幾分いくぶん)” の例文
幾分いくぶん明るい空をバックにしているんで割合に見えるし——夜道で道に迷ったらかがんで見ろ、というのはこの辺を指した言葉だよ……
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
咽喉のどから流れるままに口の中で低唱ていしやうしたのであるが、れによつて長吉ちやうきちみがたい心の苦痛が幾分いくぶんやはらげられるやうな心持こゝろもちがした。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しかしながら大地震だいぢしんになると、初期微動しよきびどうでもけつして微動びどうでなく、おほくのひとにとつては幾分いくぶん脅威きよういかんずるようなおほいさの振動しんどうである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
たゞくちびるがあまり厚過あつすぎるので、其所そこ幾分いくぶんゆるみがえた。そのかはかれには、普通ふつう人間にんげん到底たうているべからざる一種いつしゆ精彩せいさいひらめいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼はベアトリーチェと知り合いになったがために、何かし難いようなある力の影響をうけていることを、自分ながら幾分いくぶんか気がついた。
全體ぜんたいつき何々なに/\といふふうに、かしらいてゐるために、幾分いくぶんうた上調子うはちようしになつてゐるが、眞底しんそこにはやはりよいものがあります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
やが船尾せんびかたると、此處こゝ人影ひとかげまれで、すで洗淨せんじようをはつて、幾分いくぶん水氣すゐきびて甲板かんぱんうへには、つきひかり一段いちだん冴渡さへわたつてる。
被害者の消失について、殺人の動機について、幾分いくぶん曖昧な点があったにせよ、三造の犯行は何人なんぴとも否定することは出来ません。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今の場合に大原があわてて来りしは尋常の事にあらざるべしと自ら席を立ちて大原を迎うるに大原は劇てていれど幾分いくぶんえみを含み
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そして、日暮ひぐがたから、幾分いくぶんうみうえが、おだやかになったので、英吉えいきちは、よろこんで、りくほうへ、あらんかぎり、うでちかられてこぎだしました。
海の踊り (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたくし幾度いくたび竜宮界りゅうぐうかいまいり、そして幾度いくたび御両方おふたかたにおにかかってりますので、幾分いくぶんそのへん事情じじょうにはつうじてるつもりでございます。
かれはやし持主もちぬしうてつたのである。それでもあまりにひとくち八釜敷やかましいので主人しゆじんたゞ幾分いくぶんでも將來しやうらいいましめをしようとおもつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
突然声をかけたのは首席教官の粟野あわのさんである。粟野さんは五十を越しているであろう。色の黒い、近眼鏡きんがんきょうをかけた、幾分いくぶん猫背ねこぜ紳士しんしである。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女も会釈を返したが、幾分いくぶんびっくりしたような色を顔に浮べて、本を下へおろした。父の後ろ姿を見送っている彼女の様子が、わたしには見えた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ばいでもむかしいま角度かくど幾分いくぶん相違そういしてゐるようですし、赤貝あかゞひでもせんかずすこかはつてゐるといふようなことが、貝塚かひづか貝殼かひがら調しらべてればわかります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
敵をころしたる時復讐ふくしうの意を以て其肉を食ふとか、親戚しんせきの死したる時敬慕けいぼじやうを表す爲其肉を食ふとか、幾分いくぶんかの制限せいげんは何れの塲合にも存在そんざいするものなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。が、作用さようにはなにもない。たいして恐怖きょうふいだ臆病者おくびょうものは、のことをもっ自分じぶんなぐさめることが出来できる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
けれども校長かうちやうかれたいする樣子やうす郡長樣ぐんちやうさんたいするほど丁寧ていねいなことなので、すで浮世うきよ虚榮心きよえいしんこゝろ幾分いくぶんめられてぼくにはまつたあやしくうつつたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
何方どつちにしても利益とくはないでせう』とあいちやんがひました、自分じぶん知慧嚢ちゑぶくろ幾分いくぶんしめ機會きくわいいたつたのを大變たいへんよろこばしくおもつて、『まァ、かんがへても御覽ごらんなさい、 ...
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
チベットと日本とはもちろん人情が違って居るからそりゃ幾分いくぶんか違うところもあるですが、人を笑わせるような事をして導くという点に至っては全く一致して居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
さればといってはなはだ不良なのではなく、ただ動物質の食品に比して幾分いくぶん劣るというのであります。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
愛想あいそをいって、宿へも女にも幾分いくぶんか心づけをする。書生としてはめずらしい客だから宿の受けはもちろんよい、火鉢に茶具ちゃぐ、比較的下等でないのを取りそろえて貸してくれた。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
上流かわかみの毒汁が幾分いくぶんでも流れ込んでいるので、もう五つ六つの鱣が腹をかえして片泳かたおよぎをしていた。そこにもまた皮粕を入れた。山女や岩魚いわながまた七八尾半死はんしになって浮いて来た。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これがまた彼の心を他へそゝのかして、幾分いくぶん其の製作をさまたげてゐる。無論むろん藝術家が製作に熱中してゐる場合に、些としたひつかゝり氣懸きがゝりがあつても他から想像さう/″\されぬ位の打撃だげきとなる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
同盟罷工どうめいひこうねまじき有様ありさまに至りたるがごとき、かかる場合に於て、予も幾分いくぶんか頭痛を感ずることあるも、何ともなきを仮粧かそうしたり、また土用中なるにもかかわらず寒気凜冽りんれつにして
手紙の宛名あてなを大石小石先生と書いてきたりするのだが、人間の成長の過程かていのおもしろさは、母の予言どおりおしゃべりの小ツルを幾分いくぶんひかえ目に、無口な早苗をてきぱき屋に育てていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
他人に渡すのは業腹ごうはらだから、山岡屋さんの手にげて貰って、石塔せきとうの一つも建って貰えれば有難いし、運よく、遠島えんとうとでもなって、娑婆の風にふかれる日があったら、そのうちの幾分いくぶんでも
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四人の姉妹のうちで春琴が最も器量よしという評判が高かったのは、たといそれが事実だとしても幾分いくぶんか彼女の不具をあわれみしむ感情が手伝っていたであろうが佐助に至ってはそうでなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかしこれらも間接のまた間接に云えば天下に影響しないとは限らない、否観方みかたによっては世界の大勢に幾分いくぶんか関係していないとも限らない。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、ゆきもたいていえてしまって、ただおおきなてらうらや、はたけのすみのところなどに、幾分いくぶんえずにのこっているくらいのものでありました。
金の輪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これはただなぐさめの言葉ことばよりも幾分いくぶんかききめがあったようで、はははそれからめっきりとらくになって、もなく気息いききとったのでございました。
彼等かれら平生へいぜいでもさうであるのにさけため幾分いくぶんでも興奮こうふんしてるので、各自かくじくちからさらくにへぬ雜言ざふごんされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私は良人が帰ったらお返事をしようと幾分いくぶんか腹もたちましたからケンモホロロに追返しましたけれどもその時の心持と申すものは今に忘れませんよ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
非常ひじやうへん心地こゝちがしたので、むしこの立去たちさらんと、春枝夫人はるえふじん見返みかへると、夫人ふじんいま有樣ありさま古風こふうなる英國人エイこくじん獨言ひとりごとには幾分いくぶん不快ふくわいかんじたと
しかし彼はどう云うわけか、誰よりも特に粟野さんの前に、——あの金縁きんぶちの近眼鏡をかけた、幾分いくぶん猫背ねこぜの老紳士の前に彼自身の威厳を保ちたいのである。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
K氏は幾分いくぶんは好意的に、幾分はひやかし気味に云った。私達の関係は殆ど社内に知れ渡っていたのだから。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
幾分いくぶん耐震的たいしんてきになつたところもあるけれども、それも地震ぢしん種類しゆるいによるのであつて、われ/\がところ大地震だいぢしんたいしては、暫時ざんじ無能力むのうりよくとなるものとあきらめねばなるまい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
もししからばそんなに原書の違ったものがあるのか知らん、あるいはまた訳された方々がその土地の人情等に応じて幾分いくぶん取捨しゅしゃを加えたような点もありその意味を違えたのもあるか知らん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しかしながら不死ふし代替だいたいもつて、自分じぶんなぐさむるとこと臆病おくびやうではなからうか。自然しぜんおいおこところ無意識むいしきなる作用さようは、人間にんげん無智むちにもおとつてゐる。なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
初さんがこれほど叮嚀ていねいな言葉を使おうとは思いも寄らなかった。おおかた神妙しんびょうに下りましょうと出たんで、幾分いくぶん憐愍れんみんの念を起したんだろう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
びきのありは、そのからはじめて、らない土地とちつくってはたらいたのです。幾日いくにちがたつと、このあたりの土地とちにも幾分いくぶんれてきました。
三匹のあり (新字新仮名) / 小川未明(著)
食物の配合はんでも化学作用に帰するので猪の肉をブランデーへ漬けておくと味が良くなるばかりでなく幾分いくぶんか毒質の分解作用を起しましょう。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こんないくじのないもの幾分いくぶんこころおちつきがたようにおもわれるのは、たしかにあのうみ修行場しゅぎょうばで一生涯しょうがいのおさらいをしたおかげであるとぞんじます。
同年輩どうねんぱいみなをどりくのである。おつぎには幾分いくぶんそれがうらやましくぼうつとして太鼓たいこれてた。やはらかなつきひかりにおつぎの肌膚はだしろえてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
始めの間は幾分いくぶん不快であったけれど、見ている内に、彼はこの怪物に段々魅力を感じて来た。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『イエ、このはよくねむりましたが、わたくしふねれませんので。』とこたふ。さもありぬべし、ゆきあざむほうへん幾分いくぶん蒼色あをみびたるは、たしかに睡眠ねむりらぬことしようしてる。
Mは膝ほどある水の中に幾分いくぶんか腰をかがめたなり、日に焼けた笑顔わらいがおをふり向けて見せた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところで上等社会の婦人は幾分いくぶん綺麗きれいであるとはいうものの、一番おの冷める話は、お便ちょうずに行ってその儘お越しになるという秘密を思い出すと、どんな美人でも一遍に嫌になってしまうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
隣家りんかからの延燒えんしようふせぐに、雨戸あまどめることは幾分いくぶん效力こうりよくがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
したからのぞくと、さむたけあさ空氣くうきとざされてじつとしてゐるうしろから、しもやぶいろして、幾分いくぶんいたゞきめてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)