の茂みをわけて登り来る人影ひとかげがあります。
すべての恋する人々は、自分等以外に全く人影ひとかげのないはなれ小島の無人島で、心行くまで二人だけの生活をし、二人だけの会話をしたいと願うのである。
聞える物音とては、島のぐるり中から響いて来る遠くの砕け波の音と、叢林の中で鳴く無数の虫の声だけであった。人影ひとかげ一つなく、海上には帆影ほかげ一つない。
貢さんはこまつたらしく黙つて俯向うつむいた。此時まへの桑畑の中に、白いかすりを着てはしつて行く人影ひとかげがちらと見えた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
打まもりさぞ御無念におはすらんおのれ敵め其儘にして置べきやと四邊あたりを見れども人影ひとかげければ懷中いかにと改め見るに金も見えず彼是する折柄をりから人々も駈着かけつけ此有樣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そとのぞくと、うすぐらいプラットフォオムにも、今日けふめづらしく見送みおくりの人影ひとかげさへあとつて、ただをりれられた小犬こいぬが一ぴき時時ときどきかなしさうに、ててゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
漸々やう/\ふかくならんとす人影ひとかげちらほらとまれになるをゆきはこゝ一段いちだんいきほひをましてりにれどかくれぬものは鍋燒饂飩なべやきうどんほそあはれなるこゑおろ商家しやうかあらたかおと
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さらに見れば、川向こうから三方みかたはらのおちこちには、いつか、秋霜しゅうそうのごときやりと刀と人影ひとかげをもって、完全な人縄ひとなわり、遠巻とおまきに二じゅうのにげ道をふさいでいる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
団子坂へ行く者かえる者が茲処ここで落合うので、処々に人影ひとかげが見える、若い女の笑い動揺どよめく声も聞える。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
とこした秋海棠しゅうかいどうが、伊満里いまり花瓶かびんかげうつした姿すがたもなまめかしく、行燈あんどんほのおこうのように立昇たちのぼって、部屋へや中程なかほどてた鏡台きょうだいに、鬘下地かつらしたじ人影ひとかげがおぼろであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
平岡のいへの近所へると、くら人影ひとかげ蝙蝠かはほりの如くしづかに其所そこ此所こゝうごいた。粗末な板塀いたべい隙間すきまから、洋燈ランプが往来へうつつた。三千代みちよ其光そのひかりしたで新聞をんでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あとをふりかえって見ると、二人三人黒い人影ひとかげがぼくの家の方に走って行くのが見える。ぼくはそれがうれしくって、なおのこと、次の家から次の家へとどなって歩いた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小川をがはあぶらのやうな水面すゐめんおほきく波立なみだつて、眞黒まつくろ人影ひとかげこはれた蝙蝠傘かうもりがさのやうにうごいてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかし霧は絶えず流れているので、る時は一層いのが来てその人影ひとかげをほとんど見えなくさせるが、やがてそれが薄らいで行くにつれてその人影も次第にはっきりしてくる。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
寸志の一包と、吾れながら見事みごとに出来た聖護院しょうごいん大根だいこを三本げて、挨拶に行く。禾場うちばには祝入営の旗が五本も威勢いせいよく立って、広くもあらぬ家には人影ひとかげ人声ひとごえが一ぱいに溢れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「どうしてッて。わたしとあんたとはいくらも年がちがわないんだもの。わたしの方じゃかせぐつもりでもお客の方が……。」と言いながら女は物干台の人影ひとかげに心づいて急に声をひそめる。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一物いちもつをも得ずして逃げせぬと覚しく、すでに四辺に人影ひとかげもなかりき。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玄関げんかんのドアが、人影ひとかげもないのに開いて、バタンとまった。
往きかふ人影ひとかげ淡き光帶びて
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
このとき、すこしへだたったところに、くろ人影ひとかげひとのくるのをっているようにっていました。彼女かのじょは、そのほうあるいてゆきました。
星の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
けれども、ふゆ鳥打帽とりうちばうかむつた久留米絣くるめがすり小僧こぞうの、四顧しこ人影ひとかげなき日盛ひざかりを、一人ひとりくもみねかうして勇氣ゆうきは、いまあいする。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
滿船まんせんてらそのひかり白晝はくちうあざむかんばかり、そのひかりした一個いつこ異樣ゐやうなる人影ひとかげあらはれて、たちま檣桁しやうかうたか信號旗しんがうきあがつた。
が、人影ひとかげはどこにも見えない。ずっと奥に見えるリフトものぼったりくだったりしている癖に、一人も客は出て来ないようである。よくよくはやらないホテルらしい。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、そのほりぎわの木のかげから、ツイとはなれた人影ひとかげがあった。黒布こくふをかぶった妖婆ようばである。いうまでもなく、それは加茂かもどてから、三人のそうをつけてきた蚕婆かいこばばあ——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見れば扇子一本おちてあり藤兵衞手に取あげ能々よく/\見るに鐵扇てつせんにて親骨に杉田すぎた三五郎と彫付ほりつけ有りし故掃部大いにいかり然らば是は幸手さつての三五郎が所業しわざちがひし今西の方へ駈出かけだしてゆく人影ひとかげ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いけちかくにたたずんだまま、人影ひとかげってこいうごきをじっと見詰みつめていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ぶらぶら土手の上をあるきながら、約三丁も来たと思ったら、向うに人影ひとかげが見え出した。月にかしてみると影は二つある。温泉へ来て村へ帰る若いしゅかも知れない。それにしてはうたもうたわない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一かたまりになった人影ひとかげがこちらを向いて歩いてくるのを認めた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
人影ひとかげ一つも動かず、風の音の他には物音一つしなかった。
とんぼが、きゅうりや、すいかのおおきなうえまったり、ぼうさきまったりしているほか、だれも人影ひとかげがなかったのです。
薬売り (新字新仮名) / 小川未明(著)
欄干らんかん横木よこぎが、みづひゞきで、ひかりれて、たもときかゝるやうに、薄黒うすぐろふたたゝずむのみ、四邊あたり人影ひとかげひとツもなかつた。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いつぞやこの原の細道ほそみちで、足軽あしがるがになっていくのを竹童ちくどうがチラと見かけた、あの高札こうさつが打ってあるのだ。——といつのにか、その立札たてふだ獄門ごくもんの前へ、三ツの人影ひとかげが近づいている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちかづいてると艇中ていちうには一個いつこ人影ひとかげもなく、海水かいすいていなかばを滿みたしてるが、なにもあれてんたすけうちよろこび、少年せうねんをば浮標ブイたくし、わたくし舷側げんそくいておよぎながら、一心いつしん海水かいすい酌出くみだ
立出みちすがら昨夜ゆうべの相方は斯々かく/\なりなどと雜談ざふだんを云つゝ一本のかさに三人が小雨こさめしのぎながら品川を後にして高輪たかなわよりふだつじの方へ差掛さしかゝりける處に夜の引明なれば未だ往來わうらい人影ひとかげもなく向ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
小さな黒い人影ひとかげが隠れるのを私たちは認めた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
伴天連ばてれんめきたる人影ひとかげあり。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しろいシャツに、しろ帽子ぼうしをかぶって、あおくるまいた青年せいねんが、あちらからはしってきました。たるみちには、ほかに人影ひとかげもなかったのです。
野菊の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのほかにほとん人影ひとかげなかつたといつてもい。——あんなのが「ましやい。」であらうと観念くわんねんしたのであつたから。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おどらぬ人影ひとかげ
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは、すぐにうちからしました。そして、子供こどもはしっていった方角ほうがくましたが、なんらそれらしい人影ひとかげもありません。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨戸あまどけて欄干らんかんからそとると、山気さんきひやゝかなやみつて、はしうへ提灯ちやうちんふたつ、どや/\と人影ひとかげが、みち右左みぎひだりわかれて吹立ふきたてるかぜんでく。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
灯影ほかげ人影ひとかげ
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどそのときは、内部ないぶはしんとして人影ひとかげがなかった。ちょうどそこへ、五、六にん子供こどもらがやってきて、ガラス内側うちがわをのぞいていました。
灰色の姉と桃色の妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たゞさへ、おもけない人影ひとかげであるのに、またかげが、ほしのない外面とのもの、雨氣あまけびた、くもにじんで、屋根やねづたひにばうて、此方こなた引包ひきつゝむやうにおもはれる。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)