くも)” の例文
やまうえへとつづいているみちは、かすかにくさむらのなかえていました。そして、やまいただき灰色はいいろくもって、雲脚くもあしが、はやかったのです。
谷にうたう女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さくらうらを、ぱつとらして、薄明うすあかるくかゝるか、とおもへば、さつすみのやうにくもつて、つきおもてさへぎるやいなや、むら/\とみだれてはしる……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それはやはり火のようにえておりました。けれども気のせいか、一所ひとところ小さな小さなはりでついたくらいの白いくもりが見えるのです。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こういう父の顔には深い掛念けねんくもりがかかっていた。こういわれる私の胸にはまた父がいつたおれるか分らないという心配がひらめいた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きりがうっすらとかかって、空はどんよりとくもっていました。みんなが昼寝ひるねをしているとき、アッカがニールスのそばにやってきて
やす消光おくらす可し是にて一件落着らくちやくしたりと述給ふ程に小役人は落着らくちやく一同立ませいと諸聲もろごゑあはして言にける實にくもりなき裁判さいばんは人を損せず理を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その途中とちゅう、山の上にさしかかりますと、いままでからりとがってあかるかった青空あおぞらが、ふとくもって、そこらがうすぼんやりしてきました。
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
此時このとき今迄いまゝで晴朗うらゝかであつた大空おほぞらは、る/\うち西にしかたからくもつてて、熱帶地方ねつたいちほう有名いうめい驟雨にわかあめが、車軸しやぢくながすやうにつてた。
つまみして障子せうじめた、殘暑ざんしよといふものはわるあつい、空氣くうきかよはないかららである、くもつてゐるから頭痛づつうがする、たまらぬ。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
今夜こよひは満願とてかの橋にもいたり殊更ことさらにつとめて回向ゑかうをなし鉦うちならして念仏ねんぶつしけるに、皎々けう/\たる月遽然にはかくもりて朦朧まうろうたり。
「それはお前達の眼のせいなのだ。お前達の世界の人達は、あんまり長く神様を見ようとしなかったので、すっかり瞳がくもって仕舞しまったのだ」
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其翌五日そのよくいつか奮然ふんぜんとしてたゞ一人ひとりつた。さむいかぜき、そらくもつた、いやであつたが、一人ひとりで一生懸命しやうけんめいつたけれど、なにぬ。
霧雨を含んでしっとり重い略帽りゃくぼうを手にさげ、はりで頭打たぬよう身体をかがめて入って行った。高温のため、眼鏡がふいてもふいても直ぐくもった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「皇統の長き御未来のため。大きくは、民ぐさのためにも。……聖慮におんくもりなきよう、正成、伏して、かようにおねがいつかまつりまする」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫婦ふうふ毎夜まいよゆめなかつづけざまにるあの神々こうごうしいむすめ姿すがた……わたくしどものくもったこころかがみにも、だんだんとまことのかみみち朧気おぼろげながらうつってまいり
朝からどんよりくもっていたが、雨にはならず、低い雲が陰気いんきに垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。午後になると急に暗さが増して行った。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
づめ志道軒しどうけんなら、一てんにわかにかきくもり、あれよあれよといいもあらせず、天女てんにょ姿すがたたちまちに、かくれていつかたらいなか。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あなたの顔は往きの船の健康さにひきかえ、うれいのかげで深くくもっていました。ぼくはそれをぼくへの愛情のためかと手前勝手に解釈していたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
此頃このごろ空癖そらくせで空は低く鼠色ねずみいろくもり、あたりの樹木じゆもくからは虫噛むしばんだ青いまゝの木葉このはが絶え間なく落ちる。からすにはとり啼声なきごゑはと羽音はおとさはやかに力強くきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鳩に似た頸の長い小鳥が、そのとき鈍くくもった空のあいだを横切って泳いできた。鳥は彼の目の前に来て、まるでそこに止り木があるみたいに停った。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
世帶せたいじみたことをと旦那だんなどのが恐悦顏きようえつがほぬやうにしてつまおもて立出たちいでしが大空おほぞら見上みあげてほつといきときくもれるやうのおももちいとゞ雲深くもふかりぬ。
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くもったりれたりするそらのぼったり下ったりするおか、緑が茂って、小麦がれて、余の今の周囲も其時にて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その後、白樫しらがしの森はすっかり切り倒されて畑になり、城下には立派な町が出来ました。けれどもどうしたことか、月が毎晩くもって少しも晴れませんでした。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
主人夫婦しゆじんふうふくもらぬかほ只管ひたすら恐怖きようふとらへられた勘次かんじくびもたげしめた。こと内儀かみさんのむかへて態度たいどが、かれのいひたかつた幾部分いくぶぶんやうやくにけしめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そらは、ドンヨリくもツて、南風みなみかぜはひみやこまはり、そしてポカ/\する、いや其所そこらのざわつく日であツた、此様な日には、頭に故障こしやうのない者すら氣が重い。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
この公表に対しては、一同はにわかにおもてくもらせた。楽しい帰還の旅が、にわかに不安の旅に変ってしまった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
空は暗くくもって、囂々ごうごうと風がいていた。水の上には菱波ひしなみが立っていた。いつもは、もやの立ちこめているようなあししげみも、からりとかわいて風に吹きれていた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
知性をくもらされ、判断力をにぶらされて、自分ではべつに悪いことをしているつもりでなく、むしろ良心的なつもりで、とんでもない間違った行動をする場合だ。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
寶暦九年ほうれきくねん七月二十八日しちがつにじゆうはちにち弘前ひろさきおい西北方せいほくほうにはかくもはひらしたが、そのなかには獸毛じゆうもうごときものもふくまれてゐたといふ。これは渡島おしま大島おほしま噴火ふんかつたものである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
二十日、朝、くもり。午前九時知る人をたずねしに、言葉の聞きちがえにて、いと知れにくかりければ
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
春生は、兄の重い返事に、突然、顔をくもらせて、腕を組むように自分の両そでをしっかりおさえながら
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
日曜日は朝からくもっていた。ふりさえしなければ、一本松から一里の道を歩くにはかえって都合がよかった。歓迎会は一時からというので、十二時にはもう家を出た。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
高山こうざんのはひまつたいにはらいちょう(雷鳥らいちよう)といふものがゐます。晴天せいてんにはくさむらにかくれてませんが、くもつたなどには、とんでおどろかされることがあります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
たまにれたかと思えばくもり、むらにぱらぱらと降って来ては暗くなり、陰鬱いんうつなことであった。
旧暦のお正月の頃で、港町の雪道は、何か浮き浮きした人の往き来でにぎわっていた。くもっていた日であったが、割にあたたかで、雪道からほやほや湯気が立ち昇っている。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
その話を私はうわそらで聴きながらも、しかし、妻の顔に、いささかのくもりもなく、眼の底に何か明るい影のゆらぐのを見た。明るいといえば部屋全体が何となくあかるい。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
子路はちょっと顔をくもらせた。夫子のした事は、ただ形をまっとうするために過ぎなかったのか。形さえめば、それが実行に移されないでも平気で済ませる程度の義憤なのか?
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
どんよりくもつてり/\小雨こさめさへ天氣てんきではあるが、かぜまつたいので、相摸灣さがみわんの波しづか太平洋たいへいやう煙波えんぱゆめのやうである。噴煙ふんえんこそえないが大島おほしまかげ朦朧もうろうかんでる。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
翌日から彼と民さんとは、二十何本かの松を植え込み、くもり日にはゆううつな暗緑のかたまりを、庭のまわりに眺めた。落着きはらったものが、どうやら庭をかたちづけて来た。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかも、その暗記あんき仕方しかたといふのが、日光につくわうなかで、つぎくもつぎ夕方ゆふがたつぎ電燈でんとう結局けつきよく最後さいご蝋燭らふそくひかりなかでといふふう明暗めいあん順序じゆんじよつてらしながら研究けんきう暗記あんき
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
花の姿にえてしおるるつゆの床の内智慧ちえの鏡もくもる、法師にまみえ給いつつ母も招けばうしろみ返りてさらばと云わぬばかりにて、泣くより外の事ぞなき
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ヂュリ けよはやう、あし若駒わかごまよ、かみ宿やどります今宵こよひ宿やどへ。フェートンのやうな御者ぎょしゃがゐたなら、西にしへ/\とむちをあてゝ、すぐにもよるれてうもの、くもったよるを。
天気がくもれば曇ったというだけで事実を述ぶるに足るに、曇ってきやがったというような言葉を用うるために、曇るのを望ましく思う人でも、これを聞いて不愉快の感を起こす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
どんよりとくもった、今にも何か降り出しそうな空模様のした夕方だった。私は四時に店を出たが、学校の始業までにはまだ二時間もあるので、学校の近くのげんの友人の下宿を訪ねた。
あるくもつたふゆ日暮ひぐれである。わたくし横須賀發よこすかはつのぼり二とう客車きやくしやすみこしおろして、ぼんやり發車はつしやふえつてゐた。とうに電燈でんとうのついた客車きやくしやなかには、めづらしくわたくしほか一人ひとり乘客じようきやくはゐなかつた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いよいよ綱が残り少なくなりますと、不思議や今まで雲一ツ見えなかった空が、にわかに墨を流したようにくもって来まして、たちま轟々ごうごう雷鳴かみなりが鳴り初め、風が吹き、雨が降りしきりまして
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
雨あがりの空はややくもって、時々思い出したように薄い日影がさした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
なにかの拍子ひやうしに、つま無邪気むじやきかほを、すこくもらして
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
空はドンヨリとくもって、遠いスリガラスの様に見えた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うすくもれる硝子がらすのなかにとりあつめたる薬剤やくざいびん
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)