一筋ひとすじ)” の例文
無表情な黄金仮面の口から顎にかけて、一筋ひとすじタラリと真赤まっかな液体が流れ、その口が商人に向って、ニヤリと笑いかけたというのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、あおむいて見ると、ちゅうとからふじづるかなにかで結びたしてある一筋ひとすじが、たしかに、上からじぶんを目がけてさがっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのへんは、単線たんせんで、一筋ひとすじ線路せんろきりありませんでした。両方りょうほうから汽車が走ってくれば、ましょうめんから衝突しょうとつするばかりです。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ちょうど、このとき、小鳥ことりは、くらな、そしてたけくるうすさまじいうみのあちらから、一筋ひとすじあかるいひかりすのをみとめたのです。
小さな金色の翼 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大方おおかた河岸かしから一筋ひとすじに来たのであろう。おもてには威勢のいい鰯売いわしうりが、江戸中へひびけとばかり、洗ったような声を振り立てていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
眠っている地球が一度目を覚ますと、僅かにその毛一筋ひとすじの動きでも、それは人間のあらゆる空想を一度にはじきとばしてしまうであろう。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「む、大納言殿御館おやかたでは、大刀だんびらを抜いた武士さむらいを、手弱女たおやめの手一つにて、黒髪一筋ひとすじ乱さずに、もみぢの廊下を毛虫の如く撮出つまみだす。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それより以来電車はとかくぶっそうな感じがしてならないのだが、甲武線こうぶせん一筋ひとすじだと、かねて聞いているから安心して乗った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その一筋ひとすじはすぐさま石段になって降り行くあたりから、その時静な下駄げたの音と共につまを取った芸者の姿が現れた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女はむかしのままの一筋ひとすじの真心をもってわたしを愛してくれるのに、このような分裂ぶんれつした気持ちを胸にぞうし、表面だけとりつくろっているのはつみであると思いました。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
岩屋いわや入口いりぐちには、神様かみさまわれましたとおり、はたたしてあたしい注連縄しめなわ一筋ひとすじってありました。
斯く打吟うちぎんじつゝ西の方を見た。高尾、小仏や甲斐の諸山は、一風呂浴びて、濃淡のみどりあざやかに、富士も一筋ひとすじ白い竪縞たてじまの入った浅葱あさぎの浴衣を着て、すがすがしくんで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つみあらそひしむかしはなんりし野河のがはきしきくはな手折たをるとてなが一筋ひとすじかちわたりしたまときわれはるかに歳下とししたのコマシヤクレにもきみさまのたもとぬれるとて袖襻そでだすきかけてまゐらせしを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これが、此の廢殘はいざんさかひにのさばつてもつとも人の目を刺戟しげきする物象ぶつしやうだ………何うしたのか、此の樹のこずえあかいと一筋ひとすじからむで、スーツと大地だいちに落ちかゝツて、フラ/\やはらかい風にゆらいでゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
その一度は山中の草原が丸太でもいて通ったように、一筋ひとすじ倒れ伏しているのを怪しんで見ているうちに、前の山の樹木がまた一筋に左右に分かれて、次第に頂上に押し登って行ったこと
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
此処こゝ一騎打いっきうち難所なんじょで、右手めてほうを見ると一筋ひとすじの小川が山のふもとめぐって、どうどうと小さい石を転がすようにすさまじく流れ、左手ゆんでかたを見ると高山こうざん峨々がゞとして実に屏風を建てたる如く
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
遠いから、それが兵隊か比島の農夫か判らない。サンホセ盆地の中央部に通ずる運河の水が、遠く一筋ひとすじに鈍く光った。彼は歩を止め石を背にして振り返った。高城の顔に視線をおとしながら言った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
みち一筋ひとすじまなびなば
県歌 信濃の国 (新字新仮名) / 浅井洌(著)
正直しょうじきな、やさしいかみなりは、くろい、ふと一筋ひとすじ電線でんせんが、空中くうちゅうにあるのをつけました。そして、注意深ちゅういぶかく、そのせんうえりました。
ぴかぴかする夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
がえの帷子かたびら一枚、やり一筋ひとすじよろいりょう——それだけを、供にになわせて、十内は、もういちど老母の部屋をうかがってみた。
婦人おんな右手めて差伸さしのばして、結立ゆいたて一筋ひとすじも乱れない、お辻の高島田を無手むずつかんで、づツと立つた。手荒さ、はげしさ。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
茶の勝った節糸ふしいとあわせは存外地味じみな代りに、長く明けたそでうしろから紅絹もみの裏が婀娜あだな色を一筋ひとすじなまめかす。帯に代赭たいしゃ古代模様こだいもようが見える。織物の名は分らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さい穿うがった分析ならびに綜合の結果、ちり一筋ひとすじの手抜かりもない、絶対に安全な方法を考え出したのだ。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのまま、しばらくにらみあいのままでいましたが、さて、線路せんろ一筋ひとすじなので、おたがいとおりぬけることができません。どちらかあとしざりをしなければなりません。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
公園の小径こみち一筋ひとすじしかないので、すぐさま新見附へ出て知らず知らず堀端の電車通へ来た。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一筋ひとすじ二筋の白い煙が細々と立っていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あちらには、獰猛どうもうけものの、おおきいのごとく、こうこうとした黄色きいろ燈火ともしびが、無気味ぶきみ一筋ひとすじせんよる奥深おくふかえがいているのです。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
……来かゝる途中に、大川おおかわ一筋ひとすじ流れる……の下流のひよろ/\とした——馬輿うまかごのもう通じない——細橋ほそばしを渡り果てる頃、くれつの鐘がゴーンと鳴つた。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
土饅頭どまんじゅうぐらいな、なだらかなおか起伏きふくして、そのさきは広いたいらな野となり、みどり毛氈もうせんをひろげたような中に、森や林がくろてんおとしていて、日の光りにかがやいてる一筋ひとすじの大河が
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
古鎧ふるよろい錆槍さびやり一筋ひとすじ持って駈けつけ参りました、微衷びちゅうをおくみとり下さって、籠城の一員にお加えねがいとうござる。烏滸おこながら一死を以て、亡君の御恩におこたえ申したいので……
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぬかのように見えた粒は次第に太く長くなって、今は一筋ひとすじごとに風にかれるさままでが目にる。羽織はとくに濡れつくして肌着にみ込んだ水が、身体からだ温度ぬくもり生暖なまあたたかく感ぜられる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い月日の間、火を焚く烟で黒くすすけた天井のはりからは、煤が下っている。其処そこから吊された一筋ひとすじ鉄棒かなぼうには大きな黒い鉄瓶てつびんが懸っていた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
真昼間まっぴるま、向う側からそっすかして見ると、窓もふすま閉切しめきつて、空屋に等しい暗い中に、破風はふひまから、板目いためふしから、差入さしいる日の光一筋ひとすじ二筋ふたすじ裾広すそひろがりにぱつとあかる
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ここは、どこだかおれにもわからない。だが、このあるいているはばひろ一筋ひとすじみちは、おれたちの領分りょうぶんだということができる。
河水の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、半身はんしんを斜めにして、あふれかゝる水の一筋ひとすじを、たましずくに、さっと散らして、赤く燃ゆるやうな唇にけた。ちやうど渇いても居たし、水のきよい事を見たのは言ふまでもない。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして、つき大空おおぞらがり、そのしたながれているかわみずが、一筋ひとすじぎんぼういたように、しろひかってえたのでした。
びんの中の世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大通りは一筋ひとすじだが、道に迷ふのも一興で、其処そこともなく、裏小路うらこうじへ紛れ込んで、低い土塀どべいからうり茄子なすはたけのぞかれる、さびれた邸町やしきまちを一人で通つて、まるつきり人に行合ゆきあはず。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、みち一筋ひとすじまちをはなれると、きゅうおおくなるのがれいでした。なかでも病院びょういん建物たてものうちは、このとかぎらず、いつも寂然せきぜんとしていました。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
(従って、爪尖つまさきのぼりの路も、草が分れて、一筋ひとすじ明らさまになったから、もう蛇も出まい、)その時分は大破して、ちょうつくろいにかかろうという折から、馬はこの段のしたに、一軒
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暴風ぼうふうあめなか一筋ひとすじひかりげて、たちまちあかるくらしたかとおもうと、たちまちそのひかりえて、またやみらすというふうにえたのであります。
小さな金色の翼 (新字新仮名) / 小川未明(著)
……柱かけの花活はないけにしをらしく咲いた姫百合ひめゆりは、羽の生えたうじが来て、こびりつくごとに、ゆげにも、あはれ、花片はなびらををのゝかして、一筋ひとすじ動かすかぜもないのに、弱々よわよわかぶりつた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さびしいやまあいだで、両方りょうほうにはまつや、いろいろな雑木ぞうきのしげったやまかさなりっていました。そして、ただ一筋ひとすじほそみちたにあいだについていました。
子供の時分の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あけの明星の光明こうみょうが、嶮山けんざんずい浸透しみとおつて、横に一幅ひとはば水が光り、縦に一筋ひとすじむらさきりつつ真紅まっかに燃ゆる、もみぢに添ひたる、三抱余みかかえあまり見上げるやうな杉の大木たいぼくの、こずえ近い葉の中から
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かれは、このてつぎんとからできた、一筋ひとすじせんをオルガンのなか仕掛しかけました。すると、このオルガンは、だれがきいても、それは、愉快ゆかいたのであります。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ぐつすりと寝込んで居た、仙台の小淵こぶちの港で——しもの月にひとめた、年十九の孫一の目に——思ひも掛けない、とも神龕かみだなの前に、こおつた竜宮の几帳きちょうと思ふ、白気はっき一筋ひとすじ月に透いて
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちいさな、田舎町いなかまちは、おなじように、はやくから、どこのみせめてしまいました。正吉しょうきちは、平常ふだんあるれていましたので、一筋ひとすじみちをたどってゆきました。
幸福のはさみ (新字新仮名) / 小川未明(著)
ただ一筋ひとすじでも巌を越して男滝おだきすがりつこうとする形、それでも中をへだてられて末まではしずくも通わぬので、まれ、揺られてつぶさに辛苦しんくめるという風情ふぜい、この方は姿もやつかたちも細って
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ一つの機械きかいにはされなかったので、てつぎんとで、できた一筋ひとすじせんは、この音楽家おんがくかきたえられるよりは、ほかに、だれもつくることができなかったからです。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これが角屋敷かどやしきで、折曲おれまがると灰色をした道が一筋ひとすじ、電柱のいちじるしく傾いたのが、まえうしろへ、別々にかしらって奥深おくぶこう立って居る、鋼線はりがねが又なかだるみをして、廂よりも低いところを、弱々よわよわと、斜めに
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうばかりの野原を横切らなければ町まで行けない。その野原には一筋ひとすじの河が流れて橋がかかっている。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)