たゞ)” の例文
帽子屋ばうしやはこれをいていちじるしくみはりました、が、つたことは、『何故なぜ嘴太鴉はしぶとがらす手習机てならひづくゑてるか?』と、たゞこれだけでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
然るにアリストテレスは何が故にたゞ罪過をのみ説いて歓喜戯曲コムメヂーの「歓喜に終る源因」について説くことなかりしや。是れ大なる由縁あり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
まる年間ねんかん小言こごとはず、うらみもはず、たゞ御返事ごへんじつてります』でめられたのだからたまらない。をとこはとう/\落城らくじやうした。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
自分は月の光の地上に織り出した樹の影を踏みながら、阪の中段に構へられてある一軒の農家の方へとたゞ無意味に近づいて行つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
卯平うへい薄暗うすぐらうちなかたゞ煙草たばこかしてはおほきな眞鍮しんちう煙管きせる火鉢ひばちたゝいてた。卯平うへい勘次かんじとはあひだろくくちきかなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……まア、あたじけない! みんんでしまうて、いてかうわたしためたゞてきをものこしておいてはくれぬ。……おまへくちびるはうぞ。
かくさんと云るをきゝ共に涙にくれたりしがやがてお文は父母ふたおやの前にたり兩手をつきたゞ今お兩方樣ふたかたさまのおはなしを承まはり候に父樣は何方いづかたへかお身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
化物學ばけものがくといふ學問がくもんがありとすれば、いままでべたことは、その序論じよろんるべきものであつて、こゝにはたゞ序論じよろんだけをべたことになるのである。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
主謀たる自分は天をもうらまず、人をもとがめない。たゞ気の毒に堪へぬのは、親戚故旧友人徒弟たるお前方まへがたである。自分はお前方に罪を謝する。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
日出雄少年ひでをせうねんたゞ一人ひとりさだめてさびしく、待兼まちかねことだらうと、おもつたので、わたくし大佐たいさわかれげて、此處こゝ立去たちさことけつした。
最近では新青年に訳載された「鼻欠け三重殺人」で、作そのものより作者のいっている言葉「解決はたゞ一つあり、しかしてそれのみが可能なり」
ドイルを宗とす (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
伯母は膝に手を組んでかしらを垂れぬ「——何かたゞならぬ心配があると見える——此の私を急に恋しくなつたと云ふのは——の剛情な男が——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
たゞ、現在だけが彼女であつた。それに、六十万円の金といふのが、かなりゆき子を大胆にしてゐた。如何どうにか切り抜けられる金でもあるからだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
翌朝よくてうかれはげしき頭痛づつうおぼえて、兩耳りやうみゝり、全身ぜんしんにはたゞならぬなやみかんじた。さうして昨日きのふけた出來事できごとおもしても、はづかしくもなんともかんぜぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
萬世橋よろづよばしまゐりましたがおたく何方どちらかぢひかへてたゝず車夫しやふ車上しやじやうひとこゑひくゝ鍋町なべちやうまでとたゞ一言ひとこと車夫しやふきもへずちからめていま一勢いつせいいだしぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
旅館の主人、馬を勧め、剛力がうりきを勧め、ござを勧め、編笠あみがさを勤む、皆之をしりぞく、この極楽の山、たゞ一本の金剛杖こんがうづゑにて足れりと広舌くわうぜつして、朝まだき裾野をく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
それでも、わたし、どんなにかなしいことだらうとおもひますわ。たゞね、そうかんがへるだけでも、なみだそうなんですもの。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
すると彼は、信一が友達の群から一人離れて、たゞぽかんと立つてゐるのを見つけた。……首を妙に凝固させて、無感覚な表情で眼をひと処に据ゑてゐた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
来合せたのが丁度幸だから、明日あすの課業に差支がなければとまつて呉れまいか、尤もたゞの電報ならばすぐ帰つてくる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼はこの松林をたゞ庭としてでようなどと云ふ考からは遠く離れてゐた、彼は誰にもそんな事は口外したことはないが、心の中ではかう思うてゐるのである
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
たゞ鳩だけは寝ません。鳩は利口ですからな。先生方は御存じでせうが鳩の賢いことは聖書にもあります。」
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
根津の清水の花壇の中へうずめたなどゝしゃべり立てるに、奉公人たちはなんだか様子の分らぬ事ゆえ、たゞ馬鹿な譫語うわことをいうと思っておりましたが、伴藏の腹の中では
たゞさへ病弱な身、まして疲れた後——思ふに、何の抵抗てむかひも出来なかつたらしい。血は雪の上を流れて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ゆふべまでたゞく思ひ、りて赤塚氏の来給ひし時、船の余りに苦しければポオト・サイドの港にる日我や下船すべきなど浅はかなる訴へを致しさふらひき。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
けれども勞働者の唄はふたゝきこえなかツた。たゞきしめ車輪しやりん鐵槌てつつゐの響とがごツちやになツてきこえるばかりだ。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
四十年来の閲歴えつれき聞人達もんじんたち気風きふう呑込のみこみたれば、たゞ諸名家しよめいか御休息所ごきうそくじよを作り、御褒美ごほうびにはうめぽんづゝうゑくだされと、かね卑劣ひれついでざる名案めいあんうめぽん寄附主きふぬし
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
が、逐一犯罪は検挙され、わツといふたゞならぬ泣声と共に、私たちは食事の箸を投げて入口に押しかけると、東寮の或三年生が刑事の前に罪状を告白して泣き伏してゐた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
時鳥ほとゝぎす矢信やぶみ、さゝがに緋縅ひをどしこそ、くれなゐいろにはづれ、たゞ暗夜やみわびしきに、烈日れつじつたちまごとく、まどはなふすまひらけるゆふべ紫陽花あぢさゐはな花片はなびら一枚ひとつづゝ、くもほしうつをりよ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今こそ法體ほつたいなれ、ありし昔の瀧口が此君このきみ御爲おんためならばと誓ひしはあめが下に小松殿たゞ一人。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それと同じやうに御厩河岸おうまやかしわたよろひわたしを始めとして市中諸所の渡場わたしばは、明治の初年架橋工事かけうこうじ竣成しゆんせいともにいづれも跡を絶ち今はたゞ浮世絵によつて当時の光景をうかゞふばかりである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
日本にほんつては大正たいしやうねん以來いらい問題もんだいまたこれ世界せかいからると、世界せかいいづれのくにいへど金解禁きんかいきんすで決行けつかうされてつてたゞ日本にほんだけが取殘とりのこされてるからして、何時いつ日本にほんきん解禁かいきんをするか
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
平次はガラツ八と六兵衞をうながして、佛間へ取つて返しました。平次の樣子のたゞならぬに不安を感じたか、六兵衞はしきりにソハソハして居りますが、側にガラツ八が引添つて動かしません。
ゆくりなくも世をのがれて。自得の門に三宝の引接いんぜうこひねがひしかば。遂に念願成就して。けふ往生の素懐をとげなん。…………またたゞ汝は畜生なれども。国に大功あるをもて。やがて国主の息女むすめを獲たり。
そりは作りやすき物ゆゑ、おほかたは農商のうしやう家毎いへごとに是をたくはふ。さればのするものによりて大小品々あれども作りやうは皆同じやうなり、名も又おなし。たゞ大なるを里俗に修羅しゆらといふ、大石大木をのするなり。
間然かんぜんする所なしとのみたゞ今となりてはに申すやうも無之候これなくそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
見ればたゞ何の苦もなき水鳥みづとりの足にひまなきわがおもひかな
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
まどもとせい痛苦つうくたゞあかそよぎえたてぬくさの花
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼此かれこれ種々いろ/\すぐれた簡便かんべん方法はうはふかんがへてはたものゝ、たゞ厄介やくかいことにはうしてれを實行じつこうすべきかと名案めいあんたなかつたことです。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
たッた一をでも宣言おほせられたならば、小生それがし滿足まんぞくいたす。たゞ嗚呼あゝ」とだけさけばっしゃい、たッた一言ひとことラヴとか、ダヴとか宣言おほせられい。
捨るぞや強面つれなきおやうらみなせぞたゞ此上は善人よきひとに拾ひ上られ成長せば其人樣を父母と思ひて孝行かうかうつくすべしと暫時しばし涙にくれたりしがかゝる姿を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
北は京橋通の河岸かしで、書院の庭から見れば、対岸天満組の人家が一目に見える。たゞ庭の外囲ぐわいゐに梅の立木たちきがあつて、少し展望をさへぎるだけである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この多い若者のうちに自分の友が交つて居はせぬかとも思はぬではなかつたが、さりとて別段それを気にも留めずに、たゞ余念なく見惚みとれて居た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
媒妁人ばいしやくにんたゞさけんでさわいだだけであつた。おしなもなくをんなんだ。それがおつぎであつた。季節きせつくれつまつたいそがしいときであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
此時このとき如何いかうれしく、また、如何いかなる談話だんわのあつたかはたゞ諸君しよくん想像さうぞうまかせるが、こゝ一言ひとことしるしてかねばならぬのは、この大輕氣球だいけいききゆうことである。
「他殺でもなく、又変死でもなく、たゞの病死だとすると、問題はない訳ですが、念の為に署の方へ報告して置きましょう」
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「いや気にさはつたら御免。たゞ、さう思つたンだ。何ももうまくゆかないとなると、人の暮しは羨しいと思ふンだね」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
おれだつて、れにもはふとはおもはない、たゞあの石狩原野いしかりげんやだの、高原たかはら落日おちひ白樺しろかばはやしなにをかんがへてもいゝなあ——それに五ぐわつころになるとあの白樺しろかば
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
しばらく気を失つた様になつて、たゞ茫然ばうぜんとしてゐたが、我にかへつて四囲を見渡せば、我が松林は今や夕日を受けて、その緑は常にもまして美しく眺められた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
たゞこの成長おほきうならんことをのみかたりて、れい洋服ようふくすがた美事みごとならぬつとめに、手辨當てべんたうさげて昨日きのふ今日けふいでぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
黒髪バラリと振り掛かれる、あをおもてに血走る双眼、日の如く輝き、いかりふる朱唇くちびる白くなるまでめたる梅子の、心きはめて見上たる美しさ、たゞすごきばかり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)