かゝ)” の例文
鏡台の前に坐つてゐたかゝへの一人の蝶子が言ふと、咲子はまた自分の頭脳あたまへしつかり詰めこむやうに復習さらつてから、下駄を突かけた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
門野かどの一寸ちよつと其様子をのぞきにたが、代助の平生を知つてゐるので、言葉も掛けず、椅子にけてある羽織丈をかゝへてて行つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
無理むりに申させても取上には相成あひならぬぞ其源次郎と申はナ細川の家來けらいにて井戸源次郎と云者新吉原の三浦屋四郎左衞門かゝへの遊女いうぢようつせみを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
たちまち、なにおそろしいことでもきふおもしたかのやうに、かれかしらかゝへるなり、院長ゐんちやうはうへくるりとけて、寐臺ねだいうへよこになつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
おつぎはそれから村内そんない近所きんじよむすめともかよつた。おつぎは與吉よきちちひさな單衣ひとへもの仕上しあげたとき風呂敷包ふろしきづゝみかゝへていそ/\とかへつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と鬼をあざむく文治もそゞろに愛憐あいれんの涙に暮れて、お町をかゝえたまゝ暫く立竦たちすくんで居りまする。お町はようやく気も落着いたと見えまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ウム、の松島の一件か」と、大和は例の無頓着むとんちやくに言ひ捨てしが、たちまち心着きてや両手に頭かゝへつ「やツ」と言ひつゝお花を見やる
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「さあ、どう言つて呼ぶのか……」O氏は髪の毛の長い頭をかゝへてゐたが、苦笑ひしながら言つた。「その辺は僕もよく知らんがね。」
ひとらないぎやうをします——ひる寢床ねどこから當番たうばんをんな一人ひとり小脇こわきかゝへたまゝ、廣室ひろま駈込かけこんでたのですが、みんない! と呼立よびたてます。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「さうか。それではお前はおれのかゝ医者いしやになるか——」う、万事を呑込んでゐるやうな鷹揚おうやうな態度で云ふのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼をかゝへて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八—六〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おかみさんは、二人の小さいお子さんをかゝへてさへゐられなかつたら、こんなことなぞをなさらなくもいゝ人柄である。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
およそ織物おりもの専業せんげふとする所にては、織人はたおりかゝへおきておらするを利とす。ちゞみにおいてはべつき一国の名産なれども、織婦はたおりをんなかゝへおきておらする家なし。
女中たちも、若殿の話が可笑しいよりは、彼の珍しい脱線振りが可笑しいので、彼が一と言云うたびにみんなどっと腹をかゝえた。すると河内介は
絶えざる低い大太鼓おほだいこの音に例のごとく板をバタバタたゝく音がきこえて、左手の辻番つじばん小屋のかげから仲間ちゆうげんござかゝへた女とが大きな声で争ひながら出て来る。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たとへば客の乗車券を買つて来てやつたり、ステーションまで手荷物をかゝへて客を送つたり、夜になると泊り客を届け帳に記入して派出所へ持つて行つたり
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
ばあさんは、今日けふもうれしさうにはたけ見廻みまはして甘味うまさうにじゆくしたおほきいやつを一つ、庖丁ほうてうでちよんり、さて、さも大事だいじさうにそれをかゝえてかえつてきました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
お前さんのは其処そこにお葉漬はづけかありますよ、これはわたしわたしのおあしで買つたのですと天丼てんどんかゝ候如そろごときはあへて社会下流かりうの事のみともかぎられぬ形勢けいせいそろ内職ないしよく人心じんしん
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
都て不快な衝動しようどうあたへたにかゝはらず、しかも心には何んといふことは無く爽快そうくわいな氣が通ツて、例へば重い石か何んぞにせられてゐた草のが、不圖ふといしを除かれて
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
お糸はどう骨を折つても、奧方を味方に引入れることが出來さうもないとわかつて、手洗鉢てうづばちの前で手を洗つてる奧方を、後ろからかゝへるやうにして胸を刺してしまつた。
声——たゞ、病人をかゝへて、生活の不安と闘ふことは、君にとつて、負担がおもすぎやしないか?
クロニック・モノロゲ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「風呂敷のなかに、寝間着と歯磨楊子はみがきやうじを入れて、チヤンとかゝへてゐるのでございますよ。」
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
うみおもて瀧壺たきつぼのやうに泡立あわだつて、ひどいもひどくないも、わたくし少年せうねんとは、あたまかゝへて、ていそこうづくまつてしまつたが、其爲そのために、昨夜さくや海水かいすいひたされて、いまやうやかわきかけてつた衣服きもの
私は教科書を包んだ風呂敷包みをかゝへて梯子段はしごだんを下り、士官の音調アクセントに似せ、「行つて参ります」と言ふと、亭主は皮肉な笑ひを洩しながら、「へえ」と、あごで答へるだけだつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
母親はゝおやよりのひつけを、なにやとはられぬ温順おとなしさに、たゞはい/\と小包こづゝみをかゝへて、鼠小倉ねづみこくらのすがりし朴木齒ほうのきば下駄げたひた/\と、信如しんによ雨傘あまがささしかざしていでぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
薙刀なぎなたかゝへた白衣姿の小池と、母親が丹精たんせいこらした化粧けしやうの中に凉しい眼鼻を浮べて、紅い唇をつぼめたお光とが、連れ立つて歸つて行くのを、町の人は取り卷くやうにして眼をそゝいだ。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
このほかいへつかはれてゐるもの大勢おほぜいぐすねいてつてゐます。いへうちをんなどもがばんをし、おばあさんは、ひめかゝへて土藏どぞうなかにはひり、おきな土藏どぞうめて戸口とぐちひかへてゐます。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
昂奮と、不安と、他の何よりもまさる恐怖の感情が、私の精神機能を混亂させた。やがて、私は、誰かゞ私をいぢつてゐるのに氣がついた。私をかゝへ起しながら坐る姿勢にして支へてゐるのだ。
只その患者が、數百圓の前借を背負つてゐる場合は、そのかゝへ主のため、その前借を殺してはならぬといふ義務から——女自身の命を生かさうとするのではない——割合に丁寧な見方をした。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
横田河原よこたがはらの一戰にもろくも敗れしに驚きて、今はとて平家最後の力を盡して北に打向ひし十五萬餘騎、一門の存亡をせし倶利加羅くりから篠原しのはらの二戰に、哀れや殘り少なに打ちなされ、背疵せきずかゝへて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
おほつづみかゝへかねたるその頃よきぬきるをうれしと思ひし
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
大抵はもう、冬支度ふゆじたく、マフをかゝへてつてるに
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
らおめえ、手洟てばなはかまねえよ」といつたりがら/\とさわぎながら、わら私語さゝやきつゝ、れた前掛まへかけいてふたゝめしつぎをかゝへた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
秋「ムヽウ、其の医者は何処の者だえ、いやさ近辺にいるというが、よもやおかゝえの医者ではあるまい、町医か外療げりょうでもいたすものかえ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御米およね特別とくべつ挨拶あいさつもしなかつた。小六ころく其儘そのまゝつて六でふ這入はいつたが、やがてえたとつて、火鉢ひばちかゝえてまたた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たのみ彼の金子を以て何方いづかたへか住込仕送しおくり用人に成んと心掛けしに幸ひ嘉川家にて仕送り用人を召かゝへたしとのことに付多兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其處そこへあの、めす黒猫くろねこが、横合よこあひから、フイとりかゝつて、おきみのかいたうた懷紙ふところがみを、後脚あとあしつてて前脚まへあしふたつで、咽喉のどかゝむやうにした。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おくみは、寝ぼけてむづかしい顔をしていらつしやる坊ちやんをかゝへるやうにして、やつと蒲団の上へお寝かせした。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
イワン、デミトリチは昨日きのふおな位置ゐちに、兩手りやうてかしらかゝへて、兩足りやうあしちゞめたまゝよこつてゐて、かほえぬ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時平は途端にき出してわッは/\腹をかゝえ始めたが、いつ迄たっても笑いやまず、体がふるえてその文案を受取ることが出来ないので、その間に道真が悠々と事務を
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さいぜんよりこゝにありつるつま子らこれを見るよりつまをつとくびかゝへ、子どもは死骸しがいにとりすがりこゑをあげてなきけり、人々もこのあはれさを見てそでをぬらさぬはなかりけり。
古谷俊男ふるやとしをは、椽側えんがはゑてある長椅子に長くなツて、りやうの腕で頭をかゝへながらじつひとみゑて考込むでゐた。からだのあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツてはうすることも出來ぬ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
あの人のかゝへてる鞄をみ給へ。君たちが五人や十人来たつて、びくともしさうにないだらう。あの人が、摺沢さんつて云ふ多額納税者だ。北極書院の隠れたる金主だから覚えとき給へ。
雅俗貧困譜 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
更にまた四十歳前後で死んでゐたら惜しむべき新進作家といはれたかも知れない。若しまた五十歳前後で死んでゐたら、女房に逃げられて二児をかゝへながら悶死もんししたといはれたであらう。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
こぼれるほどにつたきやく行商ぎやうしやう町人ちやうにんがへりの百姓ひやくしやう乳呑兒ちのみごかゝへた町家ちやうか女房にようばうをさなおとうといた町娘まちむすめなぞで、一かゝつたふねが、おほきな武士ぶしめに後戻あともどりさせられたのを
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
わたくしいそ取上とりあげた。素早すばや一個いつこ夫人ふじんわたし、今一個いまいつこ右手めてとらへて『日出雄ひでをさん。』とばかり左手ひだり少年せうねん首筋くびすぢかゝへたときふねたちまち、天地てんちくだくるがごとひゞきとも海底かいていぼつつた。
平次はそれを後ろからかゝへて、あり合せのぬるくなつた茶を呑ませました。
かゝぬし神棚かみだなへさゝげていてもいとて軒並のきならびのうらやみぐさになりぬ。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二人は信一を前後からかゝへながら、家のなかにかつぎ込んだ。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
かゝへた手をば放す時
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)