つめ)” の例文
東の仙人峠せんにんとうげから、遠野とおのを通り土沢つちざわぎ、北上山地を横截よこぎって来るつめたい猿ヶ石さるがいし川の、北上川への落合おちあいから、少し下流かりゅうの西岸でした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かれは、このつめたいかぜが、かえって、かなしい自分じぶんむねにしみるように、いつまでもここにいて、かぜかれていたい気持きもちがしました。
花の咲く前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはむかししたように、かれのつめたい鼻にキッスした。するうち、子どもの時代の困窮こんきゅうが思い出して、ふとある考えがうかんだ。
しかし、彼の受けた愛の報酬もやはり前の夏の休暇と同じようにつめたいものであった。彼は幸子を憎く感じる日がだんだん増して来た。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
伴「手前てめえは熱い汗をかいたろうが、おらつめてえ汗をかいた、幽霊が裏窓から這入はいって行ったから、萩原様は取殺とりころされて仕舞うだろうか」
斯う思いながら縁から見て居ると、頭上ずじょうの日はカン/\照りながら、西の方から涼しいと云うよりむしろつめたい気が吻々ふつふつと吹っかけて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
湖水の波も心あるか、つめたい風を吹きおこして、松のこずえにかなしむかと思われ、も雲のうちにかくされて、天地は一しゅん、ひそとした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それでもまきつてわけにもかねえからいてつちやつた」勘次かんじみづかあざけるやうにからくちけてつめたいわらひうごいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
足の先がつめたけれや、相談でおれが温めてやつてもいい。さうやつて黙つてるが、お前が今何を考へてるか、おれにはほゞ見当がついてる。
医術の進歩 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
のきしたるは、時雨しぐれさつくらくかゝりしが、ころみぞれあられとこそなれ。つめたさこそ、東京とうきやうにてあたかもお葉洗はあらひころなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
正規の晝食ひるの支度をする間がないことがよくあつたが、さういふ時には、彼女はつめたいパイの大切れだの、チイズつきのパンの厚切れを呉れた。
それにの川の水も、奇麗に澄むでゐて、井戸の水のやうにつめたかツた。川が多くツて、水が奇麗だ! それで、もう螢が多いといふ事が解る。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
屋根やねあり、天井てんじやうあり、かべのあるとふばかり、野宿のじゆくつゆあはれさにまさつて、それはつめたいなさけない、こぼれるなみだこほらぬが不思議ふしぎ御座ござります。
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
さうしてかへつてときは、ちゝ亡骸なきがらがもうつめたくなつてゐたのである。宗助そうすけいまいたまで其時そのときちゝ面影おもかげおもうかべてはまないやうがした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
愛情あいじょうともなわぬつめたい夫婦ふうふ間柄あいだがら……他人ひとさまのことはぞんじませぬが、わたくしにとりて、それは、にもあさましい、つまらないものでございました……。
きたまくらに、しずかにじている菊之丞きくのじょうの、おんなにもみまほしいまでにうつくしくんだかおは、磁器じきはだのようにつめたかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その風雪ふうせつの一にぎりのつぶては、時々とき/″\のやうな欄間らんますき戸障子としやうじなかぬすつて、えぬつめたいものをハラ/\とわたし寢顏ねがほにふりかけてゆく。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
貢さんは何時いつも聞く阿母さんの話だけれど、今日はつめたい沼の水のそこの底で聞かされた様な気がして、小供心に頼り無い沈んだ悲哀かなしみ充満いつぱいに成つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
日の光はここにて淡き黄緑となり、つめたくして透明なる水は薄らに顫へ、汚なるココア色の泥のなかに蠢めく虫ありて、水草のかげに油すこし浮く。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ほんとうに、盗人ぬすびとのかしらはいていたのであります。——かしらはうれしかったのです。じぶんはいままで、ひとからつめたいでばかりられてました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのうちだんだんけるにしたがって、たださえあばらのことですから、そとつめたいかぜ遠慮えんりょなく方々ほうぼうからはいんで、しんしんと夜寒よさむにしみます。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
竹の葉の水気が集つて一滴の露となり、腐れた酒の蒸気がつめたいランビキの玻璃に透明な酒精の雫を形づくる迄のそれ自身の洗練はかりそめのものではない。
案内するひとの手は、まるでてつのように、かたくつめたく、そして大またに、ずしりずしりと歩いていきます。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
あめこそは、さても眞面目まじめに、しつとりと人の氣分きぶんを落ちつかせ、石の心も浮きあげてつめたい光を投げかける。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
つめてえ、井戸水でつら洗って。もうおまんまはあ出来でっし、おつけも、この茄子せえ入れればいいのだから、早く食ってはあ。——片岡さ行ぐのに遅ぐなんべ。」
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そのあつせゐだつたのだらう、にぎつてゐるてのひらから身内みうちに浸み透つてゆくやうなそのつめたさはこころよいものだつた。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
表面うわべは平和だったが、下には長い年月としつきのなやみがひそんでいた。クリストフはもういきもつかず、身体からだを動かすことも出来できないで、感動のあまりつめたくなっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
が、くるしみはすこしもない。ただむねつめたくなると、一そうあたりがしんとしてしまつた。ああ、なんしづかさだらう。この山陰やまかげやぶそらには、小鳥ことりさえづりにない。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
沼地ぬまちにはこのゆきながれこむので、その沼水ぬまみづ温度おんど非常ひじようひくく、ひどくつめたいわけになります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
かへしラランのんだが、その返事へんじがないばかりか、つめたいきりのながれがあたりいちめん渦巻うづまいてゐるらしく、そのために自分じぶんのからだはひどくあふられはじめた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
つめたいつきひかりされて、人目ひとめかゝらぬいしなか封込ふうじこめられた蟾蜍ひきがへるごとく、わがみにく鉱皮くわうひしためられてゐるとき、ほかのひとたちは清浄しやうじやう肉身にくしん上天じやうてんするのだらう。
ハーレー氏の記載に依ると印度の僧侶が「定」に入るときはづ大麻を飲んで麻酔状態となり、その状態のまゝで、つめたき静かな墓の中に置かれ、六週乃至ないし八週を経過するのである。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
うってかわったつめたさで言い、おかみさんが二度と口をひらかないように横をむいた。
風はなかつたけれど、じめついたつめたさが、体に沁み通るやうであつた。橋のうへに立つと、川風がさすがに山国らしい寒さで、顔を撫ぜた。土井は襟巻のなかに深く鼻を埋めてゐた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
立っているところは、つき立った岩の上で、もくらむほど下の方に、白雲しろくも黒雲くろくもとがき立って、なにも見えませんでした。つめたい風がきつけてきて、今にも大嵐おおあらしになりそうでした。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
止めしにや息のえたるにおどろきつゝ種々しゆ/″\介抱かいはうなしけれ共蘇生よみがへ容子ようすなく暫時ざんじつめたくなり候まゝ當御奉行所へ御訴へ申上候儀に御座候と申立ければ慈仁じじん無類むるゐの大岡殿ゆゑたちまち久八の廉直れんちよくなるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
エヒミチはまどところつてそとながむれば、はもうとツぷりとてゝ、那方むかふ野廣のびろはたくらかつたが、ひだりはう地平線上ちへいせんじやうより、いましもつめたい金色こんじきつきのぼところ病院びやうゐんへいから百歩計ぽばかりのところ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
今日けふあしから、ずん/\つめたくなつてゆくのが自分じぶんにもわかるんです。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
蚊帳かやつりてひとりねむりしあかときのつめたきみづは歯に沁みにけり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
姉なれば黒き御戸帳みとちやうまづ上げぬ父まつる日のもののつめたき
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
愛の花瓶はながめよ、もろ/\の男子のうへに、諸のつめたき學術のうへ
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
そは、つめたき砂のうへに裂けて
おびえ (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
つめたき冥府よみ水底みなそこ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こころつめたし
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
すがすがしい天気てんきで、青々あおあお大空おおぞられていましたが、その奥底おくそこに、ひかったつめたいがじっと地上ちじょうをのぞいているようなでした。
冬のちょう (新字新仮名) / 小川未明(著)
火がなくッたってあたたかい、人間の親方おやかたはあんなにつめたくッてとげとげしているのに、どうしてれた麦藁むぎわらがこんなに暖かいものだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まったく峯にはまっ黒のガツガツした巌がつめたい霧をいてそらうそぶき折角せっかくいっしんにのぼって行ってもまるでよるべもなくさびしいのでした。
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
『まだきたい。御身おみさくはだなめらかぢやらう。が、にくはあるか、れて暖味あたゝかみがあるか、木像もくざうつめたうないか。』
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
尽日じんじつ北の風が吹いて、時々つめたいほそい雨がほと/\落ちて、見ゆる限りの青葉が白いうらをかえして南になびき、さびしいうらかなしい日であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
くちびるのことばは目のことばにくらべては小さなものである。目つきに比べて、ことばのいかにつめたく、空虚くうきょであることよ。