“催”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
もよお57.8%
もよほ18.7%
もよ7.5%
もよおし7.0%
もよふ2.1%
うなが2.1%
もよう1.1%
もよふし1.1%
もようし0.5%
おこ0.5%
さそ0.5%
もや0.5%
もよほし0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
唯(ただ)、地獄街道の道案内を聞かせてやっただけじゃないか。最後の注意をするが、もうソロソロ催(もよお)してくるから、助かりたかったら……
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それからいよ/\問題(もんだい)が大(おほ)きく擴(ひろ)がつて、大學人類學教室(だいがくじんるゐがくけうしつ)で『彌生式研究會(やよひしきけんきうくわい)』が開(ひら)かれ、其結果(そのけつくわ)として、加瀬探檢(かせたんけん)の遠足會(えんそくくわい)が催(もよほ)された。
時としては目下の富貴(ふうき)に安んじて安楽(あんらく)豪奢(ごうしゃ)余念(よねん)なき折柄(おりから)、また時としては旧時の惨状(さんじょう)を懐(おも)うて慙愧(ざんき)の念を催(もよ)おし、一喜一憂一哀一楽
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これは蓋(けだ)し一門の大統領、従五位勲三等河野英臣の発議に因て、景色の見物をかねて、久能山の頂で日蝕の観測をしようとする催(もよおし)で。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今宵(こよひ)、家例(かれい)に因(よ)り、宴會(えんくわい)を催(もよふ)しまして、日頃(ひごろ)別懇(べっこん)の方々(かた/″\)を多勢(おほぜい)客人(まろうど)に招(まね)きましたが、貴下(こなた)が其(その)組(くみ)に加(くは)はらせらるゝは一段(だん)と吾家(わがや)の面目(めんもく)にござる。
恒例臨時の節会(せちえ)を除けば、外は時々の除目(じもく)または御料所の年貢の催(うなが)し、神社仏閣の昇格の裁許くらいのものである。
今(いま)其(その)美(うる)はしく殊勝(けなげ)なる夫人(ふじん)が、印度洋(インドやう)の波間(なみま)に見(み)えずなつたと聞(き)いては、他事(ひとごと)と思(おも)はれぬと、そゞろに哀(あわれ)を催(もよう)したる大佐(たいさ)は、暫時(しばらく)して口(くち)を開(ひら)いた。
各の町に一體づつの觀世音を祭る、物日にはそれぞれある店の一部を借りて開帳し、これに侍づくわかい娘たちは參詣の人にくろ豆を配(くば)り、或は小屋をかけていろいろの催(もよふし)をする。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
何處(どこ)でも長(なが)い航海(かうかい)では船中(せんちゆう)の散鬱(うさばらし)にと、茶番(ちやばん)や演劇(えんげき)や舞踏(ぶたう)の催(もようし)がある。殊(こと)に歐洲(をうしう)と東洋(とうやう)との間(あひだ)は全世界(ぜんせかい)で最(もつと)も長(なが)い航路(かうろ)であれば斯(かゝ)る凖備(じゆんび)は一層(そう)よく整(とゝな)つて居(を)る。
彼の西乃入の牧場を荒(あば)れ廻つて、丑松の父を突殺した程の悪牛では有るが、斯(か)うした潔(いさぎよ)い臨終の光景(ありさま)は、又た人々に哀憐(あはれみ)の情を催(おこ)させた。叔父も、丑松もすくなからず胸を打たれたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
天井から釣るされた龕灯の灯も、眼を射るような白色ではなく、軟い眠りを催(さそ)うような、菫(すみれ)のような色であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雪催(もや)いの十二月二十日、宗悦は新左衛門宅へ催促に行くと、「おい誰か取次がありますぜ、奥方、取次がありますよ」と新左衛門自らいい、「どうれ」とやがて奥様がでてくる。
お銚子(てうし)なら、まだしもだが、催(もよほし)、稽古(けいこ)なんど忙(いそが)しい時(とき)だと、ビールで湯(ゆ)どうふで、見(み)る/\うちに三挺(さんちやう)ぐらゐぺろりと平(たひ)らげる。當家(たうけ)のは、鍋(なべ)へ、そのまゝ箸(はし)を入(い)れるのではない。
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)