“語(ご)” の例文
どるめんといふ語(ご)も、石(いし)の机(つくゑ)といふ意味(いみ)の言葉(ことば)であります。このてーぶるの下(した)に人間(にんげん)を葬(はうむ)つたので、これは疑(うたが)ひもなく墓(はか)であります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
未(いま)だ必(かなら)ずしも(六四)其身(そのみ)之(これ)を泄(もら)さざるも、而(しか)も((説者ノ))語(ご)((適〻))其(そ)の匿(かく)す所(ところ)の事(こと)に及(およ)ばんに、是(かく)の如(ごと)き者(もの)は身(み)危(あやふ)し。
中津藩(なかつはん)の子(こ)どもばかりでなく、ほかからも入門(にゅうもん)するものがあって、十人(にん)あまりの生徒(せいと)に、諭吉(ゆきち)は、毎日(まいにち)オランダ語(ご)をおしえていました。
夏ももうおわりに近く、わたしはまもなくあのモスクワの町へ帰って、また、ひと冬じゅうフランス語(ご)を勉強(べんきょう)しなければならないのです。
多分是を渡るであろう。もう話声も聞えぬ。何国(どこ)の語(ご)で話ていたか、薩張(さっぱり)聴分られなかったが、耳さえ今は遠くなったか。
あまさかるは、やはり枕詞(まくらことば)で、ひなのひといふ語(ご)を起(おこ)してゐます。意味(いみ)は、天(てん)に遠(とほ)くかゝつてゐる日(ひ)といふことなんです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
右(みぎ)の通(とほ)り、津浪(つなみ)は事實上(じじつじよう)に於(おい)て港(みなと)の波(なみ)である。われ/\は學術的(がくじゆつてき)にもこの名前(なまへ)を用(もち)ひてゐる。實(じつ)に津浪(つなみ)なる語(ご)は、最早(もはや)國際語(こくさいご)となつた觀(かん)がある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
仕立屋さんはこういって、よびもしないのにやってきたお客(きゃく)さんたちを追(お)っぱらいました。けれども、ハエたちには、ドイツ語(ご)なんかわかりません。
誠(せい)一は、先生(せんせい)からといったら、お母(かあ)さんは、許(ゆる)してくださりはしないかと思(おも)って、先生(せんせい)という語(ご)に力(ちから)を入(い)れたのです。
芽は伸びる (新字新仮名) / 小川未明(著)
〔評〕南洲人に接(せつ)して、妄(みだり)に語(ご)を交(まじ)へず、人之を憚(はゞか)る。然れども其の人を知るに及んでは、則ち心を傾(かたむ)けて之を援(たす)く。其人に非ざれば則ち終身(しゆうしん)言(い)はず。
聞きしぞよもや白洲で話したでも有まいと尋ねられしかば節はハツと語(ご)が閉(ふさ)がり只もぢ/\して居る故藤八は又進み出(いで)右の一件は一昨日御慈悲(おじひ)願ひに節を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
現代の裁判制度は東京地図の煩雑なるが如く大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)の眼力(がんりき)は江戸絵図の如し。更に語(ご)を換(か)ゆれば東京地図は幾何学の如く江戸絵図は模様のようである。
人接(ひとづき)のよさと一々に感服したる末は、何として、綱雄(つなお)などのなかなか及ぶところでないと独(ひと)り語(ご)つ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
駆落(かけお)ちたりと申す語(ご)、今日(こんにち)の国民新聞(こくみんしんぶん)に見え申候(まうしそろ)茶漬(チヤヅ)る的(てき)筆法(ひつぱふ)の脱化(だくわ)とも申すべく候(そろ)。(十九日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
それだから追分(おひわけ)が何時(いつ)でもあはれに感(かん)じらるゝ。つまる處(ところ)、卑怯(ひけふ)な、臆病(おくびやう)な老人(らうじん)が念佛(ねんぶつ)を唱(とな)へるのと大差(たいさ)はないので、語(ご)を換(か)へて言(い)へば、不殘(のこらず)、節(ふし)をつけた不平(ふへい)の獨言(つぶやき)である。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と言(い)ひながら、但馬守(たじまのかみ)は『生命(いのち)がない』の一語(ご)を口(くち)にするとともに、少(すこ)し顏(かほ)の色(いろ)を變(か)へた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
『僕(ぼく)の出(で)た學校(がくかう)をお尋(たづ)ねになるのですか。』と兒玉(こだま)は語(ご)を續(つが)うとして、更(さら)に斯(か)う問(と)ふた。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
こう言(い)う語(ご)がすきとおった風といっしょにハームキャの城(しろ)の家々にしみわたりました。
四又の百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして「自分を不実な男だと自分で思ふのが嫌だもんだから、強ひて人に自分を実のある者と思はせようとする厚かましくも。」とも云つたつけな。彼はほゝ笑みながら独(ひと)り語(ご)つた。
往時(わうじ)を顧(かへり)みて感慨(かんがい)を催(もよふ)すの時(とき)、換骨脱體(くわんこつだつたい)なる語(ご)の意味(いみ)を始(はじ)めて解(かい)したるの思(おもひ)あり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
おつぎは數次(しば/\)さうして村(むら)の青年(せいねん)を見(み)た。然(しか)し一語(ご)も交換(かうくわん)する機會(きくわい)を有(も)たなかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
然(しかれ)どもこの癖漢(へきかん)の冷々(れい/\)たる苦笑(くせう)を起(おこ)すのみなる事(こと)を示(しめ)し、實際家(じつさいか)を卑(いや)しむの念(ねん)をあらはし、「でなくば生命(いのち)を捨(す)てんのみ。運命(うんめい)に服從(ふくじゆう)し、百事(ひやくじ)を放擲(はうてき)し」、云々(しか/″\)の語(ご)を發(はつ)せしむるに至(いた)る。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
独(ひと)り語(ご)ちを洩(もら)しながら、権内は、両わきの帳面と、算盤の珠とを見くらべて
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当国三河で下々の者共が申す戯(ざ)れ語(ご)でな、つまりはお茶の濃い薄いじゃ、飴(あめ)のごとくにどろどろと致した濃い奴を所望致す砌(みぎ)りに、ねじ切って腰にさすがごとき奴と、このように申すのでな
葡(ほ)等(とう)の諸國(しよこく)の語(ご)から轉訛(てんくわ)したもの、及(およ)び梵語系(ぼんごけい)その他(た)のものも多少(たせう)ある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
なにを問(と)うても、かれは、はあというきりで、なんらの語(ご)もつづらない。
箸 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
狂人ながら、絶えず心にあることを、思わずひとり語(ご)ちたというわけ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
卿(そなた)はやはり卿(そなた)で、あの愁歎(なげき)は卿(そなた)の愁歎(なげき)であったなら、それは皆(みな)ローザラインの爲(ため)であったに、なりゃ、其(その)心(こゝろ)が變(かは)ったか? すれば、此(この)一語(ご)を唱(とな)へしめ……女(をんな)は心(こゝろ)の移(うつ)る筈(はず)、男心(をとこごころ)さへも堅固(けんご)にあらず。
明治四十年の日月(じつげつ)は、明治開化の初期である。さらに語(ご)を換(か)えてこれを説明すれば今日の吾人(ごじん)は過去を有(も)たぬ開化のうちに生息している。したがって吾人は過去を伝うべきために生れたのではない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
めづらしや、人間の語(ご)を引いて、匂(にほひ)はげしき空焚(そらだき)の薫(くん)じたる
語(ご)を継(つ)いで言いました、——
終日(しゅうじつ)語(かた)って一語(ご)も語(かた)らず。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何(なん)だとヱ良(りやう)さんに失礼(しつれい)だがお帰(か)へり遊(あそ)ばしていたゞきたいとあゝさう申(まを)すよ良(りやう)さんおきゝの通(とほり)ですからとあはれや母(はゝ)は身(み)も狂(きやう)するばかり娘(むすめ)は一語(ご)一語(ご)呼吸(こきふ)せまりて見(み)る/\顔色(かほいろ)青(あほ)み行(ゆ)くは露(つゆ)の玉(たま)の緒(を)今宵(こよひ)はよもと思(おも)ふに良之助(りやうのすけ)起(た)つべき心(こゝろ)はさらにもなけれど臨終(いまは)に迄(まで)も心(こゝろ)づかひさせんことのいとを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
店(みせ)の主人(しゅじん)がすすめたオランダ語(ご)と英語(えいご)との会話(かいわ)の本(ほん)など、二、三さつを買(か)うと、諭吉(ゆきち)は、おもい足(あし)をひきずって、江戸(えど)へかえってきました。
(六九)語(ご)に曰(いは)く『其美(そのび)を(七〇)將順(しやうじゆん)し、其惡(そのあく)を(七一)匡救(きやうきう)す、故(ゆゑ)に上下(しやうか)能(よ)く相親(あひした)しむ』と。豈(あ)に管仲(くわんちう)の謂(いひ)乎(か)。
それだから追分(おいわけ)が何時(いつ)でもあわれに感じらるる。つまる処(ところ)、卑怯(ひきょう)な、臆病な老人が念仏を唱えるのと大差はないので、語(ご)を換えて言えば、不残(のこらず)、節(ふし)をつけた不平の独言(つぶやき)である。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なべにといふ語(ご)は、それと共(とも)にと同時(どうじ)になどいふ意味(いみ)ですが、この頃(ころ)の人(ひと)は、輕(かる)くゆゑにといふくらゐの意味(いみ)にも用(もち)ひたのです。以上(いじよう)の人々(ひと/″\)で、江戸時代(えどじだい)の歌人(かじん)を代表(だいひよう)させたつもりです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
そして「自分を不実な男だと自分で思うのがいやなもんだから、しいて人に自分を実(じつ)のある者と思わせようとする。厚かましくも。」ともいったっけな。彼はほほえみながらひとり語(ご)った。
おつぎは嘗(かつ)て青年(せいねん)との間(あひだ)に一語(ご)を交(まじ)へることさへ其(その)權能(けんのう)を抑(おさ)へられて居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「人よりも空、語(ご)よりも黙(もく)。……肩に来て人懐(なつ)かしや赤蜻蛉(あかとんぼ)」
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
語(ご)をかりて、御胸中のものをいえば、こうもあろうか。
奧津棄戸(おきつすたへ)といふ語(ご)は即(すなは)ちこれである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
外国人(がいこくじん)どうしがはなしていることばも、諭吉(ゆきち)のとくいなオランダ語(ご)とはちがっているようで、なにがなにやら、すこしもいみがわかりません。
若(も)し之(これ)に説(と)くに厚利(こうり)を以(もつ)てせば、則(すなは)ち陰(ひそか)に其言(そのげん)を用(もち)ひて顯(あらは)に其身(そのみ)を棄(す)てん。此(これ)を之(こ)れ知(し)らざる可(べ)からざるなり。夫(そ)れ事(こと)は密(みつ)を以(もつ)て成(な)り、語(ご)は泄(も)るるを以(もつ)て敗(やぶ)る。
夏(なつ)の初(はじ)めではあるけれども、夜(よる)の此(こ)の時分(じぶん)に成(な)ると薄(うす)ら寒(さむ)いのに、細君(さいくん)の出(で)は縞(しま)のフランネルに絲織(いとおり)の羽織(はおり)、素足(すあし)に蹈臺(ふみだい)を俯着(うツつ)けて居(ゐ)る、語(ご)を換(か)へて謂(い)へば、高(たか)い駒下駄(こまげた)を穿(は)いたので
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「どうしたえ、口寄(くちよせ)一(ひと)つやつて見(み)ねえかえ」大勢(おほぜい)の中(うち)から切(き)り出(だ)したものがあつた。葦(あし)の葉末(はずゑ)が微風(びふう)にも靡(なび)けられる樣(やう)に此(この)一語(ご)の爲(ため)に皆(みな)ぞよ/\と復(また)騷(さわ)いだ。群集(ぐんしふ)の中(うち)にはおつぎも交(まじ)つて居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と、菊池半助(きくちはんすけ)が語(ご)をつよめていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(一一三)語(ご)に曰(いは)く、『能(よ)く之(これ)を行(おこな)ふ者(もの)は、未(いま)だ必(かなら)ずしも能(よ)く言(い)はず、能(よ)く之(これ)を言(い)ふ者(もの)は、未(いま)だ必(かなら)ずしも能(よ)く行(おこな)はず』と。孫子(そんし)、龐涓(はうけん)を(一一四)籌策(ちうさく)すること明(あきら)かなり。
鸚鵡(あうむ)は多年(たねん)馴(な)らしてあつて、土地(とち)の言語(げんご)は固(もと)よりだし、瓜哇(ジヤワ)、勃泥亞(ボルネヲ)の訛(なまり)から、馬尼剌(マニラ)、錫蘭(セイロン)、澤山(たんと)は未(ま)だなかつた、英吉利(イギリス)の語(ご)も使(つか)つて、其(それ)は……怜悧(りこう)な娘(むすめ)をはじめ、誰(だれ)にも、よく解(わか)るのに
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
(六六)周澤(しうたく)未(いま)だ渥(あつ)からざるに、而(しか)も(六七)語(ご)極(きは)めて知(ち)なれば、説(せつ)行(おこな)はれて功(こう)有(あ)るときは則(すなは)ち(六八)徳(とく)亡(な)く、説(せつ)行(おこな)はれずして敗(はい)有(あ)るときは則(すなは)ち疑(うたが)はれん、是(かく)の如(ごと)き者(もの)は身(み)危(あやふ)し。