一人ひとり)” の例文
二十年前大学の招聘しょうへいに応じてドイツを立つ時にも、先生の気性を知っている友人は一人ひとり停車場ステーションへ送りに来なかったという話である。
ケーベル先生の告別 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
他の一人ひとりは帽子が飛ぶと同時に飛んだ帽子の事だけ考へて、夢中になつてそのあとを追ふ。自転車にぶつかる。自動車にかれかかる。
拊掌談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
このむらに、もう一人ひとり金持かねもちがありました。そのおとこは、むらのものが、一ぽう金持かねもちのうちにばかり出入でいりするのをねたましくおもいました。
時計のない村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なにしろ西にしひがしからない原中はらなかの一軒家けんや一人ひとりぼっちとりのこされたのですから、心細こころぼそさも心細こころぼそいし、だんだん心配しんぱいになってきました。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
さてはや、念佛ねんぶつ題目だいもく大聲おほごゑ鯨波ときこゑげてうなつてたが、やがてそれくやうによわつてしまふ。取亂とりみださぬもの一人ひとりもない。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ひるすこしまえにはもう二人ふたりにいさんが前後ぜんごして威勢いせいよくかえってた。一人ひとりにいさんのほう袖子そでこているのをるとだまっていなかった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてちちのつもりでは、私達わたくしたち夫婦ふうふあいだ男児だんしうまれたら、その一人ひとり大江家おおえけ相続者そうぞくしゃもらける下心したごころだったらしいのでございます。
つぎゆふべ道子みちこはいつよりもすこ早目はやめかせ吾妻橋あづまばしくと、毎夜まいよ顔馴染かほなじみに、こゝろやすくなつてゐる仲間なかま女達をんなたち一人ひとり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
いつのまにかあたりまえの女の生活をすりぬけて、たった一人ひとり見も知らぬ野ずえに立っているような思いをせずにはいられなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「それは、とんでもないことです。あなたのようなとしのわかい、たびになれないおぼっちゃんが、一人ひとり江戸えどへおいでになるなんて。」
小倉も一人ひとりで帰るわけには行かなかった。それに彼は三上の今夜の事件を、どういうふうに処置をつけるか、考えねばならなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
この山の中には一人ひとりの老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三—一〇五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
すこしも乗客じょうきゃくわずらわさんようにつとめているおれか、それともこんなに一人ひとり大騒おおさわぎをしていた、たれにも休息きゅうそくもさせぬこの利己主義男りこしゅぎおとこか?』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
女同士をんなどうしはわあとたゞわらごゑはつして各自てんで對手あひていたりたゝいたりしてみだれつゝさわいだ。突然とつぜん一人ひとりがおつぎのかみへひよつとけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
案内者はその右手の女群ぢよぐん一人ひとりがベアトリチエだと教へてくれた。しかしベアトリチエは詩人が空想の女で史実には何の憑拠ひようきよもないらしい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
もう十二年ぜんである、相州そうしゅう逗子ずしの柳屋といううちを借りて住んでいたころ、病後の保養に童男こども一人ひとり連れて来られた婦人があった。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼女かのぢよは、片山かたやま一人ひとりためには、過去くわこの一さいてた。肉親にくしんともたなければならなかつた。もつとも、母親はゝおや實母じつぼではなかつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
たゞ其原因結果の発展が余りに人意のそとに出て居て、其ため一人ひとりの若い男が無限の苦悩に沈んで居る事実を貴様が知りましたなら
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おりたつ後姿うしろすがた見送みおくものはお八重やへのみならず優子いうこ部屋へや障子しようじ細目ほそめけてはれぬ心〻こゝろ/\を三らう一人ひとりすゞしげに行々ゆく/\ぎんずるからうたきゝたし
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その投書と遺書がおなじ一人ひとりによって同一の時に書かれたことを発見するということも、今は疑うべくもない、予定の計画だったのだ。
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
と、清兵衛せいべえを引き起こそうとするのを見た朝月は、いきなり一人ひとりかたさきをくわえ、空中にほうり上げ、さらに二人ふたりをけつぶした。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
無論むろんです、けれど本船ほんせん當番たうばん水夫すゐふやつに、こゝろやつです、一人ひとり茫然ぼんやりしてます、一人ひとりつてらぬかほをしてます。
じつ著者ちよしやごときは、地震學ぢしんがく今日こんにち以上いじよう進歩しんぽしなくとも、震災しんさいほとんど全部ぜんぶはこれをまぬか手段しゆだんがあるとかんがへてゐるものゝ一人ひとりである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
たつた一人ひとりきりでくらしていたというのだからそういう特徴とくちょうから判断はんだんしてみて、捜査そうさ手懸てがかりは、かえつてつけやすいほどのものであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
二人ふたりだとおもつても駄目だめよ!とつて、一人ひとりだけ立派りつぱひとにするんでは滿つまらないわ!』とあいちやんは可哀相かあいさうにもさうおもひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そのことをおはなしするのには、いま一人ひとり赤人あかひと先輩せんぱいとも、先生せんせいともいはなければならない、柿本人麿かきのもとのひとまろのことをまをさねばなりません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
背後うしろから光一の喉をしめているのはろばらしい。手塚は前へ出たり後ろへ出たりして光一の顔を乱打した。五人と一人ひとりかなうべくもない。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
明治になっても、陸奥むつ宗光むねみつを出し、大逆だいぎゃく事件じけんにも此処から犠牲ぎせい一人ひとりを出した。安達君は此不穏の気の漂う国に生れたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
むかしむかし大昔おおむかしいまから二千ねんまえのこと、一人ひとり金持かねもちがあって、うつくしい、気立きだてい、おかみさんをってました。
「きみはこの前、ブルが洗濯屋せんたくやのジョージを、たたきつけたときに、一人ひとりでジャガイモを食ってたそうだね、ほんとうかい?」
小指一本の大試合 (新字新仮名) / 山中峯太郎(著)
りにつてやつちるなんてよつぽどうんわるいや‥‥」と、一人ひとりはまたそれが自分じぶんでなかつたこと祝福しゆくふくするやうにつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
三段目には蒲団が敷かれて人形の二つが並んで寝て居るのです。その前にはの葉や花の御馳走が供へられてあるのです。一人ひとり前だけです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
家令かれいの富田さんさえ時折りしかられる。あとはみんな家庭教師で、三人の若様と一人ひとりのお姫様ひいさまにそれぞれ一人ずつついている。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
兄の家来が一人ひとりあるその家来に、只の枕をして見たいからもって来いといったが、枕がない、どんなにさがしてもないと云うので、不図ふと思付おもいついた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
目前の敵を一人ひとりたおしたので、市郎は少しく勇気を回復した。敵もこれに幾分の恐怖おそれしたか、其後そのごは石を降らさなくなった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つまりはちぎりをめたただ一人ひとりの若者にすがって、純なる夫婦のかたらいを持続する力の無い、あわれなる者という意味にほかならぬのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
山男はひとりでこんなことを言ひながら、どうやら一人ひとりまへの木樵きこりのかたちに化けました。そしたらもうすぐ、そこが町の入口だつたのです。
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
其翌五日そのよくいつか奮然ふんぜんとしてたゞ一人ひとりつた。さむいかぜき、そらくもつた、いやであつたが、一人ひとりで一生懸命しやうけんめいつたけれど、なにぬ。
そこはわづかふたつかみつつしか部屋へやがなく、ほんとうにちひさいもので、ぢいさんがたゞ一人ひとり、つくねんとしてばんをしてゐました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
残りし一人ひとりが又々抜刀ぬきみを取直し、「無礼なやつ」と打掛る下を潜って一当ひとあて当てますと、やにめた蛇のように身体を反らせてしまいました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
道路とはいえ心当てにそう思うばかり、立てばへそを没する水の深さに、日も暮れかかっては、人の子一人ひとり通るものもない。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして一人ひとりずつ石段いしだんをあがってつくのだが、一人ひとりのつくかずは三つにきめられた。お菓子かし配給はいきゅうのときのことをおもいして、ぼくはおかしかった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
これを國民こくみん頭割あたまわりにしてますと、一人いちにんにつき平均へいきん五反五畝五歩ごたんごせごぶあたります。すなはち皆樣みなさま五反五畝五歩ごたんごせごぶ森林しんりんなか一人ひとりづゝめる勘定かんじようです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
いつも自分じぶん一人ひとり子持こもちになどなつてわりがわるいのだといふやうなかほをしていらつしやるほんたうにばちがあたりますよ。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
グレ (サンプソンに對ひ、小聲にて)つわいとはっせい。(下手を見やりて)あそこへ殿との親族しんぞく一人ひとりせた。
おッとッと、そう一人ひとりいそいじゃいけねえ。まず御手洗みたらしきよめての。肝腎かんじんのお稲荷いなりさんへ参詣さんけいしねえことにゃ、ばちあたってがつぶれやしょう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「どうしたもんだらう、一人ひとり一人ひとり生命保険へ入つて貰つて、早死はやじにさせた上、どつさり保険金を贈つたら申分がないのだが、さうもかないしな……」
それは名を喜助きすけと言って、三十歳ばかりになる、住所不定じゅうしょふじょうの男である。もとより牢屋敷ろうやしきに呼び出されるような親類はないので、舟にもただ一人ひとりで乗った。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と時代にゆるめていひ「一人ひとりならず二人ふたり三人さんにん首綱くびづな」にて右手を頸へやり「のかからぬ内、早く金を出しやあがれ」にて肘をつき離し、体を起して左へねじ
給仕きふじはおりのこつな一人ひとり引受ひきうけてべんずるのであるが、それにしても、今宵こよひんだかさびぎて、百物語ひやくものがたりといふやうながしてならなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)